2016年

7月

06日

「デューク本郷」は「山口雅也」氏です(中編)

 

<どうやったら、こんな事できんの?デューク?> 

 

 

 恐るべき事に、「山口雅也a.k.aデューク本郷(その他)」氏は、ワタシの前々回の書き込みがあってから、僅か数日の後に、ヤフーやグーグルで、「山口雅也」と日本語検索をしても、自分が出て来ない様に細工をしました(汗)。 

 

 

 自分のサイトもwikiも残ってるんですが、名前で検索しても、同姓同名の日本の小説家が出て来るばかりで、綺麗さっぱり姿を消しています。 

 

 

 端的に、「どうやったらこんな事できんの?」と思いましたが(「意外と簡単なんですよ。コレ」という事なのかも知れませんけど)、とにかく彼は、<また逃げた>訳です。 

 

 

 しかし、やった事は驚きに値するとして、何故こんな事をするのか?ワタシのブログには彼のサイトもwikiもリンク貼ってる訳ですから、既に焼け石に水。とは思うんですが、なんかちょっと。行動に若干の異常性がありますね。 

 

 

 無理矢理こじつけるとしても、「菊地のブログを読んで、或は評判を聞いて、自分の事をもっと調べようと検索しようとする人々を、水も漏らさず総てブロックする」という事なのでしょうけど、一見狡猾でテクニカルに見えて、因果律がよく見えません。 

 

 

(*現在は元に戻っている模様)

 

 

 この行動を、、、、、と、おっと、彼の全体のプロファイリングはユーチューブ講義の分析結果と共に一覧しますので、楽しみにとっておく事にします。 

 

 

 しかし、というか、彼の一回目のユーチューブ講義が「ジャズ史」、二回目に何が来るのかと思えば「マイルス研究」って、どんだけオレたちが好きなんだよ(笑)。と思はざるを得ないし、雑な言い方をすれば、キチガイの強い憧れと移入を買ってしまう、というのは、ワタシの、そうですね、小学生ぐらいからの反復なんです。ワタシの半生記、ではないので、詳細は書きませんが。 

 

 

 ただ、フロイドで言えば、マイルスも関係してます。マイルスは世界で最高にクールで無邪気なかっぱらいですからね。墓石に人の曲のパクった曲の楽譜が掘ってあるんだから(笑)。まあつまり、かっぱらう奴は、かっぱらわれる奴でもある訳ですね。移入、転移というのは、心のかっぱらいあいです。 

 

 

 とか、物わかりの良い事言っちゃってますけど。 

 

 

<例えば、今年は皆様御存知(じゃないかも知れない・笑)、マイルス・デイヴィスの生誕90/没後25という事で>

 

 

 ドン・チードルがマックス・ローチ役じゃなくてマイルス役をやっちゃった(笑)「マイルス・アヘッド」の公開(?)もあり(「M/D」執筆当時から企画は進んでいた本作ですが、ワタシは撮影現場に取材に行くギリギリの所で頓挫しています→前書きに書いてあります)、グラスパーの、ちょっと残念(ごめんグラスパー・笑)なリミックス盤があったり、シンコーが出したマイルスのムック本とかあるんですけど、ワタシ完全にハブられてるんですよ(SONYなのにオレ!!!笑)まあNHKが相手をしてくれない山口雅也さんの気持ちが痛いほど良くわかりますよ(笑)。

 

 

 これも亡くなった中山康樹先生の呪いか、二代目中山康樹を名乗ると公言されたナギラさんの、中山先生の御遺志を守られる忠義からなのか、亡くなりそうなミュージック・マガジン先生の呪いか(笑)、この辺りはワタシの不徳の致す所、ですから仕方が無いとしても、日本のマイルス論壇の片隅にも入れても頂けない事という事実に、山口雅也先生のユーザーズレビュー(特にM/D)での大活躍が、0・1%でも関係しているとするとするならば、事務所の窓から六本木ヒルズを見て、涙を拭いてばかりではいけない。ちゃんと頑張って山口先生の講義を分析して、さっさと潰してしまおう(本稿の最後に書きますが、実際は潰せないんですが)。と自らを奮い立たせる訳です。 

 

 

<ただ、まー、思いっきりフェアに、フロイドで言えば>

 

  

 ワタシと大谷くんの深層に、<チープでパワフルな権威主義者に対する半感>があって、「そういう奴らをおびきよせてやる」と、まるでゴキブリホイホイみたいな罠を仕掛けた、のかも、知れません。あくまで無意識的にですが。

 

  

 ですから、寺島靖国先生を始めとした、保守的な権威主義者が、面白い様に

  

 

ホイホイ釣り上がったのは、「(我々の)無意識の望み通りに成った」とも言えます。

 

 ただ、「学歴詐称」の時に書いた通り、こっちは何せ、敵を釣り上げるつもりは、よしんばあったとしても無意識的ですから、「え?何で寺島靖国が怒ってるの?あんな中央線ジャズ親爺のこと、1文字もディスってないけどなあ。アルバート・アイラーが嫌いなのかな?」「<の>で繋げるのが嫌いなんじゃないの?戦場<の>メリークリスマスとか。となり<の>トトロとかさ。寺島って、一流が嫌いで、二流が好きらしいから」「かもねー。だから七人<と>侍とかにすれば良いんだよね」「ぎゃははははははははははははははははははは!!!!」「二十四<と>瞳!!!」「千と千尋<は>神隠し!!!」「罪<か>罰!!!!!ぎゃははははははははははははは!!」「2<の>ちゃんねる!!!!ぎゃはははははははははははははははははははっは!!」とか言って、二人とも躁状態が止められなかったですね。

