火
24
1月
2012
先ずは何よりも、倉地久美男と外山明とのトリオにお越し頂いた皆様に感謝致します。素晴らしい時間、そして、「庭にお願い」の中で申し上げた通り、継続している時間(演奏は止まっていない。今も止まっていません)を共有出来た事を非常に嬉しく思います。また一方、ブルーノート東京でのペペトルメントアスカラールの公演が高音質で配信販売されております。このライブは震災の直後に行われた物で、ひとつはエリザベス・テーラーの追悼公演です。ワタシがあのタイミングで示したかった、そしていついかなるときも常に示したくあるエレガンスの形が、非常に濃密な形でパッケージされていると思いますので、お耳通し頂ければと思います。
それにしてもいやあ雪ですなあ。「あ、雪か」と思ったら、何とオヤジの命日でした。と、それはともかく、この感覚ワタシだけでしょうか、雪は降ってしまってからよりも、そろそろ降るぞという時が最も寒く、「夜明け前が。一番暗い」という角松敏生さんのアルバムの広告コピーを思い出すばかりですが(好事家の方はお調べください。当方記憶で書いています)、とにかく、一端腹をくくってしまえば何ともない、というのはワタシのみならず人間の属性ではないか。でないと戦争が無くならない根拠が完全には立証出来ません。注射が最も怖いのは打たれる直前です。
腹の括りだけではない、今年の雪は去年の雪とは違う。被曝した雪です。でも同じく白く美しい訳です。本当に恐ろしい事には、人間にはこうしてポエジーというものがあり、おそらく石器時代から厳しい現実に対処し続けて来た訳ですから、今更あのポエジーは使うがこのポエジーは使わないと言った峻別は難しく、「ああ。今年も変わらず雪は白い」という時、我々は個人的な恐怖や社会的な怒りをも含めて、大づかみには「うっとり」している筈であり、この「ポエジーによるうっとり」の強大な力は、原子力と同じく、使用される方々は安全で平和的に利用して頂きたいと思うばかりです。
ダメなもんは全部排除かよまたしても音楽至上主義と言われそうですが、そういう意味ではなく、ワタシは音楽には言語的なポエジーはほとんど含まれていないと思っています。歌うときもラップするときも、そこに独立した強いポエジーを感じた事はワタシほとんどありません。リリックだけ読んでも感動する楽曲は、実のところ僅かで、リリックを読んでしかる後に実際に楽曲が流れるので感動するのであって、ほんの時折、リリックを読むだけで(その楽曲を聴いた事がない/とうとう聴かない、といった状態で)感動させてしまうポエティックなリリックがありますが、それでもそれが音楽にライドした瞬間に、否が応でも別の次元に移ります。
では「音楽のリリックなんて、解らなくても良いのか?」といえば、それは早計もしくは早漏といった類いの極論で、いつ何のメディアに書いたかは記憶していませんが、ワタシは、もし日本人全員が英語をマスターしたら、日本文化それ自体が根底から変化する以前に、日本に於ける洋楽の意味が根底から変化する(そしてそれは、良い意味での豊かさを召還)と思っています。「この曲、こんな歌詞だったのか!へー」という瞬間がもたらす触発作用は一種の浄化を伴った非常にヘルシーなものだと思いますが、これはモノリンガル(一家国語しか話せない人々———ワタシもそうです)の特権で、モノリンガルがバイリンガル(や、それ以上)の人々と比べて、ドラスティックなレヴェルでは損をしている事が多いので、ひとつぐらいは得を取りたい。といった所でしょうか。
日本語ラップに関する評価は(他にも評価基準はたくさんある中で)「ちゃんと何言ってるか解る方が良い派」と「何言ってるのか解らない方が良い派」という区分をそのひとつに含んでおり、ワタシが個人的に後者なのは、前述の「こんな事言ってたんだ。へー」という触発作用を、洋楽でもないのに得る事が出来るという、言わば一粒で二度美味しい的な見苦しいまでの貪欲さにも立脚しているとはいえ、前述のポエジーに関して、所謂ポエトリーリーディングでは「何を言ってるか解らない」事が致命的なので、死んでも絶対行われないとまでは言いませんが、行う事がかなりのタブーであるのに対し、ラップミュージックでは(完成トラックのみならず、ポエトリーリーディングに近いフリースタイルのバトルやコンテスト等でも)、頻繁に起こる訳で、つまり、詩とその朗読行為に「その場では何言ってるか解らなかったが、あとで印刷された物を読んで、解った(そしたら、触発作用があって面白かった)」という次元が導入された時、詩は初めて文学領域から音楽領域に移ったと言えると考えます。
ここは非常に面白くデリケートな議論ですが、例えば近田春男さんと話したとき、オフエア中に「ギャングスタ的に、発音が歪んだラップありますよね?ああいうのどうですか?」と伺ったら(以下、大意)「いや、あれはリアルじゃないから嫌いだ。だって喧嘩するとき、あんな風に喋る訳?喋んないじゃん」と仰ったので「いや近田さん、それいったら、音楽の中の発声って、ラップだけじゃなくヴォーカルのシャウトも何も、日常言語と比べたら、全部アンリアルじゃないですか。それに、喧嘩の時に喋りがべらんめえに歪む人、多くないですか?田舎の不良にとっては、むしろそっちが自然なのでは?」と申し上げようとしたのですが、近田さんはブレない有言実行の人で、そもそもアナクロ歌謡リヴァイヴァル時代から一貫して、喋ってる時と変わらぬ発声で歌い続けている希有な方なので、言わばこの問題系(音楽に於ける発生と、日常会話の発生とが異化される事)の外におり、議論が短時間には成立しない(あるいは短時間に成立し過ぎる)と思い、オンエアでは繰り返しませんでした。何せ、近田さんはそれに続いて「もうHIP HOPは飽きちゃったんだもん」と仰っており、それを活動によって実証していらっしゃるので。
