菊地成孔の選ぶ、ブルーノート東京のワイン(加筆修正あり) |
May-02-2011 |
<0>はじめに
来る5月5、6日用のワインをお選びしました。特定の店のワインリストを特定の関係を持つ部外者(ここでは「出演者」になります)が拝借し、特定の銘柄をルコマンデするというのは、シンプルに申し上げて非常に珍しく、ジャズ史上に於いては、少なくとも我が国では初めての事でしょう(ワタシの不勉強により、ここでビハインドされている前例を御存知の方は是非ご報告ください。とても素晴らしい事です)。ブルーノート東京さんとワタシで、美酒への崇拝の念そして遊び心を共に共有出来る事を大変嬉しく思います。
ジャズメンのパブリックイメージ、特に創成期から1950年代までの彼等の好物と言えば第一に麻薬、第二に女性であると思われがちですが、彼等が麻薬や女性を決して愛でなかったとまでは言わないまでも、空中の美を捕まえ続けて生きる彼等が美酒美食を愛でなかった試しはなく、仔細に研究するならば、人種差別的なバイアスにより隠蔽されていた、彼等の非常に趣味の良い愛飲酒、愛食料理の記録が数多く出てきます(そして、多くが大食漢でした)。
私感では文人は悪食が、音楽家は美食家が座りよく、パーカーのシャンパーニュの趣味、ミンガスのカクテルの腕前、アートテイタムのワインの私蔵ぶりなどと比べるとき、南部料理と子供向け菓子パン類、ジュースとペリエの中毒だったマイルス・デイヴィスの偏りは、ある意味で「ジャズメンとは思えないほど」と言う事が出来るでしょう。勿論、ガンボ等の南部料理を下等と言うのではありません。もっと日本でも食されるべき素晴らしい食文化ですが、甘い物としょっぱいものばかり交互に食べ続けたーー重い糖尿病でしたので、ある意味「命を賭して」というほどーーマイルスの幼児性は、同じ幼児性でも、パーカー等ビーバップのオールドスクーラー達の持つ深い諦念に欠ける、伸び伸びとしたそれであり、その点だけでもかなり異色であった。と、これは拙著が文庫化される夏をお待ちください(菊地成孔/大谷能生「M/D~マイルス・デューイ・デイヴィス3世研究」)。
音楽史上、最もワインに関して「悪趣味」だったのはプリンスであり、エシェゾーとパヴィオン・マルゴー・ブランを1対1で割り、自分なりのロゼ(!)として飲んでいました。存命中にも関わらず「だったのは」と過去形にしたのは、氏が現在はこういった輝かしいばかりの悪趣味を一切止めたからでありますが、その事と音楽との影響関係については、数多い氏の研究家諸氏にお任せするべきでしょう。
とさて、滑り出しから脱線を続けておりますが、本日は全色選出して参りますので、強く印象にとどめられるか、一行残らず仔細にご記憶されるか、紙その他のメディアにプリントアウトされるか等し、実際にご活用くださると幸甚です。遊びごころの延長になりますが、以下の、ワタシのセレクトするブテイユがオーダーされた際は、終演後、僭越ながら選者としてワタシがブテイユもしくはエチケットにサインさせて頂きます。ブテイユは所謂瓶、エチケットは所謂ラベルの事です。
さて、以下、いきなり斬った張ったのワインメイニアックな話となると、自動的に投げ出される方も多かろうと思いますので、ここはひとつ間口広く、ワインは好きだが、いつも何を飲んで良いのか解らないので適当にグラスのおすすめを呑んでいる、或はワイン自体を余り好まない、或は、そもそもジャズクラブと言わずレストランと言わず、外食に於いてワインを選んだ事が一度も無い。といった皆様へのご案内という意味合いも含ませて頂く事に致します。
「ブルーノート東京でワインセレクト・デビュー」というのがどの程度の妥当性を持つのか、出演者であるワタシには公正にジャッジする事が予め不可能ですが、「何を喰ったかも憶えていない様なクリスマスディナーで緊張のワインセレクトデビュー(しかし次のクリスマスには別れていた)」よりは、些か妥当なのではないかと信ずるばかりであります。
選出の基準は唯三つでありまして、第一にワタシが飲んだ経験がある事、第二にワタシがワタシ自身の音楽にマリアジすると思う事。そして第三に、最高価格帯を2万5000円以内におさえる事です。
以上三つの基準が総て、本質的には流動性を持っているのは言うまでもないでしょう。1年後には価格上限は20万以内もしくは、5000円以内に移動しているかもしれませんし、そもそもこうして「ワタシが飲んだ事が無いだけで、もっとマリアジが良い物がリストにある可能性」は予め否定出来ません。
ですのでこれは、当欄の前回に申し上げた通り、未だブルーノート東京のスムリエ諸氏が、ワタシの音楽に対して未経験に近いという状況的な特性が生じている期間内の遊びである旨ご理解ください。つまりこのリストは、二次的にはワタシ個人の努力により、三次的にはスムリエ諸氏の努力により、随時更新され、やがては消えて行くべきセリーの第一弾であるとも言えるでしょう。
そして再び、当欄前回に申し上げた通り、これは一種の企業秘密でもありますので、価格に関しては上二桁まで、端数は四捨五入の表示で統一させて頂きます。ビギナーの方対応からスタートしますので、マニア諸氏に於かれましては<5>からお読み頂くのが時間の節約になると思われます。時間の節約が何の役に立つのかは、不勉強ながら解りかねますが。
<1>こうしてワインをセレクトするとはどういうことか?