 

 

 フロイドとベルグソンを立ち読みで思想的な依拠地点と決定したシュールレアリストかつアナキストそしてフロイディアンとして、いくつに成っても悪童(講義当時、菊地42歳、大谷32歳)が抜けない我々は、自分たちの「遊び場」が東大にまで広がったと、ゲラゲラ笑いながら楽しんでいた訳です。まあ、若かったんです(笑)。

  

 

 しかしまあ、悪童もいつかはは大人に成る訳で、だんだんと「世の中には寺島雅也(毎回2名分書くのがメンドくさいんで、1人分にまとめちゃいましたけど・笑)みたいな立派な怨念の大人がいて、我々が無邪気に遊んでいると怒られるんだな、こういう人々が集団的に戦争に向かって行くのに」とか思う訳ですが、致し方無し。

 

 

<おっとっと、程度の低い社会批評などしてる場合じゃない・笑>

  

 

 んだけど、ごめんなさいもうひとつだけ。

 

 

「学歴詐称」の時と類似の愚をワタシは犯していて、それについて書かないとフェアじゃないので、先に書いておきます。

 

 

 単行本の「東大アイラー」の帯、特に上巻には

 

 

「ジャズ史の新たなスタンダード」

 

 

 って書いちゃってるんですよね(だはははははは)。

 

 

 勿論!!ワタシが書いたんじゃないですよ(そんなん自分で書いたらバカもしくは寺島雅也でしょ・笑)。メディア総研っていう出版社の人が書いたの。

 

 

 これはまあ、端的に、刺さっちゃいますよね、寺島雅也(←面白いなあ。コレ)には。 

 

 

 余談が更に余談を生む恰好ですが、「アフロディズニー」の帯もヒッどくて、

 

 

 「20世紀の退行の謎は、この講義で総て解かれたのだ!!!」

  

 

 ぐらいの大ボラが吹き捲くられていて(笑)、読んで頂ければお解りの通り、ぜんっぜんそんな内容じゃないんですよ。

  

 

 まあまあ「他者(多くは「心酔している」)を使って、自分の劣等感や世界に対する恨みを晴らさんという人々は必ずいる」という、一種の仮託ですが、強調したいのは、ワタシの単著がそんな事に成った事、一度も無いんで、やっぱり<菊地×大谷が起こす化学反応>っていうのは、何かがヤバいんだと思いますね(笑)。

  

 

 いくら内容に「人類が編む歴史は総て偽史である」「一種のSFとさえ言って良い、この本は」と自分たちで書いてあっても、下巻の帯に「あんま僕らの話を信用しないようにね。いつも疑ってかかる精神は忘れずに」と書いてあっても、寺島雅也(地球上で40億人分)と言わず誰と言わず、地雷を踏んだらもうダメです。全体なんか読んでくれる訳が無い。 

 

 

<しかもコレ、「<学歴詐称について書いたときの様に、出版社がダマで書いた>か?」と言われると、違うんですよ(大苦笑)> 

 

 

 ちゃんとワタシに送って来ました。そして(もう大体予想はつくと思うんですが・笑)2004年という実に牧歌的な時代とはいえ、ワタシは送られて来た色校(帯とかの見本)を見もせずに、「こんで(銚子弁「これで」)良いです」と、OKを出しちゃったんですね(笑)。「大谷クンがチェックしてくれるだろ」ぐらいの感じで、ポーンって机の上に投げちゃったの(笑)。

  

 

 そしてまた、天地神明に誓って申し上げますが、もし、あのときの自分が、一回ぐらい帯の色校見ていたとしても、「こんで(下町から房総半島全域に。以下同文)良いです」と、やっぱポーンと放り投げたと思います。「オレが書いたんじゃないし」とか思ったでしょうね(笑)。

 

 

 「あのですねえ、、、これ、、、ここ、<ジャズ史のあらたなスタンダード>っていう部分なんですが、内容読んで頂ければお分り頂けると思いますが、我々はそんなつもりはまったくないんで、カットでお願いします」

 

 

 なんか言うわけがないです、11年前のワタシは(笑)。

 

 

 まあ、しょうがないっすよねえ。総ては。やっちゃった事なんだから。「学歴詐称」の時に「インターネットはいい加減で良い、活字や新聞はちゃんとする」的な事を書いてるオレ様ですけど(笑)、「帯(業界用語で「腰巻き」)」っていうのもね、本文と関係ないし、どうせ買ったらすぐ外して捨てるし(ワタシが、です)、まあどうでも良いね帯なんか。そもそもオレが書いたんじゃないし。と思ってましたね。

 

 

<とさて、大変長らくお待たせしました>

 

 

 「ジャズの本場=アメリカで成功した日本人ジャズ研究の第一人者として、アメリカのジャズ学の基本を教え」て下さる(総て自称)、山口先生の「ジャズ講義@ユーチューブ」の内容、更にそこから推測される先生人格について解説/分析させて頂きます。