とまあ、言うまでもなくこれは、自分と近田さんは考えが違うので敵対しているといった意味は微塵も含みませんが、ワタシは「一粒で二度美味しい」世代(これは、グリコのキャラメルがアーモンド入りに成った時のCMコピーで、ワタシが生まれる前の物です)であることも含め(あるいは、単にそれだけで)、日本語ラップは、出来れば40%ぐらいは何を言ってるか(推測は出来るが)明確には解らない物が好みで、それも(意味の)「フロウ」だと拡大解釈しています。
番組の反響は予想に反して好評でしたがーーワタシへのメールという形に限っては。としますがーー「大変面白かったけれども<フロウ>の定義について独自すぎるものを一般的であるかのように語っているというそもそもの基盤が気になった。一般的な理解と違う、独自の物である旨、予めアナウンスするべきだったのでは?」「そもそもフロウを、個人的に定義するというのは、フロウという概念を狭めてしまう行為なのでは?」という、ある意味至極当然のものもありました。
ワタシの考えでは「フロウ」は、「スイング」や「グルーヴ」或は「愛」や「正義」等と同じ、一元的な意味規定が困難な最高価値。であって、どんな立場の誰がいつ規定しようと、それは総て予め独自な物であって、多数決的、歴史主義的に「一般的な解釈はこうだ」とする事は、ファックとまでは言わないが、余りよろしくないのではないか?という事ですが、とはいえこの批判(独自の物であるという事のアナウンスを、ビギナーを含めたマスに対して怠った事/公汎な意味の集合体である概念を独自に定義する事で狭めてしまう可能性)には充分な説得力があると考えますので、これについては次回の「補講」(1/27オンエア)にて誠実に解答させて頂きます(この回だけは、洒落とはいえ「講義」の形を採っているからで、普段のあの感じだったら、こういった事はしません。というか、そもそも真面目な批判など来ようもないので・笑)
と、話は一瞬変わりますが、最近多かったお便りは「中山康樹先生が最新著で<M/D>を猛烈にディスってますが、あれはガチですか?」というもので、天地神明にかけて、あれはガチガチです(笑)。とはいえあれは、「東京大学のアルバートアイラー」に対する寺島靖国先生のそれとはまったく意味の違う、尊敬する斯界の大先輩からの愛あるご指導ご鞭撻であると理解しており、先生の仰る事はごもっとも、今後も精進して行く所存である旨、大谷君共々平伏している次第であります(←余裕ぶっこいて慇懃無礼に振る舞っているのでは決してありません。よほど精進しない限り、もうマイルス研究業界では生きて行けないなと覚悟しております)。
ただ、中山先生はいつもはとても穏やかで、我々の様な出来の悪い後輩を可愛がって下さっているという時間の流れの中、いきなり抜き打ちのごとくああした事をなさるという、アントニオ猪木にも似た、一種のキラー癖のようなものがありまして、そこがまた大物の証拠。といった感じなのですが、さすがにターゲットが自分に回ってくるとうっわ!つって腰抜かしますね(笑)。「M/D」の文庫化に際してのあとがきで鼎談させて頂いた時はノープロブレムのグッドヴァイブでして、あれから1年と経たぬうちなので(勿論その間に何らかの接触があったとかではありません。先生どうしていらっしゃるかなと思ったら、もうあれが出版されていたので)。
という訳で、些か前置きが長く成りましたがワタシと大谷君の書いたリリックをアップさせて頂きます。一粒で二度美味しくあらば幸いにて候(因にこれ二人ともテイクワンでーーー例によって時間的制限が厳しかったのでーー、大谷君はさすが天才、始めるや否や一言入れては止め、次の一言で止め、どんどんそれを編集して繋いでフローを出すという、まるでスケッチブックに自由に絵を描く様なスタイル、ワタシはオッサンというかジャズメンというか、演奏の様に全部を一気に録って、パンチインも無し。と、そこらへんの加減も賞味頂けたらなと。製作はバックトラックーー東京ザヴィヌルバッハの「キャンディーメタリック」が元ネタですーーが都内のスタジオ、ラップの録音と編集&TDが横浜の大谷君宅であります。要した時間は総て込みで3時間。引っ越し屋さん並みの仕事ぶりです)。
(RAP1 KIKUCHI)
YO,そろそろ番組を始めるにあたり祓いたまえ清めたまえah
マイクの前の神様ah ah
それは「偉大なるアンバーソン家の人々」も「家出のドリッピー」まで作りやがったドープ/イル/ジェラス そして軽蔑も腹一杯
その名はオーソンウエルズ/オーソンウエルズ/オーソンウエルズ
Orson welles Orson welles
あんたに捧げてLOSER 火星人が狂うぜ 来るぜ
でもblack musicの世界ではママあること
火星人や土星人混じってるcotton
マシーンに乗ってgalaxyを行くcartoon
シンセサイザーより100万年も早く
シンバルyah! トランペットyah! サキソフォンgot!