ワイン(シャンパーニュ含む)は赤色(ルージュ/ロッソ)、白色(ブラン/ビアンコ)、薔薇色(ロゼ/ロザート)の三種があり、日本酒やビールや焼酎などと並び、食前、食中、食後のいずれにも使え、着席から退席まで貫通して飲める、ある意味でカジュアルな酒です。特に白は、デザートタイムに於いても尚、物によっては(一般的には、シフォンケーキ的な、エアリーな焼き菓子のときに特に)菓子と共に飲む習慣があるので、日本酒やビール等よりも守備範囲が一手だけ広いとも言えるでしょう(甘味用の食後酒として「デザートワイン」と俗称される、加糖なしに甘みを強くした領域、所謂ソーテルヌやレチョート類については、ご遠慮なくスタッフに「メニューに見当たらないのですが、グラスで頂けるソーテルヌはありますか?」とお訪ねください。そもそも飲食店には、前提としてメニューに記載されていないものがストックされている可能性があります。また、ソーテルヌは本来食後酒ですが、後述する通り、そうした従来的なルールは今は形骸化されており、着席からソーテルヌでも全く問題ありません)。
20世紀までは、「魚介、白いソース、軽い塩気のものは白、肉、赤いソース、強い塩気のものは赤、ロゼは何だか適当にセンスで」といった法則がありましたが、ヌーヴェルクイジーヌからフュージョン食、バルセロナ初でニュースタンダードに成った未来派ビストロ(文字通り「スペインの宇宙食」ですね)、果ては「ちょい乗せ」文化効果によって、縦横に拡張された味覚領域により、現在では、こうした従来的な法則ほぼ形骸化しています(「完全に失われた」とは、口が裂けても申しませんが)。肉汁のしたたるビフテキに甘めの白がマリアジする場合もありますし、ソース無しの真鯛のポアレに完璧にマリアジする、南緯度数の高い地域で作られる赤もあります。
ので、少なくともマリアジび関する作法や定則、つまりマナーやルールの類いは、実質上一切無いとお考えくださってこの際結構です。更に厳密に言えば、あなたの舌が、冒険的であるか、保守的であるか、大筋で自己理解されていればよろしい。「そんな難しい事解るもんか」と仰るアナタは、寿司屋でカルピスウォーターを楽しめるかどうか、パスタランチでブランデーを楽しめるかどうか、ビストロで日本酒を楽しめるかどうか、といった想像力と戯れて愉しんで下さい。ワタシの経験値では、稀に、縁側もしくは鱈、あるいはプルコギがカルピスウォーターとマリアジしますが、これは色合わせだけではなく、例えばマッコリとカルピスウォーターの近似といった構造も加味していると思われます。繰り返しますが、今やワインと食事のマリアジに権威的なルールは存在しません。
と、申しますのも、このリストは、敢えて、あくまで「ワインと音楽とのマリアジ」だけを抽出して選出させて頂いておりますので、欠番もしくはクロスワードパズルさながら、肝心要の<料理>に関しては、皆様が最適値を埋め込んで頂く形になるからです。一般的には「迷ったら白が無難」と、まるでYシャツの生地のような話がまかり通っており、正にYシャツの生地程度には正当性が認められるものの、赤やロゼでないと到達出来ないゾーンは当然存在します。
また、今でもまだあるのかどうか、フードメニューを拝借したものの、まだアナライズしておりませんので確約は出来ませんが、ブルーノート東京名物、リング型のポムフリット(フレンチフライポテト)がありまして、実のところこれは、白いYシャツ以上に、何にでもマリアジしてしまう魔法の食い物でして、私感では、ワインという物はそもそもパンと芋の為に作られた酒ですから、「1万円以上の銘柄が抜かれ、フードはパンとバターだけ」というのは、蕎麦屋で昼間から、海苔と塩をつまみに呑んでいる様な、つまりかなり粋な方。という事になります(「高級ワインにパンとバターだけ」はワタシも何度か試みた事がありますが、第一に料理長が悲しみます。その点、ブルーノート東京ではやりやすいかもしれない。しかしこれ、<一番安いグラスワインにパンだけ>になると、落とす金額の多寡とは別に、ムードとして、武士は喰わねど高楊枝の如くになりますのでご注意ください。それだったらお好きなカクテル一杯とオリーブだけの方が幾分か美しい)が、何れにせよフードとのマリアジは、今回の遊びの中からは敢えて除外し、皆様のチョイスの悦びを促させて頂きたく思います。
また、ここまで書いておきながら更にテーブルをひっくりかえす様な事を申し上げれば、一番素晴らしく、一番危険で、一番悪い子のすることは「最初から最後まで、他の物は、食べ物はおろか、水の一滴も口にせず、シャンパーニュだけをひたすらやる」事なのは言うまでもありません。ドルジこと、元・横綱の朝青龍関のパーティーに出席した人々は、くるぶしまでシャンパーニュに浸かる事を覚悟して赴くそうです。野球に於ける、優勝祝賀のビールの如しですね。
この荒ぶる、うっとりするほど危険で官能的なパーティーには、恐るべき事に、あらゆるマリアジの懸念は存在しません。おでんでもおにぎりでも、100円の煎餅でも、イワシの缶詰でも、フォワグラかナールのパテでも、猪でも、恐らく猫や犬でも、大福餅でも、みかんゼリーでも完璧にマリアジします。シャンパーニュは永遠で完全な独身者であり、最もエレガントなビッチであると言えるでしょう。そんな酒が我々を安全で平和な場に導くでしょうか。余談ながら、ここにテキーラが加わったのが世に言う海老蔵事件です。シャンパンにテキーラを加えると暴行が起きる、つまりそれは、ガスが充満した部屋に着火するのと同じ事なのだ、ということを成田屋の若頭とと元・Jリーガーはあられもなく公にしました。ワタシは、DCPRGの公演会場でバーが臨時で設置される時、他には何を置いても良いので、シャンパンだけは絶対に置かぬ様、厳重に注意しています。人命に危険が及ぶ可能性が飛躍的に上がるからです(テキーラ単体は、置いても良い)。
<2> 量とは何か?