 

 

 と言いたい所なんですが(笑)もうここまででも相当長いので(笑)、本編は次回に回すとして、今回はイントロダクションとして

 

 

  <第一回の、冒頭から僅か2分9秒までの間で、こんなに分る事がある

 

 

 という事で、ながあーい予告編。とさせて頂きます。

 

 

 まずは皆さん、ご覧に成ってどうでしたか?「黒い自意識のバイブスで最後まで観られなかった」「ぎゃははははははは!超面白れえコイツ!!!」といった方もおられる一方、正直な所「なかなか良いじゃないか」「すげえ。さすが」等々、様々な意見がおありだと思われます。 

 

 

 特に、権威主義者=資料主義者=本場主義、つまり古書や洋書が無条件で偉いと思ってる方(特に英語コンプレックスの方)等々には、いっぱい古書が出て来て、英文が乱れ飛びますから、「どんなに菊地能生(こっちも1人分にまとめてみました)を支持しようと、心が惹かれてしまっている自分がいる」事を隠せず、モヤモヤしている方もいらっしゃると思います。 

 

 

 何せ、山口デューク本郷雅也(まとめ過ぎて申し訳ないという気持ちから、フルネームにしてみました)さんは「自分で自分を100%信じている」という万能感に立脚しているので、オーラがパワフルなんですよね。

  

 

             <スタート>

 

 

 冒頭、山口くんという存在自体の前提と言って良い「こんにちは、ニューヨーク、マンハッタン在住の山口雅也です」という、自信に満ちた声が聞えて来ますが、えー、この事の証拠は最後まで何も示されません(笑)。 

 

 

 この人、こういう所が無意識的にすごく有能なんだけど、「90年代にニューヨークの大学を出た」事は、この講義に関係して来るでしょうが、「現在、ニューヨーク、マンハッタン在住」であることは、フラットに考えて申告必要性あるでしょうか? 

 

 

 「実際そうなんだから良いんじゃん?」と言われたらそれっきりですが、この人のトーンとマナーの中で、単に「実際そうなんだから良いんじゃん?」という事だとは、とても思えませんよね。 

 

 

 たったこれだけで彼は、「ニューヨークの大学を出て、ニューヨークに在住している=ニューヨークの大学で教鞭をとっている。或はニューヨークのしかるべき施設で、ジャズの研究をしている」と、驚くべきスムースさで我々を誘導します。催眠術のように。

 

 

 でも、最後まで見ても、この人、自分のクラス無いですし(あったら、こんな権威主義者がそれを見せびらかさない訳ないですから)、要するに、よしんばアメリカに住んでいるとしても(ワタシは「ニュージャージー辺りを、<ニューヨーク>と盛ってしまっている=住所詐称説」と推測します。現在のニューヨークは、地区や建築物によりますが、家賃はかなり高騰しているからです。ましてやマンハッタンつったら、あなた)、「マンハッタンは結構怪しいな」と思っています。

 

 

 また、まさかここまで移入だとすると、かなりキモイんで、そうでない事を祈りますが、ワタシは<歌舞伎町の住人>でしたし、今でも新宿者で、その事をメディアで言いまくってます。

 

 

 でも(言うのもバカバカしいですけど・笑)「だから自分は偉い」という、権威的な付加価値を持たせた事なんかありません(つうか持たせようが無いですからね。あんなとこに住んでたからって・笑)。

 

 

 試しに持たせてみましょうか。権威を。

 

 

<菊地成孔の風俗/キャバクラ講義第一回>

 

 

「こんばんは。新宿歌舞伎町在住の菊地成孔です」

 

 

  ↑こんなモンでしょう、あったとしても上限(笑・勿論こんな仕事、やった事も無いけどね)。

 

  

 御存知の通りワタシは「子供の頃、歓楽街で暮らしてたんで、ノスタルジーのはけ口にしている」「そうして歌舞伎町に住んでると、こんなに面白い事がある」とレポートし続けただけです。

 

  

 そして、何度マンションに取材が来て写真や動画撮らせたかわかりません。山口君も「成功者」なら、どこだか分らない自室のベッドだけじゃなくて、マンハッタン歩いてる写真の一枚ぐらいあってもバチ当たらないと思いますけど。

  

 

<ひとこと「怪しすぎる。素晴らしいほどだ」>

  

 

 さて、「学生証は見せるのに、卒業証書や修士号の写真が一切写らず、変な卒業写真しか写ってない(「ヒラリーが来た卒業式」なんて、ヒラリー以外の顔にボカしが入ってる)のは何でだ?アメリカの大学は<入るのは簡単で、出るのが難しいので、入学証明よりも卒業証書のが貴重と聞くが」などといった卑俗な質問は総て控えさせて頂くとして(笑)、以下 

 

 

 山口氏「大学院での専攻は<ジャズパフォーマンス科>だったんですが、(0分26秒)いろいろ事情がありまして、近年は、ジャズ研究の分野に専念しています」

 

 

「<いろんな事情>って、どんな事情だ?それってあのう、、、、ひょっとして下(以下略)」等といった、卑俗な質問は控えさせて頂くとして(笑)、それにしても

  

 

