2016年

6月

17日

<ハッピー・マテリアル>のCDは踏んでないです(笑)

 予告通り、<最後にオープンのネットに書くシリーズ文章>の二回目として、まあこれも、前回しつこく書いた通り、永遠に放置しておく方が遥かに粋だと思うんですが、とにかくまあまあネッ都ちゅう都は大変にゆとりのない都で、一度人の恨みを買うと、どんどん世代を越え、語り継がれて、盤石かつ、どんどん大きく成っちゃう。そのエスカレーションが止められないように都条例がなっているみたいで、おっかない事この上ないんで(「二次元だってそうだろ」という反論も、勿論あると思います。が、やはり事はーーーフロイディアンであらばこそーー質より量なので、ネッ都は最終都市であり、超歴史的な側面を持ってしまっていると思います)まあ、懐かしく、楽しい話しでもありますし、長々と書いてみます。

 今回、<何年何月>といった資料性はゼロに近いまま書きますので(自分で調べるのが面倒くさい&調べるのが得意な人なら、一瞬で調べが付く内容だと思うので)、疑わしいと思った方は各自調べてみて頂きたく、その点はご了承ください。(っていうか、まとめられて、転がっているかもね。この件は)。


 (*オタクの皆様にお願い1/「菊地成孔が、自分のラジオ番組の中でアニメ<ハッピーマテリアル>の主題歌CDを踏んだ。あるいは、踏み割った、そして更には、ブードゥーの呪いの音楽とミックスした」と断じている人がいたら、お手数ですが、コチラを教えて差し上げて下さると大変助かります。)

 

<プレ発端―――ワタシの10傑>

 
 本件はラジオの話ですが、入りが本の話しになります。

  ワタシは、国文学は、ごくごく普通程度にしか嗜みませんが、日本人のエッセイは大好きで、良く読みますし、モノによっては、エッセイという枠を遥かに越えた、越境的なエッセイもあって、それによって、所謂「正規の」学問書/思想書/芸術書/詩や戯曲も含む文学全般からよりも、遥かに大きな「生きる上での指針」を貰ったりしています。

  つまり、ワタシには「書き手というメンター(懐かしい言葉だなあ1)」が複数います。

 ここで「オレの人生を決定ずけた10人(日本人の著述家)」を揚げると(*今回、1人を除いて、生存者だけでラインナップされています)

 

1)筒井康隆

2)吾妻ひでお

3)山下洋輔

4)伊藤俊治

 

 この4台巨頭に関しては、アチコチで書きまくり、話しまくってますし、何せ信じ難い事には、お4方全員と、対談させて頂いたり、あまつさえ、お仕事などもご一緒したり、ワタシの演奏を聴きにいらしてくださったり、飲食なども共にしつつ、長いおつきあいをさせて頂いたりしている事も、御存知の方も多いと思います。

 続く(順不同ですが)お3方は、前述の4者に比べるとややマニアックになりますが、ご贔屓筋の皆さんならば、ワタシのメンターであることを御存知だと思われます。

 

5)呉智英(最も影響を受けた一冊は「バカにつける薬」)

6)南伸坊(最も影響を受けた一冊は「笑う写真」)

7)岸田秀(最も影響を受けた一冊は「ものぐさ精神分析」)
 

 更に、最近の方で、ワタシと同い年や、年下の方でも


8)片山杜秀(最も影響を受けた一冊は「音盤考現学1」)

9)中原昌也(最も影響を受けた一冊は「知的生き方教室」←文学作品だけど)
 

 と、とどめに、唯一の女性、そして物故者として

 
10)ナンシー関
 

 さんがいます。ナンシー関さんとは面識こそありませんが、もう自分の精神活動の一角をシンクロさせているので、一心同体感がとても強いです(鈴木慶一さんとヒクソングレーシーと千代の富士が好きだとか)。入手出来る総ての著作を持っており、総てを繰り返し読み返しました(今もたまに読む)。



