2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(最終回)>

 

 フジロックが有するクラブスペース「GAN-BAN」は、アーティスト(ここではDJ)のブックが、フェス全体から独立している。GAN-BAN側が最初にオファーをかけたのは、DJとしての菊地くんにだった。菊地くんは、自分が何系のプレイをすれば良いかブッカーに聞き、それがヒップホップでもジャズでもなく、ニューウエイヴ~ノーウエイヴ~テクノポップ~エレクトロクラッシュといった流れだと分かるや、第一には大笑いして喜び、そして第二には、スパンクハッピーの活動再開の話を持ちかけ、DJブースでのライブタイムを取り付けた。こうしてあっけなくフジロック進出が決定した。

 

 

 

 この場を借りて、大沢伸一氏、並びに満島ひかり氏に感謝したい。菊地くんは当初「くっそー。オファーがあったけど、オレのDJかよ!!まあスパンクス再開のことなんか関係者誰も知らねえだろうからなあ。2人で聴きに来る?オレのDJ(笑)」等と言っていたし、同時に大沢、満島両氏のコラボ曲「ラビリンス」に関して、「やっぱモンドグロッソやばいでしょ。満島ひかりだよ。ダンスがウマウマ、歌ヘタウマ。もう完璧だよな大沢っちゅう人のポップ感覚」と激賛して、大好きな香港ロケのMVをなんども観ていた。

 

 

 

 しかし、お二方が「ラビリンス」を、フジロック2017のGAN-BAN に於いてリップシンクでパフォーマンスする、という既成事実がなかったら、菊地くんは我々と山ほどのリップ・リグ&パニックの12インチを連れて山を登っただけだった、と断言できる。菊地くんがある日「ボス。これ見ろ」と言って送ってきた動画は、まだYouTubeに上がっている。「これ、ここでスパンクハッピーやれって言ってるような動画でしょ?(笑)違うか?(笑)」

 

 

 

 最終スパンクハッピーの出演が決まってからの小さな騒ぎについては、菊地くんは感知しなかったし、我々2人も、練習とインスタグラム(「フジロックまであと○日」というシリーズで煽ろう。という指示は菊地くんからのものだ。因みに「ボクシングのスパーリングをやって、スロー再生するじゃないスか」といったのはODである)に勤しむばかりで、気に留めなかった。今や検索の天才となっていたODも「みなさん、ミトモさんが出ると思ってるデスね!うっヒャッヒャ!!」とローラースケートを履いてベッドに横になりながら笑っていた。

 

 

 

 「OD、今更だけどな、お前がどれだけやって見せても、小田さんがやってると思われる。それは良いのか?」「ミトモさんなら良いじゃないスか(笑)、それより、自分が失態を見せてミトモさんの名に傷がついたらダメダメです!!」「1年やったら、お前の事しか知らない人や、お前と小田さんが別人だと思い込む人も出てくるだろう」「思い込むって、実際、別人じゃないスか~(笑)」「だな(笑)」。菊地くんは「もういるよ。そういう人はいっぱい(笑)」と、我々のインスタグラムを見ながら楽しそうに言った。

 

 

 

 小田さんはceroのサポートメンバーとして苗場に前入りしていた。我々は、あたかも<小田さんが当日入りし、ceroをやってから急いでGAN-BANに移動した>という態で、早朝から出発し、午後イチに苗場プリンスにチェックインを済ませた。

 

 

 

 菊地くんの選曲は完璧で、我々もリハーサルは十全に済ませていた。パフォーミングに問題はない。問題はただ一つ。我々はスタジオコーストの教訓を生かし、ODが会場入りの30分前までに目覚めるように逆算して、敢えて眠らせることにした。しかし、ODは行きの車中で眠り、途中メロンパンを大量に買って食べてからまた眠り、チェックインしてからまた眠った。私とODは隣室だったが、私はODがいつ眠るか、ODの部屋で菊地くんと一緒に監視しなければいけなかった。

 

 

 

 入りは午後イチ、出演はフェスの最後である午前0時だ。ODはその間にも4回寝て、起きた。ODが起きている間、我々は冗談を言い続けた。「ボブ・ディランのパフォーマンスに、ホフディランは呼ばれると思うか?」「最前列でしょ」「最敬礼でしょ」「土下座でしょ(笑)」「GAN-BANって岩盤の事でしょ?岩盤浴の」「いや、頑張るっていう意味かも知れない。<頑張んぞ!!>みたいなさ。GAN-BAN-ZO!とか言って」「そんなGAN-BAN嫌だよ(笑)」「うああ!ODが寝そう!!」「OD、今まだ寝るな!!あと30分で寝れる!!」「うわかったじゃないスかふわあああ」「OD!!工場長さんからメールだ!!ほら読め!!」「工場長~」「今日は来れないってさ」「動画を撮って送ろう。な?」「うおーだんだん興奮してきたじゃないスか!!」「そうだOD!!興奮しろ!!パン喰えパン!!」「いただきまーすじゃないスかー!!アグアグアグ!!」

 

 

 

 我々は胸をなでおろしたり、ヒヤヒヤしたり、笑ったりした。いつの間にかそれは、我々の日常になり、日常は我々に、ロールプレイの父親と母親の役を与えた。子供のいない私はとっくに、子供のいない菊地くんは一昨年に、両親を失っている。ODの父親と母親は、本当に現れないのだろうか?ODが最後のお休みタイムにつつがなく入った。

 

 

 

 「菊地くん」「なんだ?」「君のご両親は、君のライブを聴きに来たりしたのか?」「一度もないね(笑)」「率直な話として、どうしてだ?」「率直な話として、両親はオレが音楽をやっている、という現実が、飲み込めてなかった」「音楽自体を知らないわけじゃないだろ?」「勿論。あんま好きじゃなかったとは思うけどさ。軍歌とかよく歌ってたね。彼等は、自分の家族は料理をするものだとしかイメージ出来なかったんだ。兄貴の本も、買うだけ買って、読んじゃいなかった」「君には悪いが、気の毒だな」「ああ、気の毒だよ。お気の毒さま。って奴だ(笑)」次に我々は声を揃えた。「どっちもね」。フジロック特有の、どこかのバンドの低音が、84年竣工のままになっている苗場プリンスホテルの室内に静かに響いていた。

 

 

 

 最後のお休みタイムが終わり、ODは最終スパンクハッピーが現場入りするきっかり30分前に目覚めた。「おはようOD君。あと30分で、、、」ODはやにわに立ち上がり、ストレッチを始めた。ヨガと盆踊りを合わせたような、独自のストレッチングを、ODは「パンストレッチ」と呼んでいた。「自分をパン生地にするデス。体を柔らかくしておかないと、声がDまでしか出ないじゃないスか」。「それやるとどこまで出るようになるんだ?」「D♯デス!」「おおおおおおおおお」

 

 

 

 菊地君が忙しく電話をし始める。「ああ、小田さん。そうですか、ceroのステージ終わった、わかりました。サングラスとかマスクとか持ってます?はい。はい。そしたら、もうGAN-BANに来て、客に混じっちゃってください。僕もDJ終わったら袖に引っ込んで、BOSSと入れ替わってから変装して客に混じるんで。では後ほど、、、、え?OD?いま変なストレッチしてますよ。はははははは。じゃあ」「あ、長沼?オレオレ。オレオレ詐偽じゃないよははははは。すまん、ええと、準備は出来た。会場までは二人は変装して行く、裏のテント楽屋には誰も入れるな。そこで二人はオレのDJ終わり5分前に衣装に着替えて待機、オレはDJ終わったら一回引っ込む。引っ込んで、変装してBOSSと入れ替わる。客の視線がスパンクスに集中してる間に、オレは客に混じる。小田さんも混じってる?一緒かって?いや、お互いどこにいるかはわからない。一緒にいたら変装しててもバレるリスク上がるでしょ。でもカチ合ったりしてね。はははははははは。すまん。ヨロシク」「おっす○○君(誰もが知るオーヴァーグラウンダー)、スパンクスやるよ。うん。オレのDJ終わりで30分。来れる?でー!マジで?○○ちゃんも一緒に?えーちょっとそれ恥ずかしいな~。だってえ、オレ、踊るの(笑)。そう。うん(笑)、まあ楽しみにしてて。小田さんも?うん、小田さんも踊るよ(笑)いやマジマジ!!マジだって!(笑)小田さん、ボディスーツにハイヒールにオーヴァークロスだけだぞ(笑)。だからマジだって。全部マジだってばよ!笑うなよ!あはははははははははははは!!」

 

 

 

 よし、行こう。と菊地君が言い、我々は出演者移動用のマイクロバスに乗り込んだ。ODが物凄い大声で発声練習を始めたので、私は口を塞いだ。かなりコミカルな光景だが、あの、戦場に向かうようなフジロックのミュージシャン移動用バスの揺れの中では、何事もないかのようだった。

 

 

 

 菊地くんは、わざと意気揚々と会場入りし、知人の音楽家やスタッフに「よう!よう!」と「久しぶり~」等とハイタッチやハグしながら裏のテント楽屋に入って行くのに、我々は気配を消して付いて行った。ラインに小田さんから「ボスさん。楽しみにしてますね。ステージから見て左端にいます」というメッセージが入る。

 

 楽屋入りすると、長沼氏がカーテンドアをしっかり締めて、その外に、バウンサーよろしく立ちふさがった。菊地くんがブースに入ると、オーディエンスから地鳴りのような歓声が上がる。菊地くんのDJも楽しみではあるが、スパンクハッピーへの期待と不安が変な風に高まりすぎて、おかしくなっちゃったよ。そんな感じのバイブスだ。

 

 

 

 シュトックハウゼンのキツい電子音を3曲同時に鳴らし、それを3分間放置してから、コルグの太いシークエンシャル・リードがシンセベースが続く、リエゾンダンジュールスのボディ・ミュージックが鳴り出すと、菊地くんの手さばきは司祭のようだった。リップ・リグ&パニック、ノーニューヨーク、キップ・ハンラハン、ヨーコ・オノ&プラスティック・オノ・バンド、フェリックス・ダ・ハウスキャット、と、インテリジェントでクレージーなチューンが流れるように、つんのめるように繋がれる。ODが踊り出した。「ちょっと待てOD、汗かくなよ。ボディスーツに沁みできるぞ」「了解じゃないスか~!!」しかし、もう既にODは汗でびしょびしょだった。

 

 

 

 あと10分。私はクールストラッティンのタキシードと、アレキサンダーマックイーンのスニーカー、メゾンキツネのTシャツ、アメリカンアパレルのアボカドグリーンのボディスーツに、安室奈美恵とH&Mコラボレーションの長襦袢型オーヴァークロス、UNのハイヒール、フェンディとプラダのサングラス、を食材のように、手早く机の上に並べた。

 

 

 

 私とODは、お互いに視線を合わせずに狭い空間内で全裸になり、衣装を1分間で完全着用するスキルを身につけていた。お互いに鏡を使わず、お互いがお互いの服や髪の微調整をする訓練も怠っていなかった。ヨーイドンで着替え始め、時間を競う練習を何度したかわからない。ODはニプレスとストラップレス(前貼り)を口にくわえ、鏡を見ずに一発で的確に貼る技術を身につけていた。2分間で我々はドレスアップを終え、互いのヘッドセットをして菊地くんを待った。

 

 菊地くんになりたい、全ての痛い諸君に言いたい。菊地くんと同じ経験をしたり、菊地くんと同じ教養を持つ必要はない。アイテムすら、同じでなくて良い。もし何かになりたかったら、同調するだけだ。そして同調に個人的な解釈は禁物である。あなたが抱くファンタジーは同調を阻害する。モノマネ芸人から学ぶといい。私は、持ちうる限りの能力を全て駆使して、菊地くんと同調した。どうしてああやって話すのか、どうしてああやって歌うのか、どうしてああやって動くのか、どうしてああやって考えるのか、私は私の解釈を一つ一つ捨て、彼と同調した。

 

 

 

 私であり、菊地くんである、BOSS THE NKこと菊地成孔が「ひゃー、終わった終わった」と言いながらテントに入ってきた。「おおファイナリストのご両人、キマってるねえ(笑)。キマってるって、服がっていう意味だよ(笑)」それから菊地くんは、今まで見たこともないような真剣な表情になってODの瞳を見つめ、ほっぺたを両手でぎゅーっと摘み「楽しみすぎるなよ。OD。クールに振る舞え」と言って、満面の笑みを見せ、ODを強く抱きしめた。ODは「あらー。あらー。あらー。」と言って、酔ったような顔になった。

 

 

 

 アルカの電子音オペラとケージとシュトックハウゼンの発信機ノイズのミックスが流れ出し、我々はステージに向かった。定位置についてマイクの調整を始めると轟音の様なアプローズとシャウトの波動が我々を見舞う。ODは酔っ払ったような顔のままだったが、いつもに増して、目に覇気が宿っていた。

 

 

 

 ODの襟を直し、サングラスの位置を最終調整し、長襦袢のピン留めの位置を調整して、轟音ノイズとアプローズのミックスの中、我々はセットの状態に入った。菊地くんには、実家の飲み屋で鍛えられたかなり高い動体視力があり、一瞬で500人単位の観客の識別が出来たが、私の動体視力は川崎とソマリアでかなり鍛えられた。とまれ、視力を駆使する必要はなかった。変装した小田さんも菊地くんも、オーディエンスと同じく、両手の拳を上げてハイになっているのが一瞬でわかった。この日の動画はインスタグラム世界に散乱しているので、ご確認して頂く事も可能だろう。ステージ主観左端で小田さんが「OD~!」と叫び、菊地くんがセンター7列目ぐらいで、我々を交互に指差してはゲラゲラ笑っているのが写り込んでいる。

 

 

 

 「アンニュイ・エレクトリーク」は、22年前である1997年、20世紀に作曲された曲だ。意訳すれば「退屈な電気」「電気的な退屈」とパニック発作発症直前の菊地くんの、正に症状に近いほどの先見性の射程距離がある。後の計画停電、セックスレスとクラブの閉店、深刻な不況、退屈さに見舞われた、おそるべき少女性、享楽的である筈のクラブのフロアに蔓延する病的なシャイネス、ドラッグ効果の瞬間化としての、感電と失神への憧憬。エレクトロニカとブランデーの相性。全てが今日を予測している。

 

 

 

 イントロが流れ始め、我々は二人で考え込んでいるセットの状態から、一人づつ踊り出す。ODが最初に4小節踊ると、デコルテと脚が綺麗に見え隠れし、オーディエンスは息を飲んだ。5小節目からサブベース(ベースの1オクターブ下の重低音)が加わり、私がステッピンアウトのフォームで回転すると、オーディエンスからは何度目かの津波が押し寄せた。ODのチャーミングさは既に私の生活の中に存在しながらにしてこの世のものとは思えなかった。オーディエンス、特に若い女子がODと同調して肩を揺らす。菊地くんは、なぜ今、このユニットを蘇生させたのだろう。幸福感が私の中の暗黒を祓い清めてゆく。パン工場の皆さん、届いていますか?ODが、この夏を、神々が与えてくれた季節を、歌い踊りながら、魔法のように未来と繋ぐ守護天使になってゆく姿が。読者の皆さん。私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係にある。と言っても信用されないだろう。すぐには。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(30)>

 

 以後のことは全て、インスタグラムとtwitterにある通りだ。ODはなぜか、雨の日に車に乗ると酔うとか、ボクシングの才能があるとか、自己申告通り、ピアノの演奏技術が高いとか、男装(インスタグラムにあるスーツ姿、タイドアップしたシャツ姿は、菊地くんが私用に渡した物をそのまま着ている)からキャットスーツまで何を着せてもショーモデルのように抵抗なくどんどん着て、みんな似合ってしまうとか(これは菊地くんの天賦の才もあると思うが)、パン一斤を食べながら何でもできるとか、我々のビートメイク以外にも、菊地くんの優秀な教え子たちがビートメイクしてくれているとか(彼らは最近、タイプビートのメイキングチームを作って、旺盛に活動している。彼らと我々はシンジケート関係にあるので、今後しっかり紹介してゆくことになると思う)、「デギュスタシオン」からガンダムまで、菊地くんのほぼ全作品を製作している株式会社「耳たぶ」が我々と全面的に協力関係を結んでいるとか、skirtの澤部氏を菊地くんがヘッドハントしてきたとか、世に群雄は割拠しており、菊地くんはよく「歩いてれば誰か集まってくる。桃太郎ってのは、あれはすげえ童話だ」と言っていた。

 

 

 

 菊地くんは、彼らしくもなく、我々の活動ペースを三カ年計画でコントロールしていた。我々はいくらでも活動できるのだが、「菊地くんと小田さんがやっている」という態を遵守するため、彼らの多忙期には、我々は活動を止めてここで隠遁していた。「ヴァンドーム」と「構造と力」の時と逆だ。

 

 

 

 小田さんは、表向きに誰でも知るように、先ずはDC/PRG(後に「花と水クラシックス」「SONG-XX」)のメンバーだが、それよりもはるかに、ceroのサポート、クラックラックスの旺盛な活動、三枝伸太郎氏とのニュークラシック系の活動、表向きではないが、CM音楽、テレビドラマの音楽等々、多忙を極めていた。菊地くんの病的な多忙さは読者のみなさまもご存知の通りだろう。この二人が別名でバンドをやっている、という設定には、無理とは言わないが、かなりの制限がある。

 

 この回想録の初回か2回目に書いた筈だが、菊地くんは、SONYからのレーベル閉鎖勧告も、TBSからの打ち切り措置も、直観で予想していた。私の筆を使って菊地くんの言いたいことを代筆するのは善しとはしないが、未だに菊地くんは知的で策略的なパーソナリティかつスノビストのナルシシストだと思われがちだが、ナルシシズムは人類という生物の属性として、あたら菊地くんだけが特別高いはずもないとしても、本人と一緒に3~4日一緒にいれば、彼がかなり獣性の高い人物だとわかるだろう。私は彼が記憶喪失になって、全ての書誌学的教養、音楽理論を失っても彼は死なないと思うが、彼が直観や天啓を失ったら一ヶ月で死ぬと思う。彼は「デビュー年にアルバムはいいや。翌年にする、それでその翌年には、、、、」と言った。

 

 

 

 私はここまで書いた理由に従って「二人とも忙しいからな。でも2019年だって忙しいのには変わりないだろ?」と言った。そのとき菊地くんは、遠い目で、爪を噛みながら「いや、19年は、暇になる気がすんだ。少なくともオレは」と言った。

 

 

 

 「19年の6月でオレ56になるだろ。そのぐらいだよ。ファーストアルバムは。オレの50代後半にはミッションがある。自分の演奏を日本全国、世界各地に持ってゆくことだ。55まで、オレは東京にいて、聴きたければここに来い。という態度をとり続けた。もしオレがハイプでスノッブだとしたら、その点だけだ。それは認める」「罪悪感は?」「ないね(笑)。音楽以外の事にありすぎるからか知らねえけど(笑)。音楽をやるときは、あの闇のない晴天の世界しかオレは知らねえ。パニック障害の時でさえ、親がくたばった時でさえ、演奏の時は晴れてた(笑)」

 

 

 

 彼の近くにいた人間として文責を持つが、この段階では、SONYTBSも、彼を放出する予兆もなかった。全ての関係者が、全てがあと何年も継続すると信じきっていた中、菊地くんは私にコンタクトを取り、三カ年計画を開陳したのである。菊地くんも何度も書いているが、ソニーは、TABOOレーベルの最後のアイテムとして、スパンクハッピーを強く望んだ。だが彼は決然とこれを拒み、ビッグカンパニー的には海のものとも山のものとも分からない新人であり、菊地くん的にはデモテープの1曲目の冒頭4小節で完全にその才能を信用しきっているオーニソロジーを世に出す事に全てのチップを置いた。おそらく彼は、自分が死ぬ時も天啓によって、誰よりも早く、予め知るだろう。

 

 

 

 次回でこの回想録を終えようと思う。フジロックから先のことはインスタグラムにある通りである。最後に一つだけ。4月から我々は、この倉庫での共同生活を終え、都内に別々のマンションを借りる事になった。この回想録は、我々の、ここでの共同生活が終了することを前提に書き始められていたことがお分かりになっただろう。たった今工場からODが帰ってきた。「ボスボスー。ただいまデス!お借りしていたDJの機械は完璧にマスターしたじゃないスか~」ODはローラースケートを履いて、パイオニアのCD-Jと食パン一斤を頭に乗せ、練習中のフィギュアスケーターのように、倉庫の敷地内ギリギリを滑走し始めた。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(29)>

 

 私とODの生活にプレートが訪れた。新曲を作り、リハをやり、ワインを飲みにゆき、衣装を買いにゆき、インタビューを受け、それらをみんなインスタグラムにあげながら(それは全て、菊地くんの事務所、小田さんの自宅スタジオ、レンタルスタジオ、外のカフェ等々、我々が菊地くんと小田さんであることをネガティヴアピールしていた。特にこの倉庫跡は足がつきやすく、我々は静止画一枚も撮影していない)、週末ODは川崎の工場に帰る。月に一度、菊地くんと工場長を伴ったディナーに出かける。私はこのジョブに満足していた。秘匿された音楽家の暮らしである。私は変わらぬ悪夢に苦しんだり、過去の仕事の名残で、極端な緊張状態に陥ることはあったが、基本的には、平和で文化的な生活を謳歌していた(こう書くと、これをノヴェルだと思って読んでいる方が「いつかこの平和にも崩壊が」と云うフラグだと勘違いするといけないので念のため、この暮らしは、現在も続いている)。

 

 

 

 ODは菊地くんの言う通り、ローラースケートをスリッパがわりにして、この部屋の中を高速で移動していた。基本的にスケーターは体幹が鍛わっていないと出来ないし、スケートは体幹を鍛える。ODは一足のローラースケート以外、一切のトレーニング機材を使わずにーーつまりゴッチ式だがーーローラースケートでパンやワインを運んだり、ピアニシモからフォルテシモまで、全ての音量で様々な歌を歌い、今度はそれをローラースケートに乗って旋回しながら行ったり、曲ができるとそれに合わせて何時間も踊りまくることでボディメイクをしていた。パンばかりの食事は糖質過多だが、不思議とODは皮下脂肪を溜め込まず、筋繊維も落とさずに体型を維持していた。パンとワインと水と果物、チーズとナッツ類を主食に生きている不思議な生物。ディナーで肉や魚を食べると、ODはハイになり、歌いながら何時間もランニングしたりした。

 

 

 

 そうした繰り返しの中、既に4本の夏フェス出演が決まっていた我々は、実質のデビューライブであるフジロック2018のステージを目指して、リハとインスタグラムの日々を送った。菊地くんが課したミッションである「プロダクツ1曲、しかも配信だけで、フジロック前までにフォロワーを5000人にすること」は達成した。

 

 

 

 これは、ODの何も衒わない性格や、菊地くんが思いつきで考え出すコントじみた動画用コンテンツの水準もあるが、やはり最大の理由は、菊地くんの属性である「メディアを過分に使う」ところに拠る所は大きい、彼は黎明期以前のブログフォームでも、最初期のツイッターでも、AMラジオ番組でも、ブログマガジンでも、メディアを与えられると圧殺的に情報を詰め込んで、しかも軽い味わいに仕立ててしまう。そもそも彼の音楽がそうできているし、彼自体がそうできている。ということも可能だ。

 

 

 

 あのODが菊地くんに「菊地サン、インスタグラムというのは、こんなに頻繁に更新するもんじゃないデス(笑)」と意見したほどだ。菊地くんはゲラゲラ笑いながら「平均がわかんねえんだよOD(笑)。引かれるほど多かったら言ってくれ。フォロワーが増えりゃいいんだ(笑)」と、悪い意味で、というぐらい、メディアに対して軸がブレなかった。「粋な夜電波」の1本分は、構成作家が書いて、パースナリティーとアシスタントがいる平均的なAMラジオ番組10本分もしくは100本分が詰め込まれていながらにして、調子よく気分良く聞ける番組だったということが可能だろう。

 

 

 

 「最も圧縮と軽量化がうまく行った例だね」と菊地くんは振り返る。「オレの書くもの情報量を、まだ衒学的だとか言ってるバカがいるが、そんなもんはヒエロニムス・ボッスが、細かい絵をいっぱい描き込めると自慢しているんだと言ってるのと同じだ。ただ、責任はオレにある。バカにも気づかせないように軽量化をうまくやらないといけない。意図的に、図式的に、つまりある意味でやってないのと同じことだけど、軽量化を実行したのが「花と水」で、あれは、多くのバカから<これがあいつの本当のやりたいことだ>とか<他は嫌いだけどこれは好き>とか言われた(笑)。日本人は胃弱だ。あれがいっぱいいるんでしょ。ピロリ菌(笑)」「構造と力。も、4小節内の打点数を算出したら、ちょっと引いたよ(笑)」「でも、君のおかげで軽量化が成功した。全曲ポップだ。感謝してるよ」「まあ、こっちも楽しんだ。今もね(笑)」

 

 

 

 問題は、ODの仮眠症と夢遊病だった。車の運転中に気を失ったことが2度あってからは、運転もさせないようにした。規則的な生活を送るために、私はかなり逡巡した末に睡眠導入剤まで使った。しかし、ODは定時に寝て、まとめて寝て、定時に目覚める、という事がなかった。

 

 

 

 というより、ODの時間感覚における「区切り」の単位概念は「1曲」だけだった。歌い始めから歌い終わりが、ODにとっての「区切り」の中枢で、後のことは全てそれを取り巻いていた。「昼と夜」さえ。ただ、J-POPから長いカンタータ、場合によってはオペラを一幕丸々歌い続けることもあったので、「1曲」の長さはかなりの幅があったが、それでも「1時間」という単位や「1日」という単位はなかった。ずっと工場の中にいて、日照と日没の感覚も薄かったろうし、嬰児のように、大人たちに見守られて、好きな時間に寝て、好きな時間に起きては歌を歌っていたので、当然とも言える。

 

 夢遊病は、夜尿のような退行的な症状はなかったが、起ききれない、眠りきれない、という半覚醒の状態が深く長く、言語の状態は同一性を失い、パワフルな行動こそなかったが、私はODがベッドに入るときにはローラースケートを脱がせて、私に渡すように言って聞かせた。なので、菊地くんが冗談で言っていたが「ステージ中に寝る」ということはありえないと想定できた。ODにとってライブは開始と継続と区切りの連続であって、あるとしたらMCの時間に立ったまま眠ることだが、少なくとも、フジロック用のリハーサルでは、それはなかった。次にまた歌が始まることをあらかじめ知っていたからだろう。

 

 

 

 ただ、これは後日譚だが、「鬱フェス」の時は、ライブ終わりですぐに夢遊病の状態に入った。「ライブ直後」の動画を撮影するまでしっかりしていたODだが、控え室は狭く、衣装はLOOK2つまり、水着の上に長襦袢を羽織っている、というものだったので、私は控え室の扉の前で「外で待ってるから先に着替えとけ」と言った。アーバンギャルドの諸君をはじめとした面会者が多かったので、面会用=SNS用に別の衣装を用意してきたのである。

 

 

 

 しかしODの返事は「。。。。明日からー。。。。すたしまないー、スかー」というもので、私は軽く焦せり、控え室の内鍵をかけた。

 

 

 

 大槻ケンジ氏、アーバンギャルドのお2人、他にも我々に面会を求めるアーティストが何組もいると知らされていたので、とりあえずの善後策として、ODが目はつぶっていないことを確認し、衣装はそのままで、記念写真を一通り撮ることにした。長襦袢と水着を脱がせ、ニプレスを剥がして、下着から別の衣装に着替えさせる、ということは流石にできない。私は長襦袢の前身頃がはだけないよう、安全ピンを3つ使ってしっかり留め、来客には一人で対応して、ODが声を出そうとしたら、笑いながら口を塞いだ。アメリカのコメディ映画のようだ。時間のある方は確認してみてほしい、あの日、SNSに上がったバックヤードの写真に写り込んでいるOD表情を。目の焦点があっていないことが確認できるはずだ。あれは立ったまま寝ている状態で、、、とここまで書いたところで、ODが銀盆に乗ったボルドーグラスとクロワッサンダマンドを持ったままローラースケートで滑ってきて、私の前で綺麗に止まった。「ボスボスー。お夜食じゃないスか」「おお。すまんな。お前はいいのか?」「さっき食べたじゃないスか(笑)。それよりボス、毎日何を書いてるデスか?」「お前とオレの事だ」「そうスか。菊地さんに報告するデスね」「いや違う。パンの皆さんが読むんだ」「ひえー」「どうした?お前でも恥ずかしいか?(笑)」「いえ、興奮してきました!!」「あの、、、今日は歌わくていいぞ(笑)もう寝ろ」「いやもう、歌わないと収まらないデス!!(笑)」「何を歌うの?」「安木節!!」「ワインとクロワッサンだぞお前(笑)」「いくデス。やす〜うううき〜」