「ジャズ学位って、パフォーマンスで取ったの?それとも研究で取ったの?」

 

  

 という疑問を、この人、はっきりさせた事が一度も無いんですよ。<どうやら研究の方でとってるんだろうな>と、思わせる程度で、「日本人で最初にアメリカでジャズ学位をとった」の一点張りなんです。

 

 

「近年は、ジャズ研究の分野に専念しています」ってますよね?「近年」ということは、言うまでもなくここ数年の事でしょうから、「ジャズ学位」をおとりになられたのは、やはり、就学中というか、学内の筈で、入学がパフォーマンスだとして、卒業までの間に科を移動したとは、ご自分でも仰ってないんですこの方。

 

 

<とまあ、ここまでは「怪しい人」としてのデフォルトぐらいなんで、大した話ではないです。問題はこの先で>

 

 

 山「今年で渡米20年目なんですが、(0分36秒)その間にアメリカのジャズの研究も進歩しました」

 

 

 これ、凄い楽しみですよねえ。ワタシ、パフォーマンスも含めて、この人の事、大バカにしてますけど(訴訟されるのが目的なんで・笑)、やっぱこう言われちゃうと、ワクワクするのを禁じ得ません。

 

 

 んで、次の瞬間、サラっとですけど、かなり危ない写真出て来るんですよ。

 

 

「修士号を取得した卒業後はダウンビート誌(2000年9月号)に寄稿」

 

 

 って奴ね。

  

 

 これ、どういう事なんでしょう?あたかも、連載しているか、すげえ論文がドカーンと紹介され、常連寄稿者にでも成ったかの様な雰囲気満点なんですけど(デューク催眠術)、二葉の写真のウチ、右の写真の下の方にでーっかく自分の名前が出ている所を乗せてますが、左の写真を見て下さい。

 

 

 上の方に「wood shed」というコーナー名みたいなのがありますよね?「wood shed」は直訳すれば「薪小屋」の事らしいんですけど、アメリカつったらもう、薪小屋ですから(適当・笑)、先ずはポートランドに「ウッドシェッドジャズオーケストラ」っていう、白人ばっかりの、何て言うかな「アメリカの大学ビッグバンド平均」的なバンドがあるのを始め、「ウッドシェッドなんとか」言うフェスや学校がいっぱいあんの。日本語で言うと何なんだろうなあ。「○○庵」「○○堂」みたいな感じじゃないかと思うんですけどね。何れにせよマルシーな語ではないです。

 

 

 でも、そのどれもデューには関係ないと思います。何せ<いろいろ事情があって>パフォーマンス(演奏)はやってないわけですから。

 

 

 ただ、「wood shed jazz magagine」は、2・5流ぐらいのジャズ誌として、ウエブ版もあるんですよ。

 

 

 こことダウンビート誌の関係は調査しても良くわからなかったんですが(ジャズ素人の方もお読み頂いている可能性を鑑みて、念のために書きますがダウンビートは、全米無茶苦茶超一流の雑誌ですよ。挟間美帆さんおめでとうございます!こんな所ですみません!!)、ワタシの推測では

 

 

「薪小屋」というタイトルの小さい連載枠が90年のダウンビートにあった

 

 

wood shed jazz magagine」それ自体、もしくは同名の組織もしくは同名の別雑誌があり、ダウンビート内に半ページの枠を持っていた

 

 

 ですね。

 

 

 記事の内容は、拡大しないと読めない様に成ってるんですが、見出しを見る限り、なんちゅうか「コルトレーンのモードチェンジには制限が無い」といった、誰でも知ってる事を簡単に書いただけで、「凄い内容」とはとても言えません。

 

 

 ちょこっとモードの勉強して、コルトレーンのソロを採譜すれば(場合によっては、そんなことしなくとも)、学生にでも書ける文章です(ま、実質上の学生が書いた訳ですけどね)。

 

 

 これをもって「自分はダウンビートに寄稿した」は、事実無根とは言えませんが、かーなーりーいかがわしいですよ。そんな言ったら、ワタシなんかもう大変ですよ!!「文学界」に寄稿してんだから!!ヘタクソな書き初めを!!(笑)

  

 

<さて、そのあとなんですが>

  

 

 山「(0分42秒)自分と結びつきが強いのは、ニュージャージー州にありますラッガース大学の大学院ですね。ここのルイス・ポーター教授とは、仲良くさせて頂いております」 

 

 

「結びつきが強い」「仲良くさせております」っていうのは(笑)、「本場で成功した唯一の日本人」「研究の第一人者」という威勢の良い自称から、いきなり弱火になっちゃったよ、と思はざるを得ないんですが(笑)、確かにラッガースは、アメリカでも最初期の「大学でジャズを」の動きのひとつで、マーシャル・スターンズが創設者ですし、このあと出て来る「インスティテュート・オヴ・ジャズ・スタディーズ」というのは、ラッガース大学の資料室の事です。

 

 

 ただ、「アメリカでは<ジャズ研究と言えばIJS>みたいに、広く認識されています」とヤマグっちゃん仰ってますが、またしてもこれは若干誇大申告です(上手いんだよねえ、ちょこちょこボディに小刻みに当てて来るのが・笑)。

 

 