 余談ですが、ワタシは、マツコデラックスさんとも、ジェーン・スーさんともお会いし、お仕事させて頂きました。お二人ともとても聡明で品が良く、とても親切にして下さったし、お仕事ぶりは――特にマツコさんは――いつも拝見させて頂いて、大いに楽しませて頂いております。



 ただ、巷間、お二人を「<ナンシー関直系>の毒舌コラムニスト」とする向きがあり、まあ、世の中、真贋の見分けがつかないメクラが大いばりで編集や評論をやっている――しかも、文字が書けるだけの素人と一緒に――という。批評行為、コメント行為に関する、完成されたディストピアとも言って良い手酷いご時世ですから、ある程度仕方ないにしても、端的にこれは間違っています。

 あくまで、エッセイストとして、と限定した上で比較した場合、関氏の知性と筆力、何より責任感と攻撃力は、比較されているお二人とは、比較に成りません(勿論、関氏――ちなみにワタシと同学年――の生きた時代――2002年に逝去――と現在では、あまりに時代も違いますし、大変聡明なお二人の事ですから、その事は自覚されていると思いますし、あくまで私見では、(関氏と違って)マスメディアでの積極的な稼働をなさる。ということは、「その事」への無意識的な表明行動だと思います)。
 

 <さて発端―――「上智」の件より遥かに古い>
 

 今回、証拠写真を添付しましたが、1997年にナンシー関氏は、これまた大変な才人である、放送作家の高橋洋二氏と共著で「ヴィンテージ・ギャグの世界~国民の心をつかんだあの一瞬(徳間書店)」という名著を発表しています。

 


 これは、「昭和」が終わって8年、オウム真理教事件と阪神淡路大震災から2年後というタイミングで、「<昭和>を彩った、さまざまなタレント達のギャグ」を「ヴィンテージ・ギャグ」とし、共著者である2人を筆頭に、多くのエッセイスト(いとうせいこう、ピエール滝、ヤマカタ・EYE、泉麻人、松尾スズキ、等の名も)と共に紹介し、解説して行く。という内容です。



 志村けん、野口五郎、堺正章、萩本欽一、所ジョージ、といった存命者から、マジシャンの伊藤一葉、ジャイアント馬場、愛川欽也、塚田茂、ハナ肇、フランキー堺、といった物故者たちがマーブルに混じる、正に「去り行く昭和が、まだ去りきっていないタイミング」に刊行された一種の、「喪の作業としてのエンサイクロペディア」であると言えるでしょう。

 


 この中で、ワタシが特に気に入ったものの中に、高橋洋二氏が紹介した「山本コータローの<鈴木老齢ディレクター>」があります。



 顔相的には、さかなクン、Coccoに先んじていた山本コータローについては、まあ、検索して頂くのが一番手っ取り早いとはいえ、ワタシの世代であれば、ググらずとも以下 ↓

 


 山本コウタロー/1970年に、フォークグループ<ソルティシュガー>の「走れコータロー」(フォーク・クルセーダーズの「帰って来たヨッパライ」の国民的ヒットにより、当時はひとつのジャンルとして成立していた「フォークのギャグソング」。競馬を題材にしている。<コータロー>は競馬馬と自分の名のダブルミーニング)が100万枚を越える大ヒットと成り、その後も「山本コウタローとウイークエンド」のデビュー曲である「岬めぐり」も大ヒットさせ、テレビ稼働も多かったとはいえ、やはり代表的な仕事はAMラジオで、TBSラジオの「パックインミュージック」のパースナリティとしての仕事は、未だに壮年ラジオファンの間で語り継がれている。

 


 と、一瞬の逡巡も無くまとめることが出来ます。

 

 <とさて、圧倒的なテレビっ子であったワタシは>

 

 山本コウタロー(紛らわしいが、こちらが本名。「走れコータロー」は、前述の通り、競馬馬の名前)のラジオ、なんて聞いた事は勿論ありませんで、ただ、歓楽街は夜が遅く、近所の飲み屋(友人宅)に風呂などに入りにいったり、晩飯をちょろまかしに行ったりすると、「オールナイトニッポン」や「パックインミュージック」を始めとする「深夜放送」がラジオから流れており、