くれぐれもご自分の酒量はお間違えなき様、これだけは無粋を覚悟で、最初に強調させて頂きます。ワタシは飲み屋の倅ですので、酒量を間違えてしまったお客様の無惨さが、他の何物にも代え難い無惨さである事を0歳の時から熟知しております。適正酒量内で大暴れする酒乱の方のほうが、適正酒量を超えて動けなく成ってしまう善良な方よりも、遥かに善良です。合わせて最初にお断りしておきますが、飲みきれなかった場合は、ご遠慮なく残して下さい。「残すと悪い/もったいない」等といって酒量を超えてしまう。というのは、社会性にとんだ善人に待ち構える罠です。
味覚の想像力にはルールはないものの、物量には厳格なルールがあります。前述の通り、ボトルをフランス語でブテイユと言いまして、所謂ワインボトルの規格は750ミリリットル即ち1リットルに及びませんが、大きめのグラスにふくよかに注げば、概ね7~9杯という事になります。これは物理的な実数値ですので形骸化されておりません。
しかし、一方で勿論、「水位1ミリずつ注いでは呑む」という、テイスティングの連続の様な、アヴァンガードな飲み方、或はグラスも使わずに一気に飲み干してしまう、といった豪快な飲み方をすれば、杯数だけは自由に調節出来ます(御自分で注ぐか、スタッフに注がれるのを待つかは、あなたが決定されることです。空になったグラスを前に待つ体勢を示し、目で合図すればスタッフが注いでくれますし、その反対は、その反対となります。少なくともジャズクラブに於けるこの領域にはマナーも作法も無いので、臆せずお好きにどうぞ)。お酒に弱い彼氏には2センチ、残りは全部彼女が飲んで、足りなくて追加のグラスワインも。などと言う光景は、今や都内のどのワインバーでも見られる光景です。
メニューに「ハーフ/ドゥミ」と表示されているのは、正しく半量(375ミリリットル=約0・5号)の小瓶で、これは一部の銘柄しか存在しません(リストに明記されています)。また、小瓶ではなく、広口の容器にドゥミの量注ぐ、所謂「デキャンタ」というサーヴィスがあり、これは本来、注文したブテイユの味をふくよかで丸みのある状態にするために空気に触れさせる(ワイングラスを鎖鎌よろしくぐるぐる振っているのをご覧になった事がおありでしょうけれども、あれはカッコつけているのではなく、水面を空気になじませて味を変化させているのです。これを「開かせる」と言います)ためのサーヴィスですが、転じて、小瓶が存在しない銘柄を、小瓶の量だけ提供するカジュアルなサーヴィス形態も指すようになっています。
ブルーノート東京では、「ハウスワイン」という括りがイコール「グラスでもデキャンタでも注文出来る」という形をとっており(因みにこれは一般的な事ではありません。ある種システマティックであり、良心的でもあります)、常時各色4~5銘柄ずつ用意されています。肝心な説明が最後になってしまった格好ですが、もっとも少量のサーヴィス法は「(バイ・ザ)グラス」といって、1杯づつ注文することです。
また、20世紀においては、通過儀礼の如き恐怖を放っていた「テイスティング」という儀式ですが、これはボトルで注文をした時のみ行われ、「テイスティングなさいますか?」という質問をするスタッフと、しないで自動的に誘うスタッフがおりますが、21世紀も10年を経た今では怖い事でもなんでもありませんし、せっかくですので、最低価格帯のボトルでも果敢にやってみましょう。先ずは「テイスティングなさいますか?」の問いに「はい」と答えます。
やり方は葬式での焼香に比べればかくれんぼのよりも簡単です。まずはテイスティングすると決まった方(主に男性。後述しますが、男女二人組で「テイスティングはわたしが」といって女性がしてしまうというのは、これはもう、どんどんやって下さい。「菊地の客は、女の方がテイスティングするカップルが多い」などという事になったら、こんなに痛快な事はありません)の、テーブル上の右手の当たりにコルクが置かれますので、それの湿っている方の匂いを嗅ぎます(ここでは黙して「うーん」とか唸っていればよろしい)。
次に、半量ほどグラスに注がれますので、それを2~3周回転させ、グラスを手に持って斜めにし、ぐっと鼻を突っ込んで香りを確認し(というか、鼻から息を吸うだけで良いのです)、無表情に、かつ滑舌はなるべく良く、「はい、いただきます」と言うだけです。ワインで口を濯ぐ必要はありません。言うまでもなく無表情はマストではありません。心象を表情に出しやすい方は、美味しそうな香り!と思ったら、美味しそう!な顔で言いましょう。その段階でスタッフがあなたのテーブルに良性のマーキングをします。
<3> 価格とは何か?
価格も実数値ですので形骸化は基本的に起こりえません(昭和40年当時の5000円と現在の5000円に実質的な貨幣価値差があるように、推移はありますが)。1杯800円という価格は、あなたがどれほどの想像力を持つ、統合失調の患者すれすれの詩人でも、総てを経済性に還元出来る冷徹な現実主義者でも、可処分所得がひと月1万円でも1億円でも、800円のグラスは同じく800円です。
実のところ、料理店でワインをセレクトするとき、最も我々の頭を悩ませるのは、ワインと何者かのマリアジよりも(ここまでお読み頂ければお解りの通り、この営みはむしろ楽しい物ですーーー場合によって、マリアジが大失敗してしまったとしても尚。と申し上げても蛮行の誹りは受けないであろうほど)、この、価格という怪物との闘いにあります。「このグラスワイン旨い。おかわりおかわりと言って、恋人とあっというまに6杯飲んでしまった。あとあと勘定すると、それだったら最初からボトルで注文した方が遥かに格安」といった、ビギナーにありがちな微笑ましいエピソード1の事を言っているのではありません。「高いと旨いのやっぱり?」という、あの恐ろしい、根源的な問いに関してです。これに対し、瞬時に適正な解答を出せるワイン評論家もスムリエも存在しません(余談ですが、CDの価格は統一的であり、音楽家にはこの問いが発せられないという幸福そして不幸があります)。
「いやあ、それはあなたの心次第。それで余りに曖昧だというのであれば、少なくとも感情や体調のセッティング次第」とお茶を濁した所で、少なくともワタシの経験では、歓喜と絶望は、同じく酒を旨くしますし、空腹感から食べ過ぎの軽い胃炎まで、酒を旨くし、つまり、何が酒を不味くし、旨くするかという、個人的かつ反射的な法則は無い。と申し上げる事が出来ます。勿論、この遊びの範囲内に於いては、第一にはワタシの自慢のバンド/オルケスタが生演奏している。という前提ですから、酒が不味くなかろう筈は無いので、つまり安全ネットの上での空中ブランコであることは言うまでもありませんが、さりとて価格は価格です。
ワインは、日本酒やビール、焼酎やウイスキー等と比べて価格帯域が非常に広く、カップルに各々のリストが渡されるが、男性の方にしか金額が書いてない。などという素晴らしくも奇怪な習慣は、高級ワイン文化にしか存在しません。しかしながら、あんなものは、すでに銀座の一角にしか存命しないのではないかと思われます。ブルーノート東京のワインリストは、最高額クラスの別冊(後述)でさえ、「女性用の、価格が伏せられたもの」はありません。