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(28)>

 

 「GREAT HOLIDAY」当日から私とODはこの倉庫跡で暮らし始める事になった。最初の夜はODはベッドに、私は足元のスプリングの露出を気にかけないと危ない古いソファで寝たが、翌日早朝には菊地くんが14人のリフォーム会社の人間と一緒にアスベスト工事の職人のような格好で現れ、物凄い勢いで、としか言いようがない速度でどんどんリフォーム工事を着工したので、襲撃を食らったと思い、反射的に、寝ているODを抱えて反撃体制になったのだが、聞こえてきたのは防塵マスクと防塵グラスを外した菊地くんの朝の挨拶だった。

 

 

 

 「おはようございます!おはようございますファイナルスパンクハッピーのご両人!昨日はデビューおめでとう!と言いたいところだが、お前らはしくじった!ペナルティに叩きこしてやったぞ!デーモン閣下のモノマネでうははははははははははははは!起きろOD!元気になったか?」

 

 

 

 菊地くんがODの頭を撫でてもODはまだ目覚めない。

 

 

 

 「おー、これどうにかしないとねえ過眠症。治せるか?」「まあ、治せるさ。それより、良いか?抜き打ちでここに来るな。抜くところだっただろ」「怖っ!(笑)抜くの?!オレに?(笑)」「、、、、ODを置いてくる」「ボスくん<レオン>の見過ぎでしょう(笑)。ODは少女じゃねえぞ(笑)」「そっちこそ<ディーヴァ>の見過ぎだろう(笑)」「でも<ベティブルー>なんか見ない!(笑)」「オレも見ない(笑)」「あの時期のフランスにはかっぱがれたな(笑)」「まあ、逃げ時は良かったろ。あと<サブウェイ>だけ見といて」「<ポンヌフの恋人>まで引っ張られた奴らはご苦労さんだよ。けけけけけけけけけ。あ、では○○施工の皆さーん、よろしくお願いします!!ボスくん、早速賭けだ。○○施工の皆さんに邪魔にならないように、、、、、えーっと、、、、あっちだ。あそこまでソファ動かそう」

 

 

 

 ODを傍に横たえ、我々は悪い癖を始めた。

 

 

 

 「まずはODが何分後に目覚めるかだ。1時間以内か以上か。以上に3万」「じゃあ以内に3万」「皆さん!おはようございます!!今日も元気に働くじゃないスか!!」「くっそう!(笑)」「ODよくやった(笑)」「お目覚めからボス褒められたじゃないスか!!(笑)あっ!菊地さん!!昨日はゴメンなさいじゃないスか!!次から頑張りマス!!」「昨日はもういい。今がゴメンなさいだ!!」「え?え?、、、自分またなんかしでかしたデスか?、、、、」「いや大丈夫だ(笑)。ODまだ歌うなよ。工事が始まった。パンあるだろ?食ってろ」「了解じゃないスか!!」

 

 

 

 「じゃあ次だ。ウチラのレーベルはSONYに切られると思うか?思うに100万」「それはそうだろう、ものんくるに逃げられたら(笑)」「でしょ?(笑)半年以内に5万」「レーベルプロデューサーがそんなでいいのか(笑)」「良いんだよ予想だもん(笑)」「じゃあ我々はどっからリリースするんだ(笑)」「そこが問題だよ(笑)」「まあ良い、ここは希望も含めでせめて3年後にしよう。3万」

 

 

 

 結果は読者の皆さんがご存知の通りだ。この後も我々は、夕方まで総額500万ほど賭けた。最後の方は、施工会社の社員が、ダクトを一発で繋げるかどうか、果ては、あの社員が右に曲がるか左に曲がるかまで賭けた。

 

 

 

 そして、施行中には、あらゆる搬送会社がやってきて、sertaのニューヨーク550のセミダブルと、製造年月日もわからない、20世紀初頭だと思われる、アール・デコな鉄柵とボロボロのソファだけでできているようなチャイルド・ベッドのラスティックペイントが施されているもの(「ODは子供じゃないって言ったばっかりじゃないか」「いや十分入収まるって」「そりゃそうだが、あれ、貴族の赤ちゃん用だろ?(笑)」「あいつベッドから落ちそうだろ。柵が必要だと思わない?」「思う(笑)」)、巨大なGMのアメリカンアンティーク冷蔵庫<FRIGIDAIRE>を何と2台。ドンペリニョンのNVを3ケース、業務用のワインセラーハイアールのJQF360Aを1台、フィレンツェから取り寄せた2メートル四方の鏡これは14世紀製、6メートルはある、業務用のハンガー、フィットネスジムの設備一式(菊地くん曰く「エヴリィタイムフィット」さんから「お借りした」・笑)、そして、見るなり私が無碍に突っ返したのはTOTOの最高級ジェットバス、MMシリーズの最も巨大なやつだ。床に埋め込むスタイルになっている。

 

 

 

 「あのな菊地くん、ここをラブホテルにしないでく」「ODもお前も疲れるだろ。疲れとるのに最高なんだよ(笑)。TOTOさんの先端技術の結晶だぞ~(笑)」「良いよ普通のユニットバスがあれば。あれは返せ」「もう施工頼んじゃったもん(笑)」「とにかくあれはダメだ」「なーんでだ?(笑)気に食わんか?(笑)」「言って良いか?」「ああ」「お前あれにOD潜らせに来るだろ。水着着せて。お前泳げるか?とか言って」「バーカお前バーカお前(笑)!やっるっわっけねえじゃん!!(笑)4人4役やりすぎてとうとうヤキが回ったか?(笑)オレはODを花もて折らねえよ絶対!ってか、ODが嫌がるだろうよ(笑)」

 

 

 

「いや、嫌がらないよ」「ええ本当?(笑)」「止めろ本当に」「わかった止めるよー」「本当か?」「神に誓う。ヒンドゥーの神に(笑)」「ヒンドゥーの神は推奨しそうだな(笑)」「まあな(笑)」「わかった。とにかく、居住空間にあれを埋め込むのはやめてくれ。ちゃんとバスルームを区切って貰いたい」「わかった」

 

 

 

 かくして日本の技術の先端は、東京湾が見える絶好の敷地ではなく、不格好にもギッチギチに狭いバスルームに格納された。

 

 

 

 「他に足りないもんがあったら、受任報酬から買ってくれ。こっちからはこれだけだ。エアコンは施工に含まれる。駐車場は出て左に契約してある。快適だろ。なあ?オレと入れ替わらないか?(笑)」「可愛げがあるから許されるだけの冗談だ」「週一で来て良い?(笑)」「ダメだ。我々だって、常に変装して、君と小田さんだという噂がたたないようにしないといけないだろ」「月一」「まあ、、、、良いだろ」「リハーサルは必ず都内のNOAHでやれよ。ここではボディメイクだけだ」「わかった。ODにヨガと気功を教える。リハはNOAHな」「ああ」

 

 

 

 「あと、、、、」「ああ?」「ODに教育は要るか?、、、、そのう、、、、、外国語とか、、、、礼儀作法とか、、、、、ポップ・ミュージック史とか、、、」「いや、一切いらない。ダンスのアイソレーションだけやらしとけ」「わかった。あと、小田さんが髪を切るときは必ず連絡くれ。君もな」「OK」「これで最後だ、、、、、もし」「うん」「ODの身元が割れて、家族が出てきたら、どうする?」「いや、出てこない」「なんで決めつける」「いや、オレだって考えたよ。ODに存命中の血族がいて、もしODを何年も必死で探している。というセッティングがある、と仮定する」「うん、、、、あ、そうか」「そうなんだ。」「彼らは簡単に小田さんに行き着く」「小田さんはなんと?」「一回もないって。目つきが悪い頃、茂木健一郎に似てると言われたぐらいだとさ(笑)」「今じゃ考えられないな。君がルックの初期設定を変えて、、、」「まあまあまあ良いよそんな話は。それより、ODの家族が出てくるならまだ良い。問題は、奴が厄介だった場合だ」「だな」「わかんねえからなあ。全然」「予想もつかないよ」「その時は、、、、まあ、、、、頼むぞ、、、、」「ああ。勿論」「奴を致命的には傷ずけるな、、、、身体も、、、自我も」「可能な限りそうする」

 

 

 

 菊地くんはシリアスな顔をするのが疲れたのだろう。おもむろに立ち上がって、5メートルほど先で施工職人にパンを配っているODに大きな声をかけた。

 

 

 

 「OD!!これを受け取れ!!」「了解じゃないスか!」「行くぞ、行くぞ(笑)ほらっ!!」

 

 

 

 何かが、大きく弧を描いて、ODは両手と胸でキャッチした。

 

 

 

 「開けてみろ(笑)」

 

 

 

 「うっわ!うっわ!!やったー!!やったー!!菊地さんありがとうございマスじゃないスかー!!やったじゃないスかー!!ひゃー!」

 

 

 

 予想に反し、それはヴィンテージではなく、最新型だった。ローラーダービー社のローラースター600/RDU725Sは革張りのスニーカーにホイールが付いているだけのシンプルなものだったが、あらゆるホスピタリティに高いモデルである。

 

 

 

 「OD、外では絶対履くなよ(笑)。電柱に激突したりしたら昔のマンガだ(笑)。良いか?それがここでの暮らしの、お前のスリッパになる。帰ってきたらまずそれを履いて、寝るまで履いてろ。」

 

 

 

 「ハイ!」

 

 

 

 「いや、風呂上がりはダメだ」

 

 

 

 「良い(笑)マッパで滑りまくれ(笑)髪が乾くぞ(笑)」

 

 

 

 「ダメだ(笑)」

 

 

 

 「どっちスか!!!」

 

 

 

 「風呂上がりで、パジャマさえ着てれば良い(笑)、それより履けたか?」

 

 

 

 「まだデス、、、、紐が難しい、、、、」

 

 

 

 「履けたか?」

 

 

 

 「履けたじゃないスか!!(笑)」

 

 

 

 「おーおーおー、かっこいいなーかっこいなー。お前の運動神経なら滑れるだろ。ほら(手を鳴らして)。ここまで来い」

 

 

 

 ODはやにわにクロワッサンを一個口に突っ込み、小田さんに貰ったユニクロのパジャマのまま、腰を一瞬かがめて体重を乗せてから左足をキックバックして走り出すと、「うっヒャッヒャ!」と言いながら、5メートルを6秒かけて、綺麗に私と菊地くんの間に割り込み、回転をかけて、つま先のストッパーで止まり、力道山のアー写のように両拳を腰に当てる英雄の様なポーズをとった。菊地くんはいきなり「あいけねえ!あっちの壁ボルダリングにしないと!」と言った。感無量であることを隠すためか、実際にODが工場で昇降運動によって体型をメイキングしていた事を重く考えたかは、私にはわからなかった。ODは力道のポーズのまま、ムシャムシャと口の中のクロワッサンを噛んでいた。やはり菊地くんは、感無量を隠していたのだ。彼は遠くを見て、「OD、それを飲み込んだら、なんか歌ってくれ」と言った。「モグモグ、、、なんに、、、モグモグ、、、、するスか?」「カタラーニの<ラ・ワリー>から<遠くふるさとの家よ>だ」

 

 

 

 かのトスカニーニが、あまりの美しさから自分の娘の名前にした、隠れた名匠カタラーニの代表作「ラ・ワリー」は、第一幕のアリアが、映画「ディーヴァ」に使用され、物語に深く関わっている。カタラーニは、トスカニーニが指揮棒を振ったこのオペラの初演の翌年に、39歳で夭逝する。これは失恋から雪崩に身を投げる女性の歌だ。映画ではウィルメニア・ウィンギンズ・フェルナンデス演じる、明らかにジェシー・ノーマンをモデルにした黒人ソプラノ歌手、シンシア・ホーキンスが歌う。<黒人が純白の雪崩に身を投げる美しい悲劇>という評は、公開当時も今もなされていない。ユニクロのパジャマとローラースケートを履いたままODが歌い出した。異様に深い残響音とともに。

 

 

 

 それでは 遠くに行ってしまわなければなりません

 

 

 

 まるで 行け 行け と鐘が怒鳴っているようですわ

 

 

 

 白い雪の彼方 雪の彼方へと

 

 

 

 希望もなしに 悲しみと悩みに包まれて

 

 

 

 ああ お母様 楽しい我が家

 

 

 

 私はそこから出て

 

 

 

 本当の遠くに行かなければなりません

 

 

 

 それが私の運命のようです

 

 

 

 もう決して 帰ることも 振り返ることもできないわ もう決して

 

 

 

 そこからは出てゆかなければなりません

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(27)>

 

 結果としてファイナルスパンクハッピーは、現在のところ、とするが、小田さんを入れ替わりにしたあらゆる活動は行っていない。そして、この回想録の中でも、小田さんは姿を消し、最終回近くのフジロック2018でのライブの間際から最終回までは登場しない(小田さんと我々が接触しなくなった。と言う意味ではない。小田さんは菊地くんの容赦ないフックアップの賜物か、激務をこなす才媛に戻り、ODと工場長とはグループラインで、LINEで繋がり、菊地くんとは共に仕事をしていたが、私との関係は直接的には切れた。ワイン会食の時は、仕事がないときに限って、たまに顔を出してくださったりしていた)。

 

 

 

 小田さんの人生の中で、「GREAT HOLIDAY」での珍事が、ありきたりで尊いサマーオヴラヴのままになることを、私も菊地くんも祈っている。「女の子は楽しそうにはしゃいでるのが一番だよ。なんてダッセエ事ぁ言わねえよ。ただ、踊りは教養だ。人類の、一番最初のね。歌なんて、ずーっと後に来る、高級品だよ。教養主義か非教養主義か、なんて事の遥か以前に、ベーシックな教養ってのは、ないよりはあった方が良い。言葉が喋れるとか、一人で排泄できるとか、金が使えるとか、金がないと食えないとか、でも金は直接食えない、とかさ(笑)」。

 

 

 

 しかし、ODは意を決した。小田さんとの半同棲生活の解消を提案してきたのである。スタジオコーストから取り急ぎ戻った湾岸の倉庫で、ODは、これからここで暮らす。と言い出した。

 

 

 

 「ボス、、、、、今日は、、、、本当に、、、、、」

 

 

 

 「もう良いOD、もう謝るな。それより、突然の睡眠に注意だな。オレも気をつける。あれだろ?工場での暮らしに、おまえ決まった睡眠時間がなかったな?(笑)」

 

 

 

 「はい、、、、、寝るって言うのは、、、、いつ寝て、いつ起きたか、、、、わからないもんじゃないスか」

 

 

 

 「工場長さんや、工場の方々は、寝起きは決めてたろ?」

 

 

 

 「はい、、、、でも、、、、、自分だけは、、、、、気がつくと寝てて、、、、、、いつの間にか起きて、、、、、、起きるとパンを食べて、歌を歌って、歌ってるうちにまたいつの間にか寝てるじゃないスか、、、、自分が何をやっても、お兄ちゃん達はいつも働いてたじゃないスか」

 

 

 

 「ほとんど嬰児のナルシシズムだなそれは。見守られ方が凄すぎる(苦笑)」

 

 

 

 「AG?、、、、、自分はODの方が、、、、」

 

 

 

 「いや違う違う(笑)。こっちの話だ。まあいい。決まった時間に寝る事は出来そうか?」

 

 

 

 「全然わかんないじゃないスかー、、、、、でも、今日みたいなことがあったら、、、、、、、ダメダメです、、、、」

 

 

 

 「そうだな。まずは、寝ても起きれるようにしないと。小田さんとミーティングだな、、、ちょっと、、、」

 

 

 

 「ボスボス~」

 

 

 

 「あ?どうした?」

 

 

 

 「、、、、自分、、、、、ミトモさんのお部屋を出るじゃないスか、、、、、」

 

 

 

 「いいかOD、今日のことは、お前一人の責任じゃない。ペナルティは要らないぞ。本当だ。もう自分を責めるのは止めろ。これは一種の命令だ。いいな」

 

 

 

 「違うじゃないスか、、、、、ミトモさんのお部屋にいると、、、、、好きな時間に寝放題、起き放題デス」

 

 

 

 「なるほど、一緒に朝食食ったりしないのか?」

 

 

 

 「ミトモさんはビッグコミックスペリオール蝮卍実話ナックルズ忙しいじゃないスか。だから、いつも自分が目が覚めると、いらっしゃらないデス」

 

 

 

 「なるほど、、、、、、わかった。そうだな。そしたらODどうする?マンションでも借りるか?」

 

 

 

 「あのう、、、、、ここは、、、、、工場跡ですよね?ボスのお住まいデスか?」

 

 

 

 「ま、、、、、あ、、、、、、な。そうだな、、、、あのう、、、、実家?って言うかな、、、、、、それは、パン工場の近くなんだが、、、、、ここは、、、、セカンドハウスわかるか?」

 

 

 

 「セカンドハウス?」

 

 

 

 ODは両手で検索を始めた。

 

 

 

 「いやあ、あのな、ちゃんと言うとファクトリーなんだが」

 

 

 

 ODは検索ワードを切り替えた。

 

 

 

 「まあいいまあいい。あのな、ここはオレの、、、、そうだな、秘密基地だ」

 

 

 

 「秘密基地い!やばいじゃないスか!!(笑)だからムッチャクチャ広いのに何もないじゃないスか!!!(笑)」

 

 

 

 「どういう把握だ(笑)。まあでも、あってるな」

 

 

 

 実はこの倉庫跡の名義人は菊地くんだ。菊地くんは局部的に、歯止めが効かないほどのロマンティークがあり、ジャン・ジャック=べネックスの「ディーヴァ」並びに、その影響下にある最高傑作である、岩井俊二が監督したテレビドラマ「フライドドラゴンフィッシュ」の熱烈なファンで、「オレも50になったら、あんな倉庫跡にベッドとサックスだけ置いて住みてえ~」と心に誓い続け、なんと5年前に、とうとう本物を購入し、しばらく遊ぶように住んで、私に管理を任せたママになっているのだった。

 

 

 

 私はここを多く隠れ家や、始末した物や、受け取った物の一時的な保管場所に使った。安全な仕事の時は、簡易ベッドや、小さな冷蔵庫を置いて仮の宿にした時もあるが、基本的に居住用には作られていない。エレヴェーターは車両用があるが、ひどく遅く不安定で、ボタンはケーブルの先にゴツイのが取り付けられている。電気、ガス、水道、トイレこそあるが、体育館ほどの広さに、冷暖房がない。オプションとしては、業務用の巨大なキッチンが4つしつらえられていたことだ。もちろん、現在は稼働していないが。今は、中央にポツンとPC、机、小型ヒーター、姿見、設置型虫除け器があるだけだ。

 

 

 

 「ボスボスー。これを見てくだサイ」

 

 私は吹き出しそうになった。

 

 

 

 「これ、フランス映画じゃないスか!かあっこ良いー!!このオッサンとローラーガール、ちょっとボスと自分みたいじゃないスか!!(笑)」

 

 

 

 それはまさしく、「ディーヴァ」の映像だった。youtubeにローラーガールフェチがアップしたのだろう。キーワードに「roller girl」「hot pants」とある。リシャール・ボーランジェ演じる、倉庫跡に住む、脇役の謎の中年男の役名はボロディッシュ、そして彼が飼っているような、雇っているような、愛しているような、支配されているような、助手のような、秘書のような、恋人のような、そして娘のような、つまりはバディもの先駆として非常に優秀な、ホットパンツ姿のローラーガール(彼女は広大な倉庫の中を、常にローラースケートを履いて移動している)、アルバはベトナム人、チュイ=アン・リューが演じている。カリスマのあるフィルムであり、今でも崇拝者は多い。

 

 

 

 「自分、ここに住みたいデス!!なんかパン工場も思い出すデスし!!」

 

 

 

 「いや無理だ。ここは居住用には出来てない」

 

 

 

 「菊地さんに頼んでリフォームして頂くじゃないスか!(笑)」

 

 

 

 「いや。それは経費になるから、、、、、そうだな、、、、、うーん、、、、結構かかるぞ、、、、、、うーん、、、、、よし」

 

 

 

 「住むスか!(笑)」

 

 

 

 「決まりだ(笑)」

 

 

 

 「やったー!やったー!!菊地さんにローラースケートも買って頂くじゃないスかー!!」

 

 

 

 私は菊地くんと小田さんに連絡した。菊地くんはODのようにウヒャウヒャ言ってハイになり、ヴィンテージのエアコンや冷蔵庫、最新型のドライヤーやベッドのメーカー名を矢継ぎ早にあげた。小田さんは、安心したような、寂しいような。つまりはよくある気分になったようだった。ODはすっかり元気になり、「ボスと住む!ボスと住む!ローラースケート履いて暮らすじゃないスかー!」と、滑走の真似をしていた。時計を見る。今頃、DC/PRGのアンコールにOMSBが登場しスタジオコーストが騒然としている頃だ。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(26)>

 

 後日菊地くんから聞いたのだが、小田さんがあれほどきゃっきゃ言ってはしゃぐのは極めて珍しいらしい。楽屋までの通路で何度もハイタッチを求め、バレリーナのようにターンして「ボスさん!羽根!羽根!凄い!ほら!こうやって回るとフワってなるの!!」「パンツ見えてましたよ(笑)」「良いですよパンツぐらい!!(笑)あー、ニーハイソックスって初めて履いたけど、履くと逆に大胆になりますね!!」「大胆って、<シャーマン狩り>のジャケットのが遥かに大胆でしょう(笑)」「あれは女性カメラマンさんと菊地さんしかいなかったから。今日はお客さんの前だったじゃないですか!(笑)」「でも、菊地くんいたんでしょう(笑)」「はっ!今考えるとそうですね(笑)」「だから菊地くんは、ODの体型と小田さんの体型が同じだって自信を持ったんですよ(笑)」「ええっ!!ODも裸になったんですか?」「なりましたね(笑)」「早くないですか!!(笑)」「そこじゃないでしょ(笑)」「いや、そこですよ!誰が脱げって、、、、ボスさん?」「いや、着替えろって言ったら、いきなりその場でマッパになったんですよ(笑)」「そうか、それはODらしいですね(笑)」「まあ、何はともあれ、非常に助かりました。お疲れ様でした」「ええ~。もう終わりなのか、楽しかったなあ(笑)。ボスさん、今度あたしの部屋で一緒にエアライブやりませんか?(笑)」「ワイングラス割っちゃいますよ(笑)。っていうか、ODが黙っちゃいないでしょう(笑)」「良いじゃないですか3人でやれば!(笑)3人のが良くないですか?女子が双子で(笑)」「それダメですよ(笑)。菊地くんの香港の話ですよ(笑)」「ええ?なにそれ?」「何でもないです(笑)」

 

 

 

  今でも菊地くんのブロマガ「ビュロー菊地チャンネル」に、全編がアップされている「GREAT HOLIDAY」に於ける<ファイナル・スパンクハッピーのデビューライブ>は、門前の小僧が習わぬ経を読んで、とまでは言わないが、チェックのために全ての楽曲を聴いていて、振り付けのリハーサルを何度か見ているだけ、という状態の小田朋美さんが急場凌ぎでやったものだ。楽曲は「アンニュイ・エレクトリーク」「夏の天才」「ヒコーキ」の3曲のみ。MCの打ち合わせは全くしていない。

 

 

 

 「OD泣いちゃったかな(苦笑)」「とにかく傷つけないようにしましょう」「そうですね、、、、、(楽屋のドアを開けて)OD?起きた?(笑)」

 

 

 

 私も菊地くんも少々意外だったのだが、ODは泣いたりわめいたりせず、スイッチが切れたオモチャのようになってしまっていた。目は半開きになり、猫背になって、声量も口数も平均の5分の1ほどまで落ちた。菊地くんが隣に座り、ODの頭の上にパンを5個のせて、6個目を乗せようと慎重な表情になっていた。

 

 

 

 「OD、、、、」

 

 

 

 「ミトモさん、、、、ごめんなさいじゃないスか、、、、」

 

 

 

 「OD、気にするな(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、、」

 

 

 

 「そうだよ。気にしないで(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、、、、、、、、、、」

 

 

 

 「落ちない、、、、落ちないぞパンが、、、、微動だにしていない証拠だ、、、、見ろみんな。ODもだ、、、、いや見るな!顔を上げたらパンが落ちる!じっとしてろ!」

 

 

 

 「ハイ、、、、、、」

 

 

 

 「OD、本当に気にするなよ。誰も迷惑は被ってない。小田さんも楽しんだし、客も喜んだ。次はいよいよお前の出番だ」

 

 

 

 「ボス、、、、、本当に、、、、、すんませんでしたじゃないスか、、、、自分は、、、、、、」

 

 

 

 「OD、寝ちゃったんだからしょうがないよ(笑)。あたし、凄く楽しかった。ありがとうOD。また寝てもいいよ~(笑)」

 

 

 

 「いや。良くない」

 

 

 

 「菊地くん、、、、、」

 

 

 

 「OD、聞け。聞こえてるか?」

 

 

 

 「ハイ、、、、」

 

 

 

 「お前はプロなんだ。本番の前、それと本番中には、寝てはいけない。絶対に。復唱しろ。本番前と、本番中には、絶対に寝てはいけない」

 

 

 

 「、、、、本番前、、、、と、、、、、本番中、、、は、、、絶対に、、、、寝ては、、、、いけない、、、じゃないスか、、、、、」

 

 

 

 「そうだ。金を取るんだからな。いいか今日のギャラは小田さんにお支払いする」

 

 

 

 「いや!いいです!あたし要らないです!」

 

 

 

 「いや、それはダメです。受け取っていただきます!!」

 

 

 

 「受け取ってください」

 

 

 

 「いや本当に!!ODにパンを買ってあげてください」

 

 

 

 「ダメでしょ寝ててパン貰えたら(笑)。あらゆる原理に背くよそれは(笑)。それよりボス、急いでくれ。もう危ない」

 

 

 

 「わかった。小田さん。我々は全員出ますんで、急いで着替えて、そのまま会場に行ってください。衣装は脱ぎっぱで良いです」

 

 

 

 「は、、、、はい、、、、、ねえOD、、、、本当に、、、、落ち込んじゃダメよ」

 

 

 

 菊地くんは手品師のように凄い速さでODの頭の上のパンをひとつづつ鞄に移し、最後の一個をODの口に押し込んだ。私はぐったりして動けなくなっているODの肩を抱いて、酔っ払いを介抱している客のふりをしながらコンテナ楽屋から出た。菊地くんはやや忌々しそうな表情で会場に向かった。「何だよもう、これからけものが始まるって言うのによお。潰れちゃってよお。しかもアンパンくわえてなにやってんだよもう。吐きそうか?吐くか?そうか、じゃああっちの隅で吐け。アンパン口から出せよー」と大声で言うと、背後から菊地くんの声が聞こえた「いやいやいや、そんな、、、、恐縮です。ありがとうございます。まあ、小田さんがねえ忙しくて、あんまリハできなかったんで、、、、そう、、、、MCの打ち合わせなんかしてなくてですねえ、はははははははは」。私は思わず笑ってしまった。それは全く、完全にその通りだからだ。

 

 

 

 余りに落ち込んで、軽く薄笑いのような表情になってしまっているODの口にパンを更に押し込んで、私は酔っ払いを介抱する態で歩き続け、中古ベンツの3メートル前からは、ODを荷物のように横抱えにして、小走りで車中に飛び乗って、まずODのパンを吐き出させた。

 

 「OD、行くぞ」

 

 

 

 「ボス、、、、、、、すんません、、、じゃないスか、、、」

 

 

 

 私は自分だけ着替え、ODには帽子とサングラスとマスクだけさせて、2人分のシートベルトを装着し、慌てて左手だけドライバーグラブをして車を発進させた。絶対に顔を見られてはいけない。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(25)>

 

  綿密に練った計画が一瞬で水の泡になるという事は多々ある。どころか、バタイユに依れば、それは人間の、本能とは言わないまでも、かなり強い欲望でも、構造でさえあるのだ。経験者の方がいらしたら、と思うと気がひけるが、菊地くんは「オレには4人の、死産で出てきた兄弟がいるんだ。男だったか女だったかさえ親父もお袋も教えてくれなかった。オレは、<だから命を大切にしましょう>なんて、当たり前のことを言ってんじゃねえ。戦争なんかなくたって、世の中にそういう事は今でも普通にあるって話。そして、でも、親父とお袋が粘っちゃったのはやっぱ太平洋戦争によって蕩尽を経験してるからだ。だからオレは戦争の子だ」と何度も言っていた。

 

 

 