 「おお、コレは何か、フォークとかには抵抗があるが、オレが抵抗があるだけで、一般的にはコレはサブカル(当時はそんな言葉ありませんが)系のエンタメ(当時はそんな以下同文)として、いま最もエッジなユースカルチュア(当時以下同文)なのでは?」



 等と思ったのが、ワタシのAMラジオ事始め、でありまして、その後の現在、ですから、まあまあ、人生とは不思議な物です本当に。



 ですので、<山本コウタローのラジオのギャグ>なんて知る由もないまま時は流れ、渋谷系の黄昏ともいえる1997年、ワタシは翌年に奇病で死にかけたり、その後、デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン(当時。現dCprG)を結成するなどとは予想だにしないまま、この本を(他の「ナンシー関本」同様)風呂でもトイレでもツアー先でも熟読し、暗記するほどになっていました。



 さて、問題の「山本コウタロー/鈴木老齢ディレクター」、高橋洋二氏の名調子を、以下、総て書き起こします。



 最初にオチを書くのは野暮ったいですが、これが掲載されるネットの世界の野暮ったさに合わせて書いてしまうならば「最後の最後の着地に総てがある」ので、どうか最後までお楽しみください。

 

<「ヴィンテージ・ギャグの世界」177~179ページ「山本コウタロー/鈴木老齢ディレクター」高橋洋二>
 

 本書にも頻繁に登場するせんだみつおは今から思えば、わずか数年の「全盛期」のあと、20年をゆうに越える長い長い「昔面白かった人時代」を生きつづけている。が、山本コウタローの場合は、面白い人としての全盛期が終わるなり、「昔面白かった人時代」を生きるのをこばむかのように「嫌われる人」となり、選挙に出て、「スタートダッシュに出遅れる、アントニオ猪木にも離される~」と、選挙活動で歌い(*菊地後注*これは「走れコータロー」の替え歌。選挙出馬は1989年であり、「走れ」のヒットから既に19年経っている)落選して、そのまま第一線からフェードアウトしてしまった感がある。



 政治に目覚めるまでの山本コウタローは、おもにTBSラジオの「パックイン・ミュージック」で、若者を爆笑させた。二大コーナーは「恥のうわぬり」と「たいこめコーナー」である。特に「たいこめ」は「逆さに読むとすごくエッチな言葉に成る」というだけの基本アイデアで、相当な質の作品がハガキで寄せられていた。

 


 「ルミ子、目のしたは」「根負け、私のニキビ」といった単純なものから、だんだんとストーリーもネタの前フリで語られるようになり



 (以下、非常に長い傑作ネタが紹介されているのだが、あまりにも卑猥なので中略)

  というものもあった。



 こういう「ド下ネタ」を、放送コードぎりぎりの発音で読むのが山本はうまかった。そして番組全体を貫く、ダウナー系の「どうでもいいナンセンス」も魅力のひとつで、その代表的なものが、「キューを振っている鈴木ディレクターは70歳のおじいさん」という設定である。「お、鈴木老齢ディレクターから今「もう曲に行け」と指示が出ました」と、何でもなく言うのである。あと、次に読む予定のハガキがどこかに行ってしまい、しばらく探したあとの「ありましたありました。私の足の裏に貼りついてました」というひとことも、なぜかずーっと忘れられないのだ。>

 

 勿論、「ずーっと忘れられなかった」のは、高橋洋二氏だけではありません。

 


   <と、もうこれで今回の話は終わった様な物なんですが>

 

 ネットによって精神に異常を来している人々ならずとも、つまり、あるていど健康な方であっても、自分の好きな者を足で踏まれたらたまったモンじゃありません。

 


 アニメ「ハッピーマテリアル」のファンの方は、ここで話が終わったら収まりがつかないでしょうから、続けさせて頂きます。



 ワタシは、この本を暗記するまで熟読していた頃、将来自分がAMであれ、FMであれ、ラジオのパースナリティを務めるなどと、夢にも思っていませんでした(そもそも、ジャズミュージシャンになるなんて夢にも思っていませんでしたし、それを言ったら、ルパンやガンダムの音楽やるなんて、大西順子さんのアルバムをプロデュースする何て、ありとあらゆる事を夢にも思っていませんでした)。