そして再び、しかしながら、だからこそワタシが、男性とお二人連れの女性のお客様に推奨したいのは、スタッフにワインリストを頼み、それを手渡され、そこから選ぶ。というのを、すべて女性のアナタがリードする。という事です。
現在のジェンダー転倒傾向社会の中で、すっかり行われているものと勘ぐっていたこのシーンが、実のところ「女子会ワリカン」という勢力に阻まれているのは、微苦笑にまみれて何ともコメントが難しい状況ですが、「女子会4人組(勿論、最近ワタシの客席に多く成って来た<お洒落男子会4人組>でもまったく話は同じですが)で聴きに来て、1人2杯ずつで良いなら、普段滅多に呑まない2万円のボルドー入れても一人5000円で天国が更に倍、上空に上がりますぞ」と申し上げるのも「あなたがスタッフにリスト頼んじゃって、そんで受け取っちゃって、指差しちゃって、彼氏の為に1万超クラスのトスカーナ入れちゃいましょうよ。彼も絶対にウマ死にするガチのおすすめをワタシが選びますから。やっちゃいましょうよ。女っぷり上がりますぞ。でもワタシのサイト読んでる様な男子と来てはいけませんよ(バレるので)」と申し上げるのも、共に楽しき哉。
しかし三度、しかしながら、やはり価格は価格ですので、そこにセレクトの重責が生じる。という訳です。価格に関してワタシが自らに課した外的な縛りは、前述の通り最高でも2万5000円まで。という初期設定のみです(この算出基準は非常に漠然としており、「1ボトルを4人で呑むとしたとき、一人がライブチャージと同額を払った場合に相当する額」といったもので、何ら社会的な根拠はありません)。と申しますのも「コスパ」とギリシャ語の様な語感で呼ばれる、「値段の割に旨い/不味い」といった考え方は、実のところワタシには完全には理解しきっておらず、ワタシの中では「値段と関係なく旨い/不味い」しかよくわかりません。ですのでその点(コストパフォーマンス)はまったく保証出来ない旨、最初にお断りしなければいけません。どうしても敢えて、コスパに関するコメントを無理にでもするならば「ワタシが旨いと思う物はみんな旨いが、安くて旨い物の旨さの特徴、高くて旨い物の旨さの特徴。といったものは、当然ある」と、何も言っていないに等しいものしか出てきません。
それでは以下、事項で具体的なセレクト一覧に至りますので、ここでは<メニューのあり方(読み方)>を最終チェックしておきましょう。とはいえこれも至ってシンプル。「グランドメニュー」と「ワインリスト」という2者の違いを知っておけば大丈夫です。
<4>表記のされかた
A) シャンパーニュ
着席と同時に配られるか、或は最初からテーブル上に置いてある、ビールやカクテル等、あらゆる他のドリンク(や、場合によってはフードも)の品揃えが一冊になっているものが「グランドメニュー」です(余談に成りますが、ワタシ幼少期にあれを、最初からテーブルの上においてある場合がある。という理由から「GROUND MENU」だとばかり思っていました。勿論、正しくは「GRAND
MENU」です「大きい/包括的な/重要な」ということですね)。悪の華、シャンパーニュですが、ブルーノート東京がグランドのドリンクメニュー(に、数多あるシャンパーニュのラベルからテタンジェ社(詳しくは検索を)のみを選んでいるという事実には、国家的な大喝采、とまでは言わないまでも、ジャズの伝統に則り「イエー!」という心からの拍手を5~10発与えるに充分値するでしょう。
同社のシャンパンは4~5種類記載されており、うち、グラスがあるのはブリュット・レゼルブ(1700円)のみ、ハーフボトルがあるのが2~3種といった所です。価格はボトルで18000円から2万5000。懐かしや、ワタシがオーチャードホールで、グラスにて皆様にご提供させて頂いた、同社の「ノクターン・セック」もマウントされていますが、当然グラス・サーヴィスはありません(これは怠慢ではなく、ワタシのオーチャードホール公演のバーカウンターが異例過ぎたのです。今や懐かしい思い出ですが、あの時は「こんな高い物出しても売れ残る」というオーチャードのバー側からの至極当然な判断を、ワタシが独断で「いえ、売り切れます」と押し切り、実際に数えきれぬほど、売り切れのクレームがつきました)。
ここまでが<グランドメニュー>内のシャンパーニュです。そして、頼むと別途持って来てくれる(店によっては、グランドメニューと一緒に、最初から持って来てくれる場合もあります。ブルーノート東京がどちらかは、皆様でご確認ください)、革張りみたいな格好の、重々しいやつがありますが、あれを<ワインリスト>と呼びます(カルト・ドゥ・ヴァン/ラ・リースタ・ディ・ヴィーノ)。
こちらには、あらゆるメゾンの、多くのドゥミも含め、何と41種がマウントされており、最高価格は8万6000円にまで跳ね上がりますが、内容は大変素晴らしく、例えばワタシが女性客だったら、迷わずボランジェの02年ラ・コート・ドゥ・アンファンを抜いてダブセクステットを聴き、途中で一回失神することを選びますが、これは約3万円ですので、今回のセレクトからは泣く泣く外してあります(勿論、ボランジェ信者の方で「え?!あるの!!」という方は臆せずどんどんどうぞ。ボランジェもクリュッグも00年のドンペリもあります)。
しつこいようですが、今回は、インチキな有線放送や、お友達が家から持って来たCDを聴きながら呑むのではありません。ダブセクステット(勿論、ペペでも構いませんが)の、完全にレアな生演奏を聴きながらボランジェを呑むのであります。ワタシが最後にボランジェを呑んだときは、「花と水」のトラックダウン時で、スタジオのラージスピーカーの大音量で「ラッシュライフ」を聴きながら南さんと二人であっというまに一本呑んでしまい、失神した記憶があります。失神したのに「記憶がある」というのは大変な矛盾ですが。
B)赤白薔薇
赤白薔薇は、シャンパーニュよりも数が多いため、まとめ方が三段階になっています。
まず、グランドメニューですが、ワイン用に独立しています(シャンパーニュはカクテルやビールなど、他の酒と同じブックにあり)。独立していますが、これは「グランドメニューの、ワインの部」であり、前述の「ワインリスト」ではありませんのでご注意を。
と、そこ(グランドメニュー)には第一に「ハウスワイン(前述の通り、グラス/デキャンタ/ボトルでサーヴィス可能。)が4~5種列記されています。グラスで850円から1200円、ボトルで3500円から6000円までと、シャンパーニュに比べるとぐっと現実味が増し、そこがかえって煩雑に成ってしまう所なのですが、先に進みます。
同じくワインのグランドメニューには、次に、スムリエ推薦の、新世界(フランス、イタリア、ドイツ以外の国々、日本、スペイン、アメリカ、アルゼンチン、チリ等々)産のボトルワインが5~6種列記されています。これらは総てグラスとデキャンタのサーヴィスが行われない「ボトルのみ」で、3500円から9000円まですが、グランドメニューに於ける赤白薔薇には、総て軽さ/重さの表示が、三つの丸で示されています。カレー屋の辛さ表示が5つの唐辛子で示されますが、あれと同じで、塗りつぶされている丸が多ければ多いほど重い(=渋い=濃い)という事で、これは一目瞭然です。