 どこが誇大かっちゅうと「アメリカでは<ジャズ研究と言えばIJS>みたいに」の「と言えば」の部分で、うおっと一瞬とはいえすげえ事言うなあ、怒られちゃうんじゃない有名なセロニアス・モンク・インスティテテュートとか、セントラルオクラホマのジャズ科とか、ちゅうか、いつのまにか「ニューヨークはマンハッタン」から、渋くニュージャージーに舞台が移ってんだけど、ニューヨークにジャズ科のある大学、それに併設される、あるいは独立して存在する図書館やジャズ研究所はすべて捨て置くのか?(笑)。

 

 

<ここで一度、基準として、ニューヨークに於ける「ジャズ科のある大学」の、大雑把なグレードを書いておきます(雑学にも使えます)> 

 

 

 「期待を裏切って」とか書いちゃうといけないんですが(笑)、我らが世界の山ちゃんが卒業した、と自称される「ニューヨーク市立大学」は、まあリーグBですね。悪い学校じゃないようです。

 

 

 リーグAは、先ずは言わずと知れたジュリアードですよね(マイルス、ウィントンが有名。但し、ジュリアードにジャズ科が出来るのは21世紀に入ってからで、両名ともクラシックの学校=芸大として入学)。

 

 

 あとはMSM(マンンハッタン・スクール・オヴ・ミュージック=マンハッタン音楽院。卒業生にハービー・ハンコック、ジェイソン・モラン、因みに挟間美帆さんはこちらの大学院卒です)。

 

 

 それと、最近「ニューチャプター系」の数名が卒業生である事から日本でも俄に注目を集めているニュースクール(ワタシのソロライブでドラムスを叩いてくれているFUYUがここの出身です)。

 

 

 ここまでを大雑把にリーグAとします。

 

 

 我らが手羽先王、世界の山ちゃんが何科で院を出たか不明なニューヨーク市立大学は、NYU(ニューヨーク大学。山さんのニューヨーク「市立」は「CUNY」)や、William Patterson(ここは後に重要なキーワードとして出て来ますから、焼き付けておいて下さい。カタカナで「ウィリアム・パタースン」ね)、ニューヨーク州立大学パーチェスカレッジ音楽院(すげえややっこしいが、ここは「SUNY」、因に実質中卒のワタシが現在契約している会社は「SONY」です)、等々、けっこうある「ジャズを教える芸術大学」の中で、大きくBリーグとする事が出来ます。

  

 

 Cリーグ以下は本稿に必要ないんで名前を挙げませんが、とにかくはっきりしていることは、「ジャズを教える大学」が、日本よりもずっと層が厚い。という事ですね。

 

  

 日本の様に、「やっとジャズ/ポピュラーに重い腰を上げた(つまりジュリアードと似た感じの)東京藝術大学」が唯一のAリーグ、以下、Bリーグがマイメン坪口が教授を務める「尚美」、元ティポグラフィカの水谷浩章さんや元ティポグラフィカの松本さんが先生を務めておられる「洗足」の2つ、Bマイナスぐらいが(やっぱ結局クラシックが強い)「国立」、と、物凄く少ないです。

  

 

 ただ、日本はヤマハの伝統もあってか専門学校が充実しています(ワタシがサックス科の院を卒業したメーザーハウスもそうです。因に「バークリー音楽院」は「すんげえ上手くやっている、田舎の専門学校」というのが正しい所でしょう)。

  

 

 また、実質中卒のワタシは東京大学の文理、慶応義塾の文学のみならず、音楽大学でもリーグA東京芸大、並びにリーグBマイナス国立のジャズ/ポップス科非常勤講師をやりましたが、東大の時は「菊地×大谷エフェクト」で、聴講生が群衆化し、狂たような事に成ったものの(笑)、菊地単体の、しかもジャズ楽理に特化した実学のクラスは、ポリシーで試験とレポートを出させないので、生徒は最初100人ぐらいだったのが、最後7人ぐらいに成りました(芸大も国立も・笑・芸大の最前列にはSIMI LABDyyPRIDEが真面目な聴講生として1年通いました・笑)。

 

 

 あと、ペン大と美学校の、、、、まあそれは良いか(笑)。戻しましょうね話を。「アメリカでは<ジャズ研究と言えばIJS>みたいな感じで」という、山田くんの小ボラで止まってましたよね。

 

  

IJSは確かに>

 

 

 優れた図書館であり、特に古レコードコレクション、特にベニーカーターのレコードが一杯あるらしいんですが(渋―い・笑)、すげえ簡単に言うと、「売りはレスターヤングが使っていたサックスが置いてある事(これとて、競売の果ての入札物で、寄贈品ではないです)。の、由緒ある、つまり、確かにコレクションは膨大だけど、ちょい古めの立派な図書館」に過ぎません(ワタシの勘ですが、山口雅也はここで我々の本を手にして、病気が発症したと思われます。「図書館に通いがちな人、狂う」という奴でしょうかね)

 

 

IJSの紹介動画

 

 

↑ありそうでしょ。ウチラの本。

  

 そしてココは、山講義にあるとおりラッガース大学の中にある図書館です。ヤマが「仲良くさせてもらっている」ルイス・ポーター教授がいる所です。

 

 