 ただ、ワタシは本や映画に「ヤラれ」てしまい、移入を起こしやすい、要するに妄想癖の強いお調子者で、クレージーキャッツの映画を観ては、妄想の中でクレージーの一員(それでも設定は「若手」という、妄想中のリアリティ・笑)となり、一緒に踊り、歌ったり、YMOのレコードを聴けば、オーディオ用のヘッドフォンをし、ぜんぜん弾けもしない(当時。今はヘタクソながら弾けます)キーボードを弾く真似をしたり、「カラヤン全集に付いてる指揮棒を部屋で振る人」の事をぜんぜん笑えない奴で、これは自分が音楽家に成る事でやっと治まった、重症のミーハーという病気ですが、「本に書いてあったアレ」をいつか自分もやってみたい。という欲望は、物書きに成った今でも結構強い方です。
 

 <「ラジオのパースナリティになって、山本コウタローのアレをやりたい」は、そのうちほんのひとつ(英語で言うとワンノブゼム)>


 ワタシの人生に於いて、「あの本に書いてあるアレをやり、この本に書いてあるアレをやり、あの映画に出て来るあの帽子を被り、あの映画の、あの台詞を言い、あの映画に出て来るあの店に行き、あの主人公が食べたアレを喰い、あれを飲んだ。セックスは、あのAVで観たアレを以下略」といった一連の行為を、総て知ってますよ。という人は是非名乗り出て下さい。きっと、ワタシよりも遥かに沢山知っているか、1万分の1も御存知ないか、どちらかでしょうから。



 2004年、つまり前回参照の「あらえっさっさの時代(←これもサンプリング。元ネタは言いません)」に、ワタシは、テレビのレギュラーを5本以上、雑誌の連載を10本以上、映画の出演を2本、映画監督を1本、東京コレクションのショーモデルを3本オファーされましたが、これら一律、総てお断りさせて頂きました。

 


 ワタシは特別なフェームもプライズも要りません、お金はまあ、毎晩の飲み喰いを始め、今だったら母親の介護費とか、まあその、いろんな扶養費(苦笑)とか、サックスの練習をするスタジオ代とか、○○○をするための○○○代と○○代とか、そこそこ小銭がかかるので、その程度が稼げればそれで充分ですし、うっかり街も歩けない有名人になんて成りたくもありません。



 ワタシは、一生好きな事をやって、遊んで暮らしていたいだけのロクでなしで、昔やった大病と、若い頃、やり放題にやりまくった罪科のツケで、子供の作れない身体ですし、とにかく、好きなだけ好きな事をやり終わったら、のたれ死にで良いです。
 

 <と、すみません二段落も余計な話しをしましたが、「そんな時代」に、東京FMから、「ラジオのパースナリティ」という、驚くべきオファーが入ったのです>

 ワタシが編成会議に行くと、番組プロデューサーは、「外回りをやって、あらゆる所でサックスを吹くのはどうか」とか「ジャズ人生相談」とか(笑)、まあ、楽な仕事だよなあバカでも出来るんだからラジオのプロデューサーなんて。と、下を向いて笑いながら、やがて顔を上げ、「ワタシには天才的なパートナーがいるので、彼と二人の双頭パースナリティで、企画はこちらが全部決める。という条件ならやります」と言えば、落とされるだろうと思っていたら、何とそのまま話しが通り、これが、一部で伝説の番組と言われている「水曜WANTED」です。



 この番組のDの方は、クルクルパーのPに比べると話しの分かる方で、結果として番組は、我々の出す企画と、彼等が作家の仕事もかねて出した企画をどっちも半々にやる。というスタイルに落ち着きました。



 その中に<今週のJ-POPトップ10を見て、うち何曲かをプレイしてコメントする>

  というコーナーがあったのです。

 