ワタシの推測では、ほとんどのブルーノート東京のお客様は、ここまでで事足れリとしている筈です。これはDISりでは全くなく、第一にはこの段階でも非常に優秀なワインが多数マウントされておりますし、そして第二には、ワインリストが、ある意味で豊富すぎる。という事があります。
ワインリストでは数が爆発的に増え、フランス全地域の白と薔薇だけで約100、ボルドーの赤だけで約100、ブルゴーニュの赤だけで約100、イタリアを含めたその他の国が赤白薔薇合わせて約70と、とてもその場では読み切れません。ワインセレクトがその夜の最も重要な儀式であり、慎重に5分も10分もかけられるレストランであればともかく、ここは、営業登記上こそレストランですが、世界に冠たるジャズクラブであり、すでに目の前には楽器がセッティングされているのです。
それではお待たせ致しました。以下、具体的な銘柄を上げて参りますので、いきなり口頭でご注文されるもよし、ワインリストを受け取ってから指差すも良し、勿論、ワインマニア諸氏は、ワインリストを受け取ってから、ワタシのセレクト外に、お好きな銘柄を見つけてご注文されるのもまた良し。であります。
<5> 菊地成孔の、ブルーノートのお勧めワインセレクト
ロゼ
<推奨1本。しかし抜群>
こういったものはシンプルであればあるほど良いので、四の五の言わず(言うのですが・笑)、どんどん選んでしまいますが、先ずは数の少ないロゼから行きます。ビギナーの方は赤か白にして頂き、ロゼはマニアの方で、しかも、「おまえせっかくのゴールデンウィークに花見ロゼ飲まないでどうすんだよ。うっはっはー」という、大変な粋人の方だけにしてくださるよう、何せ推奨は1本しかありません。1本しかありませんが、大当たりです。
07 Marsannay Domaine Clair-Dau Louis Jadot/マルサネ・ドメーヌ・クレールーダユ・ルイ・ジャド07年
マルサネの07年、しかもブルゴーニュの四番打者ルイ・ジャドさんちが作っております。「ロゼは嫌いだったけれども、サンセールやマルサネのロゼ飲んでから目が覚めた」という人が世界中に万単位でいる(ワタシもその一人です。サンセールのロゼを、パリの「レ・スプラナール」で、ベトナム風の鶏の甘辛い串焼きで飲んだ時の衝撃!!)なか、マルサネ・バイ・ルイジャドがご奉仕価格の6000円ちょっと。フードはありますよ何か。甘辛そうな味付けの肉類が。ワイン系のソースではなく、素焼きかエスニックテイストを加えた物とばっちりマリアジします。
ただ、これが「花と水」だったら、一も二もなくお勧めするのですが、ダブセクステットとペペは、絵に描いた様な「春のうららかな狂気」みたいな事をあんまりしませんので、そもそもロゼとのマリアジがどうかな~。ダブセクステットももうキャリア中堅になってきて、ルイ家君が初々しいとかいう感じも薄らいだし。。。といった感じです。こちらグランドメニューにはありません。リストの中にあります。
赤
<1万円付近で、軽快で高級感のあるフランス産の、しかもかなりのお値打ち>
赤はどうかペペ・トルメント・アスカラールに合わせて下さい。何せあんな風な音楽ですから、スペインや、それこさチリだアルゼンチンだの安くて旨いメルローを。なんてえ事をつい言ってしまいそうですが、ワイン思想そして音楽思想に於いて、それは昔の、言ってしまえば20世紀的な、もっと言ってしまえば3/11以前な思想だと言えるでしょう。
勿論ワタシは、高ければ偉いとか旨いとか言っているのではありません。21世紀を迎え、3/11を迎えてしまった我々に必要なのは、古典から前衛を繋ぐラインを引き直す事に他なりません。「つながろう日本」という、テレビジョン内でのスローガンが、新幹線の事を暗示していたというのは、微笑ましいお笑いぐさですが、過去と分断されず、新しく、過去と現在を繋ぐ線引きをするのは、21世紀人である我々の努めといえるでしょう。セレクトはボルドー、ブルゴーニュ、イタリア北&南部のみと、ガチガチに限定されています。
先ずは、「余り量は飲めないから、ドゥミで良い。グラス一杯強で官能的な状態に成れればそれで良い。その代わり、その一杯は確実にガツンとエレガントにやって欲しい。フルボトルは飲みきれないが、ワインの味わいはたまらない」という、慎ましやかな様な、貪欲な様な方々。いらっしゃいますよね?あなたのような方へのセレクトです。
そういった方々には、間違いなく
05 CH. DU TERTRE MARGAUX 05/シャートー・テルトル・マルゴー05年(ドゥミ)
です。
これはドゥミで約8000円です。カップルで多めの2杯ずつでお一人4000円。とこれ、第一にはブルーノート東京のワインカーヴにあるドゥミの中で、単純に最も、所謂お値打ち(そもそもテルトル・マルゴー自体が、ボルドー全域の中でもお値打ちのニューカマー)である訳で、コスパという概念が今ひとつ解らないワタシでもこれは解ります。つまり、たくさん必要でない人は、少量に高額をつぎ込める。という事ですが。
ですから、05年は大変な当たり年だとか、女性的でシルキーかつ、染み渡る華やかなそして物悲しいカシスの味わい。とか、とはいえ意外と当たりがガッツりしていて、儀式的な気分に。とか、05のマルゴーはまだ若いかもしれない。といったワイン通向けの能書きよりも「ざっくりざっくり言うと所謂<ボルドーの5大シャトー>というハイブランドのセカンドラインみたいなもの。ランバンじゃなくてランバンオウブリュ、クロエじゃなくてシーバイクロエみたいな、しかもこっちのが可愛くて断然お得。といった意味合いです」というのが、ひょっとしたら解りやすいかもしれません。ペペの音楽をやや少女性で捉えていて、ちょっと背伸びな感じで、甘いお酒じゃなく、ブルーノートで5大シャトーかすり(そうとうなかすりっぷりですが)デビューする。というのは、これがなかなか良い絵だと思われます。因に05年は、ペペの誕生年でもあり、「南米のエリザベステーラー」のリリース年であり、ある地域の当たり年であります。ワインリスト内にあります。
「フルボトルで1万ぐらいで、あんまり渋くて重いんじゃなく、滑らかでエレガントで、適度に凝縮感があって、少女性よりも30代中盤ぐらいの、青年の感じが残る男感が欲しいね。枯れ草とかタイムとか、スパイシーさもあって、何せ1時間以上ずっと飲むんだからね。凝縮された高級感の中に、ちょっとした爽やかさが無いとね」といった方には間違いなく
05 Cotes du Rhone Coudoulet de BeauCastel /コート・デュ・ローヌ・クードレ・ドゥ・ボーカステル05年
をお勧めします。これ約1万円です。これもシャトー・ドゥ・ボーカステルのセコンドですし、同じ05年ですが、ブルゴーニュ的としか言いようのない、古典的なエキゾチズムといいますか、あんまり重くない中に、様々な意匠が畳み込まれている感じで、ペペにばっちりだと思いますね。こちらもワインリストの方にあります。こちらも05年ですね(他意はありません。偶然です)。
