<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(3)>

 

読者の皆さん。私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係である。と言っても信用はされないだろう。すぐには。

 

 

 

 私がオファーの電話を受けたのは一昨年の暮れだったように思う。12月末に、菊地くんのラジオ番組で、「ノンストップスパンクハッピー」がオンエアされて、しばらく後のことだ。年末年始は私の仕事に関係ないが、一件だけ始末していない仕事があったので、元日にその仕事を済ませて、1月2日から菊地くんのオファーに着手する構えにした。元日の現場は大阪の南港だったが、ジョブ自体は3分で済んだ。一手遅れで「あけましておめでとうございます」と言った時には済んでいた。もうこうした仕事からは足を洗いたい。防疫の注射も、緻密な計画の暗記も、自閉症の子供とコミュニュケーションを取るのも、私は楽しんできた。だが、この歳になると、あれもこれもは流石にキツい。

 

 

 

 菊地くんからのオファーが、私の最後の仕事になり、菊地くんが私の最後のクライアントになることを、内心で私は望んだ。望みは一番やってはいけない心理的な機制だが、音楽の仕事は、建築の仕事や絵画の贋作の仕事よりも、遥かに心身に良いという事実には抗えなかった。あのルワンダでさえ、シャイカゴからシャイラク(年間の銃殺死亡者の数が、イラクを上回ったことから)と仇名が変わったシカゴでさえ、私は音楽に救われた。

 

 

 

 下準備が必須になった。もともと相貌や身の丈が似ている彼と、もっと似せないといけない。「構造と力」の時は、録音準備の現場と、録音現場まででジョブは終了だったが、今回は、最長でだが、一生がかりになるし、常に表に出ていないといけない。なにせ今回は、彼本人が演じていることにしないといけないのだ。しかも、一人二役で。

 

 

 

 最初にしたことは、大久保のタトゥーショップで、彼と同じタトゥーを入れる事だ。タトゥアーのO氏は、私を見るなり店の裏口から逃げ出そうとした。混乱したのである。何度も説明し、私は菊地くんの為にO氏が描いた下絵を復元してもらった。ガルーダは神鳥である。いたずら者ビシュヌ神の乗り物だが、神格としてはビシュヌ神より上なのである。こうした事は、菊地くんから送られてきた膨大な資料に書いてあったことの、ほんの一部だ。

 

 

 

 それから私は、顎を少々削り、顔にある傷を一度消して、菊地くんのそれに合わせる整形手術をした。幸い菊地くんは体重の増減が激しいので、身体にメスを入れる必要はなかった。これからは逐一彼の状態に合わせれば良い。

 

 

 

 私はほとんど白髪だが、菊地くんに合わせて染め、毛髪の本数も若干調整した。一番重要な歯並びは、上の並びだけ完全に合わせた。東京歯科大学に、彼の1995年の歯型が残っている。これは、一期スパンクハッピーのアルバム「フリークスマイル」のジャケット撮影の直前に採られたものだ。それを元にした。驚くべきことに、22年経っても、菊地くんの下顎は、骨格ごと、全く成長していなかった。

 

 

 

 どんな熱狂的なファンでもインタビュアでも、菊地くんの下の歯列を見せろとは言わないだろう。唇をめくって確認しようと手を伸ばすカスタマーが現れたら、薬指を折ってしまえば良いし、私は人とは寝ない。これから探し出す私の相棒以外で、どうしても誰かと寝室を共にしなければならない時のみ、菊地くんに来てもらうことにしたが、今の所、こんな面倒は一度も起こっていない。

 

 

 

 音楽はすべて共有している。「構造と力」の時は、DC/PRGだったが、今回はスパンクハッピーだ。しかも、菊地くんは、これを3期とは考えておらず、最終期としている。全く新たな方向性になることは楽しみなばかりで、憂慮は要らない。問題は、相棒がどんな女性になるか、いや、女性になるか男性になるかさえ、まだわかってなかったことだ。肉体的にも精神的にも。