  我々(ワタシと大谷能生)は、今でもメインツールとして使っている、お互いの私物であるCD-Jを駆使して、あらゆる実験を行いました。その後、この番組の蘇生を狙った、宇川直宏氏(氏と志を同じゅうする人々は山ほどいました)による画策で、現在でも続いている(「WANTED」より遥かに長く!!)「ジャズドミューン」

 


で行われている事は、映像関係を除けば、総てこの番組で行われた事ばかりです(同じ機材を使ってるからね・笑)。

 


  「大谷マナー」としか呼び用が無い、不条理なほど面白い珍盤(後述しますが「ブードゥーの実況録音」は、そのうちの一枚です)を大谷くんは毎週持ち込み、それを打ち合わせの席ではなく、収録中にいきなり出して来たりして、共に躁病質である我々は、お互いのギャグにお互いのギャグを被せては、腹が痛く成って喋れなく成るほど笑い、毎週、大いに楽しみました。



  それは、前述の、お互いの愛機であるCD-Jの機能を使い、一切普通にプレイせず、速度を変えたり、逆回転にしたり、ブチブチにちぎったり、ありとあらゆるミックスをしたり、つまり、霊力が宿っている音盤にたいして、陵辱の限りを尽くしたのです(とはいえ、実際に踏んだり割ったりするような事は、一切していません。ここでいう「陵辱」とは、再生の際に加えられる音楽的な効果の総称です)。

 


  この「神をも畏れぬ」という、ピカレスク的な行為(「ジャズドミューン」を一回でもご覧に成った方にはお解りでしょうけれども「自分の大切なレコード」すら、無茶苦茶に犯すのですから)は、我々が単体に成った時には生じません。ワタシと大谷くんが一度一緒に成ると、そこには、自分の宝物(それは最終的には「自分そのもの」まで繋がっているでしょう)をも陵辱する左翼性とシュールレアリズムが、凄い勢いで立ち上がっては、止まらなく成るのでした。

 


    <そして、ワタシの、たぎるような移入の夢が>

 

 「ありましたありました。ワタシの足の裏に貼り付いていました」の実行、をしないで、どうしろというのでしょうか?



  ワタシは、さっき書きました、企画会議で偉いさんが得意に成って、寒すぎるコーナー企画を開陳するのを、嘲笑しながらも、内心では「とにかく、もしラジオをやることになったらアレとアレとアレとアレをやるのだ」と心に決めていました。ワタシが「ラジオでやりたい事」は、ラジオを聴かない人生でありながらも、前述の通り山ほどありました。「足の裏に貼り付いてました」は、そのトップクラスにありました。



 ただ、山本オリジナル版の「ハガキ」は、時代の遺物としてほぼ消えていました。ハガキはメールのプリントアウトに取って代わられ、「たった一枚を探す」というリアルと切実さを失っていました(「あのメールどこだっけ?」「あ、すぐプリントアウトしまーす」という時代です)。



 逆に、山本オリジナル時代の「音源」は、高い確率で「ラジオ局のライブラリーにある、レコード盤(ヴァイナル)」であって、アルバムにせよ、シングルにせよ、非常に貴重な物ですし、そもそも、床に置いて足の裏に貼付けたとしたら、音が出なく成ってしまう→器物破損になります。



 ここで三段論法的に(違うか・笑)、ワタシは「いま、アレをやるならCD盤を使うしか無い」と決定しました。



  もう一度、しつこく念を押させて頂きますが、ここでワタシが「CDを使ってアレをやる」というのは、擬似プレイ、つまり、どうせ目に見えない訳ですから、本当にCDを踏もう。とは思っても居ません。「踏んだ事にすればそれで良い」訳です。この点は「山本オリジナル」も、実に微妙な所だと思います。



 <以下、記憶は曖昧、記録は最大、といった感じなのですが>

 
 ある日、「<ハッピーマテリアル>というアニメ番組の主題歌を、チャートで1位にするために、1人が何十枚も買っている」と番組スタッフに告げられました。

 


  ワタシは後に「CDは株券ではない」という本を書いて、更に後に、AKB商法がすっかり定着した頃、「大変な先見の明だ」とか何とか、過分な事を言われましたが、その原体験は、この日の驚きにあります。