 蕩尽に免疫があり、米軍の空爆によって目の前で実家が焼け落ちるのを兄弟姉妹全員で見届けた母親から産まれた菊地くんは、全く焦らず、ニヤニヤ笑って言った「ヤベえじゃん(笑)OD寝ちゃったの(笑)」「説得できるか」「勿論よ(笑)」「時間ないぞ」「あーと、10分で済ます(笑)10分あればいけるよな?」「何とかなる」

 

 

 

 菊地くんは、トートバッグの中にあるヴォイスレコーダーの録音スイッチをオンにして(この段階では、私が回想録を書く資料として。ではなく、言質をとりたかったのだと思う)、小田さんを説得し始めた。サスペンス小説を書く気はないので結果を先に書くが、小田さんはきっかり11分後に1人で楽屋に現れた。1分は歩行分だ

 

 

 

    *      *      *      *

 

 

 

 「小田さん。実はですね(笑)」

 

 

 

 「いや聞こえてますよ。説明はいいです。あたし絶対にやりませんよ。っていうか、出来ないに決まってるでしょう。無理ですからね。それはお分り頂けますよね。いくらなんでも」

 

 

 

 「小田さん(笑)、、、、、あのう、、、、口パクですよ。楽勝でしょう?(笑)」

 

 

 

 「ひっどいなあ(笑)。ひっどいですよ菊地さんそれは(笑)。あたしには絶対に迷惑かけないって何回言ったんですか?ボスさんも仰ったから、お二人で倍付けですよ(笑)。あたし、菊地さんを信用できない人にしたくないです」

 

 

 

 「僕の信用なんかどうだっていいんですよ(笑)。それより小田さん、今日この後のDC/PRGは出ていただけますよね?」

 

 

 

 「当たり前ですよ。今、ODの代わりをやらないと出さないって言うんですか?」

 

 

 

 「僕そんな極悪人じゃないですよ(笑)。小田さん酷いなあ(笑)」

 

 

 

 「酷いのはそっちでしょう。何言ってるんですか(笑)」

 

 

 

 「菊地さんがご自分の信用についてどう言うコンセプトかは知りませんけど、あたしは自分が参加しているバンドのリーダーは信用したいし、尊敬したいんです」

 

 

 

 「分りました分りました(笑)。あのね、小田さんね。これは事故なんですよ。事故でしょ?ODが赤ちゃんみたいに、目を離すと一瞬で寝ちゃうのは小田さんも知ってるでしょ?住んでんだから一緒に。それで、小田さんはDC/PRGには出てくださると。そしたらさあ小田さん、急病とかじゃなく、小田さんがスパンクスだけ逃げたことになるよ(笑)。僕はね、小田さんを、意気地なしにも、出来ない奴にも、振り回しの子猫ちゃんにもしたくないんですよ(笑)」

 

 

 

 「ちょっと、何笑って言ってるんですか(笑)。すごくないですかそれ?(笑)詐欺そのものじゃないですか(笑)」

 

 

 

 「小田さんも笑って対応なさってますよ(笑)。いいですか世間は小田さんがODをやってると思ってる。実際デビューステージは小田さんがやる。それだけの事でしょう?(笑)勿論、ですよ。勿論、今回だけです。毎回寝落ちしたら、あいつ殺しますから(笑)」

 

 

 

 「え?殺すの?」

 

 

 

 「冗談に決まってるじゃないですか!!!(笑)。川崎に帰しますよ(笑)」

 

 

 

 「そしたらどっちにしろあたしが長続きしなかった事になっちゃうじゃないですか(笑)」

 

 

 

 「まあまあ、今、ディベート型の議論をね、してる時間はね、ないんですよ。後でいくらでもやりましょう。僕はディベートは苦手だから、すぐに潰せますよ。それよりね、あなたね、やりたいでしょう。正直なところ(笑)」

 

 

 

 「あたし帰ります。DC/PRGも出ません」

 

 

 

 「ちょーっと待って!ちょーっっと待って小田さん!DC/PRGは出ましょうよ。ね?それより、マジな話しましょう(笑)。あなた正直だからなんでも顔に出るから~(笑)。それが怖くて常にクールに振舞ってる。ちがいますか?(笑)演奏してトランスするのも、それと同じ事でしょ。そんなもん、他のやつは騙せても、、、、って言うか、きっと僕だけじゃない。ほとんど全員が解ってます。あなたにヒビを入れるのが怖いから言わないだけです(笑)」

 

 

 

 「それがフロイトですか?(笑)」

 

 

 

 「いや、こんなもんは俗流の心理学以下の、人の顔色見て生きてるやつのたわ言ですよ(笑)。僕が言いたいのはね。小田さん、リハに来て下さった時の目が、ちょっと羨ましそうだった訳よ(笑)、ちょっと待ってちょっと待って!あのね羨ましいのはさあ、ぜんぜん不思議な事じゃないのよ。自分と同じ顔の人物が、自分にできない事やってんだからさあ(笑)。それよりもね、ODが、小田さんの鉄壁なガードを解いた訳よね(笑)。小田さんの目がキラキラしてたの。あいつにはそういう力がある訳。わかるっしょ?」

 

 

 

 「だから何なんですか?」

 

 

 

 「だからね、小田さんにできないことが、ここでは三重になってるんですよね。1、そもそも自分がメンバーではない、2、ピアノを弾かずに歌ったり踊ったり出来ない、3、人の心の扉を開けない」

 

 

 

 

 

 「お言葉ですけど、失礼じゃないですかそれ?あたしなりに、聴いた人の心は動かしてるつもりですけど」

 

 

 

 「いやいやいや、心の扉を開けないって言ったんですよ(笑)。圧倒して崇拝されたり、性的な興奮を植え付けたり、いろいろあるでしょうパフォーマンスには。でも小田さん、人を解放したことって、あります?(笑)」 

 

 

 

 「ありますよ!!」

 

 

 

 「そうかなあ(笑)した事ないと思うけど(笑)」

 

 

 

 「そりゃあ、上手に、すごく出来るとかは言いませんよ。菊地さんみたいに、とは言いませんけど」

 

 

 

 「僕が人を解放してるかどうかなんて、どうでもいいんですよ」

 

 

 

 「いや、どうでも良くない。菊地さんが解放についてどうお考えか」

 

 

 

 「ほら、この会話、いま、一周したでしょ?(笑)

 

 

 

 「だから何なんですか?」

 

 

 

 「さっき、一瞬キレたでしょ?(笑)」

 

 

 

 「だから何なんですか?」

 

 

 

 「小田さんは、やってくださいますよ。だって羨ましいんだから(笑)。いろんな欲望が制御できないからこの仕事してる筈だ(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、」

 

 

 

 「普通、そうだなあ、この規模の話だったらダッチロール8周かかります。でも時間がない。2周に端折ってくださいませんか?(笑)結果は一つなんですよ(笑)だって周回してんだから(笑)。羨ましさより、できないと言われたことを、やって見せたいでしょ今は(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、、、、」

 

 

 

 「小田さん(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、、、、」

 

 

 

 「一緒に楽しみませんか?事故を(笑)。やって見せて、僕をギャフンと言わせてくださいよ。そうしたい筈です。顔に書いてある(笑)」

 

 

 

 「、、、、これがフロイトですね(苦笑)」

 

 

 

 「そうです(笑)」

 

 

 

 「ボスさんがリードしてくれるから大丈夫だもん(笑)」

 

 

 

 「曲は全部覚えてますよね?」

 

 

 

 「口パクだから大丈夫ですよ(笑)」

 

 

 

 「ほら!今3周した(笑)」

 

 

 

 「これはわざとですよ(苦笑)」

 

 

 

 「いやあ、感謝します。僕は兼ねてからあなたを信用してるし、尊敬しているし(笑)」

 

 

 

 「嘘だ、、、、、、あ!

 

 

 

 「どうしました?」

 

 

 

 「MC、、、、、ありますよね、、、、、」

 

 

 

 「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ(笑)。オーディエンスは全員、小田さんがまだ、ODになり切れてなくて、ギクシャクしてるって思うだけですよ(笑)。だってさあ」

 

 

 

 「実際にそうですもんね、、、凄いなあフロイトって」

 

 

 

 「ヒッチコックも耽溺する訳ですよ(笑)」

 

 

 

 「あたし、そんなに観た事ないんですけど」

 

 

 

 「全部知った人がヒッチコッキアンだったら<めまい>みたいな話だなって思う筈です」

 

 

 

 「あそれ、後で観せて頂いて良いですか?」

 

 

 

 「ダメです(笑)」

 

 

 

 「どうしてですか!!(笑)」

 

 

 

 「なんか、Hulu?とか?ああいうのでいくらでも観れます。それより急いでください。もう時間がない」

 

 

 

     *      *      *      *

 

 

 

 小田さんは楽屋に入って来るなり、「ボスさん」と言って、しばらく黙った。私は「菊地くんに何を言われたかわかりませんが、感謝します」と言う以外なかった。小田さんは、軽くイライラしながら周囲を見回すと、やにわにODのメガネをかけて「ボス。自分がやるじゃないスか(笑)」と言った。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(24)>

 

  私とODは、ODへの報酬としてワイン付きのディナーを重ね、周期的に菊地君とODが会う機会を持つこと、ODが小田朋美さんのマンションに住み、私服を借用し続けることで、成りすましのボディ・ダブル業にほとんど緊張することがなくなっていた。ただ、私は「菊地くんらしく」振舞えばよかったのに対し、ODは逆に、もしこれが恒常的なボディ・ダブルであるならば、小田さんにODらしく振舞わせることを強要することになり、流石にそれは無理だった為に、「あらゆる現場で、自由自在に入れ替わる」という、スパイめいた事まではできなかったが、我々4人が、4人で4役を担っているという屈折した形態に対する免疫は完成しつつあった。

 

 

 

 デビューステージである「GREAT HOLIDAY」の日は、その試金石だった。我々は黒スエットの上下と黒のニットキャップ、黒いサングラス、黒いマスクという、何をそこまでという黒装束でODが運転する(なんと驚くべきことに、ODはパン工場時代にパンもしくは原料を積載した大型車を、見よう見まねで乗れるようになっていた。私は職業柄、数多くの免許を取得していたが、菊地君は無免許の徒で小型の船舶と500CCまでのバイクに乗れるだけだったので、数少ないこういう機会には、念には念を入れてODに運転させた。「どっちも無免だろうに」と仰るなかれ、菊地くんが運転しているところを見られるのはまずい。そして、小田さんは免許取得者で、自分の楽器を積んでツアーに出たりしている。運転免許を始めとする、あらゆる偽造IDの作成は、菊地君が歌舞伎町時代に知り合った名人の仕事に依る)中古のベンツで、出演者、スタッフの誰よりも早く会場であるスタジオコーストに入り、ベンツの中でつけ髭や伊達メガネ等で変装し、弁当配送業者の制服に着替えて、その辺を自然にうろつき、たまに弁当やその食べ殻を配送したりしながら、スパンクハッピー出演時に備えた。

 

 

 

 この日、スパンクハッピーの楽屋はコンテナ型で狭く、窓が大きく、施錠ができない代物だったので、早めに楽屋入りして気配を消しておく、というのは余りにリスキーだった。

 

 

 

 なのでジョブは、一瞬の入れ替わりを2回行う。という形になった。

 

 

 

 菊地君と小田さんが、ものんくるが演奏している途中でスパンクハッピーの楽屋に入る。その瞬間を狙って我々は、楽屋に弁当の食べ殻を取りにゆく態で、ほぼ同時に楽屋入りし、菊地君と小田さんは、楽屋をアウトし我々が会場入りした時の黒ずくめに着替え、私服を持って、遠く国道沿いに駐車していた中古のベンツの中で待機する。私とODは当然のような顔でスパンクハッピーのメンバーとして全てのセットアップを済ませ、輝かしいデビューステージを終え、楽屋に戻るまで車中で時間を潰す。イベントの進行は厳格に動く。

 

 

 

 我々がデビューステージを終え、楽屋に戻り、関係各位に挨拶を済ませ、衣装をアウトし、弁当屋の制服に着替える。その瞬間に、既に車中で私服に戻っていた菊地君と小田さんが楽屋に入り、我々は弁当屋として楽屋を出て、そのまま中古ベンツに戻り、黒ずくめに着替えて会場をあとにする。

 

 

 

 我々4人は、湾岸にある私が所有している倉庫の中に、コンテナ型楽屋のダミーを入れ、5回のリハーサルを行った。「GREAT HOLIDAY」の舞台監督氏、菊地くんのマネージャー長沼氏を始めとする舞台進行チームが見守る中、ODも小田朋美さんも完璧な冷静さでことを進めることができた。

 

 

 

       *    *    *    *

 

 

 

 「GREAT HOLIDAY」当日。結果的に、だが、最初で最後になる「<TABOO RABEL>総出のレーベルフェス」は、熱狂的に、そしてつつがなく進行された。菊地くんは携帯メールで私と連絡し、我々の入れ替え劇よりも、遥かにオムスが心配だ。と言っていた。

 

 

 

 彼は、イベントの大トリを務めるDC/PRGのアンコールで「ミラーボウルズ」を演奏する際に、盟友のOMSBfeatすルことをイベント3日前に思いつき、しかもOMSBが出演可能と知るや、それを私と長沼氏以外ひとり残さず全員に対して秘匿し、つまり完全なサプライズ劇を計画し、実行した。多忙を極めるOMSBは、別イベントを終えてスタジオコーストに車で向かう。菊地くんは「どうしようどうしようオムスが間に合わなかったらオレのMCで繋ぐか、千住君と秋元君の賭けドラムソロ合戦で大金を動かすしかねえ(笑)」と云ったメールを何通もよこすばかりで、スパンクハッピーについては、全く心配していないようだった。

 

 

 

 「ものんくるが始まった。巻き押しなし。定時で決行。ODによろしく。弁当をつまみ食いするなと伝えてくれ」というメールが来て、我々は実行に入った。

 

 

 

 「OD、実行だ」

 

 

 

 「楽勝じゃないスか!!」

 

 

 

 「楽屋に入ったらゆっくり話してる暇がない。どうだデビューの気分は」 

 

 

 

 「早くやりたいじゃないスかー!うっヒャッヒャ!!興奮してきたー!!」

 

 

 

 会場には、工場長氏、そして「お兄ちゃん達」の中から、幾人かの方がいらしていた。そのうち数名は、奥様とご子息を連れて。

 

 

 

 「弁当屋の制服はどうだ?(笑)」「カッコ良いじゃないスかー!!パン工場の制服とちょっと似ているデス!!!」「そうか(笑)。行くぞ」「行くぞーじゃないスカーー!!!!」

 

 

 

 我々は車外に出てから沈黙をキープし、どんどん楽屋に向かった。今頃、TABOO離脱が発表されたものんくるのステージが最高潮になっている頃だろう。

 

 

 

 楽屋に到着すると、菊地くんと小田さんがいて、菊地くんが「あ、ご苦労様でーす」と、弁当屋に言う態でがなった。ODは声を出さずに、口の動きだけで<ミトモさーん>と言って小田さんに一瞬抱きつき、小田さんと菊地君は手を振って、すぐに楽屋から出て行った。二人が車に戻れば、黒ずくめのセットが置いてある。彼等は車中で変装して、今から小1時間の間、中古ベンツの中で息をひそめることになる。

 

 

 

 「よし、OD、まずはメイクとヘッドセットだ」

 

 

 

 「了解じゃないスかー!!」

 

 

 

 我々はヘッドセットとメイクに移った。ODのヘッドセットは私が、私のヘッドセットはODがやるようになっていた。後の「エイリアン・セックスフレンド」のコレオグラフにこの事が反映される。

 

 

 

 ODのヘッドセットの途中、悪魔の声が聞こえていたことに、迂闊にも私は気がつかなかった。ODが「あ~。やっぱボスに頭を触られると落ち着くじゃないスか~、フア~」と、軽くあくびをしたのである。愚かな私は、恥ずべきことに、少々気持ちが喜んでしまい、油断をしたのだ。何ということだ。

 

 

 

 「そうか(笑)」と言って、他所を見て、鏡の中に視線を移した瞬間、私は、本当に心臓が止まりそうになった。

 

 

 

 ODが一瞬で落ちてしまったのである。一度寝るとODは38分間、目覚めない。首をがっくりうなだれたままイビキをかいているODの上半身を抱きかかえながら、私は深呼吸を繰り返し、菊地くんに電話した。

 

 

 

 「もしもし、菊地くん、今どの辺りにいる?そうか。落ち着いて聞いてくれ。計画は変更だ。すぐに小田さんをこっちに寄越してくれ」

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(23)>

 

  ODは予想通り、<アガる>という心理自体を知らないようだった。「GREAT HOLIDAY」に向けてリハは着々と進み、ODは既に、スタッフや関係者の前で、歌いながら踊れるようになっていた。

 

 

 

 前々回に説明した通り、「口パク」は第二期とのシュミュラクラという側面もあるが、菊地君がいきなり、歌いながら踊れる人になる、というのは、いかにファイナルスパンクスに気合が入っている、という設定にしても、現実的に無理すぎた。つまり、ODは鞘に収めたのだ。

 

 

 

 私のコレオグラフは菊地くんも大変気に入ってくれた。「スターティングセットとしては上々だ。でも、スキルフルにはなんないでね。こいつ、ガチでやらせたら世界大会とか出そうだから(笑)」「分かった。落とし所について、後でミーティングしよう」。菊地くんは、スキルフルの時代(彼に言わせれば、「不景気または戦前」)にアゲインストしているわけでも、単なるバブル期ノスタルジーでもなく、何か、「ヘタウマ」にオブセッションがあるように思える。

 

 

 

 我々は「ヘタウマがスキルというフィルターを通過して、ウマウマと混血した、いわば<フェイクヘタウマ>というスキルによって、時代を撃つ」と考えており、それは実のところ、現在でも模索中だ。現在、ダンスは世界中で「キレッキレ」を黄金として疑わない。「俺はキレッキレすぎるのはちょっと、、、」という声は聞いた事がない。歌唱力もそうだ。キレッキレであることを最上とするなら、多くのコレオグラファーもダンサーも北朝鮮に留学すべきだろう。あそこの軍事パレードこそ、70年代から、キレッキレに切れる、恐ろしいほどの群舞として、5万人弱の大変な人数をまとめている。ロシアから銃火器を輸入しているので、AKB4万8千である。

 

 

 

 菊地くんが「look1」とした衣装のセットアップも決まった。キューブリックとエロチカのコラボグラスは、既に全員が「ODグラス」と呼んでいた。プラダの、上半身がスクールガール風のシャツで、スカートがコットンクラブの黒人ストリッパーのように鳥の羽だけで出来ているコンバイン的なワンピースは、菊地くんがODを目にする前から決めていたものだ。ダンス時の安定性と、足が綺麗に見える角度を両立させるために、アディダスの、デニム地でソールがハイヒール式に爪先立ちになっているスニーカー、そこに、菊地くんの盟友である、「水中ニーソ(元)」の古賀氏がデザイン&販売しているニーハイソックスをコーディネイトし、全体をギリギリで東京スタイルにまとめている。

 

 

 

 ニーハイソックスは実のところプラダの製品(純正品)も購入していたのだが、何100回も履かせ直した結果、「まあ、オタク感もう1滴かな」と言って、菊地くんがプラダを退けた。私は全て菊地くんの私物で、菊地くんが一時期、広告塔とモデルをやっていたクールストラッティンのタキシードのインナーにメゾンキツネのTシャツ、シューズはGGDSとコンバースのコラボスニーカーだった。汗にならぬよう、このセットアップによるリハーサルは、前日にゲネプロ一回分、つまり20分間だけ行われ、すぐに脱衣して衣装は保管された。ODは何を喰わせても美味い美味いと言って喰う、育ち盛りの体育会学生のように、何を着せてもひゃーひゃー言って喜んでいた。

 

 

 

「すげー!!自分、天使みたいじゃないスかー!ボスもカッコイイ!!アカデミー賞みたい!!」

 

 

 

 我々が業務上の注意点として厳重にチェックしたのは、羽だけで出来たスカートがターンやスピンの時に、アンダースコートを見せてしまわないように、つまり、ODがダンスハイになって、旋回系のムーヴを派手にやりすぎないように言い聞かせることだった。ストリプティーズは神話時代からある最古の職業で、、、、、などと、昭和の訳知り顔のようなカビの生えたことは言わない。しかし、開示系ではなく、閉鎖系のクロスが繰り出す、いわゆる「チラ見せ」の効果について、女性たちがどう捉えているのかは、二重三重の自意識の構造を濾過した上で、結局品性としか言いようがない。

 

 

 

 ODは「パンツが見えるのなんて何でもないじゃないスか!なんで大きく回ったらダメですか!!パンツ履いてるから良いじゃないスか!!」と、むくれる。というタイプで、こう書くと、単に無邪気という風に読めるだろうが、何せ、最初に着替えを命じた時にいきなり全部脱いで、驚いた我々を見て更に自分が驚いた。という事があった。言うまでもないが、私と菊地くんはロリコンではない(ロリコンを肯定も否定もしない)ので、裸体に対するイノセンスや無防備を愛でると言うセンスはない。

 

 

 

 それよりも、何故ODが、自意識や羞恥心や恐怖、そこから導き出される顕示や攻撃や防御といった事の偏差値が極端に低いのか、記憶喪失の症状との関係も含めて、非常に興味があった。そして二人ともそのことは暗黙の了解で口にはしなかった。二人だけでいる時でさえ。

 

 

 

 たった20分間のゲネプロには、多くのスタッフに混じり、小田さんも見学に来ていた。「ミトモさーん!」「OD、カッコ良いね」「本当スか!!」「はいこれ食パン」「やったじゃないスか!!」「もう終わりなんでしょ。あっちで一緒に食べ、、、、あははははは」。ODは既に食パンの塊にかぶりついていた。そして、これが我々の命運を左右することになるとは、この段階では誰も知る由はなかった(もちろん、食パン丸かじりの事ではない)。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(22)>

 

  私は今、自作の録音機で録音したマイクロカセット・テープの山から一本選び、ヘッドフォンで聴いている。会議録音用の有名機、オリンパス光学の「パールコーダー」は、もしあなたが「マイクロカセット」で検索すれば、Wikipediaの最初か二番目の写真として、本体が掲げられているはずだ。栄光のパールコーダー。私が手にした、これの1台目は、私の上司が私の入社記念に与えてくれたものだ。勿論、当時の私の仕事は請負屋ではない。

 

 

 

 機材ファティッシュや録音マニア、音楽ファンの方ならばご存知かもしれない。マイクロカセットは、まだ生産も流通も馥郁と続けられている。同様の例は枚挙にいとまがない。私はクエンティン・タランティーノの映画人としての業績を菊地くんが言うほど評価できないが、コダック社に働きかけ、35ミリフィルムの生産再開にこぎ着けたという点は、どれだけ大きく評価しても仕切れないほどだ(言うまでもないが、これにはクリストファー・ノーランの尽力も大きい。クリストファー・ノーランは素晴らしい映画人だと私は思っている)。

 

 

 

 当ブロマガをご覧の、菊地くんのファンの方なら「ベイビー・ドライヴァー」をご覧になった方も多いはずだし、現在「LALAランド」を初めてご覧になった方もいらっしゃるだろう。私も「LALAランド」を最初の3分を観る時間があるなら「ベイビー・ドライヴァー」を上演時間10分前から500回見た方が良いと、公証人としてどの国の法廷でも証言できるほどだが、あの本当に素晴らしい「難聴ウォークマン・ミュージカル・クライムサスペンス」で、主人公のベイビーがミックステープを作っている、あれがマイクロカセットである。

 

 

 

 マイクロカセットは普通のカセットテープと単純比較しても、スプライシングが非常に難しく、一般的には「不可能」とされている、「ベイビー・ドライヴァー」のチャームの一つは、主人公のベイビーが自分で下敷きとカッター、スプライシング用の機材(おそらく手製)を使って、マイクロカセットのミックスを作り、それをカセットテープにアウトして車載している、それだけで脚本内の感動がピークまであがる上に、そもそもその作品自体がソニーピクチャーズエンターテインメント社の作品であり、映画の最後の黒バックに大きく、「SONY」と出た(これは、同社の作品のデフォルトである)後に「BE MOVED(「感動せよ」と「ソニーのウォークマンを装着して動き出せ」のダブルミーニング)と云う、SONYのウォークマン初号機TPS-L9(1979年発売)の紙媒体用のコピーがスクリーンに大写しになるところであろう。この広告コピーは、開発国である日本では、ほとんど使用されず、主に欧米のカスタマーの記憶に焼き付いている。

 

 

 

 これが(文字通りの)ストリートの音楽愛でなく、何であろうか?「LALAランド」のどこに、何に対する、誰の愛があるというのだろうか?ドリーミーであれば何でも良いと云うのは、翻訳すれば二流ジャンキーのセリフだ。二流ジャンキーは二流ジャンキーらしく二流セルフジャンクすべきだろう。

 

 

 

 今私は、小田朋美さんに許諾を得てこれを書いている。勿論、許諾とは、映画に関する評価ではない。小田さんはどちらも観ていないだろう。許諾とは、私が盗聴用に小田さんのマンションに仕掛けた、改造パールコーダーの録音内容と云う意味である。私は菊地くんにも無断で、ほとんど職業的な反射によって小田さんのマンションにこれを仕込んでしまい、菊地くんにイエローカードを喰らい、二人で謝罪に行った。しかし、思いの外、と云うか、予想を大きく外れ、小田さんから抗議はなかった。「前から、自分の部屋に録音機も録画機もつけて、自分が1日でどんな風なのか、観てみたかったんですよ(苦笑)。もし予告されていたら構えちゃうから、意味がないですよね。だから、、、、、良かったです(苦笑)」と言われた時には、冷えた肝が温まった。以下は、2018年、4月某日、ODと小田さんが半同棲を初めて約2ヶ月後の、午前2時35分からの音声の書き起こしである。

 

 

 

     *    *    *    *    *

 

 

 

 「ねえ?OD

 

 

 

 「なんスか!」

 

 

 

 「ボスさんとバンドをやるのは楽しい?」

 

 

 

 「とても楽しいじゃないスか!!(笑)」

 

 

 

 「ボスさんは優しい?」

 

 

 

 「うーんと、、、、工場長のが優しいデス!(笑)」

 

 

 

 「そうなんだ。ボスさんは怖い?、、、、お水もう一杯飲む?」

 

 

 

 「頂くじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「ねえ、ボスさんって、菊地さんのモノマネをしてるのかな?、、、はいこれ水」

 

 

 

 「ゴクゴクゴク、、、プハー!うまいじゃないスか!!ミトモさんありがとうございマス(笑)。えーとボスは、、、、、優しくも怖くもないじゃないスか!!(笑)」

 

 

 

 「へえ、、、なんか優しそうだけどね、、、、優しくて怖そう」

 

 

 

 「ゴクゴクゴク、、、、抱きつかせてくれないから、優しくないデス(笑)」

 

 

 

 「ああ、、、、、そうなのね、、、、ええと、、、」

 

 

 

 「怖くもないじゃないスか!まだ一回も叱られた事がないデス(笑)」

 

 

 

 「(笑)でも、楽しいんだ」

 

 

 

 「バンドは楽しいじゃないスか~(笑)。歌を一緒に作るじゃないスか!そしてそれを歌ったり、録音したり、お洋服を買ったり、インスタやったり、踊ったりもするデス!(笑)。ミトモさんもバンドをやってらっしゃるじゃないスか!楽しいデスか?」

 

 

 

 「勿論楽しいよ。踊ったことはないけど」

 

 

 

 「踊りは!!ハイパー卍卍卍パリピユンケル楽しいデス!!!」

 

 

 

 「え何て?(笑)」

 

 

 

 「ハイパー卍卍卍パリピユンケル楽しいデス!!!!クルっと回ったり!!こーんなでっかい鏡があって!!ヤベー!!」

 

 

 

 「あなたのそういうのって、ちょっと前の女子高生のネット言葉?」

 

 

 

 「お兄ちゃんたちが言ってたじゃないスか!!(笑)」

 

 

 

 「ああやっぱり、だからユンケルとか入ってるんだ(笑)」

 

 

 

 「川崎のパリピユンケルは凄いデス!」

 

 

 

 「あたしも飲んでみたいな(笑)。それ」

 

 

 

 「ミトモさんみたいな方は飲んだらダメダメデス(笑)」

 

 

 

 「どうして?」

 

 

 

 「ミトモさんは徹夜でパン作らないじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「そうか(笑)。あたしも音楽やめてパン作ろうかな?工場で」

 

 

 

 「ご冗談を!じゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「そうね(苦笑)、、、、ねえOD、ワインもう一杯ずつ飲まない?」

 

 

 

 「頂くじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「これ、おいしいでしょ?」

 

 

 

