<BOSS THE NK(最終スパンクハッピー)の回想録(12)>

 

 菊地くんの才能でもあり、一種の病理とも言えるだろう。彼はほんのひと手間で、素材の潜在的な強度を引き出す。速度は、かからなければかからない方が良い。彼は歩きながら流れるように全てを決めてしまう。実家が日本料理屋だから、といえば、彼に倣ってフロイトになるのだろうが、とにかく彼はプレイングディレクターで、一緒に動きながらどんどんスタイリングしてしまう。場合によっては、買い物もする。買ったか買わなかったわからないぐらいの速度で。大谷能生氏に「大谷くん、ラッパーになった方が良いよ」と言って、そのままラッパーにしてしまった際、今でも谷王がきているスーツは、菊地くんが広告塔をしていたブランドのものだし、小物、大物、類例は枚挙に暇がない。

 

 

 菊地くんの立場に反するが、アドラーによれば、人の属性にはゲッターとプレゼンターがいる。菊地くんはそれを更にフロイト的に解釈し直し、ロールプレイとして、一手早くプレゼンターの立場をとってしまえば、相手が否応なくゲッターになると思っている。独りよがりになればこれはストーキングの動きに近いが、結果を出しているので全ての状態が自然に流れてしまう。彼がグルーヴだと信じているものは、こうした自然な流れだ。驚くべき変化が、自然に発生する。これは、素材が料理になる過程である。料理という行為には、一切の冗長性が排除されないといけない。

 

 

 

 私が一番驚いたのは、彼が年長の先輩に連れられて、老舗のすき焼き屋に行った時のことだ。彼は仲居に逆らうことなく、寄り添って自然に流れ、いきなり、自分の溶き卵の卵液を焼けている鍋の縁に回しかけた時だ。「あー、肉と野菜ばっか食ってたら卵焼きが食いたくなった。卵がタレ吸って調子良いんで、このまま焼いたら美味いですよ」と言い終わる頃には、プラモデルのような、小さな卵焼きが綺麗に焼きあがっていた。

 

 

 

 そこにいた全員が、驚く暇もなく、彼はそれをパクッと喰べて、「んーまい!(笑)」と笑い、「皆さんも喰います?(笑)」と言って、結果として卵焼きを4個焼いた。明らかにこれはブリコラージュの実践だ、と派手に解釈することも可能だ。彼がフロイトだけでなく、レヴィ=ストロースも思想的な基軸にしているのは、おそらく有名な、調理の三原則がある、それだけだろう。しかし、フロイトもレヴィ=ストロースも、音楽への不全と偏愛があった。彼が偏愛する者は全員、音楽への不全と偏愛を持っている。マイルス・デイヴィスですら、彼は強引にそう解釈しようとする。スリップも許可範囲に入れるのがフロイディアンなのだろうか。

 

 

 

 すき焼きの卵焼きは、私の原イメージになった。あんなとてつもなく奇妙なものを、まるでコースの中の一品のように、そこにいた全員が自然に食べた。今、彼は、伊達眼鏡という、必要性から見たらゼロに近いものをアイコンにしようとしている。着けられたODは鏡を見て「あらあ」と言いながら、ポーズをとったり、歌って踊る真似をしたりしている。

 

 

 

 そして菊地くんが、「気に入ったかOD?」と、笑いながら聞くと、ODの答えは「超気に入ったじゃないスか!可愛いデス」でも「なんか不思議な感じじゃないスか~。初めてメガネかけたじゃないスか~」でもなかった。ODは反射的に「え?気に入ったかって?」と、いったような、怪訝な表情をした。まるで、ずっと自分の顔面の、メガネの所定位置が空欄だったかのように。どんなに奇妙なものであろうと、最終スパンクハッピーは、ごくごく自然に受け止められるだろう。

 

 

 

 「まあ問題は、二期との比較だけだ。っても、そうだなあ初動の数ヶ月だな。こいつには何が何だかわからないから助かるよ。楽で良いよこいつ。なんたって小田さんだと思って磨けば良いんだからな。なあボス?なあ(笑)」と、菊地くんは本当に楽しそうに笑った。それは、獲物を捉え、捌いて調理しているようにも、ミューズに跪いて祈りを捧げているようにも見えた。同じことだからだろう。亡くなった菊地くんの父親は手酷い暴君だったが、鳥も魚も、時には豚や羊も生きたまま捌いたらしい。「お経が長くてさあ。潰す前の(笑)。寿司になんねえよ。鰯に唱えてたらさあ(笑)」「だからオレは絶対にペットは飼わねえ、SMなんかするんだったら、人殺しのがよっぽど良いね」と菊地くんは言っていた。私が始末をする時に、その瞬間から逆算して妙法法華経の一部を唱えながらする話をした時、菊地くんは「オレ前田さんに聞いたんだよね。シュートの瞬間に頭の中で何考えてるんですか?って。ヤベえよ。答え(笑)」と言った。