<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(8)>

 

 「わかったわかった。すまん。驚かしたな。友達とあんまり似てたから、間違えたんだ」

 

 「小田って誰スか~(泣)。全然知らないじゃないスか~(泣)。工場長~(泣)」

 

 「もう小田さんのことはいい。それより泣くな。いいか?オレはお前を苛めたり、怖い目に遭わせに来たんじゃない。わかるか?ほら、こっちを見ろ。オレの目を見ろ」

 

 

 「、、、、、、、、、、」

 

 

 「歌が好きだな?」

 

 

 「、、、、、、、、、、」

 

 

 「そうだろ?お前が歌ってるのを聞いたんだ。歌が好きだろ?」

 

 

 「、、、、、、、、、、、」

 

 

 「、、、、好きとか嫌いとかわかんないじゃないスか、、、、、パンは好きじゃないすか!!マジ卍パリピ好き好きデス!!!パンさえあれば何も要らないじゃないスかー!!!(笑)」

 

 

 「ここで毎日歌ってるんだな」

 

 

 「歌うと、皆さんが褒めてくれるじゃないスか(笑)」

 

 

 「そうか(笑)。歌が上手いな(笑)、だから褒めてもらえるんだ」

 

 

 「上手いとかわかんないじゃないスか、、、、歌はみんな上手いじゃないスか(笑)。レコードやラジオからいっぱい聞こえてくるじゃないスか(笑)インターネットも、いーっぱい歌が入ってるデス!自分もそれと同じじゃないスか(笑)。カラオケも好きデスが、ここで歌うのが一番好きじゃないスか」

 

 

 「そうか(笑)。いつから歌ってる?」

 

 

 「いつから?、、、、、、わかんないじゃないスか、、、、」

 

 

 誘拐された可能性も、失踪者である可能性もある。年齢が読めないが、おそらく10代か20代だ。記憶喪失だとしても、生涯喪失か、一時的喪失かまだわからない。この服が失踪時のものか、ここの誰かに買い与えられたものかもわからない。ただ、両親はここにはいない。逃げるときに、親の名を呼ばなかった。

 

 

 「お前、家族はいるか?」

 

 

 「いるじゃないスか!(笑)ここの皆さんデス!(笑)」

 

 

 「そうか(笑)、、、、あのなあ、両親はいるか?この中に?」

 

 

 「りょうしん?」

 

 

 「お父さんとか、お母さんとかの事だ」

 

 

 「そんなんいるじゃないスか!工場長がお父さんデス!(笑)」

 

 

 工場長の老人は下を向いた。

 

 

 「お母さんも工場長じゃないスか!!(笑)」

 

 

 「そうか(笑)」

 

 

 「あとは皆さんが全員、お兄ちゃんデス!!」

 

 

 「そうかそうか(笑)。たくさんお兄ちゃんがいて良いな(笑)。オレもな、お兄ちゃんが5人いたんだ。でも、4人が死んじまった(笑)」

 

 

 「そうスか、、、、、お気の毒に、、、、、じゃないスか、、、、」

 

 

 「オレは、歌が好きなやつを探してるんだ。両親もいないし、兄弟もいないに等しい、それに、オレもな、歌が好きなんだ(笑)」

 

 

 「そうスか!!(笑)」

 

 

 「一人で歌っても、つまんないだろ?」

 

 

 「そうじゃないスか!!でも、皆さん忙しいから、自分はいつも一人で歌ってるデス。でも、やっぱちょっと寂しいじゃないスか(笑)」

 

 

 私は横目で工場長と工員たちを見た。ありとあらゆるケースを推定したが、彼らの表情が最も雄弁だった。私は大きく鼻で息をして、彼女の指紋を取ろうとして、握手を求めた。恐る恐るだが、彼女は手を出し、やがて両手で私の手を握って、踊って見せた。それは、踊りというより、喜びを表す、自然な反応だったのだろう。

 

 

 この、なんらかの理由で記憶を失った、高い確率で親に捨てられた天才児を、何とか連れ帰り、身柄を確保し、契約しないといけない。彼女は、へんてこな踊りを踊りながら、お兄さん一緒に歌うじゃないスか。それともパンを食べるデスか?自分の分をいくらでもあげるじゃないスか。超うまいじゃないスか~。と言って笑った。

 

 

 「わかったわかった。ありがとうな(笑)。それより、お前、名前はなんていうんだ?」

 

 

 「え、、、、、、」

 

 

 しまった。と私は、胃のあたりが締まるのを感じた。

 

 

 「自分は、、、、、名前、、、、、、ない、、、じゃないスかあ、、、」

 

 

 私は必死に取り繕うしかなかった。

 

 