 「ワインはみんなウマいじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「(笑)、、、、はいこれ、、、、乾杯」

 

 

 

 「乾杯!!、、、、ゴクゴクゴク、、、プッハーィ!!」

 

 

 

 「あらもう飲んじゃったんだ(笑)、、、、ねえ?、、、あのさあ、あのさあ、、、お兄様たちはカッコいい?(笑)」

 

 

 

 「カッコいい!!」

 

 

 

 「誰か、お目当ての人はいるの?(笑)」

 

 

 

 「全員カッコいい!!」

 

 

 

 「そう(笑)、じゃあ、お兄様たちと、ボスさんと、工場長と、ええっと、、、、、今これ、テレビに出てるでしょ?この人と、誰が一番カッコいいと思う?」

 

 

 

 「ミトモさんはどうスか?」

 

 

 

 「え、、、、、、あたし?、、、、そうだな、、、、、、あたしは、、、、、、やっぱ星野源かな、、、、ウソ。工場長さん(笑)」

 

 

 

 「自分は、パンを作ってるところを見ないと比べられないデス。。。」

 

 

 

 「そうなんだ(笑)」

 

 

 

 「男の人は、パンを作ってる人しか見たことがないじゃないスか」

 

 

 

 「、、、あのさあOD?恋ってわかるよね?ボスさんと歌詞も書いてるんだから、わかるよね?あなたって、今まで恋したことないの?切ない気持ちとかさ、特定の人と抱き合いたいとか、、、、、、ああそうかそれは工場長さんか、、、、、だから、、、、、あのね、、、、誰かと、、、、そうだなキスしたいとか」

 

 

 

 「。。。。。。。。」

 

 

 

 「OD。。。。」

 

 

 

 「。。。。。。。。。。。。。。。。」

 

 

 

 「OD?」

 

 

 

 「。。。。。。。。。。。。。。。。」

 

 

 

 「嫌だ、寝ちゃっ」

 

 

 

     *    *    *    *    *

 

 

 

 私は手製のパールコーダーのスイッチを切って、中身を出し、全部で60本強に及ぶマイクロカセットを、テーブルの上のパン屑のように片手で全部バケツに落とし、キッチンの隅にある小型の焼却炉に焼べた。菊地くんに、聞かずにすべて廃棄すると約束したからだ。あと約1ヶ月で最初のショーケースライブがある。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(21)>

 

  ODの才能の中で特に助かったのは、彼女が写真を撮られる時に、全く自意識による屈折がなかったことだ。記憶喪失症との関係は私にはわからないが、彼女は歌った歌はそれそのものとして理解するし、撮った写真も同じで、それは録音時、撮影時の段階で、全く自意識という遮蔽物が介在しない事に現れていたが、出来上がったものへの客観的な解釈にも遮蔽物はなかった。極端な唯物主義というか、幻想がない。

 

 

 

 こうして彼女には20世紀的な言い方をすれば「動物的」な「本能的」な「野生的」な部分が多々あったが、私はこうした表現はあまりにロマンティークだと思うし、特にそれを女性に向けるのは、著しいアンチ・フェミニズムだと思うし、それ以前に、ODにこの表現は当該しないと感じていた。なんだろう、この奇妙な新しさは。

 

 

 

 自意識とロマンティークとトラウマの塊であり、そこから創作や表現を行う、まるで19世紀人のような小田朋美氏(読者に於いては、これが彼女に対する批判ではないことはご理解できると思う。クラシックの作曲を大学教育で習得した人物を舐めてはいけない。外在化するかしないかはともかく、彼らが20世紀にすら入れないのはむしろ自然な事だ)とまさに反極に位置するODが、ほぼ同じ顔で同棲しているという事実は、何しろ菊地くんを喜ばせた。

 

 

 

 「なあなあボス。あいつら夜とかどうしてると思う?」「考えたくないね(笑)」「女子トークとかすんのかな?でははははははははは!!」「ライン見るか?」「いや、遠慮しとく(笑)」「(読み上げる)今日もミトモさんにピアノを弾いてもらったじゃないスか!リスポという、ものすげー作曲家の曲デス」「リスポ?(笑)」「リストだろ。(読み上げる)ミトモさんが、弾き終わってから、ちょっと泣いていたじゃないスか!自分はびっくりして、大笑いしてしまったデス(笑)」「ホントにわっるいなあ、あいつ(笑)」「(読み上げる)そしてらミトモさんが、口をきいてくれなくなっちゃったじゃないスか~、、、、」「そりゃそうだろ(笑)」「(読み上げ)仕方がないから、ミトモさんが泣いたところを、自分が何回も弾いて見せたじゃないスか」「いきなりヤバくなるな、あいつの話(笑)できんの?そんなこと(笑)」「そしてらミトモさんがすげー喜んで」「喜んじゃうの!(笑)、それもすげえなあ(笑)」「パンと赤ワインをご馳走してくれたデス。なんか、半ナマみたいなハムもチーズもくっついてたじゃないスか!超卍卍卍パリピバキバキに旨かったです!!!ボスおやすみなさいじゃないスか」「おっとっと寝る前にワインのエチケットの写真撮って送らせてくれ」「、、、、、、、、、、、、送った」我々はしばらく待った。

 

 

 

 「賭けよう。聞いたことがないブルゴーニュに2万」「セブンのヨセミテロードに5万」「あんなの飲むの?750円とかでしょボトルが」「二番目にうまいって言ってた(笑)」「優秀すぎるなあゼブン&iホールディング(笑)」「あ、送られてきた!!」「なんだなんだ?」「あー、マスカットベイリーだね~」「甲州か~」「ツアーの時に貰ったんだよ。田舎とか行くだろ小田さんは」「ファック!!(ボス注*彼が地方都市をファックといったワケではありません。念の為)このオレ様としたことが(笑)!!」

 

 

 

       *   *   *   *   *

 

 

 

 菊地くんはクラシック挫折のジャズ転向組だが、クラシック界、特に、はっきりと学閥であり、一つの壇である東京藝術大学への3年に渡る勤務経験で、その19世紀ぶりを「まるでディズニーランドのお城みたいなんだよ(笑)。ネット民みたいな、先入観やデジタルソースだけの薄っぺらい判断じゃねえ。こっちゃ収入を赤字設定したまま、3年間、潜入調査した結果で言ってんだ(笑)。芸大だけじゃねえ、国立音大も通ったんだよ2年もよ!購買部で売ってる、リサイタルドレスの写真見るか?(笑)」と、よく言っていた。

 

 

 

「オレは、彼らがもう自分たちでは動かしがたい、キャンプという城塞都市に風穴を空ける、安全な往復者として雇われた筈だ。だが結果は惨憺だった」「大谷くんとのコンビじゃなかったからじゃないのか?」「違う。マイメンは音楽アカデミズムに対する呪詛がオレの10倍は強い。1回も授業にならなかったろう」

 

 

 

 お時間がある方は、菊地くんと小田朋美さんが、スパンクハッピーをやっているというミスリードのために書いた「共同声明」を、もう一度お読み頂きたい。

 

 

 

 構え自体はフィクションであるが、書かれていることは全て真実である。菊地くんは、ジャズのアカデミズムが、脱トーナリティーの、モード/ブルース概念偏重にいる事、そこの村の水や空気を吸いすぎていると、逆にトーナリティーに対してグルメになる事、そして、小田朋美さんの書いたいくつかの弦楽アレンジに、驚異的な、トーナリティの本当の威厳を感じたこと、「シャーマン狩り」の中の、セミクラシック的なオリジナル曲のほとんどに、キャンプを感じて、自分とは無関係だと断じたことを赤裸々に書いている。

 

 

 

 ひょっとしたら菊地くんはODの22世紀性(誤打ではない)と、小田朋美さんの19世紀性が、マジョリティである21世紀性、つまり現在性を、霧散させてしまう事に過剰な夢を見ているのかもしれない。飛行機や車の中が無音なのは、生じるノイズと逆層のノイズを当てる事で、そもそものノイズを消失させるもので、今では一般的なテクノロジーである。菊地くんの美学には諦念がある。諦めることが彼の悲しみと寂しさの源泉であろう。彼の諦めは、加齢とともにグルメになっている。

 

 「スペインの宇宙食」には記されない、二重母性に対する諦め、愛する「粋な夜電波」に対する諦め(打ち切りのことだけではない・笑)、そして、ODと小田さんが、ノイズキャンセラーとして21世紀というノイズを無音化できるかどうか?その夢への諦めが、私には痛いほどわかった。しかし、菊地くんの諦念は、常に被抑圧者、被搾取者、被差別者のそれと、ロマンティークに繋がり、彼のパワーの源になっている。彼がオンタイムの批評家や大衆から支持されるわけがない。彼は恐るべき未来主義者である。

 

 

 

 それを止めてくれ。というのが、菊地くんの私への任務の第二だった(第一は、天才を探すこと)。自分でやると、絶対に、未来に向けてしまう。現在に向けて全てを組織化してほしい。

 

 

 

 菊地くんがインスタグラムをミッションとし、私がダンスをミッションとしてのは、その、小さな一歩だと言える。この二つの企みは、最初の投稿である昨年の5月28日から併走された。

 

 

 

       *   *   *   *   *

 

 

 

 「OD、まだお前は契約上、顔が出せない。顔を隠してポーズ取ってくれ」「はいじゃないスか!」というのが、インスタグラムを3枚綴りで見たときの、下から10段目であるが、それより下に、後日の、トレーニングウエア(サウナパンツ。またしても小田さんの私物)にDC/PRGCEROのノベルティT(言うまでもなく、小田さんの私物)を着たODとの、最初のダンスレッスンの動画が上がっている。

 

 

 

 初日こそ、スタジオの中を皇居みたいに周回して走るだけだったODは、私のコレオグラフに従って、すぐにダンスできるようになった。というより、私は、ダンスがミッション化することを川崎のパン工場でODに出会った瞬間から想定していたので、ODの驚異的な身体能力のうち、どこが使えるか、どこが使えないか、どの程度の、どんなコレオグラフに落とし込むか、ODへの解剖学的なカウンセリングを踏まえた上で、半ば決めていた。

 

 

 

 あとはODの実現力だった。そしてそれは、歌や写真と同じ、自意識とトラウマの複合物である、実現に対する遮蔽物を全く持たないODの属性に沿って、毎日のように実行が実行を引き出し、驚くべき短期間で、初動の完成を見た。「OD、どうだ。楽しいか?」と私が聞くと「楽しいデス!ピンクレディーや、ソウルのディスコダンスに近いデスね!!(笑)すっなっおっになあって!すっなっおっになあって!あーいっしあいたーいっのデモ!デモ!、、、アイタタタ。ここの、腕がぐるぐる回るの出来ないデス!」「無理するな。痛めるぞ」「炒める?ひえ~。頑張りマスですから、炒めないでください~(泣)」「どうやって炒めるんだよ(笑)。痛くすると癖になるだろ。ちょっと、ゆっくり回してみせろ」

 

 

 

 ODは肘から先を回転させようとして、バネ指のように、腱が引っかかって回せなかった。これは、おそらく3歳ぐらいから、最低でも20年はピアノを弾かないと発育しない靭帯形質だ。「お前、ピアノ弾いた記憶ないんだよな?」「ハイ!弾いたことないデスが、川崎のアトレの中に楽器屋さんがあって、弾いてみたら弾けたデス!!(笑)」

 

 

 

 なるほど。まあ、今、あらゆる推測は無駄だし危険だ。「よしOD、肘の回転は、適当でいいぞ。思いっきりやるな」と言いながら、私は、ODの過去を推測したいのか、考えたくないのか、自分でもわからなくなている事に、やや動揺していた。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(20)>

 

  アー写の撮影が終わり、レコーディングが終わると、私とODはライブ用のリハーサルに入った。

 

 

 

 最初のステージは菊地くんのレーベル・フェスで、ショーケースとして、スタジオコーストのサブステージで20分だけだったが、既にその段階ではフジロックでの30分のステージも決定していた。菊地くんのDJに、我々が継いで入る。菊地くんと私はバックヤードで入れ替わる。そうしたアクロバットに全く不安がないほど、我々は鏡面の日々を過ごし続けていた。

 

 

 

 最初、「新生」とか「第3期」と呼ばれていた我々は、「最終スパンクハッピー」と名を定めた。理由は書くまでもないだろう。

 

 

 

 しかし、菊地くんのプロデュースと私の実行力により、「最終スパンクハッピー」は、スパンクハッピーの最終形態をいきなり開陳することを避け、少なくとも初動から1st ALBUMまでは二期のフォームの擬態を採り入れた。またしても菊地くんのグルーヴが「早すぎた音楽」を作らないためだ。そして何よりも、そのことが最も困難だった。菊地くんの速度は常人とは違う。これは優位を意味しない。菊地くんの呪われた部分であろう。

 

 

 

 男女デュエット、ステージには2人だけ、カラオケでバンドはおらず、セルフカヴァーは二期の曲しかやらない。基本はドレスアップ。イマジネーションと物を見聞きする力さえ放棄すれば、第二期そのものにしか見えないだろう。

 

 

 

 こうした「二期との類似」は、ファイナル・スパンクスの意義を逆に引き立てる、格好の比較フォームとなった。誰にでも明らかな差異は、菊地くんの加齢、ODの声とルックス、ぐらいだろう。完全ペアルックという新しいアイデア(これは、ODの身長が菊地くんと大差ないこと、ショートカットでスレンダーなODのニュー・ボーイッシュの魅力を引き出すという意味があったが)も取り敢えず初動では、アー写で予告するに留める事にした。

 

 

 

 最後の判断は「口パク」を採用するかどうかだった。ODは驚異的な歌唱力を持っていたし、私の歌唱力は菊地くんのそれと50歩100歩だったが、私と菊地くん双方の判断で、「口パク」までをも、二期を継承することにした。ODに冷たいマネキンなど似合うはずはない。なのに何故か?

 

 

 

 ダンスを採り入れるためだ。

 

 

 

 民は記憶を改竄する。見たことも聞いたことも読んだことも、そのまま再生できる人間はいない。欲情し、感動すればするほど、改竄は大きく行われる。なので、二期スパンクスが、あたかもダンスをしていたかのように記憶しているマニアも多いだろう、しかし実際に岩澤瞳氏は、ボックスを踏むだけで目を回して倒れてしまうような極端なダンス音痴で、手の簡単な振りがついているだけだった。菊地くんはここで一度、「テクノそしてドレスアップしたヘタウマのカップルダンス」というプランを放棄している。

 

 

 

 それでも、同じ「アンニュイエレクトリーク」、同じ「フェーム」、同じ「フィジカル」での2人のコレオグラフに大差がないと感じているカスタマーは多いだろう。実際は全く違う。こうした不全や誤解や錯覚、といったものは菊地くんの大好物だった。

 

 

 

 菊地くんは中学生からディスコ~クラブ通いをしていて、そのまま未だに各国のクラブに行ったりするフロアの人間だが、如何せん、踊りながら歌うことができなかった。ヴォーカリストとしては、吉田沙良氏やOMSBJUMAFUYU氏等をftしたソロライブや、ぺぺトルメントアスカラールで稼働していたが、いずれにせよ業界用語でいうところの「素立ち」で歌っていたし、ODのダンス力は完全に未知数だった。

 

 

 

 口パク前提で、果たしてODがどれぐらい踊れるのか、私も菊地くんも大いに興味があった、なので、ODには「ダンスウエアを持ってこい」とだけ伝え、事前の問診は行わず、いきなりスタジオに入ってカウンセリングする事にした。しかし、初練習の前夜に電話がかかってきた。

 

 

 

 「ボスボスー、ODじゃないスか」「どうした?」「あのー、ダンスって、ユーチューブで検索したらものすげーいっぱい出てきて目が回ったじゃないスか。どのダンスを踊るデスか?」「何が良い?」「検索の結果、自分がすぐ出来そうなのは、、、、、、ハワイのフラダンスじゃないスか(笑)」「そ、、、、そうか(笑)。だがOD、フラはない」「あと、ポールダンス!!」「マジで!!あれ、エゲつなく難しいぞ」「自分は木登りが得意デスし!工場でいつもああやって遊んでたじゃないスかー!」「おおおおおおおお」「ミトモさんにミトモさんの水着をお借りして、お部屋の柱でやったら、柱が折れちゃって!うっヒャッヒャ!!」「いいかOD、二度とやるな(汗)」「旋回しようとしたら、バキー!!ってすごい音がして!!窓も割れちゃって!!うっヒャッヒャ!!」「とにかく二度とやるんじゃない。菊地くんが多額の弁償をしてるはずだ。とにかくOD、すまんがフラでもポールでもない」「えー!あとは全部難しいデス!パフュームとか何者スか~!!あいつらロボットスか~?」「そうか」「どうやったらあんな事できるデスか?!!そもそも一歩めから全く覚えられないじゃないスか!!無理無理デス!!(笑)」「わかった。とにかく明日な」

 

 

 

 練習スタジオは、音楽家ならプロでもアマでも知っている有名なチェーンを転々とする事になった。ビュロー菊地には専用のスタジオもあるにはあったが、プロアマ入り乱れる有名チェーンのがODに良さそうだと判断した結果だ。第一にODは、1曲リハーサルするごとにパンを食うだろう。後年「あ!この曲、エントランスでパン食ってたメガネ女子の声だ!」とバンド小僧くんに思い出してほしい。

 

 

 

 それに、常時レンタルスタジオを使っていれば、ODのことを知っている者と遭遇する可能性もゼロとはいえない。今や誰もが願い、そして恐れていた。ODの実の家族が現れる事を。

 

 

 

 ODが「ボス!!いよいよお稽古の初日じゃないスか!ヨロシクお願いしマス!」と言って、ダンスウエアではなく、ランニングウエアで現れたのは、今では懐かしい、インスタグラムの下から10段目ぐらいにある通りだ。新参の方も、古参の方もチェック頂ければ幸いである。

 

 

 

 ODは「ええ?これダンスの服ではないデスか?、、、、ミトモさんのトレーニングウエア棚から勝手に取って来たデスが、、、、、」「そもそも小田さんはダンス習ってないよ(笑)。それはランニング・ウエアだ(笑)」「じゃあ、自分はどうすれがいいデスかね?」「まあとにかく曲を流すから、好きなように動いてみろ。ウエアはこの際どうでもいい」「了解デス!!」

 

 

 

 ODは「アンニュイ・エレクトリーク」に合わせて、「アンニュイアンニュイエレクトリーク♪」と口ずさみながらスタジオの中をぐるぐる円周で走り始めた。スタジオの中央で、私はロダンの「考える人」のように頭を抱え、ODは私の周りを回りながら「ボス!どうスか!!自分どうスか!!アンニュイアンニュイエレクトリーク スソワ!!」と歌いながら、やや焦った表情で走り続けた。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(19)>

 

  私とODは青山の中華料理店で待ち合わせた。ブルックスブラザースの並び路地裏にある、ミシュラン1スターで、現在予約を取るのは不可能と言われている店だ。菊地くんはシェフが修行時代を過ごした新宿の店の常連で、シェフが独立して青山に出店した時から、予約無しで入れる店の一つとしてガラケーの中にマウントしていた。私も菊地くんの成りすましで、シェフの腕を堪能したことが何度かある。

 

 

 

 ODはランバンの赤のワンピースに赤のマントコートを羽織り、トーガ・プルラの、かなりデコラティヴなグリーンのスリングバックパンプスでご機嫌だった。ファッショニスタ諸氏には「18年SSで、とうとうルカ・オッセンドライバーがレディスの指揮をとった最初のコレクションで話題になったマント」と言えばわかるだろう?公式インスタグラムでワンピースが3641、マントコートが6001LIKEになっているので、確認されたし)言うまでもないがランバン・オウ・ブルーではない。あれは着れる服がない。

 

 

 

 菊地くんは工場長氏と事前に待ち合わせ、初対面の挨拶を済ませて、すっかり意気投合したようだ。菊地くんは高校生の時に鯖缶や鰯の佃煮の缶詰め製造を授業で経験しており、悪童たちと一緒にかなりの悪さ(カンズメの中にミニカーを仕込む等、これは氷山の一角である)をした。また、彼はフェティッシュなレベルで工場が好きだった。モーリス・ラベルは、世界的な名曲となったあの「ボレロ」の着想の中に、工場の機械音があると言った、という伝説があるが、本当だろうか?作曲は20年代末、第一次産業革命からおおよそ100年が経過し、「工場」が「工場」として世界中で定着し、二次対戦に向けて大いに駆動した、工場の最盛期だとも言える。

 

 

 

「ボレロ」はミニマルミュージックの先駆だとか、一部和音の積み方がパイプオルガンの倍音構成のトレースになっているとか、スペイン舞踏のフランス近代的な読み直しだとか分析家に言わせしめる、それらはすべて事実であるが、もし工場説が事実なら、インダストリアルミュージックの文脈に入ってくる。その場合、パイプオルガンのトレースは、緻密に構築された、非常に美しいノイズであり、ぐるっと回って、やはり工場の機械音であると言うことになる。工場は時折、動物の声と全く同じ水準の、凄まじく美しい、非調律音の反復を起こす。

 

 

 

 菊地くんは「あのクライマックスはやっぱ、機械が過剰駆動させられて発狂し、工場が倒壊する音でしょうよ(笑)」と言って興奮していた。「工場ってさ、ほとんどが化学反応による爆発か火災で倒壊するだろ。あとは老朽化による閉鎖、解体だ。ラベルやばいよな。だって、黙々と稼働していた機械が突如暴走して工場を破壊するなんて、20世紀の通俗的なSFみたいじゃないか。ラベルはみんなこれ。パヴァーヌだってダフニスとクロエだって、すごく通俗的で、超俗的で、60年代の欧州SF映画に会う。しかしボレロなんて、確か記憶障害が出てから書いてるんだよね。ヤバくないか?(笑)、まあ、最期は気の毒だけどさ」

 

 

 

 ラベルは確かに、記憶障害の症状が出てから「ボレロ」の作曲に着手している。以降、症状が精神疾患だとする者が周囲におらず、脳外科的な治療を受けるが、開頭の結果、病巣は見つからず、術後のショックで亡くなる。

 

 

 

 ODは、予約が取れないことで有名な青山の上海料理店で、オープンキッチンから流れてくる油と炎の匂いを嗅いで興奮していた。「ボスボス~。超うまそうじゃないスか~。これからお料理とワインとパンが出てきたら、自分、寝てしまうじゃないスか〜」「あんまり立ち上がってキョロキョロするなよ(笑)」

 

 

 

「工場長、ワインなんて葡萄酒ですよ葡萄酒!ヨーロッパの田舎もんが葡萄踏んで作ってんだから!そんなありがたいもんじゃないです!でははははははははは!」

 

 

 

 菊地くんと工場長が到着した。菊地くんはシェフに軽く挨拶すると、着席し、憮然とした表情で、ワインリストをチェックし始めた。私とODは反射的に立ち上がった。

 

 

 

 「工場長!!」「お久しぶりです」「ああ、菊地さん。。。。っていうか、ボスさん。あたしぁ、まだ何が何だか(笑)」「すみません(笑)。彼が本物の、、、というか、、、、とにかく菊地くんです(笑)」「工場長、良いんですよ何が何だかわからないのが一番なんだから(笑)。あ、ありがとう、ええとね、トマトと卵でしょ、金華ハムの蜂蜜焼きでしょ、梅酢酢豚でしょ、あ全部2皿づつね」「かしこまりました」「清蒸の魚は?」「本日はハタでございます」「素晴らしい。2皿」「かしこまりました。あと花巻10個」「、、、10個、でございますか?」「そう(笑)、10個。先ず蒸篭に入れてから調理を始めて、花巻は最初から出してください(笑)」「かしこまりました」

 

 

 

 私は耳打ちした。「OD、パンだぞ」「えーパンが10個スか!!うっヒャッヒャ!!うっヒャッヒャ!!」「麺飯は後で決めます」「ええ?花巻10個喰って、麺飯も喰うのか?」「オレら花巻は1個づつだよ(笑)、わかんねえ(ODを指差し)、ゼロ個ずつかも知んねえ(笑)」「なるほど(笑)」「ドリンクは、今日はねえ、グラスワインだけで最後まで行きますんで」「かしこまりました」「このリースリング4杯と、このカベソー2杯と、このアリアニコ、、、、これコンディションどう?タウラージ・ラディーチの12年って、とても良い年よねえ、確か?」「はい、大変良い状態で。焼豚や鴨との相性は最高かと」「でもグラスの回転率悪いんじゃない?(笑)酸化大丈夫?(笑)みんなピノばっかり飲むでしょ」「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ!いま丁度、抜栓して30分のがありまして、開き具合も完璧です」「ホントかよー(笑)。ウソウソ(笑)了解です(笑)」菊地くんは敬礼をしてリストを閉じた。「いっぺんに全部出してね」「はい」

 

 

 

 「おめえ、、、、こんな、綺麗な服着て、、、、お化粧も(笑)、、、なんか、女優さんみてえだなああ(笑)」「みんなミトモさんにして貰ってるじゃないスか(笑)。お洋服は、今日は菊地さんが揃えてくれたデス!!」「どうです可愛いでしょう工場長(笑)」「かわいいなあああ(涙)」「泣かないの泣かないのお爺さんなんだから!!でも良いか、ここのアツシボ最高だから、涙拭くの最高でしょだはははははははは!!」「菊地くん、君、人買いのムード出すぎてるぞ(笑)」「そうかあ?(笑)オレODを養成所の合宿場に詰め込んだりしてねえじゃん(笑)」「ダメだろそれ言っちゃ(笑)」「OD、デビュー曲聴いたぞ。凄く良いな(笑)」「やったー!じゃないスか!!(笑)」「好きなだけ寝てるか?(笑)」「寝てるデス!!(笑)」「好きなだけ喰ってるか?」「喰ってるデス!!」「好きなだけセッ」「止めろ菊地くん(笑)」「好きなだけ石鹸使ってるデス!牛乳石鹸!よい石鹸!!」「だははははははははははは!」

 

 

 

 ODが泣いている工場長の手を握り、背中をさすりながら答えているうちに、ピーナッツオイルと卵、ガス火の濃厚な焦香のミックスを放つ皿が運ばれてきた。

 

 

 

 「トマトと卵炒めでございます」「くあー、いつ来てもヤバいなあ(笑)」菊地くんは皿に鼻が接触するのでは?とヒヤヒヤするぐらいの距離で香りを嗅ぎ、左手でちょっと卵をすくい取って、口に入れた」「ヤバいなあ(笑)」

 

 

 

 「ワインと花巻でございます」「わー!これなんスか!!」

 

 

 

 テーブルの上が、業務用の蒸し器のようになった。

 

 

 

 「さてOD、これが。中国の。パンだ(笑)」「うひゃー。肉まんじゃないスか〜!!」「肉は入ってない。自分で入れるんだ(笑)」「だったらやっぱパンじゃないスかー!!」「んで、これがワインだ。まあお前マルゴー飲んでるからな(笑)、はいでは皆さんまずはパンとワインで。赤から行きましょう。では最終スパンクハッピーの二人と、伊勢丹とSONYと○○製パンに。乾杯」「乾杯」「乾杯」「乾杯」

 

 

 

 最後は椎茸ソバと蒸篭飯で締める事になる晩餐が始まった。我々はラベルのボレロのように、厳かに食べ始めたが、その威厳は5分と保てなかった。ODは片手に花巻、片手にワイングラスを持ったまま、食事中ずっと中腰で踊っていた。料理は菊地くんが面白がって、箸でODの口に運んでいた。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(18)>

 

OD、どっちにする?すまんが、工場のパンをお前、昨日食い終わっただろ?だからセブンの食パンになるけど、ダブルソフトと超熟とどっちがいい?」

 

 

 

「超熟デス」

 

 

 

「わかっった。両手で持つのか?」

 

 

 

「本当に一番良いのは、頭の上に乗せるじゃないスか!でも、ヘッドホンしてるから無理じゃないスか。なんで、手で持つデス」

 

 

 

「小田さーん、イヤホンに変えますか?」

 

 

 

「自分はODじゃないスか!!似てるからしょうがないけど~。ミトモさ、、、、小田さんは自分より大人っぽくてセクシーセクシーセクシーじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「アカクくんごめん(笑)。小田さん入り込んでるから、付き合ってくれ(笑)」

 

 

 

 「了解です。OD、イヤホンあるよ、、、、、そのう、、、、どうしてもパンを頭の上に?、、、、、乗せたかったら、、、、、」

 

 

 

 「うっヒャッヒャ!!それではお願いするじゃないスか!!」

 

 

 

 サルバドール・ダリのモチーフで、頭にバケットを乗せ、ネッカチーフで巻いている女がいるが、ヘッドフォンからイヤホンに変えて、頭に食パンを乗せて。紐で顎に結わいているODは、アイコニックに言ってもシュール(レアリスム)と、アスリート性を融合した、奇跡の姿で、