<4~6000円で、エグイ感を愛する濃厚派のための南イタリア>
エグイ派、エロい派の方いらっしゃいますよね。ペペを、ものすごく狂おしくて煮えたぎる様な情念と妄想の内に捉えている様な、そして自分が赤ワインに求める物は、果実感だとか爽やかさだとか完成度なんかじゃない、悪臭にまで近いワイルドな土臭さ、生臭さ、インクみたいな感じ(イタリア語で「ベンズィーナ」つまり、ベンジンの事ですが)、葡萄の果実に、茎や枝まで入っている様な、濃くて強い感じ。を求める濃厚なあなたには、アリアニコが二種類あります。
アリアニコは南イタリアの土着の古代品種ですが、これ何せワタシも大好きで、オーチャードホールで最初にお出しした「マストロベラルディーノ・タウラージ・ラディーチ」もアリアニコを使った逸品でした。
グランドメニューの「スムリエのおすすめ」に、バジリカータのタウラージ08年が4200円で記載されていますが、こちらは4200円で、手軽にアリアにコの魅力にありつけるので、こちらでも充分ですが、ワインリストの中にある
08AGLIANICO VINOSIA /CAMPANIA/アリアニコ・ヴィノジア・カンパーニャ
が、6000円ちょい欠けでエグく欲深く、罪深いあなたを待っています。勿論、ただ濃いだけの醤油みたいなトラウマ安ワインではありません。08とちょっと若なれど、若くてエグい。というのが、とても良い事であるのはご了解頂けるでしょうし、しかもナポリのある、あのカンパーニャです。日本で言うと、福岡とか山口とかでしょうか。旨いもんの中心地ですよね。バジリカータも良いです。渋い。でもカンパーニャの隣ですから、これはどうしてもメインゾーンをかすっているという意味合いが加味されます。カンパーニャのアリア二コ、これはもう端的にエロですね。
<1~3万円代という激戦区から選ばれた、サンテミリオンのエリートとトスカーナ>
何せリストはさっき書いた本数ですから、上限設定無く上を見たらパーカーポイント90点代のペトリュス97があり、ムートン97があり、メドックけっこうあるわけで、こうした物の大半は「音楽とも料理とも関係なく、無条件に素晴らしい」と言っても過言ではなかろうかと思われます。ラ・ターシュ、エシェゾー、シャトー・デュケーム、ロマネ・コンティ呑むと、ワタシは自分が誰だか、いつ何をしている、どの星にいる何と言う生物か、まったくどうでも良く成ります。昇天ですね。音楽か酒、もしくは音楽と酒でしか起こりえない性質の物です。
とさて、しかしこうして、どんな店にもある、額縁に収まって飾ってある様な高額ワインを、最初から額縁からバンバン引っこ抜いて手渡すのはそもそも一般論として無粋ですし、そういった物にはそもそも解説は必要ありませんので(バッハやチャーリーパーカーやザ・ビートルズにそもそもの解説が必要でないように)、ワタシが生まれ変わってホステスさんか何かになったとしたら、意味解らないままブルーノートに来ちゃった社長さんみたいな方に入れさせて、自分ばっかり呑んでしまう事にしまして(これは書いてしまって良いと思いますがーーーまったく高くないのでーームートン97は15万です。もしマイルスが生き返ってギルエヴァンスオーケストラと来日したらワタシ必ずこれを入れ、一人で全部飲みます)、1万~3万円(もっともリストが豊かな、戦国絵巻の価格帯)という激戦区から、これはもう、身を削る思いで3本だけ選びました。
2本はサンテミリオンです。
98 Ch.Couspaude/シャトー・クースポード98年
因にパーカーポイント90
94 Ch.Canon la Gaffeliere/シャトー・カノン・ラ・ガフリェール
因にパーカーポイントこちらも90
そしてもう1本はトスカーナであります。
97 Burunello Di Montalcino La Casa Caparzo
/ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・ラ・カーサ・カーサ・カパルッツォ97年
この3本、いずれも約2万。ブルーノート東京のトスカーナは7本ですが、中でもコレが圧倒的でしょう。人気の04年もあり、ややお高いですが、ワタシは97年の飲み頃感を推します。04年のブルネッロを高騰化せしめるオタク感は、ワタシにとって、断じて認めないとは言わないまでも、あまり参考に出来ない指向であると判断します。
ワイン愛者とは、そも狂おしき者達であり、ピノがない、メルローがない、そもそも決定的なブルゴーニュの赤がない。と、半ばキレかかっている方もいらっしゃるかも知れません。勿論m、ブルーノート東京にはこれら総てが豊富にマウントされています。エマニュエル・ルジェもいますし、完璧なラフィット・ロートシルトもいます。特に赤に関しては、星付きレストランと言っても遜色の無い布陣を整えています。
しかしワタシの、あくまで今回のセレクトは、迷い無く頑としてこうなります。何故トスカーナとサンテミリオンなのか、能書きは敢えて総てカットします。ビギナーの否様には呑んで頂ければお解りに成り、マニアの皆様には、能書き垂れるまでもなく、どこのフォーカスを当てているか、直ちに首肯頂けると信ずるものであります。ペペトルメント・アスカラールの音楽がああした禍々しくも妖艶な姿でなければ、ただひたすら純粋にタンゴもしくはジャズだけを演奏するシンプルなオルケスタだったなら、ワタシは遠慮なくポムロルを、5大シャトーを推していたでしょう。
白&シャンパーニュ
<事を荒立てるシャンパーニュ>
ダブセクステットを聴く時、例えば、非常に大雑把に、事を荒立てて聴きたい方と、しなだれかかり、甘えて聴きたい方に別れるのではないかと思われます。「そんなもんどっちもアリでお願いしますよ!」というお声はごもっとも。愛撫と暴力は、常に紙一重で決して越えず、マッサージとセックスは、常に紙一重で決して越えず、一線を越えてしまうのはジャズの流儀ではありません。しかし、そこにワインのマリアジを考えた時、一杯目はシャンパーニュで、後は白のブテイユを入れて。という料理の世界では起こりうるセリーがなかなかスムースには移植できないのが厳しく、そして不条理な現実であります。
事を荒立てたい方、はしたなくなりたい方、場合によっては、イライラを時に派手に、時にダーク&クールに発散したい方もいらっしゃるでしょう。そういったヴァリアントな方は、どうか我々とシャンパーニュでおつきあい下さい。要するにまあ、ホストクラブですけれども。ああいう場所の構造という物は堅牢でして、何故シャンパーニュをタワーリングするのか?値段が高いだけならば5大シャトーで良い訳です。泡立ってアガるというだけならば、サイダーに覚醒剤でも入れれば良い。決してそうは成りません。シャンパーニュには正にバルトの言う、神話作用が構造化されている訳です。
