<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(25)>

 

  綿密に練った計画が一瞬で水の泡になるという事は多々ある。どころか、バタイユに依れば、それは人間の、本能とは言わないまでも、かなり強い欲望でも、構造でさえあるのだ。経験者の方がいらしたら、と思うと気がひけるが、菊地くんは「オレには4人の、死産で出てきた兄弟がいるんだ。男だったか女だったかさえ親父もお袋も教えてくれなかった。オレは、<だから命を大切にしましょう>なんて、当たり前のことを言ってんじゃねえ。戦争なんかなくたって、世の中にそういう事は今でも普通にあるって話。そして、でも、親父とお袋が粘っちゃったのはやっぱ太平洋戦争によって蕩尽を経験してるからだ。だからオレは戦争の子だ」と何度も言っていた。

 

 

 

 蕩尽に免疫があり、米軍の空爆によって目の前で実家が焼け落ちるのを兄弟姉妹全員で見届けた母親から産まれた菊地くんは、全く焦らず、ニヤニヤ笑って言った「ヤベえじゃん(笑)OD寝ちゃったの(笑)」「説得できるか」「勿論よ(笑)」「時間ないぞ」「あーと、10分で済ます(笑)10分あればいけるよな?」「何とかなる」

 

 

 

 菊地くんは、トートバッグの中にあるヴォイスレコーダーの録音スイッチをオンにして(この段階では、私が回想録を書く資料として。ではなく、言質をとりたかったのだと思う)、小田さんを説得し始めた。サスペンス小説を書く気はないので結果を先に書くが、小田さんはきっかり11分後に1人で楽屋に現れた。1分は歩行分だ

 

 

 

    *      *      *      *

 

 

 

 「小田さん。実はですね(笑)」

 

 

 

 「いや聞こえてますよ。説明はいいです。あたし絶対にやりませんよ。っていうか、出来ないに決まってるでしょう。無理ですからね。それはお分り頂けますよね。いくらなんでも」

 

 

 

 「小田さん(笑)、、、、、あのう、、、、口パクですよ。楽勝でしょう?(笑)」

 

 

 

 「ひっどいなあ(笑)。ひっどいですよ菊地さんそれは(笑)。あたしには絶対に迷惑かけないって何回言ったんですか?ボスさんも仰ったから、お二人で倍付けですよ(笑)。あたし、菊地さんを信用できない人にしたくないです」

 

 

 

 「僕の信用なんかどうだっていいんですよ(笑)。それより小田さん、今日この後のDC/PRGは出ていただけますよね?」

 

 

 

 「当たり前ですよ。今、ODの代わりをやらないと出さないって言うんですか?」

 

 

 

 「僕そんな極悪人じゃないですよ(笑)。小田さん酷いなあ(笑)」

 

 

 

 「酷いのはそっちでしょう。何言ってるんですか(笑)」

 

 

 

 「菊地さんがご自分の信用についてどう言うコンセプトかは知りませんけど、あたしは自分が参加しているバンドのリーダーは信用したいし、尊敬したいんです」

 

 

 

 「分りました分りました(笑)。あのね、小田さんね。これは事故なんですよ。事故でしょ?ODが赤ちゃんみたいに、目を離すと一瞬で寝ちゃうのは小田さんも知ってるでしょ?住んでんだから一緒に。それで、小田さんはDC/PRGには出てくださると。そしたらさあ小田さん、急病とかじゃなく、小田さんがスパンクスだけ逃げたことになるよ(笑)。僕はね、小田さんを、意気地なしにも、出来ない奴にも、振り回しの子猫ちゃんにもしたくないんですよ(笑)」

 

 

 

 「ちょっと、何笑って言ってるんですか(笑)。すごくないですかそれ?(笑)詐欺そのものじゃないですか(笑)」

 

 

 

 「小田さんも笑って対応なさってますよ(笑)。いいですか世間は小田さんがODをやってると思ってる。実際デビューステージは小田さんがやる。それだけの事でしょう?(笑)勿論、ですよ。勿論、今回だけです。毎回寝落ちしたら、あいつ殺しますから(笑)」

 

 

 

 「え?殺すの?」

 

 

 

 「冗談に決まってるじゃないですか!!!(笑)。川崎に帰しますよ(笑)」

 

 

 

 「そしたらどっちにしろあたしが長続きしなかった事になっちゃうじゃないですか(笑)」

 

 

 

 「まあまあ、今、ディベート型の議論をね、してる時間はね、ないんですよ。後でいくらでもやりましょう。僕はディベートは苦手だから、すぐに潰せますよ。それよりね、あなたね、やりたいでしょう。正直なところ(笑)」

 

 

 

 「あたし帰ります。DC/PRGも出ません」

 

 

 

 「ちょーっと待って!ちょーっっと待って小田さん!DC/PRGは出ましょうよ。ね?それより、マジな話しましょう(笑)。あなた正直だからなんでも顔に出るから~(笑)。それが怖くて常にクールに振舞ってる。ちがいますか?(笑)演奏してトランスするのも、それと同じ事でしょ。そんなもん、他のやつは騙せても、、、、って言うか、きっと僕だけじゃない。ほとんど全員が解ってます。あなたにヒビを入れるのが怖いから言わないだけです(笑)」