一番はじめの宇宙船のパーツ
やがてBIG BANDに乗ってbig bangまで
真っ黒に輝く宇宙を進む
方舟はでっかいや
MAD LIB効いてるかい?OH OH OH OH OH
オーネットBE-BOPを破壊
Los angelesのいない世界
MEDICINE manを船長を7つの世代がひしめきあうキャビン
ブルーズ ワークソング ニグロ・スピリチュアル
ラグタイム ニューオーリンズ
そしてHIP HOPは JAZZのMAD GOだから
ファンクおやじいねえ隙にこうして集まってTELL ME SING ME
jazz me bop me
そんな爺っちゃんのand know HIPな口癖それは大体こんな調子でっせ
トゥルトダヴァラバダ ドゥルディダヴァラダバラ、、、、、
(RAP2 YOSHIO*O)
トゥルッタバリビディッピ、、、、、、
YO YO
YEA都内は初雪、どないな成り行き?
で、マイクをいまGETしたオレ、MC YOSIO*O
フロム・ヨコハマからTOアカサカ マザファカ
飛ばす電波で寿ぐ イヤサカー たまさか来たわけじゃない
今日の特集はHIPHOP まさか! オレ抜きじゃ話ははじまんない
チームJAZZDOMMUNEのレフト・ウィング、登場。YO YO
DUKEからBIRDからMONKからMAXまで揃えたギャラクシー軍団
よく見りゃ混ざってるネイティブ・タン
ウータン・クランのようにMASTERしたシャオ・リンで突き放つ
JAZZYはかからない二時間
ナマでぶっ放すリアル・シング
UNCUTEDFUNK。ぶっといビートに
揺れるTBS マジでトービーダス ヴィム・ヴェンダースばりに
かなりヤバいです KICKとスネアのDEEPなインパクトが
お前の鼓膜に直接 コンタクト 毛沢東 のような
革命家について くだらねえプロテクトしてくと おいてくぞ
ぼやぼやしてると出ちまう 最終のマザシップ・コネクション
来週まで伸ばしているアンテナ HZは9・5・4
相次ぐ救擁護。ヒップホップのRESCUEにジャズからのTHANKYOU
YO、HIPHOP特集
これで救われる気持ち
(RAP3 KIKUCHI)
メルシーボークー メルシーボークー メルシーボークー
MC YOSHIO*O
本名 OOTANI YOSHIO
そしてオイラの名前が呼びづらけりゃこう呼ぶんだな
SAY every body body say
KICH CHEEK NoW ROOT YOUR SHIT
KICH CHEEK NoW ROOT YOUR SHIT
KICH CHEEK NoW ROOT YOUR SHIT
KICH CHEEK NoW ROOT YOUR SHIT
KICH CHEEK NoW ROOT YOUR SHIT
KICH CHEEK NoW ROOT YOUR SHIT
(KIKUCHI&YOSHIO*O)
SAW ここは東京赤坂TBS TBS 954 954
studio 8から生放送だぜ 学生諸君
SO ここは東京赤坂TBS TBS 954 954
studio 8から生放送だぜ 惑星諸君
THOUGHT ここは東京赤坂TBS TBS 954 954
studio 8から生放送だぜ うるせえ諸君
そう ここは東京赤坂TBS TBS 954 954
studio 8から生放送だぜ
まずはセンセのサキソフォンソロから聴いて貰おうかなーん
YHA YHA YHA YHA
(KIKUCHI)
SALT PEANUT! SALT PEANUT!
あらあらあらあらあらこいつが出たら終わり