 んでコレ、正に「雅也催眠」としか言えない、あの効果で、知らないうちに「本場ニューヨークはマンハッタン」から、「ニュージャージー(ラッガース/IJSがある場所。ニューヨークが東京だとすると埼玉)」に移動してるんですけど(笑)。優れた詐術なのか、バカが気まぐれに構成して伝わりずらいだけなのかが分んないんですよね(笑)。

 

 

 んで、IJSが、直訳すると「ジャズ研究年鑑批評」的な赤い本を出していて↓

 

 

 ヤマ氏「(1分05秒)また、この機関が発表している学術機関誌があって、私の論文も、日本人としては、これも初めてなんですが、掲載されました」

 

 

 世界の山ちゃんの論文が掲載されたコレが「学術書」かどうか?百歩譲って「学術書」だとして、「どんな学術書」なのかは、ちょい疑わしいです。

 

 

 単に図書館が毎月(?)出してる、いろんな人が書いた論文の年鑑のひとつに載った。ってだけだと思うんですよね。諮問機関、っていうか、審査とかあるのかコレ?

 

 

 だって、2002年にですよ。「コルトレーンの転調には複数のトニックがある(=自由な転調)」って、もうトピック古すぎる上に、2000年のダウンビートに書いたのと内容同じですよね。

 

 

 コルトレーンの転調の自由さなんて、世界中のコルトレーンマニアが(奏者じゃなくてもファンだって)知ってる事です。

 

 

 ただ、もしですよ。「それの統一理論が出て、学術書に載った」なんて事に成ったら、黙っちゃいられないですよ。字義通りだったらもの凄い事なんですよコレは。

 

 

 日本語で書いて、日本で出せば良いのに。コルトレーンの研究家、多いんだから日本は。ってか、こんな、図書館の出してる年鑑に出た!なんつって満足してないで、本場アメリカで先ず出せば良いんじゃないの?一挙にコルトレーン研究の権威ですよ。

 

 

<と思うと、実はちゃんと出してるんですね。後でまとめてご紹介しますので、先ずは先に進みましょう>

 

 

 画面1分04秒に出て来るのが、IJSが出してる、前述の「ジャズ批評年鑑」で、これに世界の山ちゃんの論文が載ったんですね。内容はコルトレーンの転調(笑)。

  

 

 ところが、前述の音声「学術機関誌があって、わたしの論文も、日本人としては始めてなんですが、掲載されています」以下、「日本のマスコミから取材が来ると思っていたら、、、」の素晴らしい恨み節パンチラインがあって(笑)、こっちがそれに気を取られているうちに、画面がさっと変わるのね。上手いんだよコレがまた(笑)。

 

 

 1分25秒。音声「日本人はバークリーばっかり」のあたりで画像(字幕)「ラトガースijsの「ジャズ研究」学術論文誌の第1号はジャーナル・オヴ・ジャズスタディーとして1973年10月に発刊。

 

 

んで、画面に、それが載ります。すっと自然に画面が変わるので、多くの人が気がつかないと思いますが、この「ジャーナル・オヴ・ジャズスタディーズ」と、世界の山太郎の、論文が載った「ジャズ研究年鑑」は、違う本だからね(笑)。

 

 

 因みにこんなもん、それこそラトガースの図書館に行けば、いくらでも写本できます。稀少本でも何でもない(この講義に出て来る「由緒ありげな古本」も、一冊残らず統べてそうです)。国立図書館で昭和の文芸春秋のコピーとるのと何ら変わりません(やはり「図書館に足しげく通う人」タイプですよね)。

 

 

 上手すぎるぜ山っち!!

 

 

 その後、字幕はこう出ます。

 

 

 字幕1分40秒「ジャーナルオヴジャズステディーズ」として1973年に発刊後、ローレンス・コッホや、トーマス・オウエンスなどのジャズ研究者が続々と寄稿」

 

 

 すっごいミスリード。あたかも自分が、コッホやオウエンスと並ぶ研究家だと言わんばかり(笑)。

 

 

<とーこーろーがー>

 

 

 ワタシはコッホもオウエンスも英文で読んでますが、彼等のチャーリー・パーカーの「研究」は、酷っいモンで(笑)、まあ、「中世では糖尿病の人を治療しようとして砂糖喰わせて殺してたんだよなあ」といった具合のパーカー分析で、クラシックの分析家がモダンジャズのアドリブに興奮してやった、オモチャみたいなもんです。

 

 

 騙されないで!!バカで権威主義の皆さん!!(笑)古本と英語と、アメリカ人の研究家が偉いなんて事は、全くないです(笑)。渋谷陽一とかタナソーとかの日本のロック論と変わらないの。「同国人の批評だから信用出来る」なんて話しは、どこにもないぞ。特に、歌詞の無い世界では(笑)。

 

 

 もう既にすげえ文字数なんで、コッホやオウエンス等、初期の「白人ジャズ研究家」の「バップ分析」がどんだけ荒唐無稽かつ無意味なものだったかを説明するスペースが無いんですが、まあ、ワタシの授業受けに来て下さい。

 

 

 がっかりしたぜー。ワクワクして損したぜー。山くん。「ここ20年で、アメリカのジャズ研究の方法も変わりました」つって、どんなすげえモンが出て来んのかと思ったら、コッホやオウエンスが出て来るのか(笑)。話がアッチャコッチャすぎんだよ山太郎!!!!(笑)

