<2006年の概略>
2004年6月から始まった歌舞伎町生活が1年半を過ぎたところ。年齢は42から43へ。
前年05年はパラダイムシフトの年になり、事務所を移籍し、マネージャーが変わり、2ndソロアルバム「南米のエリザベステーラー」を発売し、大谷能生との東大講義と「WANTED(TFM)」のWレギュラー、更に「情熱大陸」「井上陽水/空想ハイウェイ」への出演、「東京大学のアルバートアイラー」の出版~キノベス(紀伊国屋店員が選ぶ、今年一番面白かった本。のランキング)5位獲得。といった大騒ぎがあり、様々な意味で生活が激変したのだが、それも何とか軌道に乗り、仕事の質量どちらも一定のペースが出来てきた感。ペースメーカーはこの段階では公式サイト「PELISSE」の開設と、前年から恒例となり、現在も継続中の「新宿ピットイン3デイズ(この年は、南博、山下洋輔、大友良英とのデュオシリーズ)」の二つが幹と成る。
製作に関わったアルバムは自己最高の4枚。前年末から6年正月にかけて、「エスクァイア日本版」のジャーナリストとしてモロッコに取材旅行。ギナワ(北アフリカのポップス)の取材と、イスラム文化権で年末年始を祝わないのは本当かどうか?などを取材し、これがペペ・トルメント・アスカラール名義の1stアルバム「野生の思考」に繋がる。また、企画が流れ続けていたUAとのコラボレーションが数年がかりで前年に成立し、この年に録音~発売となる(「CURE JAZZ」)このアルバムは自己の作品史上、最も高いセールスを記録し、この年の邦楽ジャズの中でナンバーワンの売り上げと成った。
また、盟友、冨永敬昌監督の劇場長編第一作、「パビリオン山椒魚」の音楽監督を務め、OSTもリリース、南博の「タッチェズ&ヴェルヴェッツ」のプロデュースも。これら4枚は総て同時期に並行して製作された。テレビ出演はNHK教育「N響アワー」
書籍は「東京大学のアルバートアイラー(キーワード編)」。これは前年に上巻としての「歴史編」が出ており、それの下巻としてであって、この年には執筆されたものではない。
公演歴はDCPRG(一期)が
2006.01.09 渋谷O-EAST “return to east”
2006.06.22 渋谷クラブクアトロ “デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン全国ツアー”
2006.06.28 名古屋クラブクアトロ “デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン全国ツアー”
2006.06.29 大阪BIG CAT “デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン全国ツアー”
2006.06.30 広島クラブクアトロ “デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン全国ツアー”
2006.07.01 京都大学西部講堂 P-hour “An experience of modern music"
2006.07.02 京都大学西部講堂 P-hour “An experience of modern music”
2006.07.04 渋谷O-EAST “デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン全国ツアー”
2006.07.08 仙台enn “デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン全国ツアー”
2006.10.01 Mt.Fuji CALLING in 山中湖’06
2006.10.09 渋谷O-EAST
2006.10.22 京都大学西部講堂 P-hour “An experience of modern music”
2006.12.22 代官山UNIT “the wild of sense featuring afrotier”
クインテット・ライブ・ダブが
2006.02.10 新宿LOFT(パール兄弟関連イベント)
2006.09.02 代官山UNIT
2006.09.22 ageHa@studio coast(ジャズ来るべき物)
2006.10.23 六本木STB139
2006.11.23 イムズホール
2006.11.24 ルネスホール
2006.11.25 大阪ブルーノート
2006.11.26 広島クラブクアトロ
2006.11.27 名古屋ブルーノート
ペペ・トルメント・アスカラールが
2006.02.09 九段会館 “第一回革命舞踏会”
2006.04.27 有楽町朝日ホール “夜の全裸”
2006.11.15 モーションブルー横浜
2006.12.11 九段会館 “悲しき熱帯” ゲスト:カヒミ・カリィ deux-i
CURE JAZZが
"Cure Jazz" UA (vo) × 菊地成孔 (sax)
with 坪口昌恭(pf) 中島ノブユキ(key) 鈴木正人(b) 藤井信雄(ds) 堀米綾(harp)
2006.03.15 ミノトール
2006.07.24 TATOU TOKYO
2006.07.29 FUJI ROCK FESTIVAL(orange court)
2006.08.01 名古屋市公会堂
2006.08.03 中之島中央公会堂
2006.08.04 中之島中央公会堂
2006.08.09 日比谷公会堂
2006.08.19 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZO(moon circus)
2006.09.14 グランドハイアット東京
と、現在廃館が決まった九段会館での公演が始まり、DCPRG以外のアコースティックジャズ・サイドでのドレスアップ・マナーが定着し始める(因に、毎年一回、新宿ピットインで空きにおこなわれる3デイズは前年より現在も継続中)。一方、岩澤瞳、ドミニク・ツァイとヴォーカリストの脱退を受けて、マネキン(歌手ではなく、リップシンクでステージに経つだけのパートナー)を取り替えながらの活動を続けていたスパンクハッピーは、歌手である野宮真貴feutの京都西部講堂ライブ(スパークスのフロントアクト)を最後に解散を発表。
「日本の大事件」の中で記憶に残っている物は堀江メール事件/村上ファンド事件/新宿・エリート妻によるバラバラ死体遺棄事件/クラブきっず事件(幼児の遺体写真を掲示していたフェチサイト)など。