 ワタシと大谷くんは、そのCDジャケットを手に取り、「へー。面白い事思いつくなあアニオタは」とか言って、他の「今週のトップ10」を手に取ったりしました。そもそも、J-POP批評すらする気もなく、ただただ悪ふざけがしたかった我々は、今週はどのCDで、どんな事をしようかな、という事ばかりを考えていたのでした(因に「ハピマテ」は、現在に至っても1度も拝見しておりません)。

 


   <その結果>

 

 ワタシは、積年の夢であった「ありましたありました足の裏(実際の放送では、「スリッパの裏」、もしくは「靴底」と言った様に記憶していますが、曖昧です→調べればすぐに出て来ます。動画サイトに総ての回が上がっていると聞きましたので)に貼り付いてました」を実行し、大谷くんは、ブードゥーの実況版を「ハピマテ」に大喜びでミックスしました。



  悪事を相方に押し付けている訳ではなく、ブードゥーとのミックスは、こうして大谷くんがした事です。そしてそれは、純粋に音楽的に、物凄く美しかったし(ソウルシンガーの声より、アイドルの声より、演歌歌手の声より、「声優の声」が、一番ブードゥーから遠く、つまり、一番良くコントラストが出たからです)、面白かったし、そしてワタシは、例のギャグを実践する為に、ハピマテのCDを手にもって、リアリティを出す為にマイクをがさごそ言わせ「あれー、見つからねえなあ」とかなんとか言ったあと、「ああ、ありましたありました。ワタシの足の裏にありました」と言いました。



 勿論、実際には踏んでいません。以下、記憶は曖昧ですが、大谷くんが「あー、踏んじゃってるよ!割れちゃってるじゃん!」とか何とか、被せて来て、ワタシも「あ!いけねえ。割れてる!ぎゃはははははは」とかいうエスカレーションもあったかも知れません(全くなかったかもしれません・笑・因にワタシの部屋は非常に汚く、散らかりまくりで、自分の作品を始め、貴重なジャズのCDなどをぱりんぱりんと割りながら部屋の中を移動しています)。



 いずれにせよ、実際は行為としては擬似ですし、ここまで書いた通り、「ハピマテ」をピンポイント狙い撃ちにした訳でもなんでもありません。我々は毎週毎週、何らかの形で、適当に選んだ複数の盤を陵辱し、そしてそれは番組の最大人気コーナーに成ったのでした。

 

 <とはいえ、「擬似だろうが何だろうが絶対に許せない。謝れ。謝れ。謝れ」という方もいらっしゃるでしょう>
 

 本当に恐ろしい話しで、これを書いている最中、米国で、米国史上最悪の銃乱射事件がありました。犯人はゲイクラブを狙った。写真を見る限り犯人にゲイフォビアがあった事は間違いないでしょう。ISと関係しているとか言ってますが、自宅発育テロという言葉があり、これは例えばイスラム国のプロパガンタを見ているうちに、自分が日頃、恐ろしい、憎い、と思っている人々を殺戮する理由が発育するという事で、ワタシの直感では、こっちのケースでしょう。



 余談が続いて申し訳ない。ネットが無ければ、自宅発育テロ(「自宅養成テロ」かな?ホーム・グロウイング・テロ。とか言ったと思いますが、いわゆる模倣犯とか、有名な犯人への移入、などと区別されます)は今よりもずっと低い発生率で押さえられる筈です。秋葉原の加藤くんだって、掲示板なんてなかれば、あそこまで発育しなかった筈です。



 しかも犯人は、音楽に合わせて銃を撃ちました。ゲイクラブで、ゲイの人々に向けて、キックの爆音に合わせて銃を撃つ。



  これは、音楽というフォースを悪用してしまった、憐れむべきと同時に、決して許す事の出来ない「敵」それも「悪質な強敵」であって、犯人が射殺されたからそれで良し、とドラスティックには処理出来ません。ワタシは、地球上に「敵」がいる限り、今までも、そしてこれからも「敵」と戦います。あらゆる平和的な暴力を使って。

 