 

 

<んで、いよいよ、こっから先、ちょっと凄いんで>

 

 

 なんていうかな、刺激に弱い方は、読むのを控えて下さい(笑)。

 

 

 さっき、こう書きました。 

 

 

<と思うと、実はちゃんと出してるんですね。後でまとめてご紹介しますので、先ずは先に進みましょう> 

 

 

 以下、調査結果です。

  

 

 自筆wikiより 

 

 

 ニュージャージー州ウィリアム・パターソン大学のジャズ科のディレクターであるデビッド・デムゼイ教授と共著した「John Coltrane Plays Coltrane Changes”」はコルトレーン和声の研究書となっている[6]。編纂と校正にはコルトレーンの息子であるラヴィ・コルトレーンと故アリス・コルトレーン(コルトレーンの妻)が協力し、その公式認可への感謝が本書の冒頭にクレジットされている。

  

 

↑ はい、出て来ましたウィリアムパタースン。「後に重要なキーワードとして登場するので刷り込んでおいて下さい」って言っていた奴です。

 

 

 すんげえー。デヴィッド・デムゼイは未だにウィリアム・パターソンの現役教授ですからね。やっぱ凄い人だったんですよ!世界の山ちゃんはだてに手羽先を付けた似顔絵や「I LOVE MASAYATシャツをのぼりにして店の前煮立ててないのであります。 

 

 

 コルトレーンの和声研究について、権威あるアメリカの先生と共著があるんだから!!一刻も早く翻訳しないと!!ワタシが費用を全額負担しても良い!!!凄い人なのに、運悪く陽の目を見てないんだ!!NHKオレが出たマイルスの番組でフェニックス賞なんかとってないで(貰ったのはオレじゃなくてプロデューサーだけどさ・笑)、拾ってあげて我らがデュークを!!!

 

 

 さあ、どんな本なのか見てみよう。

 

 

自筆wikiにある、「この本の存在証拠

  

 

↑ あったあった確かに!、、、、でも、、、、なんつうかコレ、、、、、単なるコピー楽譜集に見えるんだけど、、、、、シリーズ名に「アーティスト・トランスクリプションズ」とありますし(トランスクリプションっていうのは「写し」という意味で、採譜の事ですから)、、、、それに、どこにもデムゼイ教授の名前が無いし、、、、、

 

 

うーんと、試しに、このシリーズの他の見てみましょうか 

 

 

↑ ラインナップこんな感じですよ。ジャズファンの方なら分りますよね。ノリが。こういうコピー楽譜集の採譜の仕事、というのは、音大生や音大卒業生のバイトとして、重宝されるんですけどね。。。。。 

 

 

そうだな、じゃあ、同じ出版社の、同じコルトレーンのコピー楽譜集がどれぐらいあるか、見てみますか?

  

 

うわー、いっぱいあるなあ。さすがコルトレーン。おお、下の方(出版された年代が新しい方)に山ちゃんのさっきのみっけ。

 

 

 でも山ちゃんの本は

 

 

「コルトレーンプレイズ<コルトレーン・チェンジズ>」

 

 

 ですよね?wikiにもそう書いてあるし。

 

 

 あ。山はんの本の上の上に

 

 

「コルトレーンプレイズ<ジャイアント・ステップス>」

 

 

 という、良く似た名の本があるぞ。韻も踏んでるしな(ジャズファンの方なら、「ジャイアント・ステップス」と「コルトレーン・チェンジズ」が、ほぼ同義語だという事は、お解りですよね)。

 

 

 しかも著者は、出ましたデヴィッド・ダムゼイ教授!、、、、、、、1人。

 

  

<もうこんなメンドくせえ刑事みたいな真似止めたいんですけど(苦笑)>

  

 

 山口雅也さんの「コルトレーン・チェンジズ」の方の解説を読むと、世界の山ちゃんがダウンビートの端っこに載った時から全然変わらない、「コルトレーンの転調はああでこうで、、、」という事が書いてあります。

 

 

 デヴィッド・ダムゼイさんの「ジャイアント・ステップス」には、興奮気味に煽りが書かれてますね。簡単な英語なんで読み比べてみて下さい。

 

 

 これは「ダムゼイ先生の本の方が高く評価されている」と言ってるんじゃなくて(明らかに熱く推されてるんだけど・笑)さっき「単なるコピー楽譜集じゃないか?」みたいな事書いてしまいましたが、これは若干のフライングだったようで、厳密には「コピー楽譜集に、簡単な解説や分析が付いてる本」でしょうね。という事です。

 

  

 リットーミュージックとかの「コルトレーン完全コピー/渡辺貞夫著/監修:中村誠一」とかいった、ああいう感じじゃないでしょうかね。「何の解説も無い、純粋なコピー楽譜集」はオムニブックですからね。

 

 

 ただ、あの、どう見てもコレ、「別の著者が書いた、単著2冊」にしか見えないんですけどね。。。。。

 

 

<いやあ、とはいえwikiにはっきりと「共著」って書いてあるんだから>

 

 

 何かの間違い、或は省略されたカタログであって、正規の記録にはちゃんと残ってる筈ですよね。

 

 