グランドメニューにあるテタンジェを一杯また一杯。というのも決して悪くはありませんが(何せ「シャンパンだけ」というアナーキズムには、いかなるルールも美学もありえません。それは純粋に「今夜はシャンパンだけ呑むのだ」という野蛮なまでの行為の結晶そして遂行であるのみです)、赤と同じく、2~3万で価格をスパッと切り、イケそうな物を選ぶ。という行為に及ぶ時、ワタシの苦悩は、赤を選ぶそれの10分の1以下に低下し、実に景気良くバンバン開けそうになるのですが、ここは落ち着いて男女性を問わず、歌舞伎の荒事の様な派手なドラムソロや、近代フットボールのフォーメンションチェンジにも似た、プリミティブなセクシーさにマリアジする。アゲつつドスの効いた2本を選ばせて頂きました。いずれもワインリストから。
99 Bruno Paillard Assemblage Brut
/ブルーノ・パイヤール・アッサンブラージュ・ブリュット99年
2万円ちょい出。シャンパーニュとあらば、ブルーノート東京でさえもノンヴィンテージが数多くマウントされるのは致し方無し、しかし、敢えてヴィンテージ物からはこちら。味は厚めで、塩や脂の多い、派手な飲み食いとバッチリですし、何よりも酔い心地のアゲ感には、80年代からの創業という若さが大いに一役買っています。テタンジェ社中心のワインリストから、特に前述の、オーチャードでお出ししたテタンジェ・ノクターン・セックさえをも抑えての選出であります。泡ものを愛する女子の皆様は是非お試し頂きたく思います。
Tattinger Prestige Rosé Brut Reserve
/テタンジェ・プレステージュ・ロゼ・ブリュット・レゼルヴ
2万円ちょいかけ。この場合「ピンク」と言いたい所ですが、ロゼからも選ばなければ成りません。ピンクのシャンパーニュ(ホストクラブでは、早くも80年代後半から「ピンドン」即ち「ピンクのドンペルニョン」が、小悪魔agehaを先駆けて、その世界観を初期設定しました)こそが、我々ダブセクステットと共闘し、3/11以降の世界を暴れまくる、モーダルな野蛮さを象徴する女性の飲み物と言えるでしょう。因にこちらドゥミもありますので、乾杯や一人呑みも可能です。シャンパンのドゥミは、ステージ上から見たとき、ちょっとカッコ良いです。
<しゃんとしたふりでしなだれかかる白(同じキャラを、価格帯別に)>
一方、白で涼しく、しゃんとしながら、しかし、気がついた頃にはしっかりしなだれかかろうという、高貴な御婦人の邪さは、演奏する我々の内にさえ遍在する、強い、従って正しい邪さだと言えるでしょう。価格帯別に3本。極めて大雑把に、白ワインはドライかデュースかに別れますが、今回、ドライ派は避けています。ドライな白ワインというのは、私感ですと音楽だとドイツの3B(バッハ、バートーベン、ブラームス)か、都々逸やさのさ等の日本の小唄の類にはぴったり来ますが、モードジャズ、しかもシックかつハードコアな系列の物にはあまり気持ちよくマリアジしません。ワタシは、ドライな白。というものは、そもそもスーツルックにマリアジしないと考えています。そこで
08Bourgogne Blanc Couvent Des Jacobins Louis Jadot
ブルゴーニュ ブラン(カタカナ記載はグランドメニューに従っています)
グランドメニューより。グラスでもいけますが、ボトルで5600円ですので、ルイ・ジャドで安心してコスパ高く行こう。という現実派には最適かも知れません。
1万円付近は
08 Meursault Vieilles Vignes Vincent Girardin
/ムルソー・ヴィイユ・ヴィーニュ・ヴァンサン・ジラルダン 08年
で決まりですね。1万5000ちょい欠け。何か白は作り手中心主義のように成っていますが、ジラルダンのリッチな完璧主義によるシャルドネの魔術は、「スーザン・ソンタグ」等の、目まぐるしく速度の変わる硬質で軟体的な4ビートグルーヴと相まって「白ってこんなに濃密でヤバかったのか」という思いを新たにする事間違い無し。ミネラルの清涼感の中に、蜜、バター、果実のコンポートという二段構え、是非冷やさずに室温でどうぞ。
2万円付近は
01 Chassagne Montrachet “Morgeots" Michel Colin Deleger /シャサーニュ・モンラッシェ・モルジェ・ミシェル・コラン・ドルジェ01年
2万円ちょい欠け。で、キャラ的には上記ムルソーと被る嫌いがあるのですが(シャルドネの、カツンと来ながら中がねっとりした白。という)、今更ながら完全にこれ、ワタシの個人的趣味でして(とはいえワタシも、鰻を食うときは、80年代の、ライン川の水っぽいゲヴェとかも呑みますが)、とはいえ、元々この話、ワタシの個人的な趣味の集積であるワタシの音楽とのマリアジですから致し方無し。5000円ほどの価格差は、ワインをあくまで音楽の伴奏と考えて、スイッチとセッティングだけ貰って音楽にのめり込むか、それよりは僅かにワイン自体に没入しつつ聴くか、の違いだと思って下さい。
リストには勿論、ゲヴェやシャブリの逸品も並んでおり、オマエが何と言おうとオレはドライなんだ。オレは家で常に、ドライをやりながらジャズを聴いているのだ。といった方の存在は想像に難くありませんが、そうした方々も、赤やロゼ同様、試しに合わせてみて下さい。ワタシの快楽に関する真意がお解り頂けるのではないかと思います。
以上これは、音楽とワインとのマリアジの提案でしかありません。ワインはマリアジの契機となりうる。これはつまり、ワインに人格もしくは霊格に似た物が宿っている事の証左ではないかと思われますが、正しい所は解りません。しかしいずれにせよ、物と物が並ぶ。つまりセリーには無限の力があります。やがては総てが並ぶでしょう。ワタシはこの事を、第一には音楽から、第二には食事と飲酒の経験から学びました。このちょっとした遊びが、世界をほんの少し、あるいは何億倍も豊かにしますように。それでは、こどもの日とその翌日に。ごきげんよう。
菊地成孔の1行(厳密には数行)情報
<マネージャーのブログが引っ越しました>
* 2011年からフォームも新たに立ち上がりました。当欄以上に迅速かつ詳細ですので、菊地成孔の刻一刻と更新される日々の情報はコチラで↓
菊地成孔マネージャーの速報(ブログ)
http://naganumahiroyuki.seesaa.net/?1296834004
<菊地成孔の全集「闘争のエチカ」>
*アマゾンで買えるように成りました↓
「闘争のエチカ」商品説明(過去ログ)
http://kikuchinaruyoshi.com/dernieres.php?n=100812132059
「闘争のエチカ」予告編(you-tube)
http://www.youtube.com/watch?v=M4Zy-TfGO_w
<DCPRG活動再開ライブ(日比谷野音)の音源を、DVDR+写真集の形で販売します>
*DVD-Rだけでも買う事ができ、写真集は受注印刷(プリントオンデマンド)に。DVDRになったのは、CDだと1枚に入りきらないからで、動画はありません。詳細は後日↓
http://natalie.mu/music/news/44853