 

我々は笑いを堪えるのに必死だった。

 

 

 

 ほとんどの歌手は、テイク1はテストテイクだ。厳密にはテイク1の前に、喉慣らしにテストテイクを歌うのだが、ODに保健や助走の時間は要らなかった。全ての曲をテイク1でOKを出した。

 

 

 

 「君は 僕のー夏のー天才っ!!、、、、、、、、、はーい、これで終わったデス。そっち(ミキシングルーム)に行くじゃないスか~」

 

 

 

 こちらにOKを言わせる前に自分でOKといって歌い終えてしまう。しかし、ODが歌詞とメロディーから作った、ブレス位置とあらゆるニュアンスは完璧で、実際にOKだった。これは「早くてすごい」という意味ではない。そもそもODは歌い直したことがないので、テイクという概念を知らないのだ。ODにとって、録音とは、歌う前に完全な状態にして、一回だけ歌うことを意味していた。

 

 

 

 単にピッチがジャストで歌い上げる歌唱力はいくらでもある。ODの伸びやかでキュートな唱法は、大変失礼だが、独唱性とトランスが強い小田さんよりも魅力的、、、、、というより、菊地君とユニゾンでデュエットするという楽曲上の要請を理解していた。ODの極端なマイペースと病理の数々は、音楽をやる時だけ全く消え去り、関係全員へのホスピタリティと調和に溢れ、何よりも彼女自身の喜びに満ちていた。

 

 

 

 歌とはなんだろうか?菊地君も同感だと信じるが、ダークサイドの発露も歌である。なにせ古来より、呼気は清、吐気は毒と言われている。毒は薬に、薬は毒に。つまりリビドー。英語の慣用表現であれば、オーヴァーリビドーバグ。しかし、そんなシンプルな二元論を止揚する歌が必ずある。それは完璧な健康と、陽の気、澄んだ心と、完全な無知、そして、そうした状態が、<キュート>という状態を、ナチュールとして発生させる。昨今マスメディアやSNSの上に満ちているキュートは、全て最高の人工物で、市場価値を保つために圧殺的な共有性に満ちている。

 

 

 

 ODの歌声が持つキュートは、あらゆる幼さや市場への順応性に立脚していなかった。キュートやコミカルを捉え直す意味で、これは奇跡に近いものがあった。ODのヴォーカル録りは最短よりも短い時間で終わった。私は、ODOKテイク=テイク1に合わせて歌った。すると、恐るべきことに、私は、あらゆる興奮や情緒的なゆらぎを失い、歌うことに含有される、表現衝動自体が消えてなくなるのであった。

 

 

 

「ボスボス~。マジ卍パリピテラカッコいいじゃないスか!3小節目の<強い>の<よい>だけ7sec、4小節目の<風が>の<か>が12sec低いじゃないスか。これは直しますか?アカクさんに直してもらいマスか?」

 

 

 

「どうすれば良いと思う?」

 

 

 

「このままが良いデス(笑)」

 

 

 

「了解(笑)」

 

 

 

 こうした会話の間、ODはずっと頭の上にパンを乗せていた。

 

 

 

 菊地君が岩澤瞳さんという素材を使って引き出したものは、前述の、毒と薬だ。その点では任務を完遂していた前期のスパンクハッピーは、菊地君の病理を、岩澤さんの病理が数倍化させた禍々しさによるもので、今でもそれが菊地君の本質だと思って熱狂しているカスタマーは多く、その事には一切問題ない。しかし、私は強く実感した。精神分析学で言う、発達の問題だ。ODの歌は発達している。何より?「病み」よりだ。

 

 

 

 言うまでもなく、一度してしまった発達は元に戻れない。発達を悔やみ、発達前に戻ることを退行というのであれば、退行はノスタルジックな演技もしくはオーヴァーリビドーバグである事が決定してしまう。ODの歌は、光の速度で、「病み」「崩れ」といった不均衡を後方に吹き飛ばし、かつキュートでコミカルである。全く新しいキュートがそこにあった。

 

 

 

 しかし、未来派的とも言えるその澄み切って芳醇で、あらゆる意味で「丁度いい」輝きを持った未来の声、それが記憶喪失の副産物だとしたら。私は震えるようなものを感じながら、最初のレコーディングを終え、ラフミックスを菊地君に送った。菊地君は「おおー。おおー。清潔だ。完璧な清潔さだな。素晴らしい。これこそパーカーがアドリブをする際に<音は一つ残らず清潔でないといけない>という、アレだよ(笑)。あいつすげーじゃん(笑)。お前ら明日の夜なにしてる?」「ああ、ODにパン合わせのワインと食事を振る舞う」「2人でか?」「いや、工場長と一緒だ」

 

 

 

 電話口から手帳がめくられる音がして、比較的長く沈黙が続いた。そして菊地君は「俺も行く」と言った。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(17)>

 

我々は初リハーサルからインスタグラム用に写真や動画を撮影した。ODのファッションフォトも含め、時折、コントめいたものも入れようというアイデアは菊地くんからのもので、どうやらインスタグラマーとユーチューバーを混同しているようだったが、コントなら電光石火の速さで書いてしまう菊地くんが、携帯電話の電話越しに1分間のコントを口伝し、私とODはゲラゲラ笑って、どんどん実行した。

 

 

 

 しかしこれは後の話である。順番としては、作曲、アーティスト写真の撮影、伊勢丹のウエブコンテンツへのコメントの収録、そしてレコーディングがあった。

 

 

 

 レコーディングは驚きの連続だった。パン工場の中と川縁でしか歌ったことのないODは、Wikipediaで「レコーディング 音楽」と検索したのを手始めに、ヘッドフォン、マイクロフォン、モニターボックスという基本の機材を手がかりに、小田朋美さんの自室にある制作環境から類推して、全てを一晩で使いこなせるようになり、更には、デモ以降の、いわゆる本チャンのレコーディングスタジオに生まれて初めて入った時には全てを熟知しており、私は何も説明する必要がなかった。

 

 

 

 退化しないアルジャーノンであるODは、しかも、レコーディングの流れを最短で済ませるように仕切る知性と直感があった。レコーディングスタッフに挨拶をし、一人一人にパンを渡し終えると、トイレに入り、着ていた小田さんの私服を、工場で着ていた服に着替えてから、真っ直ぐにヴォーカルブースに入り

 

 

 

 「アー。チェックチェック。アーそれでは初日よろしくお願いしますデス。自分の名前はODじゃないスか。えーまずは<夏の天才>から録るデス。アカクさん、キューボックスの説明をお願いするじゃないスか。自分はクリックは要らないじゃないスか」

 

 

 

 「小田さんでしょ?設定ですよね?」

 

 

 

 「違うじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「え?設定ですよね?現場でもODさんって呼ぶ?(笑)」

 

 

 

 「<ODさん>じゃなくて、<OD>デス(笑)」

 

 

 

 「え、菊地さん(笑)。これって、、、」

 

 

 

 「小田さんに決まってるでしょうが(笑)。役に入り込んでんだよ。真面目な人だから(笑)」

 

 

 

 「ですよね(笑)」

 

 

 

 「ですよ(笑)」

 

 

 

 「ボスボス~。早く録るじゃないスか~。すっかり興奮してきたじゃないスか~!!!」

 

 

 

 「ボスって言ってますけど(笑)」

 

 

 

 「オレはね、ボスっていうの(笑)」

 

 

 

 「それも、、、、通す?」

 

 

 

 「通す(笑)。OD、オレだ。歌詞カードどうする?」

 

 

 

 「そんなもん(笑)。カラオケじゃないデスから(笑)、ぜんぶ覚えてるじゃないスか!!」

 

 

 

 「マイクの高さは?」

 

 

 

 「自分でセッティングしたじゃないスか!」

 

 

 

 「わかった。お前、どんどんブースに入っちゃったけど、お前から先に録る、で良いのね?(笑)」

 

 

 

 「自分が先ず入れるじゃないスか。それで、OKテイク出したらボスがそれに合わせて録るデス。スパンクハッピーは、みんな女子用のキーで、ボスが合わせてるじゃないスか。だから自分のOKテイクをガイドにして下サイ。ニュアンスもブレスも決めてきたじゃないスか~(笑)」

 

 

 

 「一字一句無駄のない説明だな(笑)。わかったOD、じゃテイク1行くぞ」

 

 

 

 「キューボックスの説明がまだじゃないスか(笑)」

 

 

 

 「あスミマセン。1番にクリック、、、あれ?要らないんでしたっけ?」

 

 

 

 

 

 「こっちで下げるじゃないスか!」

 

 

 

 「2番にオケの2ミックス、、、、単独で欲しいものありますか?」

 

 

 

 「パンを持ってきて欲しいじゃないスか!」

 

 

 

 「えパン?」

 

 

 

 「OD(笑)、そういう意味じゃない(笑)、単独っていうのは、ミックスだけじゃなく、特に音量を上げたい音色のこと、っていうか、食いながら歌っちゃダメだ(笑)。パンは歌ってからにしろ(笑)」

 

 

 

 「食べるんじゃないデス!手に持って歌うじゃないスか!!その方がピッチが安定するじゃないスか~!!」

 

 

 

 「おおおおおおおおお」

 

 

 

 「おおおおおおおおお」

 

 

 

 「ミトモさ、、、、小田さんのご自宅で試してみたら、手ぶらよりもパン持ってた方が安定したデス。工場では持ってなかったのに、、、、」

 

 

 

 「なるほど」

 

 

 

 工場は空間にパンが溢れていた。

 

 

 

 「わかった、今持って行く。ただし、、、、、」

 

 

 

 「な、、、、、なんスか?」

 

 

 

 「クロワッサンやバゲットはダメだ(笑)」

 

 

 

 「食パンが良いデス!!」

 

 

 

 私は握ってもパン屑が出ないかどうか試して、一番出ない<ダブルソフト>にしようか、はたまた、これでは握り潰れてしまうから、<超熟>ぐらいにしようか迷い、結局は両方を持ってブースに向かった。菊地くんも経験したことがないであろうこれが、連続することになる驚きの、まずは最初のものになった。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(16)>

 

  まだ「最終(FINAL)」の冠がつく前の新生スパンクハッピーは、原みどりさんのソロ活動失敗のリバウンドを取る形で始まった第一期よりも、菊地くんが事務所もメーカーもなく、焼け野原の徒手空拳で、ギャラのいらない完全なアマチュアを探してインディー(当時)から立ち上げた第二期よりも、少なくとも商業的には恵まれたデビューの形態をとる事となった。

 

 

 

 デビューシングルに伊勢丹のタイアップがつき、<カルトユニット11年ぶりの活動再開>と言う小さなニュースは、音楽性の確認もないまま、多くの夏フェスのブッカーから招聘がかかった。そして何よりも、当時はまだTABOOレーベルはSONY傘下にあり、何せ一番大きいことには、ODを手に入れていた。菊地くんの言う「天才」を「探す」という事の一般的な困難さは、天才集積機、天才磁石である菊地くんの遠隔操作的なパワーによって分解され、よりにもよって私の自宅付近で吸い寄せた。

 

 

 

 

 

 菊地くんは、それでもアピアーは足りないと考えていた。私も同感で、これは伊勢丹に対するあらゆる意味でのネガティヴィティでない事はご理解いただけるだろうが、タイアップ商法というのは、1990年代をピークに、今や底値にある。<いや、Suchmosは、あのCMがなかったらここまでのブレイクはなかった>とする向きもいるだろうが、それはSuchmosに対する侮辱だろう。儲けたのはCM屋の方だ。それぐらいの気概が、Suchmosの音楽には漲っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊地くんは幼少期からの、自分の教会であり天国であり世界である、伊勢丹のタイアップを大いに楽しんだ。特に館内音楽のチョイスは、彼にとって無慈悲で、つまりは「叶えたくない夢」の実現だったからだ。現代人には、この「叶えたくない夢」の感覚がどれぐらい分かるだろう?夢は諦めるか叶えるためにあると民は思っている。夢は永遠の夢想の固定装置としてもあり得るのだ。

 

 

 

 

 

 

 つまり菊地くんは、直観で事を始め、永遠のファンタジーの一角を失う代わりに、事を推進した。そして、リスク計算もコストパフォーマンス計算もない(と言うか、彼がそれを、そもそもできないことは、彼のファンの皆さんならばおわかりの筈だ。コンサルが介入したら、菊地くんは、生きる喜びを全て失う代わりに、今よりいくばくか「売れて」いたのかも知れない)まま、インスタグラムの立ち上げを我々に命じた。

 

 

 

 

 「プロダクツ無しの、配信1曲だけでフォロワー5000人までは行ってくれ(笑)。どんな実数なんだか、オレにも全然わかんないんだけど(笑)」「期間は?」「まあ、半年かな」「11月まで」「そうね、どんな実数なんだか、オレにも全然わかんないんだけど(笑)」「わかった。とにかくミッションは果たすよ。受任報酬も引き落とされたしな」「常連価格ですみませんなあ(笑)」「楽しめる仕事というのはなかなかなくてね(笑)。それに」「まあ、皆まで言うなよ。オレだってこれでスパンクハッピーと言う呪われた運動体にケリをつけたい。売れるのに5年かかったとしたら60だぞ(笑)。ファーストアルバムが出る頃には、東京で1000人確保したい。代理店抜きでな。<夏の天才>から1年でファーストアルバム。取り敢えずここまでミッションとして良いか?最初の成功報酬はこの段階としてくれ。どんな実数なんだか、、、」「オレにも全然わかんないんだけど。だろ(笑)」「数字ってのはオモチャみたいで楽しいな。文字と一緒だ(笑)」

 

 

 

 今日から、もうスタイリング以外、活動には付き合わない。定時報告だけしてくれ、もし小田さんからクレームが入った場合は、そっちまで届かないように、こっちで処理する。と言って菊地くんは、いつもの、居心地の良い忙殺の状態に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 私とODは、2人でゼロから始めることになった。我々2人のグループラインを作り、ガラケー古いPCの菊地くんへの定時報告はODにやらせることにした。あっという間にODは我々のインスタグラムとtwitterの公式アカウントを取得し、コンテンツは私が、キャプションはODが担当となった。


 

 

 

 

 

 問題はODへの報酬だ。

 

 

 

 

 

 

 

 「OD、小田さんとの暮らしはどうだ?」

 

 

 

 

 「ミトモさんは、マジ卍パリピスペリオールお忙しいじゃないスか。自分は私服を全部ミトモさんにお借りしてるデス。ツアーのお供に、変装して付いて行ったり、ジムやボルタリングにご一緒したりする時もありマスが、大体は一人でミトモさんのお部屋でお帰りを待ってるじゃないスか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「食事はどうしてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 「冷凍してあるパンをチンして食べてるから大丈夫デス」

 

 

 

 

 

 

 

 「ちゃんと工場には帰ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 「週末は皆さんと過ごしてるじゃないスか(笑)」

 

 

 

 

 

 

 

 「いいか?お前が今から歌ったり踊ったり、練習したり、インスタで活躍したり、レコーディングしたりするのは、もう全て、遊びじゃない。仕事なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 「了解デス(笑)。お仕事をするデスね(笑)」

 

 

 

 

 

 

 

 「だからつまり、お前には報酬を要求する権利がある」

 

 

 

 

 

 

 

 「権利、、、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 「何か欲しいものはあるか?、、、、自分の服とか、、、楽器とか、、、、部屋とか、、、まあぶっちゃけ、、、金とか?」

 

 

 

 

 

 

 

 「ミトモさんちに住めて、ボスと音楽が作れれば何もいらないデス!、、、ただ、、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ODは突然興奮し出した。

 

 

 

 

 

 

 「自分は工場の外にもいろんなパンがある事を知ったじゃないスか!ミトモさんがたまにご飯に連れてってくれるデス!その時に、えーと、えーと、調理パンみたいな、、、やつの、すげー美味しいやつとか、なんかすげー硬ーいパンとかがあるデス!!ボスは知ってますか?野球のバットみたいな奴です!!」

 

 

 

 

 

 

 

「バゲット、、、のことかな?」

 

 

 

 

 

 

 

「それデス!!あれも美味いじゃないスか~。あと、お肉やお魚も、工場長の息子さんの奥さんが作ってくれた料理は超美味しかったデスけど、もっとすげー美味いのがこの世にはあるじゃないスか!!」

 

 

 

 

 

 

 

「いろんなパンと、それと一緒に食べる料理が喰いたい、と云う事か?」


 

 

 

 

 

「はい!自分は調理パンやサンドイッチも好きですが、一番好きなのは食パンの切ってないやつデス!それと一緒になんか美味しい料理を食べたいデス!」


 

 

 

 

 

「そうか、、、それなあ、、、、菊地くんに頼むべきだなあ、、、食パン一斤持ち込めるビストロな、、、、あるいは小田さんの部屋にシェフを出張させるか、、、、」

 

 

 

 

 

 

「ボスと一緒に、菊地さんが知ってるお店に行くデス!!それを撮影して、インスタに上げるじゃないスか~(笑)」

 

 

 

「わかった。良いアイデアだ。採用しよう」

 

 

 

 

 

 

 

「嬉しいデス!(笑)、、、、、そしたらボス、、、あのう、、、」

 

 

 

 

「どうした、何でも言ってみろ」

 

 

 

「、、、自分、あと二つだけ、お願いがあるデス、、、、えへへへへへへ」

 

 

 

 

 

「いいぞ。何でも言え、、、、、イリーガルな事か?」

 

 

 

 

「イリーガル?」

 

 

 

 

「忘れろ。何だ?」

 

 

 

 

ODは体をもじもじくねらせ、苦しげに笑いながらこう言った。

 

 

 

 

「あのう、、、、、ひとつは、、、、ダメだったら、諦めるデスけどお、、、、えーと、ええーーーーっと(笑)、、、、、」

 

 

 

 

「早く言え(笑)」

 

 

 

 

「えーと、えーーーっと、、、、、ワインが飲みたいデス!」

 

 

 

 

「ぅおっと、、、、、そ、、、そうか(笑)、、、お安い御用だ。あ、今まで飲んだことがなかったんだな(笑)」

 

 

 

 

「そうデス!ミトモさんに、パンは神様の体で、ワインは血だって教えてもらったじゃないスか。だからパン食べるときにワインを一緒に飲むと体に良いって言われて、うひゃ~何言ってるんスか~。と思って、最初は怖かったじゃないスか、、、、でも、実際に一緒に食べたら、余りに美味くて、びっくりして寝ちゃたじゃないスか!あれは何者スか!」

 

 

 

 

「何を飲んだか覚えてるか?」

 

 

 

 

「ハイ。シャトーマルゴーの2010年じゃないスか、あれはすげえ美味いデスね」

 

 

 

 

「小田さん儲けてるなあ(笑)」

 

 

 

 

「次に美味いのは、セブンイレブンに売ってる、ヨセミテ・ロードの赤い方デス!コルクがないから開けるの簡単じゃないスか!」

 

 

 

 

 

「普通のワイン党の感じだな(笑)。まあいい。いくらでも飲ませてやる。あと一つは何だ?」

 

 

 

 

「あと一つは、、、、、あと一つはあ、、、、えへへへへへへ」

 

 

 

 

「早く言え」

 

 

 

 

 

 

 

「たまに、工場長も一緒に連れてってあげるじゃないスか(笑)」

 

 

 

 

 

 

 

「、、、、、そうか」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、、、、、、や、、、やっぱ駄目スか?」

 

 

 

 

 

 

 

「いや(笑)。大歓迎だ(笑)」

 


 

 

 

 

 

「やったー!工場長も、実はワインを飲んだことが無いじゃないスか~(笑)」

 

 

 

「へえ。まあ、何の問題もないけど、パン食うわけだろ?工場長さんも普通に」

 

 

 

 

 

「はい。お昼はいろんなものをいっぱい食べて、晩御飯はパンとバターとお酒だけじゃないスか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その時は何を飲んでるの?ビールとか?あ、ウイスキーか」

 

 

 

 答えを聞いて私は息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「工場長が一番好きなのは、パンと焼酎デス!(笑)」

 

 

 

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(15)>

 

 最初のアーティスト写真の撮影日がやってきて、我々はまずヘアとメイクを施された。菊地くんが、ウエアである揃いのシャツを白にするか赤にするかを見極めながら、ヘアとメイク兼任の池田さんに早口で説明していた。「OD、クラフトワーク。マンマシーンで検索してくれ」「了解じゃないスか、、、、はいこれ」「池田さん、これで」「えーコレやっちゃって良いんですか?」「やっちゃって(笑)」「んでアイシャドーはライトグリーンにして下さい」「えグリーン?」「グローバルグリーンキャンペーンだもん(笑)」

 

 

 

 ODは、メイク用具が肌に触れるたび「うっヒャッヒャ!うっヒャッヒャ!」と笑っていた。「ダメだ笑うなOD。メイクできないだろ」「だってくすぐったいじゃないスか~(笑)。小さい刷毛で顔をくすぐったら、犬でも赤ちゃんでも笑うデス(笑)」「確かにな(笑)」「こないだミトモさんに初めてやってもらったデス。そしたら自分が笑いすぎてえ(笑)、ミトモさんのパレットをバーン!!ってひっくり返してしまい、大騒ぎになったじゃないスか!うっヒャッヒャ!うっヒャッヒャ!!」「笑っていうなお前(笑)」「だってくすぐったいから~(笑)」「もう寝ろ。そしたら。菊地くーん。携帯式の全身麻酔持ってないか」「持ってないよそんなの普通(笑)」「じゃあ、、、、導入剤もってるだろ」「持ってる(笑)」「ほら、これ飲めOD、寝てる間にメイクするから」「え?寝ればいいデスか?」「ああ」「そしたら自分、いつでも寝れるじゃないスか!」「ええ?」

 

 

 

 ODは目を閉じ、ものの数秒でイビキをかき始めた。

 

 

 

 「ヤバいなこいつ」「こういう人、たまにいるけどな」「忍者とかな(笑)」「兵隊さんとか(笑)」「池田さん、今のうちにやっちゃって下さい」「始まった瞬間に起きちゃいませんかねえ?(笑)」「やってみましょう」「、、、、、あ。大丈夫だ」「寝てる」「うわー」「どんどん行きます!!」

 

 

 

 メイクが完成すると、小田さんが陣中見舞いに来た。池田さんが指差して「あれー!あれえー!あの、ヌードの!」「お久しぶりです(苦笑)」

 

 

 

 小田さんの「シャーマン狩リ」のジャケット撮影に関しては、現在のところ、唯一のファイナルスパンクハッピーによる公式文書「共同声明」に詳述されているので参照されたい(長文の見事なフィクションだが、ちゃんと菊地くんと小田さんが書いている)。小田さんの撮影は、カメラマンと菊地くんと3人だけで行われ、池田さんは、バスローブを着た小田さんのメイクとヘアを整えては、スタジオから出て行った。スタジオからは関係者が全員締め出された。

 

 

 

 「いやー。お久しぶりです。お元気そうで、、、、、っていうか!え!あれ?!」「あたしじゃないんですよ。この子は(苦笑)」「いや、今、自分(注*池田さんの一人称も「自分」)初めて気が付いたんすけど、小田さんにそっくりなんですね、どっかで見たな~って、ずっと思ってたんですけど、、、、小田さんだとは思いませんでした!だってキャラが全然」「池田さん、俺たち4人いるのよ(笑)」「麻雀できますね!すんません今、自分ベタ言いました(笑)」「ソリッドステイトサヴァイヴァーのパロジャケにするか?」「いや、とりあえずマンマシーン」「そのうちユーリズミックス」「こんなアニー・レノックスいねえよ(笑)」「いや、わからないぞ。アニー・レノックスとデイブ・スチュアート身長同じだし」「175だよ!!デケえよ!ニューウェイヴの中では!!」「誰の身長もわかるのか」「わかるね!おいOD起きろ。ミトモさん来たぞミトモさん(笑)」「えー、ちょっとそれ止めてください(苦笑)」「OD起きろ。ほら」

 

 

 

 「え、、、、、」「微動だにしないね」「デコピンしてみよう(笑)」「、、、、、、、、(パチン)あー痛かった!ODスマン(笑)、、、、あれ、、、、」「死んだのかな?」

 

 

 

 

 「あー、寝かしちゃったんですね」「え?」「30分は休憩ですね」「起きない子?」「起きない子です(笑)」「いや、30分はまずいよ」「いや、あのう、起きるんですけど、夢の中に半分入ってるんですよ。夢遊病?、、、、みたいな感じっていうんですかね?完全に現実に戻るまで凄く長いんですよ(笑)」「それ最初に言ってよ小田さん(笑)」「だって、今来たから(笑)」「なんか、ヘソにスイッチとかないの?それ押すと飛び起きる。みたいなさ(笑)」「いやロボットじゃないから(笑)」「揺すってもくすぐっても、転がしても耳元で叫んでもダメでしたね」「小田さん、転がしたり、耳元で叫んだりしたんだ(笑)」「まあ一応(苦笑)」「それヤベえな(笑)」「ヤベえ奴だなコイツ。まあ、わかってたけどさ(苦笑)」

 

 

 

 

 「アグふゃふぇ、、、、鯛焼きまるでふぇふぇ、、プシューがボスをファふぇニュルってなる、、、じゃない、、、、、スきゅあ~、、、フュあ~」

 

 

 

 

 おっし録画だ。と菊地くんが異様にシリアスな表情で、録画を始めた。ODは実に38分間、この調子で話し続け、全身で、非常にゆっくりした、大ぶりの動きーーーそれは一番、能に似ていたのだがーーーを続け、突如飛び起きて「皆さんおはようございマス!体操の時間じゃないスか!」と叫んで、また倒れ、いびきをかき始めた。池田さんが「あの~。トランプやりません?(笑)」と言った。菊地くんが「いいね!でも皆んなやってて、オレ撮影してるから」「それ、撮ってどうするんですか?」「なんか、フェチ商売でも思いついたか(苦笑)」。菊地くんは、「いや、学会に回す」と言ってニヤッとした。

 

2019年

4月

16日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(14)>

 

伊勢丹へのプレゼンミーティングには、4人のうち菊地くんしか参加していないし、どんな様子だったかはバーでそこそこ聞いたが、それ自体はごくごく普通の企業プレゼンであって、菊地くんが内的に興奮している事は隠したまま、冷静に事を運び、伊勢丹がシーズンおきに行なっている「グローバル・グリーンキャンペーン」の、2018年5月の回のキャンペーンソングに、新生スパンクハッピーの1stシングルを採用させる事に成功した、という以上でも以下でもないので、ここでは詳述はしない。8行だけ添えることがあるとすれば、菊地くんはまたしても、山下洋輔グループに加入したように、ムーンライダースのレコーディングに参加したように、Impuluse!レーベルと契約したように、田中康夫と謁見したように、吾妻ひでおと対談したように、蓮實重彦の受賞パーティーに行って帝国ホテルのブッフェにありついたように、相倉久人と死神の将棋を指したように、筒井康隆を自分の番組に招聘したようにして、伊勢丹のキャンペーンソングを担当し、あまつさえ、期間中の館内音楽とナレーションまでする事になった。というだけだ。

 

 

 

 「神々に会うというのはどんな気分かね?」「いやあ、毎日朝晩会ってるからね」

 

 

 

 彼は、物心がついてから一度も、神棚への拝礼を欠かした事がないと言っている。私が見た、数少ない彼の起床時は、少なくとも毎回、洗面し、口をゆすぎ、神饌としての水を替え、柏手を打って拝礼している。因みに、神具としてはどうかと思うが、水はショットグラスに入っていて、そこにはマイルス・デイヴィスの「ウォーキン」のジャケットがプリントされている。20年前に、ディスクユニオンのキャンペーン中に、レコードのオマケに貰ったものが定着したらしい。

 

 

 

 「銚子観音の神社で、ババアのストリッパーに犯されそうになってさ、神社の神様に助けられた。小学生の時。あれガッツリやられてたらオレ今頃、閉鎖病棟かムショだ(笑)」「だから、神々には慣れてるか?(笑)」「いや、全く慣れないね(笑)。慣れないほうが良いよ絶対。毎日通ってるトラットリアだって、家族にだって慣れない方が良い」

 

 

 

 伊勢丹側の要求は、要約すれば「初夏らしいもの」というだけだった。こうして「恋の天才」は「夏の天才」に変更され、彼はプレゼン中に、歌詞をノートに書き付けていた。「粋な夜電波ネタ帳」という表紙のノートに、それは判読ギリギリの殴り書きで

 

 

 

<ダメだ天才だ 天才だ 夏の天才が 僕らをおいて宇宙船で飛び去ってく 僕も連れてってよ 法王とアイドルスターの 濃すぎたマンゴージュース 哲学の無駄な議論 君は僕の夏の天才>