 彼の勤務先、名門ラトガースの、大学が作っている簡単なプロフィールを見てみましょう。

 

 

↑ 簡単なプロフィール内には、ありませんね。まあ、略式だからね。

 

 

 あ、あったあった。ガッツリした奴が。

 

 

↑ ビブリオグラフィ全部見ましたが、、、、、ありませんね(笑)。

  

 

<ワタシが調査のメールを出した留学経験者&在米プロミュージシャンの中で>

 

 

 「日本人がアメリカ人と共著で出した、コルトレーンの和声研究の本」を、見たり聴いたりした事がある人は、残念ながらゼロでした。

 

 

 だって特に、外野の皆さん、わかりずらいかもしれませんけど、そんなもんがもしあったら、画期的なんですよ。要するに、ある訳が無い、夢の本なのよ。

 

 

<要するに、こういう事です>

 

 

 単に、ちょっとした解説が施されたコピー楽譜集のシリーズの1冊を手がけた山口デューク本郷雅也さんは、自分1人で書いたそれを、同シリーズの、自分より前に出た、同じコルトレーン解説コピー集を書いた、アメリカじゃちょいと有名な先生と共著で書いて、ラヴィとアリスにも感謝されたと、、、、まあ、盛っちゃったんですね(笑)。

 

 

 「盛っちゃった」っても、端的にウソだけどねコレ(笑)。ワタシが自分で自分の海外用wikiを英語で書いたとします(まあ、この段階でもうアウトだけどね・笑)。そこに、

 

 

 「M/D」は、日本のマイルス研究の権威である、小川隆夫氏との共著である。

 

 

 って書いちゃったのと同じですよこれ(小川先生スンマセン。こんな場で・笑)。

 

<さて>

 

 

 デヴィッド・ダムゼイ教授はご自分のメールアドレスを公開されていますし、ワタシはラヴィ・コルトレーンと共演歴があり、メールアドレスを知っています。

 

 

 ですので、この2人に

 

 

 「山口雅也って知ってる?(大意)」というメールを2週間前に出しました。

 

 

 ミスリードしたくないので、正確に書きますと、両者共に返事はまだ無いです。

 

 

 更に言うと、「ああ、良く知ってるよ。ワタシの親友だ」という返事が来ても「誰だそれ?」という返事が来ても、「ああ、知ってるよ。ちょっと変わった奴でね」という返事、或はこれらのどれとも違う返事が来ても、ここには書かない事にします。

 

 

 ワタシは、椅子に座らせてロープで縛り付け、頭からガソリンをかけてヘラヘラする所まではする男ですが、絶対に火は付けないです。

 

 

 何故なら、他者の息の根を止めた者は、他者から息の根を止められるからです。「殺そうと思えば殺せる、から殺す」では、倫理も正義もありません。

 

 

 だから、自分からは絶対に撃たないです(例外的に、慣れない事したから「セッション!」の件はあんなメンドくさいこじれ方をしたのだ。と思っています。「セッション!」を自分から撃ったら、脇から変な保安官が逮捕に来たんで、致命傷は与えて、殺さずに放流しました。今頃、かなり痛がってるとは思いますが)。

 

 

 デューク本郷は、その名の通り、自分から(「東郷」とは違い、誰の依頼も受けずに。或は、フロイド的に言うと「自分から自分に依頼して」)我々を暗殺すべく、撃ちまくって来ました。町山保安官に山口スナイパー。さすが在米の方は銃がお好きで、等と言ったベタなギャグは、、、まあ、書いちゃいましたけどね(笑)。

 

 

 特にお若い方、よく憶えておいて下さい。撃ったら撃たれる。そして、撃たれても黙っていたら、また撃たれる。撃たれたら撃ち返さないといけないです。そして、撃ってしまった過去がある人は、逃げ切れないと思って下さい。僕たちはオールを握り、懸命に流れに抗った(あらがった)、でも、いつも流されるだけだった。あの過去へと。

 

 

 ワタシは個人的に、「復讐の連鎖を止める為に、撃たれても撃ち返さない」という考え方を良しとしません。歴史的に、復讐の連鎖が、そうやって止まった事は無いからです。ドイツ人に復讐しなかったユダヤ人は、パレスチナ人に復讐をした。その結果が今です。

 

 

 「最初から誰も撃たない」「そもそも銃が無い世界」も素晴らしい。しかしそれは、かなりのユートピアでしょう。「一発撃たれて、撃ち返すときは、更にもう一発。が来ない様に、しっかり致命傷を与えておく」がワタシの、せめてもの倫理なのですが、どうなりますやら(笑)。さて次回は最終回です。2分09秒

 

 

音声「日本の国立大学で行った(正しくは「行われた」。内心で怒りが沸点に達しているので、時制と主客がおかしくなっている・笑・何せ24分55秒つまり終盤近くに、まるでサンプリングした様に同じ台詞がもう一度出て来る!!!)、ジャズの講義録をまとめた本なんかは」

 

 

 から怒濤の展開を見せる、図書館とネット検索を駆使して、「別にそれ、誰でも全部知ってるけど(笑)」というトピックを、権威ある風に盛りまくり、大いばりで天空から撒いて下さる有り難い講義録について、誰でもそこらの本屋さんで買える、一冊の本でひっくり返したいと思います。