 

 

 

 「それがフロイトですか?(笑)」

 

 

 

 「いや、こんなもんは俗流の心理学以下の、人の顔色見て生きてるやつのたわ言ですよ(笑)。僕が言いたいのはね。小田さん、リハに来て下さった時の目が、ちょっと羨ましそうだった訳よ(笑)、ちょっと待ってちょっと待って!あのね羨ましいのはさあ、ぜんぜん不思議な事じゃないのよ。自分と同じ顔の人物が、自分にできない事やってんだからさあ(笑)。それよりもね、ODが、小田さんの鉄壁なガードを解いた訳よね(笑)。小田さんの目がキラキラしてたの。あいつにはそういう力がある訳。わかるっしょ?」

 

 

 

 「だから何なんですか?」

 

 

 

 「だからね、小田さんにできないことが、ここでは三重になってるんですよね。1、そもそも自分がメンバーではない、2、ピアノを弾かずに歌ったり踊ったり出来ない、3、人の心の扉を開けない」

 

 

 

 

 

 「お言葉ですけど、失礼じゃないですかそれ?あたしなりに、聴いた人の心は動かしてるつもりですけど」

 

 

 

 「いやいやいや、心の扉を開けないって言ったんですよ(笑)。圧倒して崇拝されたり、性的な興奮を植え付けたり、いろいろあるでしょうパフォーマンスには。でも小田さん、人を解放したことって、あります?(笑)」 

 

 

 

 「ありますよ!!」

 

 

 

 「そうかなあ(笑)した事ないと思うけど(笑)」

 

 

 

 「そりゃあ、上手に、すごく出来るとかは言いませんよ。菊地さんみたいに、とは言いませんけど」

 

 

 

 「僕が人を解放してるかどうかなんて、どうでもいいんですよ」

 

 

 

 「いや、どうでも良くない。菊地さんが解放についてどうお考えか」

 

 

 

 「ほら、この会話、いま、一周したでしょ?(笑)

 

 

 

 「だから何なんですか?」

 

 

 

 「さっき、一瞬キレたでしょ?(笑)」

 

 

 

 「だから何なんですか?」

 

 

 

 「小田さんは、やってくださいますよ。だって羨ましいんだから(笑)。いろんな欲望が制御できないからこの仕事してる筈だ(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、」

 

 

 

 「普通、そうだなあ、この規模の話だったらダッチロール8周かかります。でも時間がない。2周に端折ってくださいませんか?(笑)結果は一つなんですよ(笑)だって周回してんだから(笑)。羨ましさより、できないと言われたことを、やって見せたいでしょ今は(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、、、、」

 

 

 

 「小田さん(笑)」

 

 

 

 「、、、、、、、、、、、」

 

 

 

 「一緒に楽しみませんか?事故を(笑)。やって見せて、僕をギャフンと言わせてくださいよ。そうしたい筈です。顔に書いてある(笑)」

 

 

 

 「、、、、これがフロイトですね(苦笑)」

 

 

 

 「そうです(笑)」

 

 

 

 「ボスさんがリードしてくれるから大丈夫だもん(笑)」

 

 

 

 「曲は全部覚えてますよね?」

 

 

 

 「口パクだから大丈夫ですよ(笑)」

 

 

 

 「ほら!今3周した(笑)」

 

 

 

 「これはわざとですよ(苦笑)」

 

 

 

 「いやあ、感謝します。僕は兼ねてからあなたを信用してるし、尊敬しているし(笑)」

 

 

 

 「嘘だ、、、、、、あ!

 

 

 

 「どうしました?」

 

 

 

 「MC、、、、、ありますよね、、、、、」

 

 

 

 「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ(笑)。オーディエンスは全員、小田さんがまだ、ODになり切れてなくて、ギクシャクしてるって思うだけですよ(笑)。だってさあ」

 

 

 

 「実際にそうですもんね、、、凄いなあフロイトって」

 

 

 

 「ヒッチコックも耽溺する訳ですよ(笑)」

 

 

 

 「あたし、そんなに観た事ないんですけど」

 

 

 

 「全部知った人がヒッチコッキアンだったら<めまい>みたいな話だなって思う筈です」

 

 

 

 「あそれ、後で観せて頂いて良いですか?」

 

 

 

 「ダメです(笑)」

 

 

 

 「どうしてですか!!(笑)」

 

 

 

 「なんか、Hulu?とか?ああいうのでいくらでも観れます。それより急いでください。もう時間がない」

 

 

 

     *      *      *      *

 

 

 

 小田さんは楽屋に入って来るなり、「ボスさん」と言って、しばらく黙った。私は「菊地くんに何を言われたかわかりませんが、感謝します」と言う以外なかった。小田さんは、軽くイライラしながら周囲を見回すと、やにわにODのメガネをかけて「ボス。自分がやるじゃないスか(笑)」と言った。