 以下は、予定外に、たった今、目の前で報じられた事件の衝撃と憤り、昂りを必死で押さえ込みながら書いたものだとご理解ください。



 <差別と敵意について>



 ワタシも大谷くんも、「萌えアニメに血道を上げている人々」に対し、<何の差別意識もありませんよ、他意は一切ありません>とは決して言いません。



 また<てめえらみてえなキモオタなんかいつか全員殺してやるよ>とも決して言いません。



 今回の話は「実際には踏んでも割ってもいないし、何故、そんなギャグをしたか」の説明であって、「さあ、萌えアニメ好きのオタクの皆さん。我々はみなさんに何の差別意識も悪意もありません。誤解は溶けましたよね?仲良く生きましょう」と言っているのでは決してありません。



 何せ一方で我々は、同じ番組の同じコーナーで、当時大変な人気があったのに、我々が知らなかった「湘南の風」を「何だこりゃ、バンド名、湘南の風。って凄くねえか?ぎゃははははは」「鹿島の水!」とか言って、湘南の風のファンの方から来た「テメエ等、何様か知らねえが、ぶっ込んでやるからな」というガチンコの恫喝メールを読み上げ、「いつでも来い。逆にぶっこんでやる。武蔵小金井の砂!!」とか何とか言った記憶があります(曖昧。実際は「怖いなーこの人たち」とか言いながら苦笑していただけかもしれない)。



  そういった、エンターテインメント、即ち芸やネタのレヴェルと、日常的な差別意識については全く別の話です。



 「WANTED」で我々が行った事は、我々なりの表現活動の一環であって、一種の無差別テロです。「無差別テロ」という恐ろしい行為の中にある、唯一の安息地は、言うまでもなく「無差別」の部分でしょう。あらゆる差別の撤廃こそが人類が目指すべき平和の形態であるからです。



 名女優が出した曲であろうと、自分が認める、数少ないJ-POPの名曲であろうと、何が餌食に成って陵辱されるかは、そのインプロヴィゼーションが始まってみないと解りませんし、それは毎週、何曲にも渡って続いたのです。無差別テロとか言って、偉い人のはいじれない。とかいった腰の抜けた事は、我々は一切していません。ジャズの名盤ですら、陵辱しました。

 


 我々は、あなた方を、あなたがたを蛇蝎の如く差別する人々が言うほどキモいとは思いませんが、とにかく我々と、文化的な嗜好がまったく違う事は間違いありません。



  この物言いですら呪われる可能性がある、苛立ちが循環するご時世ですが、我々にとって、我々とあなた方の嗜好の違いは、どうだって良い事です。



  お互い、好きなもんを愛でて楽しく暮らしましょう。いつか解り合える可能性だってあるのだから。

 


        <長いPS>

 

 差別に関するワタシの考えを書きます。ワタシは、幸福なバカであるオプティミストではありません。差別を含めた、あらゆる「敵」が、この世から、魔法の様に消えてしまう事はありません。



 だからこそ、「好き放題に差別し放題。憎み放題」では、人類は破滅するでしょう。



 この、我々神経症の猿である所の人類が、絶滅を避ける為に日々こころがけなければいけない事は、妊娠のためのセックスとかではありません。互いに、本当に潰し合う可能性を、自らとの闘いの果てに、回避する事です。ユーモア、特に毒舌は有効ですが、今の毒舌は、相手を活かす毒舌ではなく、相手を潰す、元も子もない様なものに移行しています。



 戦争があったっていい、差別があったっていい、貧富の差があったっていい、こういった物を、あるがままに乗り越えて行く知性と実行力がいま、総ての人類に問われています。



 アイドルの追っかけの方々、アニソンオタク、萌えアニメの二次制作、とにかくジャパンクール全般は、今や完全な消費メジャーの勝ち組です。我々ジャズのレコンキスタを天命とする者から見たら、<勝ち組なのに非差別意識でビクビクしたり、すぐに憤激したり、延々と呪詛したりする>という、一見、自家中毒的な真理/行動は、北米に於けるアフリカン・アメリカン所謂黒人の人々と相同的です。

 


