<2011年前半の概略>

 

 

 

47歳から48歳へ。よくあることだが「まあ、去年で個人的にもいろいろと一区切りついたしな。今年は2010年代も始まるし、世間も一区切りかもだよなあ。デイケイドなんて、現実に率先するような意味なんてないのに」等と思っていたら、自分よりも世界に区切りがついてしまった年。因に「新しく始まるラジオ番組の名前は何にしようか。よし、<粋な夜電波>で行こう。決まり」と思って眠ったら地面が揺れ出した。

 

 

震災前に決定していたのは、大枠では

 

1)サイトを新設

2)久しぶりでラジオのレギュラー(特に、AMでは初めて)開始

3)昨年連載を終了したばかりの「時事ネタ嫌い」の書籍化

4)昨年のテストランが大成功した「HOT HOUSE」の恒例化

5)昨年活動を再開したDCPRGのアルバム製作

6)ブルーノート東京との年間契約(1年単位でブッキングの契約を結ぶ事。「邦人で初めて」といった表現が出たが、そういう事ではなく、ブルーノート東京に於いては初めての試み)

7)久しぶりのソロアルバム制作

8)ナオミ&ゴローとのコラボレーションアルバム制作

9)類家心平4ピースバンドのセカンドアルバムをフル・プロデュース

 

の9点で、これは「HOT HOUSE」の第二回青山CAYが震災翌日で延期になり(その後5月13日に開催)、「時事ネタ嫌い」だけが一時延期となった(著者の意思により。その後、企画は再運行となる。出版日時未定)以外は総て企画運行中、或は完成しているが、何れにせよ日本国に入った大きな断層からエネルギーを得る事に成っているのは間違いない。

 

まだ終わっていない年なので総括は避けるが(総ては過去日記を参照されたし)、震災前までの主な履歴としては1月には昨年アルバム「ゴールドフィンガーズ」で共演を果たした東京スカパラダイスオーケストラのツアー参加(和装で)、2月には高円寺ドキュメンタリー映画際で、チャールズ・ミンガスの記録映画「ミンガス」の推薦/解説者として参加、そして新宿文化センターでの2デイズコンサート(「同一の呪術による異なった二つの儀式/菊地成孔によるダブルコンサート」)でのペペ・トルメント・アスカラールとDCPRGのホールコンサート敢行等々。

 

一件のみ震災による中断を余儀なくされたままになっているのは「花と水」のラフォーレミュージアム。フラワーアーティストの東信とのコラボレーションによる「花と水」。史上もっとも力の入ったコンサートだっただけに企画の再開が待たれる。

 

そして6月14日の23時より、新サイト「第三インターネット」を開設。この日より48歳になり、そして歌舞伎町生活8年目が開始された。