<「オトトイのダウンロード数的には記録的な売れ行きだ」と高見Pが言っていたけれども、本当でしょうか>
* DCPRG活動再開ライブ2京都KBSホール/ボロフェスタのライブ音源を高音質配信にて販売中↓
* http://ototoy.jp/feature/index.php/2011012801
菊地成孔の関連サイト
<ニューメロ・トーキョー>
http://numero.fusosha.co.jp/extra/ito_kikuchi/
伊藤俊治先生との対談。という、脱力でも入力でもない、絶妙な湯加減のオトナのカルチャー対談になっております。連載のタイトルは「遊び飽きかけている遊び人達へ」。
<マトグロッソ>
http://www.matogrosso.jp/
http://matogrosso.jp/soundtrack/soundtrack-03.html
「マットグロッソ」というウエブマガジンです。小説にサントラはあり得るか?といった、まあ、文芸批評と音楽批評をくっつけたお遊びですね。
<「服何故01」>
http://ksuque.blog.drecom.jp/archive/278
菊地成孔のモード批評書「服は何故、音楽を必要としているのか?」の映像サイト(ファンの方が作って下さいました)です。これは本当に凄い。読みながら観ると、情報量が5冊分に増え、5倍お得。
<AYAKO OKUNO>
http://www.ayakookuno.com/main/top.html
現在、菊地成孔が着用している帽子の90%はAYAKO OKUNOで発注した一点ものです。デザイナーの奥野さんは関西在住ですが、全国どこからでも受注されていますので、菊地のアレに似た感じの(或は、まったく同じものを)ものを、といった注文から、あなた独自のオリジナルな発注までオーケーです。
ブルーノート東京への招待 |
May-05-2011 |
明日のファーストセット(祝日仕様で、夕方の4時開演。まあ、終わってから、休日の夜をゆっくり過ごして下さい。といったコンセプトなのでしょう)は当日ブラっといらしても確実にシートがございます。それ以外のセットも、残席ありますが、当日フラっと狙いの方は、家を出る前、念のためブルーノート東京に後一報下さい。
バンドのコンディションはどちらも最高。ダブセクステットは久々のメンバー全員参加の演奏で血がたぎっておりますし、ペペトルメントアスカラールは、最初に召還させていただいたカヒミさんと、最も新しく召還させていただいております林さんが揃うという、有事にしかあり得ない、ただならぬ豪華さです。
久しぶりで歌った「ルックオブラヴ」の全身が熟れ溶けて行く様なあの感覚、久しぶりで演奏した「プロセッション」の、全身が花開いて燃え上がる様な感覚。久しぶりでセッションした「スーザンソンタグ」の、本身の斬り合い。セレクトワインの一覧は前頁にあります。それでは明日。そして明後日。美が総てを祓い、美が総てを清め、美が総てを再生させますよう。
ブルーノート東京初日終了 |
May-06-2011 |
ブルーノート東京の粋な計らいで、ワタシがセレクトさせて頂いた、テタンジェが終演後に二本もバンドに振る舞われまして、とはいえメンバーの多くがマイカー移動でして、マイカーでない類家くんもビールでしたので、ワタシと関係者の女性の二人でテタンジェ2本あけてしまいまして、有言実行、水も他のリカーも一滴も口にしておりませんで、そうですなあ、気分としては遠泳ですね。遠泳で空中を悠々と泳ぎ、青山から新宿まで戻りまして、空中を悠々と漂いながらこれを書いております。ワタシはカモメ、と申し上げても、お若い方には解らぬ都々逸でしょう。
ジャズとは思えぬほどの早くからの開演にも関わらず、ファーストもセカンドも満員御礼。ブルーノート東京共々、心から感謝致します。セレクトワインは、正直どれぐらい出るのかな~うはは~。といった、ゾクゾクする感覚を、美しく優秀な、ブルーノート東京のスムリエーヌ女史と共有しておりましたが、蓋を開けたらこれが予想以上に動いておりまして、これまた本当に嬉しいです。一晩でルイジャドのブルゴーニュブランがあんな本数動くジャズクラブは、銀河系に今夜のブルーノート東京以外にありえないと思われます。開演早々にブルーノ・パイヤールも出ました。まあ何と申しましょうか、遊び戯れの類いとはいえ、これほど、音楽以外の、音楽に付帯したシーンで高揚したのも久しぶりです。ご注文された方が本当に羨ましい。ワタシもブルーノ・パイヤールをやりながらダブセクステットが聴きたいのですが、こればかりは一生果たせません。
何度も繰り返しておりますが、ワタシからのメッセージは、一つ残らずすべて、音楽そのものに託してあり、それはステージのたび、過不足無く、丁度良い感じで皆様に伝わったと、ワタシをの無意識が申しております。
しかしもし、ひとつだけ言葉で添える事があるとすれば、それは本当に余計な事なのですが、敢えて添えるとするならば。です。皆さん。どうか、良い男と音楽を信じて下さい。ポリリズムもある、ポリモードもある、エレクトロニクスとジャズの融合、ワインと音楽のマリアージュ、苛烈な社会状況。
だがしかし、それらを総て越えた所に、ワタシがダブセクステットという組織を運営する根拠があります。それは、良い男とジャズというものを、毎日ずっと信じている。という事なのです。言うまでもありませんが、ワタシが良い男とだとか、そういう意味ではまったくないですよ。
ああ、良い男だなあ。ジャズは良いなあ。と、心から信じている瞬間、この時間がなかったら、ワタシの命などとうについえていたでしょう。ワタシはその素晴らしい信仰の時間を、皆様にもお分けしたい。嫌だという方にまで無理強いはしません。しかし、もしあなたが望むならば、年齢も性別も国境も何もかも越えて、総ての方にお分けしたいのです。
明日は、良い女が数多くステージに上ります。良い女も信じましょう。信じるというのは、約束の事ではない。感情の事でもない。信じるという事は、痙攣的な不合理であり、身体の中心に灯る、愛そのものの、基本的な動きなのです。些かシャンパンが過ぎました。それは明晩。
<キャプション>
「バクバク喰ってる姿フェチ」の皆様用にベストショットを狙っているのだが、いつもミッシングしている。何故か。一番バクバク喰っているときは、自分もバクバク喰っているからである。しかし、部活の合宿のようにしてバンド全員が喰らいまくっている図は、常に爽快かつフェティッシュであり、常にネクストを狙う所存である。
パーティー等でよく見る光景だと思われるが、シャンパングラスがずらっと30個ほどならんだ。これを23個ぐらい飲んでしまった結果、こういう感じに(これまだ見れるほう。一緒に撮った写真は、端的に言って面白過ぎ、ウケすぎでライブの余韻が消えぬ様、自粛するしかかなった。
ブルーノート2日目終了 |
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May-07-2011
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