 

 

 

 と書かれていた。「いやあ思いついてさ。もうこの歳になると、忘れちゃうじゃん書かないと(笑)」「よく出来るな」「いや、流石に喋りながらは出来ねえよ(笑)、参考音源聞かしたり、ODの写真見せたりしてる間にささっと書いちゃうの。だから、直前の喋りがおぼつかなくなるけど(笑)。<あー、そう、、、、、ですね、、、、、初夏かあ、、、、盛夏じゃないんですよね、、、、、海とかそういうのじゃなくて、、、、、、、、そうか、グローバルグリーンだもんね、、、、じゃ、、、、、草原で行きましょうかね>とか言いながら、頭の中で整えるわけ。こっから先2人でやって(笑)」

 

 

 

 準備はコマ送りの様に整ってゆき、私とODは楽曲作りに入った。初ライブは、5月に行われる菊地くんのレーベル「TABOO」のレーベルフェス「GREAT HOLIDAY」で、20分のショーケースを行い、夏フェスからの複数オファーを捌き、単独ライブの準備をする。という構えになった。ビジュアルは菊地くんをディレクターとして、最初のアー写撮影がインスタグラムの準備と重なる事になった。インスタグラムのソフト駆動はODにしか出来なかった。「実はパン工場のインスタやってたじゃないスか」「ウッソでしょう(笑)」「皆さんに止められて、一週間しかやらなかったデス(笑)」「何の写真上げてたんだ?」「そんなもんパンに決まってるじゃないスか(笑)」「まあそうだよな(笑)」

 

 

 

 「夏の天才」は締め切りを伴って要請され、「ヒコーキ」は、副産物的に別途浮かんできた。レコード時代なら「シングル両A面」とされただろう。ODは航空機に乗った事が記憶になく、菊地くんが札幌に行く仕事があった時に、「菊地さん、今頃ヒコーキに乗ってるデスね。ヒコーキに乗ってみたいじゃないスか~。あれに乗れば、どこにだって行けるデスね~」と言いながら、ある日、菊地くんの事務所(我々は「秘密基地の一つ」と呼んでいた)に「ヒコーキ」のサビをワンコーラス分、仮歌まで入れて持ち込んできた。

 

 

 

 「お前、これ、どこでどうやって作ったの?」「ミトモさんのお家にー」「ミトモさんって呼んでんのか(笑)」「そうデス。可愛いじゃないスか~(笑)。もちろん、オンラインで呼ぶ時があったら、みなさんと同じ様に小田さんと呼ぶデス。じゃないと、ミトモさんが、ミトモさんのこと、ミトモさんって呼ぶ事になるじゃないスか、だからミトモさんがミトモさんを」「もういい(笑)」「んで、ミトモさんのお家に、デモが作れる環境があるじゃないスか。これぐらいだったらガレージバンドでやっちゃうじゃないスか。これは菊地さんが歌うとジャストなキーで書いたじゃないスか〜」「なんか凄いなあお前(笑)」

 

 

 

 

 菊地くんはデモを何回か聞いて「うん。良い。これで。凄く」と、まるで怒っている様な表情で呟いた後、こっちも向いて「想定外でしょ?」と私に言った。私は「あらゆる事がね(笑)」と答えた。

 

 

 

 

 「小田さんから連絡があったんだ」「なんだって?」「何にも教えてないのに、小田さんの機材を使って、一晩でデモ作ったって」「ヤバいな(笑)」「パン食いながら」「更にヤバいな(笑)」「小田さんが寝てる間に、仮歌を勝手に入れ始めて、小田さん、自分が何か歌ってると思ってびっくりして起きたらしい」「2度ヤバいな(笑)」「小田さんのこと、あいつ何て呼んでるかしって」「ミトモさんだろ(笑)」「ヤバいよ(笑)」「ヤバいよな(笑)聞いた事ねえよ」

 

 

 

 ほぼ同時に完成した「夏の天才」と「ヒコーキ」は、正に共作としか呼びようがないほど、全ての部品に私とODと菊地くんの手が若干入っている。今では、今回書いた部分以外、どちらがどれぐらい書いたか、覚えていないほどだ。そのうち、小田さんがちょっとでも手を入れれば、楽曲も4人4役になるだろう。菊地くんが悩んだのは二期からのセルフカバーを何曲ぐらい、何をやるかだった。彼は忙しくビートメーカーに連絡を入れ始めた。

 

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(13)>

 

 「とにかく、小田さんに迷惑かけたくないんですけど、似てるんだからしょうがないよねえ(笑)」「あのう、何度も何度もすみません。この子がしてるんじゃなくて、あたしがしている、という事になるんですか?」「そこがご相談で(笑)」

 

 

 ご相談と言っても、菊地くんは小田さんに話を飲んでもらうしかない。「ODがもし、小田さんじゃなくて千住くんに似てたら、千住くんが女装してる事になってややこしいだろ(笑)。新顔でも良かったけど、却って面白れえよ」と言って、菊地くんはこの、大変なアクロバットがカスタマーにどう見えるか、それ以前に、そもそも賭場が立つのかどうか、二重の大博打の前にハイになっていた。私はODに毛布をかけてから、少し離れたソファに座り、二人の会話の録音を始めた。

 

 

 

 「とにかく、一切のご迷惑はかけません。あんまり好き言葉じゃないですけど、よく言いますよね、見え方、とか、見せ方、とかさ(笑)。小田さんにもパブリックイメージあるもんね」「いや、まあ、そんな大仰なものでは、、、」「でも、この子、身長もハイヒール履いたら僕を越すし」「そこ、嫌なところじゃないんですか?(笑)」「全然(笑)、それはともかく、身長もあるし細いし、手足長いから、分かりやすくハイモードにしちゃうんで、比較的大胆なルックになるときもありますけど」「胸出すとか?」「いやいや胸は出さない(笑)。テレビ出れないでしょ(笑)」「それ言ったら刺青もダメなんじゃないですか?地上波なら」「あそうだ!(笑)手袋しますよ左手だけ(笑)」「取り敢えずそこはオーケーです(笑)」「了解です(笑)。デビューが夏場で、夏フェス決めたいんで、そうですね、スイムウエアに長襦袢にハイヒールでフジロックに出ます。ファレルのハッピーの、後ろにいるモデルみたいな(笑)」「ううううう(笑)。あの、そのスタイリング自体は素敵だと思うんですけど、、、、、しつこい様ですけど、永遠に、あたしなんですよね?行く行くは種明かし、みたいな事はなく」「どちらが良いですか?」「いや、あの、全然。ある時、二人出てきたら凄くないですか?モノマネの、ご本人登場みたいな。この場合、どっちが本人なんだか分かりませんけど」「すげえ事言うなあ(笑)」「とにかく、あたしは何も考えないで、普通に自分の活動してて良いんですよね?」「はい」「分かりました。だったら菊地さんにお任せします」「うわー簡単に決まった(笑)緊張して損しちゃったな(笑)」

 

 

 

 「菊地さん、ただ、一つだけお願いが」「ありゃあ、気が合いますね(笑)。こっちも一つあるんですよ(笑)」「(笑)契約書とか書きます?」「いやいやいや。乃木坂ぐらい売れたらにしましょう、書き物はおっかねえから(笑)。つまり一生書かないけど(笑)。あ、すみませんお願いというのは?」「楽曲は、お二人で書くんですよね?」「それは書く(笑)。こいつ、なんでもできるんで」「そしたら、全曲チェックさせてください」「喜んで(笑)。ダメなところがあったら書き直してください(笑)」「喜んで(笑)」「有難うございます(笑)」

 

 

 

 「で、あたしにお願いっていうのは、、、、」「あのう、、、ですね、、、、」「はい、、、」「あいつをここに住ませてやって欲しいんです」「ええええええ!!?」「週に1回は川崎のパン工場に帰しますんで、、、、できたらそのう、、、、週5で(笑)」「ちょっと、、、、うううううそれは。長考に入っていいですか?(笑)」「勿論です。では、仮契約成立という事で(笑)」「菊地さんほんと楽しそうですね(笑)」「だってヤバくないですか?(笑)4人で2役、、、、あれ違うか?」「そうですよ!さっきのお話だったら。だって私でしょう?菊地さんでしょう?ボスさんでしょう?彼女でしょう?それで、外向けには、菊地さんとあたしがやってるのに、、、、」「別人だって言い張ってる、という態だから、、、」「だから、都合4役ですよ。4人4役っていうか、、、、あれ、違うか?」「そうだそうだ!変形した4人4役ですよね!中身が違うだけで!うはははははははヤベー(笑)」「入れ替わりやりたいですね(笑)入れ替わっても分からない(笑)」「小田さん面白いなあ(笑)」「結局全員、誰だかわかんなくなっちゃったりして(笑)良いなあそういうの」「良くないでしょう(笑)」

 

 

 

 私は立ち上がり、ODを起こそうとした。すると小田さんが、「あ、ボスさん」と私を制した。

 

 

 

「大丈夫です。今日から半同棲しますね(笑)。ODと(笑)」

 

 

 

 マネージに関する話を済ませ、川崎の工場から届けられた、5日分のパンを小田さんに託して、私と菊地くんはODを残し、小田さんの部屋から出た。菊地くんは競歩のような速度で歩きながら「よっしゃあ始まった。ヤベえの始まった(笑)」と言って、特殊メイクのように目を血走らせていた。

 

 

 

 「大丈夫か?小田さんとの会話は、一応録音しておいたが」「嫌だねえ請負屋は(笑)」「ODと一緒に長期間過ごしたのは、今のところ、工場の人達だけ、と考えるのが妥当だろ?」「え何?あいつ夜中に遠吠えしたりするの?(笑)」「可能性はゼロじゃない(笑)」「そうだな、もしトラブルがあったら、君が預かってくれ」「マジで?」「マジで、とか言うんだな(笑)」「たまにね(笑)。まあわかった。その場合は湾岸の倉庫に二人で移る」「あの、ディーバに出てきた隠れ家みたいなとこな。ローラースケート買わねえとな」「それにしてもちょっとハイ過ぎないか?」「そっりゃそうだよ。これ、さっき長沼から」

 

 

 

 菊地くんは印籠のように、歩きながらガラケーをかざした。そこには、彼のマネージャーからのメールで

 

 

 

 <伊勢丹からキャンペーンソングの依頼が来ています。今年の5月との事ですが、間に合いますでしょうか?>

 

 

 とあった。

 

 

 

「これじゃあ仕方ないな(笑)」「だろ?(笑)どんな賭場でも、立ててねえ限りツキ自体が来ねえ。あいつ持ってるよ。今、パン食ってるか寝てるか?いくら賭ける?」「パンに5万」「寝たままパン食ってるに10万だ(笑)」。彼は歩きながら電話をかけ、あもしもし~。どうも菊地です~。先ほどはどうも。あいつ今何してます?と聞いた。

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(12)>

 

 菊地くんの才能でもあり、一種の病理とも言えるだろう。彼はほんのひと手間で、素材の潜在的な強度を引き出す。速度は、かからなければかからない方が良い。彼は歩きながら流れるように全てを決めてしまう。実家が日本料理屋だから、といえば、彼に倣ってフロイトになるのだろうが、とにかく彼はプレイングディレクターで、一緒に動きながらどんどんスタイリングしてしまう。場合によっては、買い物もする。買ったか買わなかったわからないぐらいの速度で。大谷能生氏に「大谷くん、ラッパーになった方が良いよ」と言って、そのままラッパーにしてしまった際、今でも谷王がきているスーツは、菊地くんが広告塔をしていたブランドのものだし、小物、大物、類例は枚挙に暇がない。

 

 

 菊地くんの立場に反するが、アドラーによれば、人の属性にはゲッターとプレゼンターがいる。菊地くんはそれを更にフロイト的に解釈し直し、ロールプレイとして、一手早くプレゼンターの立場をとってしまえば、相手が否応なくゲッターになると思っている。独りよがりになればこれはストーキングの動きに近いが、結果を出しているので全ての状態が自然に流れてしまう。彼がグルーヴだと信じているものは、こうした自然な流れだ。驚くべき変化が、自然に発生する。これは、素材が料理になる過程である。料理という行為には、一切の冗長性が排除されないといけない。

 

 

 

 私が一番驚いたのは、彼が年長の先輩に連れられて、老舗のすき焼き屋に行った時のことだ。彼は仲居に逆らうことなく、寄り添って自然に流れ、いきなり、自分の溶き卵の卵液を焼けている鍋の縁に回しかけた時だ。「あー、肉と野菜ばっか食ってたら卵焼きが食いたくなった。卵がタレ吸って調子良いんで、このまま焼いたら美味いですよ」と言い終わる頃には、プラモデルのような、小さな卵焼きが綺麗に焼きあがっていた。

 

 

 

 そこにいた全員が、驚く暇もなく、彼はそれをパクッと喰べて、「んーまい!(笑)」と笑い、「皆さんも喰います?(笑)」と言って、結果として卵焼きを4個焼いた。明らかにこれはブリコラージュの実践だ、と派手に解釈することも可能だ。彼がフロイトだけでなく、レヴィ=ストロースも思想的な基軸にしているのは、おそらく有名な、調理の三原則がある、それだけだろう。しかし、フロイトもレヴィ=ストロースも、音楽への不全と偏愛があった。彼が偏愛する者は全員、音楽への不全と偏愛を持っている。マイルス・デイヴィスですら、彼は強引にそう解釈しようとする。スリップも許可範囲に入れるのがフロイディアンなのだろうか。

 

 

 

 すき焼きの卵焼きは、私の原イメージになった。あんなとてつもなく奇妙なものを、まるでコースの中の一品のように、そこにいた全員が自然に食べた。今、彼は、伊達眼鏡という、必要性から見たらゼロに近いものをアイコンにしようとしている。着けられたODは鏡を見て「あらあ」と言いながら、ポーズをとったり、歌って踊る真似をしたりしている。

 

 

 

 そして菊地くんが、「気に入ったかOD?」と、笑いながら聞くと、ODの答えは「超気に入ったじゃないスか!可愛いデス」でも「なんか不思議な感じじゃないスか~。初めてメガネかけたじゃないスか~」でもなかった。ODは反射的に「え?気に入ったかって?」と、いったような、怪訝な表情をした。まるで、ずっと自分の顔面の、メガネの所定位置が空欄だったかのように。どんなに奇妙なものであろうと、最終スパンクハッピーは、ごくごく自然に受け止められるだろう。

 

 

 

 「まあ問題は、二期との比較だけだ。っても、そうだなあ初動の数ヶ月だな。こいつには何が何だかわからないから助かるよ。楽で良いよこいつ。なんたって小田さんだと思って磨けば良いんだからな。なあボス?なあ(笑)」と、菊地くんは本当に楽しそうに笑った。それは、獲物を捉え、捌いて調理しているようにも、ミューズに跪いて祈りを捧げているようにも見えた。同じことだからだろう。亡くなった菊地くんの父親は手酷い暴君だったが、鳥も魚も、時には豚や羊も生きたまま捌いたらしい。「お経が長くてさあ。潰す前の(笑)。寿司になんねえよ。鰯に唱えてたらさあ(笑)」「だからオレは絶対にペットは飼わねえ、SMなんかするんだったら、人殺しのがよっぽど良いね」と菊地くんは言っていた。私が始末をする時に、その瞬間から逆算して妙法法華経の一部を唱えながらする話をした時、菊地くんは「オレ前田さんに聞いたんだよね。シュートの瞬間に頭の中で何考えてるんですか?って。ヤベえよ。答え(笑)」と言った。

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(11)>

 

 「ファイナリスト諸君(笑)乾杯だ。小田さんすいません、シャンパングラスじゃなくて良いんで、グラスを4つお借りできますか?」

 

 

 バラバラのグラスにルイ・ロデレールがロシア皇帝に献上したシャンパンが注がれ、菊地くんが「OD、乾杯の音頭をとってくれないかな」と言うと、ODが「音頭っスか?」と目を丸くした。私は「いや、歌わなくて良い。お前、乾杯したことあるだろ?」と言うと、ODは「毎晩してたじゃないスか!(笑)」と言って、楽しそうに「今日も一日お疲れさんデス!!かんぱーい!!」と言って、同じ顔をした二組がグラスを当てあった。ODだけが一気に飲み干して「プハーすげえ旨いじゃないスか!!」と言った。パン工場の兄たちを真似ているのだ。

 

 

 

 数分間、誰も話し出さなかった。菊地くんはニヤニヤし、小田さんは戦慄し、ODは無邪気にはしゃいで、私は様子を見ていた。いくらでもこの状態が続きそうだ。見兼ねた小田さんが、電子タバコを吸いながら

 

 

 

 

 「音楽でも、、、、かけましょうか、、」

 

 

 と言って、ラフマニノフのピアノ曲を流した。情動奔流の音響化であり、典型的なヒステリアとも言える、非常に複雑で美しい作品である。全員がしばらく音を浴びて、菊地くんは「ラフマニノフやべえな。ちょっと失礼。トイレお借りします」と、トイレに行った。気がつくとODは、ソファで仰向けに、口を開けて寝ていた。

 

 

 

 「小田さん、今回は巻き込んでしまってすみません」「ええと、、、、あなたは菊地さん?、、、あれ?」「違います。菊地くんは(指差して)トイレで」「あの、すいません。あなたが<菊地くん>っていうの止めてもらえますか?すごく変な感じなんで(苦笑)」「わかりました(苦笑)。じゃあ、なんと言えば」「彼、とか、あの人、とか」「了解です。私は、彼ではありません。あの人は今(指差して)トイレで」「どう言っても変な感じですね(笑)」

 

 

 

 

 「ああ小田さん、トイレお借りしました。あのー、手を洗うのに、勝手にハンドソープ使っちゃいました。ごめんなさい」「いやハンドソープは良いんで、それよりあの、お二人であたしの両脇に立つの止めてください。すごく気持ち悪い(笑)」「失礼」「失礼(笑)」「じゃあ、どうすれば?」「じゃあ、どうすれば?(笑)」しばらく黙って、小田さんも残りのシャンパンをあおった。

 

           *    *    *    *    * 

 

 

 

 「ODっていうのか。良い名前だな。旨そうだそのメロンパン(笑)」

 

 

 

 

 「うわー。凄いデスね。ボスが2人、、、、お二人はご兄弟デスね。双子というのを知ってるデス。ネットで見たじゃないスか」

 

 

 

 

 「OD、オレと彼は別人だ」

 

 

 

 

 「またまた~(笑)。ウソじゃないスか~(笑)。菊地さんはボスのお兄さんスか?弟さんスか?」

 

 

 

 

 ODは後に、極端に発達した情報処理能力で、私と菊地くんを「ぜんぜん似てない」と知覚するに至るのだが、最初は常人と同じ反応だった。

 

 

 

 

 「いやあ、本当に別人なんだよOD。それにな、来週、君とそっくりな女の子と会わせる、、、、、、この人だほら」

 

 

 

 

 「これは自分の写真じゃないスか(笑)」

 

 

 

 

 「よく見てみろ、君、この服に見覚えあるか?楽器も弾けないだろ?あれ?弾けるんだっけ?」

 

 

 

 

 「ピアノが弾けるじゃないスか!(笑)」「いきなりどうして(笑)」「一回弾いたら、弾けたじゃないスか」「どこで?」「川崎のデパートの中にある楽器屋さんデス(笑)」「へー。ボス知ってた?」「え、ボスなのオレ?(笑)」「いくらなんでも長いでしょうボス・ザ・エヌケーってのは。みんなボスボスって言うよすぐに」「やだなあ。石原裕次郎みたいじゃないか」「ボスボス~(笑)」「やめろOD(笑)」「ボスボス~(笑)」「やめろって(笑)」「いや、それで良い(笑)」

 

 

 

 

 「それよりOD、よく見ろ。この服、見たことないだろ?場所も」「確かにそうデスが、、、、でも、この写真は、、、、、やっぱ自分じゃないスか(笑)」「自信あるか?」「自信、、、、は、、、、あんまり無いじゃないスか、、、、自分は物忘れが激しいデス!(笑)」「オレも(笑)」「菊地さんもデスか!(笑)」「たまに、自分の名前忘れちゃう(笑)」「自分もそうデス!(笑)仲間デスね(笑)」「そうだな(笑)。でも、この人と君も、オレとボスも、そっくりだけど別人なんだ。和田アキ子と優木まおみのようにな(笑)」「ホントじゃないスかー!!そっくりじゃないスかー!」

 

 

 工場長に譲り受けたガラケーは私が保管する事にし、ODにはスマホを与えた。ODはものの数時間で、初めて手にするモバイルを完璧にマスターした。今は、高速で検索し、和田アキ子と優木まおみの静止画から、特にそっくりな写真を見つけて、スプリット画面に並べて見ている。

 

 

 「まあいいや。それよりOD、ええと、、、、、この服を着てみてくれないか」「プラダのコレクションラインじゃないか」「借りてきたんだ」「誰から?」「いやメゾンから」「ああ、、、、なるほど、、、、うわああああああ!」「うわあああああああ!」

 

 

 ODはニコニコしながら一瞬で服を全部脱いでしまった。

 

 

「ちょOD!!待て待て!!」「ここで脱ぐな!!」「だって!着ろって言ったじゃないスかー!服は脱がないと着れないじゃないスか(困)」「お前が困るな!困るのはコッチだ!」「えー君、ひょっとしてパン工場で、工員のみなさんと一緒に着替えてたのか、そうやって」「違うじゃないスか!着替えは一人でしかした事ないデス!」「そうかわかった!、、、、、とにかくまず着ろ!あのー、着てた方のやつな」「了解じゃないスか(笑)」

 

 

 「あのなOD。男の人の前で裸になってはいけない。絶対だ。いや、女の人の前でもだ(笑)」「はい。じゃないスか(笑)」「風呂はどうしてたの?」「一人でしか入った事ないじゃないスか、、、、」「そうかそうか、わかった、まあいいや。えー、そういう話は後々聞くとして、そうだな、じゃあ、これをかけてくれ」「メガネじゃないスか、、、、自分、目は良いじゃないスか(笑)」「そうか。こんだけPCやってるのにな、、、まあいいや。これはねOD、君の衣装だ」

 

 

 それは、菊地くんが過去、小田朋美さんにあげたものだった。私との移動中、新宿南口のルミネの中を通過しているときに「あ、あれ、小田さんにあげよう」と言って、いきなり眼鏡屋に入り、「小田さんは目力が強いし、なんでも目に出るから、逆にゴツい伊達メガネしたら可愛いんだよ」と言って、ものの数秒で支払い終えた物だ。「こうやって物を買うのか」「ああ、おかしい?」「おかしいね(笑)」「そうか(笑)」

 

 

 ODが装着して、我々は軽く息を飲んだ。「すげえ良いじゃん(笑)。ボス、どう思う?(笑)」「とても良いね(笑)」

 

 

 

 菊地くんは、面白くてしょうがないといった、彼のあの笑顔で

 

 

 「これ、楽だなあ(笑)。小田さんだと思えばいいんだ(笑)」

 

 

 

 と言った。

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(10)>

 

 「うわー。うわー。ホントにそっくりじゃないスか~。凄いじゃないスか~」

 

 ODは小田さんの顔を撫で、自分の顔も撫でたり、パッとステップバックして、鏡を見てはまた感心し、パンをパクッとくわえて、また小田さんの顔を見つめたりしている。小田さんの部屋のテーブルの上は、セブン&アイのコンビニエンスストアで買ってきたパンが山のように積んであった。小田さんはいつものクールな感じで微笑みながらも、明らかに困惑していた。菊地くんはお約束で遅れている。

 

 

 

 

 

     *    *    *    *    *

 

 

 私は菊地くんに了解を得た上で、小田朋美さんの身辺を洗わせてもらった。死んだと思っている双子の姉妹がいるとか、政府のヒトクローンの極秘プロジェクトに関わっていて、実は小田さん自身が誰かのアヴァターであるとかいった事はない。と確定してから、私は小田さんにお会いして事の次第を全て話した。パークハイアットのピークカフェで待ち合わせすると、小田さんは私を見つけ、軽く腰を浮かせて、すぐにまた座り直し、私が「小田朋美さんですね。初めまして」と言うと、「え?なに?これドッキリ?」と云った表情で私を見つめていた。

 

 

 

 「え?あなた、菊地さんじゃないんですか?、、、、菊地さんでしょ?(苦笑)」「いえいえ、かくかくしかじかでして」「はあ、、、、でも、、、そんなの、、、ちょっと信じられないな(苦笑)」「まあまあそれは、当日明らかになります。菊地くんも来るので」「<菊地くんも>って、、、(苦笑)」「それより、本人に会ったら、それどころじゃなく驚かれると思います。事前に写真、ご覧になりますか?」「はい、是非、、、」

 

 

 

 

 私はODがユニクロの部屋着を着て、1斤のパンを食べながらふざけて踊っている写真を見せた。後のインスタグラムの平均値である。ODはバレリーナの様に両手を180度広げて、片足を背後に伸ばし、片足のポイントだけで静止することができた。

 

 

 

 

 「え、なんかこれ、、、、あたし、、、、、ですよね(焦)、、、、あたし、こんな、、、、、え?いつ撮ったんですか?いつこれ?」「いやだから、これがODです(笑)。ここに来る前に撮りました」「嫌だ気持ち悪い(苦笑)、、、、でも、、、俄然興味が出てきました(笑)」「そうですか(笑)、あの、ですのでね、小田さん、要点はそこだけです。彼女がデヴューしたら、カスタマーのほとんどは、小田朋美さんが、一人二役でやっている、、、というか、単に今回のスパンクハッピー再始動参加に際する芸名だと思うでしょう」

 

 

 

 

 「ごめんなさい飲み込みが悪くて、、、、あのう、、、本当にあなたは菊地さんじゃない、のね?」「そうです」「なんだけど、菊地さんが芸名でやっている態にする、、、んですね?」「そうです(笑)」「そもそもあのー、それはどうしてなんですか?」「すみません。今は言えません(笑)」「じゃあまあ、それはそうだとして、それは良いじゃないですか、菊地さんとあなたの間でコンセンサスとれてるんだから」「はい」「でも、あたしも、この子と同一人物だとして、スパンクハッピーを始めるの?」「いや、そこをご相談させて頂きたいんです。とぼけて頂いても大丈夫ですよ。ODと自分は絶対に別人だと」「、、、でも、無理ですよね、、、、声もそっくりだし」「はい、誰もが、小田さんを、パブリックイメージ以上に、シャレの利いた方だと思うだけでしょうね(笑)」

 

 

 

 

 小田さんは、しばらく硬い無表情になってから、唐突に話し出した。

 

 

 

 

 「でも、バレますよ。あたしのスケジュールはインサイダーにはガラス張りだし、今からスパンクハッピーの立ち上げに参加するというのは、スケジュール的にも能力的にも無理です。今年はceroもクラックラックスもCMも、三枝さんとのプロジェクトも含めて凄く忙しいし、フジロックでデビューって、そもそも今年のフジロック、ceroも出ますよ」「フェス被りは却ってありがたいです(笑)。小田さんが二つ出て、活躍されている、という態になるし」「でも、ピアノもキーボードも弾かないで、歌って踊るんですよね?」「はい(笑)」「えー、だから、えー、ごめんなさい頭が混乱してきた。この子がした事は、あたしがした事になるんですね?」「そうです」「えー、、、、、」。

 

 

 

 

 「菊地くんのプランでは、衣装は、あらゆるルックを使います。グランメゾンのドレスも使うし、水着やボディスーツや、男装、ヘナタトゥーも使います、あと言葉遣いも独特です」「え水着?」「まあ、パリコレSSみたいな、水着着て、アウター1枚羽織って」「えー」「大変失礼。菊地くん曰く、ですが、3サイズとかじゃなくて、体型も全く同じだと」「菊地さんはあたしの体なんか知りませんよ」「彼の超能力ですよ。聞いた事ないですか?眼球にX線がついてるんです(笑)」「何れにせよ嫌だなあそれ(笑)」

 

 

 

 

 嫌だなあ、と言いながら、小田さんはほとんど、このプロジェクトに興味津々だった。そもそも、ミーティングの場所にご自宅をお貸しして頂く約束はすでに取り付けてあるのだ。

 

 

 

 

 「えー?スパンクハッピーあたしじゃダメなんですか?(笑)、あ、そうか、この子がいるか(笑)。あ、じゃあ、これはこれは?これはどう?たまにあなたと菊地さんが入れ替わって、あたしとこの子が入れ替わる(笑)」「大歓迎です。ただ、こいつは小田さんの代わりはできませんよ(笑)」「ああ、それが出来たら楽なんだよなあ(笑)。アヴァターって良いですねー(笑)」「小田さん、話が逸れてます(笑)」