 「いやそんなお前、名前がないということはないだろ(笑)。こちらの工場の人らには何と呼ばれてる?ん?あるだろ、あだ名とかでも(笑)」

 

 

 「お前とか、おい、とか呼ばれてるデス(笑)」

 

 

 「そうか(笑)。名前がないんだな(笑)」

 

 

 「そんなの要らないじゃないスか!!(笑)」

 

 

 「そうだな(笑)」

 

 

 ちょっと、工場長さんに話があるんだ。お前、また上に登って、好きな歌を歌ってこい。今度は追いかけたりしないから。と言うと、彼女は早口で「わかったじゃないスか!!」と叫んで、ボルタリングの世界王者のように、というより、猿のように、鉄柵やダクトを掴んでは駆け上がり、数十秒で工場の天井近くまで登った。

 

 

 「お兄さーん!こっちに来て一緒に歌うじゃないスか~!」

 

 

 工場長と話をつけなければいけないようだ。しかも、菊地くんとして。

 

 

 「工場長さん。先ほどご確認いただいたように、僕は音楽家で、フリーランスの音楽プロデューサーです。警察でも、彼女の親族でも、回し者でもありません。自分の事務所の代表取締役でもある。だから、おっしゃりずらい事まで聞くつもりはありません。僕は全くの新人歌手を探しています。彼女には才能がある。おわかりいただけますか?」

 

 

 「菊地さん。あたし等はただ、、、その、、、、」

 

 

 「わかってます」

 

 

 「あいつは、、、、、あの、、、、本当に、、、、、プロの歌手に、、、、なれるんですか?」

 

 

 「僕は、インチキ芸能事務所の、いかがわしいスカウトマンでもない。本物の才能を見つける仕事です」

 

 

 「はあ、、、、、」

 

 

 「彼女の名前は、まったくわかりませんか?」

 

 

 「はい、、、、10年前に、そこの粉倉で寝てたんでさあ。家に帰れって言っても、家がねえ、腹が減ったって言うから」

 

 

 「なるほど」

 

 

 「あたしの息子は、ほら(指差して)、あいつです。でも、娘なんていねえんで」

 

 

 「この工場に住まわせたんですか?」

 

 

 「はい、、、ここには工員用の風呂も寝床もあるし、それにあいつは、パソコンも出来るし、掃除も洗濯も出来るんです、車の運転も、、、ただ、女もんの服なんかねえんで、、、、駅前の百貨店で、、、、倅の女房が、、、」

 

 

 「なるほど、、、、、ここから出たことは?」

 

 

 「ありません、、、、あたしも出ませんし。倅は女房もガキもいるんで」

 

 

 「10年間も?」

 

 

 「トラックで配達に行かせたことは何度かあるんですが、行った先で歌うたって、パンを貰って来ちまうんで(笑)」

 

 

 「工場長さん。僕を信用して頂けませんか?いきなりやってきて、図々しい話だとはわかっています」

 

 

 「、、、、あいつを、、、、こっから連れ出すんですか?」

 

 

 「はい(笑)」

 

 

 「たまには戻ってこれますか?」

 

 

 「勿論(笑)」

 

 

 工場長の涙堂が膨れ上がり、白目が充血し始めた。

 

 「あいつを、、、、家に帰してやりたいと、、、、、ずっと思ってました、、、、最初は、、、、、最初は、いつかふらっといなくなるべ、ぐらいに思って、、、、、医者にだって、、、いつか、、、、、いつか連れて行こうと、何度思ったかわかりゃしません、、、、でも、、、、」

 

 

 「工場長。誰にも罪はない。わかりますか?」

 

 

 「うううううううう、、、、ううううう、、、、」

 

 

 「僕は、彼女を幸せにできるとか、本当の家に帰すとか、そういう約束はできません。僕ができるのは、彼女の歌を、この工場の外にまで広めることだけです。それはひょっとして、不幸になることかもしれない。この仕事は残酷です。でも、一番不幸なことは、彼女の歌を、皆さんが独占しているということです。皆さんの憩いの時間を奪ってしまうのは、僕も本当に心苦しい、ですが、どうかその、、、、」

 

 

 工場長は跪いて慟哭し始めた。私は自分の掌に残った彼女の指紋を採集し、そのまま工場長の背中を触った。

 

 

 「、、、、テレビとかにも、出るんですかい?」

 

 

 「見たいですか?」

 

 

 「見てえなああ(泣)」

 

 

 「わかりました。約束はできませんが、最善を尽くします。テレビに出たりしたら、親が名乗り出るかもしれませんね」

 

 

 「、、、、そうか、、、、」

 

 

 天上から、たっぷりとエコーが乗った声が聞こえてきた。お兄さーん、一緒に歌うじゃないスかー。