<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(4)>

 

 私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係である。と言っても信用はされないだろう。すぐには。

 

 

 

 2018年の2月に、私は天才の捜索を開始した。天才児を意図的に探す。というのは、絵に描いた餅だと思う方も多いだろう。一般的にはそうだ。天才とは、文字通り天然の産物で、時には自然災害やテクノロジーを介した事故のような形でしか我々の前に現れない。

 

 

 

 しかし菊地くんは、私から見ても、ナチュールである彼らと遭遇し、そのまま行動を共にすることが非常に多い、天才の磁石のような、レシーバーのような男だ。曰く倉地久美夫、曰く今堀恒雄、曰く故・菊地潔、曰く水上聡、曰く藤本敦夫、曰くQN、曰く鳥越啓介、etc、現在もオーヴァーグラウンドで活動している者も、隠遁者も、故人さえいるが、前近代の欧州から発した、所謂「天才論」とて、始祖とされるディドロのそれや中興の祖とされるチェザーレ・ロンブロオゾのそれとて、大分内容が違う。それは、「天才的」という概念が、常に社会構造との照合関係にあるからだろう。

 

 

 

 菊地くん自身の20世紀末的な天才論では、例えばaiko等も天才に含むが、我々はよく、クリズマとジニアスはどう違うか?といった話をした。20世紀前半と後半でさえ、天才の定義は大きく変わる。クリズマのオークションが1000万円からだとして、天才は1兆円からだとか、20世紀の前半と後半では天才の意味がまったく違う(20世紀中盤からは、天才は自称されるに至り、そこには本物も偽物もいた)とかいった点では概ね意見は一致したが、この議論に限らず、完璧な意見の一致という事は滅多にない。例えば私は桑田佳祐とNASは天才だとし、菊地くんはaikoと阿久悠は天才だとした。私は主に現象学を、菊地くんは主に身体性を基準にしている。

 

 

 

 しかしとにかく、今回は、菊地くんの定義による天才児、しかも音楽家を探さないといけなく、尚且つ、菊地くん自身の天賦の磁力によって吸い寄せられる天才を釣り上げるのではなく、私の足で探さないといけない。

 

 

 

 「デビュー曲はタイトルだけ決まっている。<恋の天才>だ。これは、最もカジュアルな、一過性の天才を扱うから、凡才が天才を崇拝し、嫉妬して歌うのが設えとしては最適なんだけれども、実は天才自身が歌っていた。という事になるのが望ましいし、とにかく、僕が演じているキャラクターたる君が、天才児とバディを組まないと最終段階のスパンクハッピーにならない。宜しく頼む」

 

 

 

 ルックは菊地くんそのものにしたので、場所によっては目撃情報、接触情報が出ることをリスクでなく、リターンにしないといけない。私は菊地くんの名刺を大量に貰い、先ずは世界中のコンセルバトゥールの、天才児クラスを検索し、日本語が話せる(これも菊地くんのオファーに含まれていた)天才児との接触を試み、結局8カ国を歴訪した(第2期ですら、菊地くんはドメスティックのみならず、上海に赴いている。香港ブームも遥かに去り、韓流に至っては、匂いさえしていない時期だ)。「菊地成孔が世界中で天才児を探している」というワード・オヴ・マウスが自走してくれることも期待しながら。

 

 

 

 しかし、期待は外れた。プラハで天才児の両親に就業ビザの手配をしても、ミンスク(ベラルーシの首都)のコンセルバトゥールで10余名に及ぶ天才児を一列に並べても、ニューヨークで14カ国の血が混じった天才児をゲフィンの新人発掘部と取り合っても、SNSをやらない菊地くんの動きはワード・オヴ・マウスが走ったりはしないと私は痛感した。菊地くんは日本国内では「ラジオの名パースナリティ」であるパブリックイメージにリミットされ、合衆国内、南朝鮮、南米、フランスでは「ガンダムの音楽をやった、ジャズやヒップホップもやる大学の先生」だった。移動はきつく、私は4月には日本に戻り、一度途方に暮れた。その選択の中には、この仕事を降りる。ということも含まれていた。受任料金がまだ引き落とされていなかったからだ。