 

 

 

     *    *    *    *    *

 

 

 ドアチャイムが鳴り、小田さんが玄関まで菊地くんを迎えに行った。菊地くんは、ルイ・ロデレールのクリスタルを剥き身で握っており、「あ、小田さん、どうもどうも、あけおめ?ですかね?あ!コートは大丈夫です大丈夫です!ありがとうございます。どうも」と言いながら靴を脱いで上がってきた。いつもの無遠慮なドスドスした足音に続いてドアが開くと、菊地くんの瞳孔は開いており、彼がトランスした時の、あの爬虫類の様な、野良犬のような顔で、他の3人を睥睨した。

 

 

 

 「やっと揃ったな諸君。話が上手くまとまったらシャンパンはドン・ペリニョンにアップグレードしよう。」

 

 

 

 もしこれが映画で、監督が凡庸だったら、360度カメラが、CGで合成された4人をぐるっと見回した筈だ。菊地くんがよくもたらす、恐怖と面白みとセクシュアルさが混同された、異様な緊張感が流れ、誰もが、ODすらも言葉を失った。菊地くんは、こんなに面白いことがあるか、と云った表情で、吹き出しそうになりながらこう言った。

 

 

 「さながら、一つ部屋に詰め込まれた、2組のファイナリストだな。はははははは。あ!そうだこうしよう!ファイナル・スパンクハッピーだ!だって、ファイナリストに相応しいメンツでしょ。なあ、そうは思わないかね?OD?ご機嫌はいかがかな?あらー。今日もパンがいっぱいだ(笑)」

 

 

ODは私と菊地くんを交互に見つめ、「菊地さん!ボス!小田さん超カッコイイじゃないスか~!それに音楽の大学を出てるデス!それに凄い綺麗~。綺麗じゃないスか〜」と言いながら、小田さんに横から抱きついた。菊地くんは笑い出し、小田さんは戦慄していた。

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(9)>

 

 工場長は、彼女と二人きりにさせてくれと言い、おーい、お前、降りてこい、と彼女に言った。彼女はワイヤーアクションのワイヤーが背中についているとしか思えなかった。いつも降りているであろうルートで、10メートル弱はある高さから数秒でストン、と降りてきて、工場長に駆け寄り、タックルのようにして思いっきり抱きついた。

 

 

 工場長~。あのお兄さんは自分と一緒に歌を歌いに来たデス。パンをあげて欲しいじゃないスか。お兄さんは今日からここで働くデスか?うん、、、まあな(笑)、、、ちょっとお前、オレの部屋で話さないか?、、、あの人は、、、、、まあいい、久しぶりで2人で話そう。おーい、みんな、今日はもう上がって良いぞ。

 

 

 彼女は一瞬、怪訝な顔をしたが、満面の笑みで「お兄ちゃんの皆さん。今日も1日、お疲れ様じゃないスか~。明日また会うじゃないスか~。歌ってほしい歌があったらなんでも言ってくだサイ!」と手を振って、ぴょんぴょんその場を跳ねた。私は工場長と目を合わせ、軽く頷いてから、「じゃあな、オレは今日は帰るよ。またな」と言って工場を後にした。彼女は私のところに走り寄って来て、「お兄さん、明日は一緒に何を歌うデスか?好きな曲の名前を言ってくれたら、インターネットで憶えておくじゃないスか!さようならじゃないスか(笑)。早く明日がこないかなー」と笑って手を振った。

 

 

 工場長にはまだ一銭も渡していないし、金額の提示も条件の提示もしていない。一緒に逃げられても、やはり気が変わったと強硬になられても、最悪、彼女が錯乱して失踪してもフォローショットはいくらでもある。ただ、彼女には、納得してもらわないといけない。今の所彼女の利益は、パンと歌うことしかない。私は、あまりの事の容易さと難しさに挟殺された。東京でレコード会社と契約する。歌が君の仕事になる。今の1万倍の人々が君の歌を聴く、パンはいくらでもやる。ただ、工場を出て貰わないといけない。帰る頻度は、保証できない。全てがシンプルだ。シンプルすぎる。

 

 

 工場長は「あいつを説得できたら連絡します」と言った。何日かかるだろうか?私は久しぶりの自分の寝床に戻り、疲労がまとめて襲ってこないように、内気功で呼吸を整え、4時間でスローダウンが完了するように身体に言い聞かせた。

 

 

 工場で貰ったバケットをそのまま、マグロの解体のように一文字にナイフを入れて切り開き、近所のコンビニで買った雪印の「切れてるカマンベール」を2箱分、均等に並べて、軽く胡椒を振り、元に戻した。カーヴに保存しておいたドンペリニオンのヴィンテージ06を開け、マグカップに注いでから、その筋に彼女の指紋を渡し、3分間瞑想し、星の使いと言われるシャンパンを半分、バケットサンドを一本分全部食べて、残ったドンペリをデキャンタージュしてから冷蔵庫に仕舞い、12時間眠り、菊地くんに電話をした。

 

 

 

 全てを聞き終えた菊地くんは、開口一番「小田さんに似てんのね?ていうか、そっくりなのね?」と言った。「そうだ。だが別人だ。指紋の照合を当たっているが、小田朋美さんのじゃないのは言うまでもなく、警視庁の失踪者のデータベースにも、韓国にもベトナムにも台湾にも中国にも一致するものはなかった。つまり、厳密には何人かも同定できない」「わかった。歌は似てるか?声というか」「全く同じだね」「ヤバいなあ(笑)。やると思う?やってくれそう?」

 

 

 

 すまんが、今回ばかりは全く予想、、、、と言いかけた瞬間、別のガラケーが鳴った。着信名は

 

 

 

 

「パン(OD)」

 

 

 

 としてあった。工場長のガラケーの番号だが、取り急ぎ呼称がないので、小田さんと似ていることから仮にそうしておいたのである。

 

 

 

 

 私は深呼吸をして、脳内であらゆるケースのシュミュレーションをした。そのうちの幾つかは、あろうことか、私に悲しみを与えた。任務の遂行が頓挫したという意味でなく、個人的な悲しみである。個人的な悲しみは、何年ぶりだろうか?私は、自分の手が軽く震えていることに、自分でも驚くぐらい驚いた。

 

 

 「はい、もしもし、菊地です。工場長さんですか?」

 

 

 

 「はい、○○です。おい、、、お前(工場長さん、自分が出るじゃないスか~)、、そうか、、、、(貸してくだサイ~)お、、、おお」

 

 

 

 

 「君だね。久しぶり(笑)」

 

 

 「そんな~、昨日会ったばかりじゃないスか!(笑)」

 

 

 

 「工場長さんに、話は聞いたか?いろいろそのう、、、君にとって、、、、なんというか、、、」

 

 「自分、やるじゃないスか(笑)」

 

 

 「え?」

 

 

 

 「やるじゃないスか(笑)」

 

 

 「そ、、、うか、、、、、それは良かった。嬉しいよ。あの、念のために、もう一度聞くけど、ちゃんと工場長さんから話は聞いたか?」

 

 

 

 「勿論じゃないスか!(笑)」

 

 

 

 「わかった、、、、、うん、、、、その、、、そうか」

 

 

 

 「お兄さん、、、、なんか、、、自分じゃ駄目スか、、、嬉しくなさそう、、、、」

 

 

 

 「いやいやいやいや!そんなことはないよ!、、、あの、、、、いや、ちょっと、あまりにあっけなかったんで驚いてさ、、、、、あの、、、、ありがとう」

 

 

 

 「本当スカ?、、、、やっぱ自分じゃ、、、、」

 

 

 

 「ダメなんかじゃないダメじゃない」

 

 

 

 「本当スか~、、、、、」

 

 

 

 

 「嬉しいよ。ありがとう(笑)。わかるか?オレは喜んでるんだ(笑)」

 

 

 「そうスか!(笑)良かったデス!(笑)」

 

 

 

 「今からすぐ向かいに行く。工場に行けばいいか?」

 

 

 「工場の皆さんとは、もう挨拶をしてきたじゃないスか(笑)。今は工場長と川崎の駅にいるデス」

 

 

 「そうかわかった。何口にいる?」

 

 

 

 「もしもし、菊地さん」

 

 

 

 「あ、はい」

 

 

 

 

 「こいつを、、、、、よろしくお願いします。あたしは、こいつを置いて工場に戻りますんで、、、、、今はアトレにいます」

 

 

 「わかりました。アトレですね」

 

 

 

 「はい。こいつに、あたしの携帯をやることにしました。これからはこの番号で、こいつが出ますんで」

 

 

 「工場長さん」

 

 

 

 「はい」

 

 

 

 「毎日連絡させます」

 

 

 

 「、、、、、はい」

 

 

 

 「それでは、、、、あのう、、、、工場長、、、あの○○さん」

 

 

 

 「はい」

 

 

 

 「本当にありがとうございました」

 

 

 

 「はい、、、、、はい、、、、おい、お前(もう大丈夫じゃないスか!)そうか、、、ここでおとなしく待ってるんだぞ、、、、それじゃあ、菊地さん、失礼します」

 

 

 

 電話が切れ、私はベッドから飛び起きて、シャワーも浴びずに服を着て、タクシーに乗った。着信歴には、初めて記載される「パン(OD)」という文字があった。私は運転手に行き先を告げてから、心の中で(パン、OD、パン、OD、パン、OD)という呪文を唱え続けていた。

 

 

 

 タクシーを降り、急いで歩道橋を登り、アトレ川崎の入り口に駆け込んだ。映画の待ち合わせのシーンのように私は焦ってキョロキョロし、人ごみの中から彼女を見つけると、私はあろうことか、涙が溢れてきた。なんてことだ。

 

 

 彼女は、背中に大きな風呂敷包みを背負い、両手に大きなビニール袋を2つづつ持っていた。そこには、間違いなく、パンが詰まっている。

 

 

 私を見つけた彼女は、満面の笑顔で、ビニール袋を持ったまま手を振った。幾つかのコッペパンが床に落ち、彼女は「うわ~。落ちたじゃないスか~」と、慌ててパンを拾い集め、最後の一つにかぶりついた。私は彼女に向かって歩いて行った(パン、OD、パン、OD、パン、OD、パン)。

 

 「OD!」と私は叫んだ。彼女は怪訝な顔をして「オーディー?それ何スか~?」と言った。まずそのパンを食い切れ。今日からそれが、お前の名前だ。

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(8)>

 

 「わかったわかった。すまん。驚かしたな。友達とあんまり似てたから、間違えたんだ」

 

 「小田って誰スか~(泣)。全然知らないじゃないスか~(泣)。工場長~(泣)」

 

 「もう小田さんのことはいい。それより泣くな。いいか?オレはお前を苛めたり、怖い目に遭わせに来たんじゃない。わかるか?ほら、こっちを見ろ。オレの目を見ろ」

 

 

 「、、、、、、、、、、」

 

 

 「歌が好きだな?」

 

 

 「、、、、、、、、、、」

 

 

 「そうだろ?お前が歌ってるのを聞いたんだ。歌が好きだろ?」

 

 

 「、、、、、、、、、、、」

 

 

 「、、、、好きとか嫌いとかわかんないじゃないスか、、、、、パンは好きじゃないすか!!マジ卍パリピ好き好きデス!!!パンさえあれば何も要らないじゃないスかー!!!(笑)」

 

 

 「ここで毎日歌ってるんだな」

 

 

 「歌うと、皆さんが褒めてくれるじゃないスか(笑)」

 

 

 「そうか(笑)。歌が上手いな(笑)、だから褒めてもらえるんだ」

 

 

 「上手いとかわかんないじゃないスか、、、、歌はみんな上手いじゃないスか(笑)。レコードやラジオからいっぱい聞こえてくるじゃないスか(笑)インターネットも、いーっぱい歌が入ってるデス!自分もそれと同じじゃないスか(笑)。カラオケも好きデスが、ここで歌うのが一番好きじゃないスか」

 

 

 「そうか(笑)。いつから歌ってる?」

 

 

 「いつから?、、、、、、わかんないじゃないスか、、、、」

 

 

 誘拐された可能性も、失踪者である可能性もある。年齢が読めないが、おそらく10代か20代だ。記憶喪失だとしても、生涯喪失か、一時的喪失かまだわからない。この服が失踪時のものか、ここの誰かに買い与えられたものかもわからない。ただ、両親はここにはいない。逃げるときに、親の名を呼ばなかった。

 

 

 「お前、家族はいるか?」

 

 

 「いるじゃないスか!(笑)ここの皆さんデス!(笑)」

 

 

 「そうか(笑)、、、、あのなあ、両親はいるか?この中に?」

 

 

 「りょうしん?」

 

 

 「お父さんとか、お母さんとかの事だ」

 

 

 「そんなんいるじゃないスか!工場長がお父さんデス!(笑)」

 

 

 工場長の老人は下を向いた。

 

 

 「お母さんも工場長じゃないスか!!(笑)」

 

 

 「そうか(笑)」

 

 

 「あとは皆さんが全員、お兄ちゃんデス!!」

 

 

 「そうかそうか(笑)。たくさんお兄ちゃんがいて良いな(笑)。オレもな、お兄ちゃんが5人いたんだ。でも、4人が死んじまった(笑)」

 

 

 「そうスか、、、、、お気の毒に、、、、、じゃないスか、、、、」

 

 

 「オレは、歌が好きなやつを探してるんだ。両親もいないし、兄弟もいないに等しい、それに、オレもな、歌が好きなんだ(笑)」

 

 

 「そうスか!!(笑)」

 

 

 「一人で歌っても、つまんないだろ?」

 

 

 「そうじゃないスか!!でも、皆さん忙しいから、自分はいつも一人で歌ってるデス。でも、やっぱちょっと寂しいじゃないスか(笑)」

 

 

 私は横目で工場長と工員たちを見た。ありとあらゆるケースを推定したが、彼らの表情が最も雄弁だった。私は大きく鼻で息をして、彼女の指紋を取ろうとして、握手を求めた。恐る恐るだが、彼女は手を出し、やがて両手で私の手を握って、踊って見せた。それは、踊りというより、喜びを表す、自然な反応だったのだろう。

 

 

 この、なんらかの理由で記憶を失った、高い確率で親に捨てられた天才児を、何とか連れ帰り、身柄を確保し、契約しないといけない。彼女は、へんてこな踊りを踊りながら、お兄さん一緒に歌うじゃないスか。それともパンを食べるデスか?自分の分をいくらでもあげるじゃないスか。超うまいじゃないスか~。と言って笑った。

 

 

 「わかったわかった。ありがとうな(笑)。それより、お前、名前はなんていうんだ?」

 

 

 「え、、、、、、」

 

 

 しまった。と私は、胃のあたりが締まるのを感じた。

 

 

 「自分は、、、、、名前、、、、、、ない、、、じゃないスかあ、、、」

 

 

 私は必死に取り繕うしかなかった。

 

 

 「いやそんなお前、名前がないということはないだろ(笑)。こちらの工場の人らには何と呼ばれてる?ん?あるだろ、あだ名とかでも(笑)」

 

 

 「お前とか、おい、とか呼ばれてるデス(笑)」

 

 

 「そうか(笑)。名前がないんだな(笑)」

 

 

 「そんなの要らないじゃないスか!!(笑)」

 

 

 「そうだな(笑)」

 

 

 ちょっと、工場長さんに話があるんだ。お前、また上に登って、好きな歌を歌ってこい。今度は追いかけたりしないから。と言うと、彼女は早口で「わかったじゃないスか!!」と叫んで、ボルタリングの世界王者のように、というより、猿のように、鉄柵やダクトを掴んでは駆け上がり、数十秒で工場の天井近くまで登った。

 

 

 「お兄さーん!こっちに来て一緒に歌うじゃないスか~!」

 

 

 工場長と話をつけなければいけないようだ。しかも、菊地くんとして。

 

 

 「工場長さん。先ほどご確認いただいたように、僕は音楽家で、フリーランスの音楽プロデューサーです。警察でも、彼女の親族でも、回し者でもありません。自分の事務所の代表取締役でもある。だから、おっしゃりずらい事まで聞くつもりはありません。僕は全くの新人歌手を探しています。彼女には才能がある。おわかりいただけますか?」

 

 

 「菊地さん。あたし等はただ、、、その、、、、」

 

 

 「わかってます」

 

 

 「あいつは、、、、、あの、、、、本当に、、、、、プロの歌手に、、、、なれるんですか?」

 

 

 「僕は、インチキ芸能事務所の、いかがわしいスカウトマンでもない。本物の才能を見つける仕事です」

 

 

 「はあ、、、、、」

 

 

 「彼女の名前は、まったくわかりませんか?」

 

 

 「はい、、、、10年前に、そこの粉倉で寝てたんでさあ。家に帰れって言っても、家がねえ、腹が減ったって言うから」

 

 

 「なるほど」

 

 

 「あたしの息子は、ほら(指差して)、あいつです。でも、娘なんていねえんで」

 

 

 「この工場に住まわせたんですか?」

 

 

 「はい、、、ここには工員用の風呂も寝床もあるし、それにあいつは、パソコンも出来るし、掃除も洗濯も出来るんです、車の運転も、、、ただ、女もんの服なんかねえんで、、、、駅前の百貨店で、、、、倅の女房が、、、」

 

 

 「なるほど、、、、、ここから出たことは?」

 

 

 「ありません、、、、あたしも出ませんし。倅は女房もガキもいるんで」

 

 

 「10年間も?」

 

 

 「トラックで配達に行かせたことは何度かあるんですが、行った先で歌うたって、パンを貰って来ちまうんで(笑)」

 

 

 「工場長さん。僕を信用して頂けませんか?いきなりやってきて、図々しい話だとはわかっています」

 

 

 「、、、、あいつを、、、、こっから連れ出すんですか?」

 

 

 「はい(笑)」

 

 

 「たまには戻ってこれますか?」

 

 

 「勿論(笑)」

 

 

 工場長の涙堂が膨れ上がり、白目が充血し始めた。

 

 「あいつを、、、、家に帰してやりたいと、、、、、ずっと思ってました、、、、最初は、、、、、最初は、いつかふらっといなくなるべ、ぐらいに思って、、、、、医者にだって、、、いつか、、、、、いつか連れて行こうと、何度思ったかわかりゃしません、、、、でも、、、、」

 

 

 「工場長。誰にも罪はない。わかりますか?」

 

 

 「うううううううう、、、、ううううう、、、、」

 

 

 「僕は、彼女を幸せにできるとか、本当の家に帰すとか、そういう約束はできません。僕ができるのは、彼女の歌を、この工場の外にまで広めることだけです。それはひょっとして、不幸になることかもしれない。この仕事は残酷です。でも、一番不幸なことは、彼女の歌を、皆さんが独占しているということです。皆さんの憩いの時間を奪ってしまうのは、僕も本当に心苦しい、ですが、どうかその、、、、」

 

 

 工場長は跪いて慟哭し始めた。私は自分の掌に残った彼女の指紋を採集し、そのまま工場長の背中を触った。

 

 

 「、、、、テレビとかにも、出るんですかい?」

 

 

 「見たいですか?」

 

 

 「見てえなああ(泣)」

 

 

 「わかりました。約束はできませんが、最善を尽くします。テレビに出たりしたら、親が名乗り出るかもしれませんね」

 

 

 「、、、、そうか、、、、」

 

 

 天上から、たっぷりとエコーが乗った声が聞こえてきた。お兄さーん、一緒に歌うじゃないスかー。

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(7)>

 

 「おい、アリアまで歌ってみろ」と私が大声を出すと、工員全員の視線が私に向けられた。私は大臀筋と大腿二頭筋に人差し指の電極を刺し、加速状態にしてから全速力で階段を駆け上がり、彼女を捕獲しようとした。スタートした瞬間にゴールに飛び込んでいる感覚。彼女は「うわーっ!!うわーっ!!こいつ誰スかっ!!工場長~!」と叫びながら、脱兎のごとく工場の最上フロアに飛び移り、つまり、私と同じコースに乗った。

 

 

 

 工員たちは2フロア下、遥か後方にいた。おかしい。おかしいぞ。捕獲できない。今私は、瞬間的にだが、時速70キロ弱、100メートルを6秒切る速度を出している。ベン・ジョンソンがドープして出した世界新のタイムより早い。しかし、私と彼女の距離はほとんど縮まらず、心拍数は焦燥感とともに無用に上がり続けた。「おい待て!」「嫌だー!!来るなー!!怖いじゃないスかー!!!」「怖くない!警察やお前の家族の回し者じゃない!!待て!!」「あっち行けじゃないスかーーーっ!!あっち行けーーっ!!」

 

 

 

 いわゆるズタ袋のような、頭からすっぽり被る、コーヒー豆の入荷袋のような、端切れを縫い合わせた服を着た彼女は裸足だった。私は姿勢を14度前傾させ、空気抵抗を最少にして、3秒で彼女に追いついた。背後からタックルして抱きとめないと危険だ。行く手は鉄門の行き止まりになっており、複雑に入り組んだダクトがむき出している。この速度のまま突っ込んだら致命的な骨折が避けられないだろう。

 

 

 

 「待。て。」「うひゃー!!じゃないスかっ!!」私の右手が彼女のズタ袋に引っかかった瞬間、彼女は視界から消えた。私の掌には巻きスカート部にあたる布切れが残った。急停止してその布を確認すると同時に、ボッスーンという音が聞こえ、辺り一面に強力粉の白い粉が舞い上がって視界を遮った。飛び降りたのだ。

 

 

 

 「くそう!」と小さく叫んで、私は階下を見下ろした。そこは業務用のパン生地がロット管理される前にプーリングされている、巨大なステンレスのタンクがあり、トラックの荷台のように開放されていた。そこに満たされているパン生地の中央に、大きな窪みが出来ている。

 

 

 

 胸を刺されるような緊張感が走り、そこにいた全員が息をのむ中、「工場長~。ごめんなさいじゃないスかあ~~~うあ~~」という、のんびりした声が聞こえてきた時には、捕縛されていたのは私の方だった。屈強な工員たちが4~5人がかりで私を押さえつけている。

 

 

 

 「なんだテメエ!!」「あいつに何する気だ!!」「あんた誰スか~!」「落ち着け!私は怪しいもんじゃない!!、、、、いやあの、皆さん落ち着いてください。痛たたたたた!ちょ。手を離して下さい。手を離して!」。その気になれば一瞬でふりとける振りほどける程度に、彼らの捕縛は力任せの雑なものだった。しかし、今は菊地くんとして振舞わないといけない。私は痛がりながら笑って「痛い痛い痛い痛い!(笑)。スンマセンスンマセン(笑)。あの、、、違うんですよ、、、、、本当に怪しいもんじゃないんです。アタシは、、、あの、、、えーと、、レレレレコード会社の人間でして、、、痛たたたたた(笑)。ちょっと、手だけ離して下さいよ~。名刺出します名刺、、、、、出せないでしょ、こんな、皆さんで一挙にぎゅーぎゅー押さえつけられたら(笑)ねえ(笑)」

 

 

 

 視線の先には、彼女がパン生地の中から救出され、工場長と思しき老人にしがみついて震えているのが見えた。私がむしり取った巻きスカートの布地部分から片脚が露出し、アスリートのように締まった筋肉が見えたが、彼女はまったく気にせず、その足も使って老人にしがみついていた。「おい、お前、怪我はねえか?大丈夫か?」「(震えながら)大丈夫じゃないスか~。それよりアイツ、誰スか~。怖い~。工場長~」。

 

 

 

 老人は最大に訝しげな顔で私を見た。「あのねごめんごめん。僕はねえ、全然あやしくないんだ。全く怪しくないの(笑)。ホントに(笑)。追いかけて悪かったよ。君が逃げたからさ。慌てて追いかけちゃったの。ははははははは。ちょっとさあ、あの、そちら、工場長さん?ですか?自己紹介させてくださいよ~。ね?あらあ、粉だらけのパン生地まみれになっちゃったねえ(笑)、芸人さんの障害物競走みたいだ(笑)、後、ドッキリの落とし穴な。うははははははは。君、元気だねえ。ここで働いてるの?(笑)」

 

 

 

 「工場長~」「大丈夫だ。怪我なさそうだな、、、、、おい、お前、何もんだ?」「アタシはですねえ、あのうー、実はアレです。レコード会社の新人発掘部の者で」「レコード会社?レコード会社って、、、、どこだ?」「SONYSONY。知ってるでしょ」「SONY?じゃあお前、SONYの社員だな。名刺見せろ」「いやあの、実はアタシはSONYの社員じゃあなくてですね(笑)、、、、なんていうかな」「何言ってんだ、あっやしい奴だな~」「信じられないじゃないスか」

 

 

 

「わかったわかった。じゃあ、じゃあ、どなたかスマホかタブレット持ってませんか?アタシ名前言うから、検索して、写真と比べてください。あの、左手にね、墨入ってるから、その記事もあるから。インターネットに。パスポートも保険証も持ってますから。ね?とにかく手を離してくれませんかね~。腕が折れちゃうもん、ね?へへへへへへへへ」

 

 

 

 数分後に私は菊地くんの身分として照合された。工員の中にはTBSのリスナーもおり(菊地くんの番組のリスナーはいなかった。工員の朝は早い)、女子アナの話やタモリ倶楽部の話などをして、我々は意気投合し、私は淹れたてのコーヒーと、焼きたての、中にクリームを詰めていないコロネを貰った。

 

 

 彼女だけがまだ訝しがっていた。しかし、工場長は内心で喜んでいたようだ。「おい、有名な方がお前をスカウトに来たぞ、、、その、、、お前がどうするか、話は俺も聞いてやっから、、、、、とにかく奥で顔洗ってこい」

 

 

 

 私は、菊地くんにどうやって報告するかを考えていた。実に君好みのシュチュエーションだよ。パン工場にいた。ははははは。と、私の心拍数はやっと平常に戻った。

 

 

 

 しかし、顔と髪を洗って、汚いセーターとスカートで現れた彼女を見ると、私の心拍数は、またもや急激に上がった。彼女は私の知人だったのである。

 

 

 

 「うわちょっと!小田さん!ええええええええええ!小田さんなんでこんな所、いや失礼、あのう、、、こんな所っていうのは、、、パン工場は素晴らしいですよ!そうじゃなくて!小田さん何で?」

 

 

 

 小田朋美さんの演奏も歌も、私は勿論よく知っていた。しかし菊地くんから聞かされていた小田さんは、作曲家に特有の、多少のヒステリー傾向があるだけで、縞性で重篤な健忘症とか、解離性の多重人格者ではない筈だ。それとも、菊地くんとて、仲間の精神障害は私にさえ話さないでいたのだろうか。私は少々恐ろしくなった。

 

 

 

 「小田さん。小田さんですよね?、、、だからバッハを、、、、ほら、僕ですよ、、、あっれ?、、、いやだなあ小田さん、逃げたりして(笑)」「工場長~」「なんだお前、ちゃんと小田って名前があんのか?」「知らないじゃないスか~。こいつ気持ち悪い~」「え?小田さんじゃないの?、、、ちょっと、、、、あの、小田さん、、、、、はははは。ふざけるの止めましょうよ(笑)。僕ですよ僕」

 

 

 

 あ、何か事情があるのかも。私は、一瞬息を飲んだ。しかしどうやら、彼女は嘘をついていない。彼女の過密スケジュールを鑑みるに、工員たちと懐いている時間などある筈がないし、顔と声と脚の筋繊維の状態以外は、全くの別人としか思えなかった。

 

 

 

 「小田って誰スか~。全然知らないじゃないスか~。お前、早く出て行け~(泣)」

 

 

 

 彼女は泣き出し、私は3度目の戦慄を感じた。こいつは。小田朋美さんじゃない。

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(6)>

 

 

 

 私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係にある。と言っても信用されないだろう。すぐには。

 

 

 

 仕事柄、立ったままでもどこでも眠れるようになっていた私だが、今は寝床に向かう時間だ。私はむしろ緊張しながら歩いていた。今は菊地くんに見間違えられてはいけない時だ。私は左手の甲を隠すために、季節外れの革手袋をしっかり付け、フードをかぶって、マスクをした。特に目立たない程度に。

 

 

 

 すると、さっき高台で香っていたパンの香ばしい香りがどんどん強まってきた。うっすらだったそれは、明確なものに変わった。焦げ目の匂い、バターの香り、何らかのクリームを精錬する匂い、入荷したばかりの、小麦粉の袋の匂い、それらは、チーン、とかグイーンとか、ドサッっといった聴覚情報も伴っていた。間違いない。私は思わずマスクを外して、大きく香りを嗅いだ。

 

 