  今やメジャーなのに、世界中から愛されるスーパーメジャーなのに、先駆者達が手酷い差別を受けていた長い歴史が合った事、そして未だに「あんなキモくて臭い奴らがメジャーだなんて」という内心の敵意を持っている者達が実際に多数存在している事、等の事実によって、非常に奇妙な立場に立たされている人々の、非常に屈折した心性、これに関する根本的な考察を、我々は、慶応大学の文学部で1年に渡って考察しました。その本は「アフロディズニー」「アフロディズニー2」といい、解答が書いてある本(物理や数学の専門書でない限り、そんな本はおかしいです。最近は「この本には解答が無い」と言ってキレる読者がいますが、インターネットによる病理の典型的な物です)ワタシが名付けた最初の「オタク=黒人」という天才的なタイトルは、文芸春秋社によって退けられました。



 また、これも余談ですが、「誰も聴いちゃい無いのに=全然売れていないのに、無意味に尊敬される=尊敬されるが金がない」という奇妙な立場に甘んじている音楽もあります。言うまでもなく、「ジャズ」のことです。



 前回ワタシは「呪いや恨みを命綱にしている人々の存在は否定出来ない」と書きました。そして、どんな形であれ、他人様の命綱になっているのであれば、それは人助けなのだから、まあ良いか(笑)。とも書きましたし、現にそう思っています。「敵」「悪」の超克手段の中の、最もマイルドで非行動的な物でしょう。



 そして、更に前回と同じ事を言うならば、ここまで事の次第を読んでも、ワタシを呪い、憎み、嘲笑したい人々はいなくなりません。いくらでも好きにして頂いて構わない。前述の通り、今回の目的は、こういう理由なのだから呪わないでくれとか、長年の誤解を晴らして、すぐにでも仲良くしようとか言う気はありません。「事実はこうだ」という事です。



 しかし、ネットによる伝聞、ネットによる呪いの循環、伝説のエスカレーションといった、恐ろしいメカニズム(「そんなんネットの前からそうじゃん」と言われればそうですが、本日二度目に成りますが、フロイド式に言うならば、質より量。であって、あらゆる総ての「圧倒的な大量」は減らした方がよろしい。喉が渇いたなあ、コーラが飲みたい。と言ったら、1ガロン出て来た。どうしますか?)に背中を推されての呪いならば、誰がターゲットであっても、さっさと止めたほうがよろしい。



 何故ならそれは、呪っているのではなく、呪わされているからであって、ワタシなんかより兆倍も京倍も悪い、巨悪に操られているだけだからです。「あいつがオレ等をキモがって差別している。くそう。くそう。くそう」などとビクビクしながら観るぐらいだったら、アニメだろうが何だろうが観るのを止めてしまえばよろしい。と、実際にそうはいかないのは良くわかった上で言っています。しかし、黒人は、黒人である事を止める事は出来ない。パレスチナ人もです。次回は、権威主義と屈辱によって気が狂った山口雅也=デューク本郷という、そこそこのカリスマを持った、卑劣カツ悪質な人物に関して、あらゆる証拠を提出し、こちらが一発で射殺(デューク本郷。は「ゴルゴ13」というスナイパーものの漫画の主人公名のパロディです)します。アメリカの大学に問い合わせたり下準備が大変なので、1週間ほど時間を頂きます。 
 

 <短いPS2>

 


 誕生日祝いのメールや、ライブやラジオ、アルバムの感想のメールを数多く頂戴しています。大変感謝しております。今日と前回のメールは、既にかなり前から準備していた物で、ワタシの主観上の時間は、誕生日の翌々日で、ガンダムのOSTが出て、そしていよいよ来週は大西順子さんの復帰盤が出る。という状況です。ブルーノートは特にセカンドが満席と成っておりますが、1stはまだ若干の余裕がございます。ブルーノートが終わると、翌日のサンダーボルト劇場版の劇場挨拶、名越先生との対談イベントがあって、次のフジロックまで人前に出ません。フジではいろんな奴らに、日本が如何にガラパゴスであるか、現行のメンバーによる最後の演奏で、思い知らせてやろうと思います(笑)。