 ほお、こんな場所にパン工場ができていたのか。自分がしばらく寝床を留守にしていた間に。一体、何年帰ってないだろう?震災直後に一度、帰宅して何日間か眠り続けた時があった。あれ以来だとしたら、ざっと7年前だ。前にも書いた通り、私は私のやり方で、被災した人々からの仕事を請け負いって来た。菊地くんが毎週、赤坂のスタジオに通っているのを尻目に。一体どこだろう?私は何かを感じ、としか言いようがない状態で、リスク承知でパン工場を探していた。

 

 

 

 すると、さっきからうっすら聞こえていた歌のようなものが、なんだかわかってきた。それは、椎名林檎のCDのボーナストラックであろう。アカペラの「丸の内サディスティック」だった。方、こんなトラックがあるのだな。いや、ないな。ない筈だ。椎名林檎がアカペラを製品化する訳がない。私は極端に耳をすませた。

 

 

 

 耳をすませた瞬間、まるで逃げ去るように「丸の内サディスティック」は終わってしまい、しばらくすると、アカペラはMISHAの「逢いたくて今」に変わった。よもや明確だった。椎名林檎の声でも、MISHAの声でもない。それは、恐るべき丁度よさとのびやさを持った、天然の魅力に満ちた、柔らかくて深い、少女の鼻歌だった。一般的な鼻歌と違うのは、川の向こうまで届くほどの自然な声量と、部分部分、オリジナルの節回しよりも魅力的な、独特の節回しを持っていたことだ。

 

 

 

 おいおいおいおいおい。うおっとっとうおっとっと。落ち着けBOSS THE NK。私は、歌が聞こえる方へ向かっていった。それは、あらゆるパン製造の香りがする方向と同じだった。

 

 

 

 落ち着け。落ち着け。まだわからない。何もわからないぞ。即断は命取りだ。と自分に言い聞かせながら、私は心拍数と血圧が上げるのを止められなかった。疲労困憊した体は、余計それを止められない。

 

 

 

 気がつくと私は「○○製パン」という看板を掲げた、ごくごく普通の工場の前に立っていた。たいして大きくも小さくもなく、古くも新しくもない、全く特徴のないそのパン工場からは、工員たちの会話が聞こえてきた。

 

 

 

 「工場長、最近、練りの機械、スイッチ切り替えたっスか?」「いや、いつもと同じミドルだけどな」「ここんとこ、ちょっと種が硬すぎないスか?」「そうか、、、発酵は?」「何も変えてないじゃないスか~」「おい山本、イーストの量、、、」「自分、変えてないス」「内堀~」「自分も正直、ここんとこ、ちょっと硬いと思ってたデス」「あーあ、練り機チェックすっか」「えー?今からスか?」「だって、みんな硬てえって思ってんだろ。焼き上がり出せ」「了解じゃないスか、、、、、っても、今焼きあがったの、これだけっス」「何だお前、クリーム詰めてねえクリームコロンじゃねえか、、、、まあ、その方がわかるか、、、、、、あ、硬えなあやっぱ」

 

 

 

 工場長の老人以外、工員は全員、同じ話し方をしていた。集団によく起こる現象だ。私は歌の主、間違いない天才である、おそらく少女と思われる人物を、血眼になって探した。

 

 

 

 

 

 

 「おいお前、もっと昔の歌知らねえのか?(笑)お前の歌聴いてると機械まで調子狂うってよ。あははははははは」「昔のってなんスか?内堀さん、自分よくわかんないじゃないスか~」「そりゃあ、お前、、、、昔の曲ってのは、、、、昔の曲だよ!スナックとかで流れてねえ奴をよ」「うーん、、、、、わかったじゃないスか!」

 

 

 

 

 

 

 

 声の主は、あろうことか、バッハの世俗カンタータ39番の第一部、コラールから、すべて声で歌い出した。歌詞はデタラメのドイツ語だったが、音は1音残らず正しかった。初演は多くの世俗カンタータと同じ、1726年。キーは自分なりに変えてあったように思う。有名なリコーダーの対旋律も、声の主は正確無比に歌いこないした。器楽部もフーガも単旋律として暗記しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 工員たちは、皆黙ってしまった。コラールを歌い終えると、そのままレチタティーヴォに入った。工員たちは、すべての稼動中の機械を止めた。深く感動していたのだ。私と同様。このカンタータのタイトルは「飢えたるもに、汝のパンを分かち与えよ」と言う。

 

 

 

 

 

 

 

 福音書のありがたい言葉ではない。旧約聖書のイザヤ書第58章7-8節を引用したものだ。当時、故国を追放されていたプロテスタントの難民が、ドイツの図書館都市、ライプツィヒに迎え入れられた。プロテスタントの聖トーマス教会のカントルだったバッハは、彼らの歓迎、祝福の礼拝のためにこれを書いたと言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 レチタティーヴォを歌い終えると、工員たちの一部は、拳を握って涙を流していた。「、、、、なあ、この曲は何ていう歌なんだ。教会の神様の歌だろ?」「なあ、教えてくれよ」「知りたいじゃないスか」

 

 

 

 

 

 

 

 私の視力は彼女をロックオンし、戦慄した。工場の天井近い櫓は、オペラハウスのバルコン席のようでも、鐘塔のようでもあった。そこで歌うと、反響が最も美しく響くのであろう。ジェルソミーナのように、ボロボロの古着を着て、強力粉で顔も髪も真っ白になっている少女は、得意満面の笑みで、階下にいる工員たちに向かって「これは、、、えーっと、、、、パンの歌じゃないスか!(笑)」と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(5)>

 

 私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係にある。と言っても信用されないだろう。すぐには。

 

 

 

「受任報酬がまだ入金されてないぞ」「音を上げたか(笑)」「一度家に帰らせてくれ。眠い」「わかった。睡眠は大事だな。報告は、そうだな、3日はなくて良い。君の寝床が今どこだなんて聞かないよ日本じゃないかもしれないし」「上海の時はどうだった?よく見つかったな、上海京劇のスポンサーの娘だろ?」「いや、あれは向こうから来た。オレが早かったんじゃない。彼女と彼女の母親が早かった。日本でデビューしようとしたんだから。2004年だよ。韓流のハの字もない頃だ。今は台湾で活動してるはずだ。面白い親子だった。逃げられたけどな(笑)」「上海の無神経な開発が止まらなかった頃だな」「ああ、川崎の工業地帯が100個入る。黄河に、日本の70年代の、100倍の工業廃液を捨てて、200倍のスモッグを出す、どうだ、凄いだろう。と満面の笑顔で自慢された時はヤバかったね。10年後には中国のスモッグで日本人が喘息になると確信したよ」「まあ、花粉症程度にはそうなったな」「まあ、休んでくれ。心身をリセットすれば」「チャンスもリセットされる」「じゃあな」「じゃあな」

 

 

 

 川崎か。と私は軽く憂鬱になり、電話を切った。川崎こそが、私の地元だからだ。姉は早くに喘息で亡くなり、親兄弟は離散し、両親の死に目には遭えなかった。胸部外科医志望だった私を請負屋に仕込んだ師匠は中国人だったが、川崎で表向きは鯉の養殖をやっていた。食用の鯉だ。あの巨大な養殖用の水槽は今でも悪夢に出てくる。一度だけ私は、その水槽で泳いだ。何だって経験しないと分からない。どんなものだって食わないと身にならない。

 

 

 

 地元へ戻る懐かしさと狂おしさはどなたでもご存じのはずだ。ある程度は。私は何10ものスプリット画面で再生される、過去のおぞましい記憶を再生させっぱなしにして、東名川崎インターから降り、幼少期は重化学工業地帯だった区画に向かって歩いていた。

 

 

 この近辺が、あらゆる意味で、昭和よりもマシになったかどうか?というのは難しい質問だ。脳内の、記憶を映し出すスプリット画面は2分割になり、やがて消えた。最低でも空気は良くなった。ブエノスアイレスというのは「良い空気」という意味だ。ラプラタ川は環境保護がなされているが、リアチェロ川の汚染は酷い。アルゼンチン内共和国と言われるほど富が集積しているあの街の空気を、アルゼンチン全域の廃液を濁流させることで汚し続けている。ボカから運ばれてくる港の風だけが街の名前を辛うじて守っている。

 

 

 

 深呼吸をすると、かすかにパンの匂いがした。まさか、こんなところにパン工場があるわけがない。いろいろな匂いのケミストリーが偶然パンの匂いになったに違いない。それにしてもその匂いは芳醇で美しいものに思えた。どんなパン屋だ?と思いながら、私は特に気にせず、高台から比較的、工場の少ない地域を見ていた。パンの匂いはより香しいものに変わり、私は急激に睡魔が襲ってきた。大きなあくびをすると、今度は、歌のようなものが聴こえてきた。疲れが酷いな。と私は苦笑し、景観に背を向けて歩き出した。

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(4)>

 

 私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係である。と言っても信用はされないだろう。すぐには。

 

 

 

 2018年の2月に、私は天才の捜索を開始した。天才児を意図的に探す。というのは、絵に描いた餅だと思う方も多いだろう。一般的にはそうだ。天才とは、文字通り天然の産物で、時には自然災害やテクノロジーを介した事故のような形でしか我々の前に現れない。

 

 

 

 しかし菊地くんは、私から見ても、ナチュールである彼らと遭遇し、そのまま行動を共にすることが非常に多い、天才の磁石のような、レシーバーのような男だ。曰く倉地久美夫、曰く今堀恒雄、曰く故・菊地潔、曰く水上聡、曰く藤本敦夫、曰くQN、曰く鳥越啓介、etc、現在もオーヴァーグラウンドで活動している者も、隠遁者も、故人さえいるが、前近代の欧州から発した、所謂「天才論」とて、始祖とされるディドロのそれや中興の祖とされるチェザーレ・ロンブロオゾのそれとて、大分内容が違う。それは、「天才的」という概念が、常に社会構造との照合関係にあるからだろう。

 

 

 

 菊地くん自身の20世紀末的な天才論では、例えばaiko等も天才に含むが、我々はよく、クリズマとジニアスはどう違うか?といった話をした。20世紀前半と後半でさえ、天才の定義は大きく変わる。クリズマのオークションが1000万円からだとして、天才は1兆円からだとか、20世紀の前半と後半では天才の意味がまったく違う(20世紀中盤からは、天才は自称されるに至り、そこには本物も偽物もいた)とかいった点では概ね意見は一致したが、この議論に限らず、完璧な意見の一致という事は滅多にない。例えば私は桑田佳祐とNASは天才だとし、菊地くんはaikoと阿久悠は天才だとした。私は主に現象学を、菊地くんは主に身体性を基準にしている。

 

 

 

 しかしとにかく、今回は、菊地くんの定義による天才児、しかも音楽家を探さないといけなく、尚且つ、菊地くん自身の天賦の磁力によって吸い寄せられる天才を釣り上げるのではなく、私の足で探さないといけない。

 

 

 

 「デビュー曲はタイトルだけ決まっている。<恋の天才>だ。これは、最もカジュアルな、一過性の天才を扱うから、凡才が天才を崇拝し、嫉妬して歌うのが設えとしては最適なんだけれども、実は天才自身が歌っていた。という事になるのが望ましいし、とにかく、僕が演じているキャラクターたる君が、天才児とバディを組まないと最終段階のスパンクハッピーにならない。宜しく頼む」

 

 

 

 ルックは菊地くんそのものにしたので、場所によっては目撃情報、接触情報が出ることをリスクでなく、リターンにしないといけない。私は菊地くんの名刺を大量に貰い、先ずは世界中のコンセルバトゥールの、天才児クラスを検索し、日本語が話せる(これも菊地くんのオファーに含まれていた)天才児との接触を試み、結局8カ国を歴訪した(第2期ですら、菊地くんはドメスティックのみならず、上海に赴いている。香港ブームも遥かに去り、韓流に至っては、匂いさえしていない時期だ)。「菊地成孔が世界中で天才児を探している」というワード・オヴ・マウスが自走してくれることも期待しながら。

 

 

 

 しかし、期待は外れた。プラハで天才児の両親に就業ビザの手配をしても、ミンスク(ベラルーシの首都)のコンセルバトゥールで10余名に及ぶ天才児を一列に並べても、ニューヨークで14カ国の血が混じった天才児をゲフィンの新人発掘部と取り合っても、SNSをやらない菊地くんの動きはワード・オヴ・マウスが走ったりはしないと私は痛感した。菊地くんは日本国内では「ラジオの名パースナリティ」であるパブリックイメージにリミットされ、合衆国内、南朝鮮、南米、フランスでは「ガンダムの音楽をやった、ジャズやヒップホップもやる大学の先生」だった。移動はきつく、私は4月には日本に戻り、一度途方に暮れた。その選択の中には、この仕事を降りる。ということも含まれていた。受任料金がまだ引き落とされていなかったからだ。

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(3)>

 

読者の皆さん。私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係である。と言っても信用はされないだろう。すぐには。

 

 

 

 私がオファーの電話を受けたのは一昨年の暮れだったように思う。12月末に、菊地くんのラジオ番組で、「ノンストップスパンクハッピー」がオンエアされて、しばらく後のことだ。年末年始は私の仕事に関係ないが、一件だけ始末していない仕事があったので、元日にその仕事を済ませて、1月2日から菊地くんのオファーに着手する構えにした。元日の現場は大阪の南港だったが、ジョブ自体は3分で済んだ。一手遅れで「あけましておめでとうございます」と言った時には済んでいた。もうこうした仕事からは足を洗いたい。防疫の注射も、緻密な計画の暗記も、自閉症の子供とコミュニュケーションを取るのも、私は楽しんできた。だが、この歳になると、あれもこれもは流石にキツい。

 

 

 

 菊地くんからのオファーが、私の最後の仕事になり、菊地くんが私の最後のクライアントになることを、内心で私は望んだ。望みは一番やってはいけない心理的な機制だが、音楽の仕事は、建築の仕事や絵画の贋作の仕事よりも、遥かに心身に良いという事実には抗えなかった。あのルワンダでさえ、シャイカゴからシャイラク(年間の銃殺死亡者の数が、イラクを上回ったことから)と仇名が変わったシカゴでさえ、私は音楽に救われた。

 

 

 

 下準備が必須になった。もともと相貌や身の丈が似ている彼と、もっと似せないといけない。「構造と力」の時は、録音準備の現場と、録音現場まででジョブは終了だったが、今回は、最長でだが、一生がかりになるし、常に表に出ていないといけない。なにせ今回は、彼本人が演じていることにしないといけないのだ。しかも、一人二役で。

 

 

 

 最初にしたことは、大久保のタトゥーショップで、彼と同じタトゥーを入れる事だ。タトゥアーのO氏は、私を見るなり店の裏口から逃げ出そうとした。混乱したのである。何度も説明し、私は菊地くんの為にO氏が描いた下絵を復元してもらった。ガルーダは神鳥である。いたずら者ビシュヌ神の乗り物だが、神格としてはビシュヌ神より上なのである。こうした事は、菊地くんから送られてきた膨大な資料に書いてあったことの、ほんの一部だ。

 

 

 

 それから私は、顎を少々削り、顔にある傷を一度消して、菊地くんのそれに合わせる整形手術をした。幸い菊地くんは体重の増減が激しいので、身体にメスを入れる必要はなかった。これからは逐一彼の状態に合わせれば良い。

 

 

 

 私はほとんど白髪だが、菊地くんに合わせて染め、毛髪の本数も若干調整した。一番重要な歯並びは、上の並びだけ完全に合わせた。東京歯科大学に、彼の1995年の歯型が残っている。これは、一期スパンクハッピーのアルバム「フリークスマイル」のジャケット撮影の直前に採られたものだ。それを元にした。驚くべきことに、22年経っても、菊地くんの下顎は、骨格ごと、全く成長していなかった。

 

 

 

 どんな熱狂的なファンでもインタビュアでも、菊地くんの下の歯列を見せろとは言わないだろう。唇をめくって確認しようと手を伸ばすカスタマーが現れたら、薬指を折ってしまえば良いし、私は人とは寝ない。これから探し出す私の相棒以外で、どうしても誰かと寝室を共にしなければならない時のみ、菊地くんに来てもらうことにしたが、今の所、こんな面倒は一度も起こっていない。

 

 

 

 音楽はすべて共有している。「構造と力」の時は、DC/PRGだったが、今回はスパンクハッピーだ。しかも、菊地くんは、これを3期とは考えておらず、最終期としている。全く新たな方向性になることは楽しみなばかりで、憂慮は要らない。問題は、相棒がどんな女性になるか、いや、女性になるか男性になるかさえ、まだわかってなかったことだ。肉体的にも精神的にも。

 

2019年

2月

18日

<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(2)>

 

 読者の皆さん。私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係にある。と言っても通用しなかろう。すぐには。

 

 

 

 早速昨日の話の続きに入る。我々は震災による人々の多重的な被災に対するサポートを続けてきた。菊地くんはラジオを。即ち、音楽と言葉を使って。私は私なりの仕事をしてきたのだが、内容は明かせない。それは主に始末に関するジョブであって、菊地くんとはだいぶ職種が違う。書けるのはそれだけだ。

 

 

 

 7年以上かけて、私は始末を続けてきた。あらゆる仕事を請け負うのが請負人としてのプライドであることは言うまでもない。それでも、気が重い時は気が重くなる。

 

 

 

 ある時、数年ぶりで菊地くんから連絡があった。彼はガラケーだし、私も仕事の請けあいにはスマホは使わない。あんなに足がつきやすい道具を使って、人々は危険が全く伴わない、安全な行為だけで日々を過ごしているのだろうか。

 

 

 

 いずれにせよ、菊地くんは「スパンクハッピーをもう一度立ち上げることになった」と言った。彼は、07年に活動を休止したDCPRGを10年に再活動させた。それに際しては私には何の依頼もなかった。ただ、彼があの電化オーケストラを大きく動かす時、必ず乱世が訪れる。翌年に何があったのかは言うまでもないだろう。

 

 

 

 国内戦であるアルターウォーから7年が経過したある日の、その電話はかかってきた。「○○(私のコードネーム)、大仕事だ。スパンクハッピーを再始動させる事になった」「今回は何をすれば良い?」「全てだ」「全て」「ちょっと待ってくれ。なんで今更あのユニットを再始動することになったんだ?それを聞かないと、請け負うことはできないな」「ラジオで、再始動を宣言してしまったんだ」「それは、したくもないのに、口が滑ったという意味か?」「違う。まあ、オレの心理的な流れは興味がないだろうから、事実だけを話すよ。番組で、過去の遺物として第2期のスパンクスの音源を流すと、リスナーの食いつきが異常に良いんだ」「<15年早かった>バンドの、マーケットの無理解を、11年ぶりで晴らそうということか?(笑)」「違う。マーケットの無理解を晴らそうなんてオレが考えると思うか?(笑)」「一生、晴らしながら生きることになるな(笑)」「そうだ(笑)」「直観か?いつものように」「そうだ。やるべき時が来た。この国はインターネットとSNSの完全な普及によって、鬱病患者数をやみくもに増大させ、国民に愚痴を垂れ流させて満足させることで、国民の健全な行動力を押さえ込んでいる。彼らは、愚痴り、毒を吐き続けることで、自分を動けなくしている」「その考えは一部硬直していると思うが、続けてくれ」「そうした世の中で、2期スパンクハッピーが、特に若年層からの食いつきが良い」「病みだとか、みんな死ねだとか、単なる退行を、社会側に責任がある他罰的な鬱病自覚につなげるしかないからな。国民は」「そうだ。そんな中、2期のスパンクハッピーが、病みのオールドスクーラー、メンヘラの旧約聖書のように扱われるのは、忸怩たる思いがあるね」「判からいでもないな。汚名を晴らしたい。という訳か」「いや、音楽がどう解釈されようと構わない。マーケットは、あらゆる皿から、好きなものだけしか食わない。ブッフェと同じだ。とあるブッフェから、オマールのグラタンばっかりが回転しても、ホテル側は汚名とは思わないだろ」「喜ぶだろうね(笑)」

 

 

 

「ただ、2期がアティテュードとしたのは、青春の全否定だ」「左翼性だな」「そうだ」「発売当時は、青春こそが国民食だった。大人が後めたいまま青春を、思春期にある者が大手を振って青春を、子供が背伸びして青春を。青春は全世代必須のコンテンツになった」「青春を売るのは、米やデニムを売るのと変わらなかった。という訳だ」「そうだ。そんな季節に、米もデニムも売らなかった2期がセールする訳がない。オレは、米とデニム以外の食材を磨き抜いて、どれだけ人々がくうか試してみた」「予想より喰われたろ?(笑)「ああ(笑)。それで満足だった。だが」「今は忸怩たる思いに熟成された。そうだな?」「というか、まあ」「番組をやっていて、健全な左翼性に火がついたか?(笑)」「まあね(笑)。あくまでポリティカルな側面では」「退行と幼児性の全否定をするのか?それとも、今こそ2期のイデオロギーを打ち出すのか」「あえて言えば前者だが、音楽はもっとでかい」「でかい。そうだな」「構造と力、の時のことは恩に着てるよ」「まあ、終わったことだ。それより、今回はどうする?」「活動の再開はオレが発表する。君はオレの変装者を擬態して、バディを探し、まずはデビューしてくれ。そこまでで受任報酬を支払う」

 

 

 

 「了解。バディの条件は?」「完全な素人で、天才であること。ルックも歌唱力も潜在していて、特にルックは、一から作り上げられること。年齢は10代から30代まで。そして」「そして?」「できれば、作詞作曲と編曲と演奏が全部できることが望ましい。スキルだ。もうマネキンはいらない。というより、マネキンでは元の木阿弥だ。君には、大きな年齢差を超えたバディを組んでほしい。バディフッドを見せたい。あとはインスタグラムとツイッターの運営」「活動期間中、君はどうしてる?」「他のミッションにあたる」「何年やる?期間は」「双方の存命中」「成功報酬がいつもの額では済まないのはわかってるな?」「わかってる」「ちなみに、だが、SONYからのレーベル閉鎖勧告の件は聞いているが、問題ないな?」「致命的ではない。としか言えないね」「君が嫌いなSNSに手を出す理由は?私が君の擬態である事のほのめかしか?」「一つは、君が探し出す相棒には、様々な服を着てもらう事になる。現状での最大の宣伝媒体がラジオだからな。服が見せられない。あと一つは」「うん。あと一つは」「番組が終了する気がする」「ほう」

 

 

 

「ところで、オレの今回のコードネームはどうする?」と私が問うと、彼は「後日決定してから伝える。じゃあな」といった。

 

 

 

 それから数時間で彼からメールが来た。そこには

 

 

 

BOSS THE NK (「BOSS THE MCじゃないよ。というエクスキューズ付き)」

 

 

 

 と書いてあった。まあ、ブルーハーブのマニアからは苦情が来ないだろう。「ナル・ボスティーノ」だったらギリだが。と私は、今後おそらく死ぬまで表向きで名乗るであろう数秒間だけ吟味した。

 

 

 

 

<追記>

 

 

 

 連載二回目にして追記がある。菊地くんが事を起こすと、大抵何かを引き込む。 

 

 

 

 以下は2期スパンクハッピーの楽曲の歌詞である。私はこの曲こそが2期スパンクハッピーの代表曲だと思っている。活動再開に際し、この楽曲の凄まじいリリックが、本件を引き込んだと言えるだろう。白眉は、当時40代だった自分を、社交界の少年男娼として楽曲内に登場させたことだ。

 

 

 

 少年男娼が登場する歌曲は、J-POPは言うまでもなく、シャンソンですら存在しない。この曲の再演を期待するファンは、最終スパンクスに関しては、とするが、存在しないだろう。完璧な過去の遺物だ。私は彼がこの詞を書いているところを見ている。大袈裟でなく彼は、10数分で一気に書き上げ、一文字も直さずにスタジオに入った。浅草のダンキンドーナッツでの事だ。

 

 

 

 

 あなたの国は、小さい子のヌード写真がおおすぎるって、どのパーティーでもいわれた。街中に裸の女の子の写真があふれていて、電車の中にまでつってあるのは絶対おかしいって。

 

 

 

でも、まさかそのうちの一人があたしだってことは、誰も気づかなかった。

 

 

 

あたしはこういう所に集まるマダム達は、エメラルドを頭にいっぱいつけすぎて馬鹿になっちゃったんだって思って育ったの。 

 

 

 

パパは「この国には肉食の文化が無いから。みんな我々のように乳のみ仔牛から腐りかけの成牛までの、いろんな肉の味わいの差だとか、ジビエの血の味の事とかが解らない。だから子供の裸ばかりを有り難がるんだ。一種の国家的変態だよ」っていうお得意の演説で、腐りかけの成牛みたいなママを喜ばせてる。彼女はキャビアを食べている人を見ると鼻をつまむ。

 

 

 

小さな卵を食べるのは野蛮人だって。 

 

 

 

フォクシー1粒でアダルトヴィデオの女の子みたいになれるってきいたから、あたしは自分を魔女だっていってる友達に頼んで、パーティーに持ってきて貰い、最高に良く効きますように。そしてあこがれのトレーシーみたいになれますようにって魔法をかけてもらってから、彼女とキスをして、コアントローで飲みほした。どこかで生きていれば35になるのね。あたしのトレーシー・ローズ。あなたは、あたしが知るかぎり本当の天才。そして天使。 

 

 

 

あなたとパパの書斎で出会った日のことは一生忘れないわ。

 

 

 

黒革の表紙の本の裏に隠されていた80年代のVHS(ヴェ・アッシュ・エス)。あのヴィデオキャセをパパから盗んでから、あたしの人生は変わった。あれがバイブルになったの。あたしは今、あなたがデビューした年と同い年で、あなたの娘ぐらいの年だわ。そう思うと、とっても変な気分。まだフォクシーは全然効いて無いみたい。口の中は、熱いチェリーの味ばっかり。 

 

 

 

生きてれば74歳になるのね。あたしのグレース・ケリー。

 

 

 

生きてれば15歳に成るのね。あたしのジョンベネ・ラムジー。

 

 

 

あなた方の事を考えると、死ぬほどうっとりして、死ぬほど憂鬱になるの。

 

 

 

パパの命令でお医者様にマリリン・モンローそっくりに改造されたり、本当にある国の王女になるなんて絶対に間違ってる。でも死ぬほど羨ましい。そして死ぬほど怖い。あたしはこんなに死ぬほど羨ましくて、死ぬほど怖くて、死ぬほど退屈。

 

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

 

たくさん血が出たり骨を折っちゃったりするのは僕の時代にはあんまり好まれなかったんです。フェティッシュとか、精神分析とか、そういう詰まらないものが流行っていて。でも、彼女達が好きなものが結局、宝石と香水と毛皮だって事は永遠なんですよ。裸に毛皮だけ着せて、香水の瓶を割って、お腹を軽く傷つける。詰まらないプレイですけど、効果は凄いんです。真っ赤な血がうっとりするような香りで。 

 

 

 

宝石も勿論たくさん使いました。トパーズ、アメジスト、オパール、こういう物には、水晶以上の魔力と、生体科学的な影響力があって、まあ、若返るんだと(苦笑)。こういう話をすると、馬鹿にして嘲けり笑っている連中ほど、瞳孔が開いているのが解る。後で必ず呼び止められるから絶対。それで、彼女達の宝石箱から一つ残らず出させてね。身につけさせるんじゃないですよ。体の中に入れてゆくんです。

 

 

 

滑稽といえば滑稽だし、でも芸術的とも言える。お腹を宝石でパンパンにしたご婦人が喘いでるんですから。

 

 

 

勿論、楽しくも何ともなかった。気持ちよくも何ともなかった。嬉しくも何ともなかった。この国の社交界の一部では、こういったことが何百年も続いてるんだなって思うと、変に敬虔な気持ちにさえなりかけたもんです。日本人だからでしょうね。僕は20歳過ぎてたんだけど、誰もが15歳ぐらいだと思っていて。 

 

 

 

最近はちゃんとクラブがあったりするんですよ。卓もサウンドシステムもすごく充実していて。ヴァルスやポルカが終わると、変な、聴いたこともないオーストリア語のハウスみたいのがかかるんですけど、みんなハイヒールに革靴だし、っていうか、踊りが凄くて、笑うのを我慢するのに苦労しました。嫌な感じの嘲笑しかできないから。生まれてからずっとそうなんです。

 

 

 

復讐心ですか?どうだろう?今の東京の子供に比べればね。 

 

 

 

アメリカのポルノ女優に憧れてる。っていう日本人の女の子が居て、さっきフォクシー飲んだの。って、この子は全然踊って無くて、目をトロンとさせて、年寄りばっかり狙ってた。

 

 

世界中に行ったけど、どこも何も変わらない。俺みたいになるなよ。って誰かに思ってた頃もあったんですけど、今はそんな誰かも居ない。生まれて初めてです。自分からキスしたいなって思って。でも諦めました。彼女は、消えてた。 

 

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ

 

 

 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