水
11
1月
2012
大変遅ればせながらあけましておめでとうございます。松の内もあけまして、仕事始めも無事済ませ、既に新春恒例の、年末年始疲れによる風邪などひいて良い調子。の菊地成孔ですけれども、まずライブの宣伝等すませてしまうならば、今月は自分のバンドはゼロでして、というか、何と驚くべき事に、今年の年頭は4月のスタジオコースト/DCPRGまで、ワタシのバンドの活動はありません(「HOT HOUSE6青山」何とかならないかな4月までに。と思っている所ですが)。
これはDCPRGのアルバム制作が、良い意味でですが、係留してしまっており、ペペもダブセクステット改めセプテットも動きが取れないからですが、このアルバムは、あらゆる意味でかなり素晴らしく(勿論、インパルス!第一弾「ALTER WAR IN TOKYO」もなかなかすんばらしい訳ですが、当欄に「素材と成ったライブ音源が良くなかった」という赤裸々な真実を書いた所、このアルバムまで良くないと書いた様に誤解されたかーーアルバムの出来が悪かったとは一言も書いてないのにーー何でも良いから貶してやれという現代っ子ちゃんに逮捕されたか・笑・クリエーター殺しで有名なアマゾンのユーザーズ・レヴューで軽くツーパンチほど頂きまして・笑・え〜そんなあ〜頑張って編集してかっけく仕上げたんだからちゃんと聴いて褒めちぎって下さいよ〜、どう聴いてもスゲーじゃんこれうううう。と毎晩枕を濡らしているところですが・笑)、世界発売なんかされた日には大変な事に成るのが必至!なのですが、ただ、唯一問題がありまして、それは「ちゃんと完成するかどうか解らない」という点なんですね(どっかあーん)。
まあそういう訳で、しばらくこのアルバムにつきっきりになりますが、モチロン刀は研いでおきますですよ。ペペなんかあなた。気がつけば既に実質上1年間活動止めた訳ですからね。次のライブは下手したら活動再開ぐらいの事に成ります。
とまあ、そうした状況下、1月は素晴らしい天才達——「粋な夜電波」的に言うとアウトサイダーですねーーとばかり共演します。
1/14 THE ELF(青山CAY)
1/22 倉地久美男トリオ(六本木スーパーデラックス)
1/26 藤本敦夫&菊地成孔(代官山晴れたら空に豆撒いて)
どれもハンパじゃないです。新春から精神の浄化にバッチリな3組であります(詳細はマネージャーのブログまたはツィッターにて)
と、こうした中、新春放談というか、往復書簡なのですが、以下、当欄過去ログでご紹介させて頂いた「だけど、誰がディジーのトランペットをひん曲げたんだ?」の訳者である、鈴木孝弥さんとのやりとりです。年末年始にかけて、こういうことをしていたのですね。大変面白いテキストに成っております。入り組んだ長文が読める方には。としますが。
菊地成孔さま、
こんにちは。ご連絡ありがとうございます。
このたびも、お褒めいただきましてとても光栄です。
うから代表の村上も興奮して昨夜電話をかけてきました。この本は、友人の○○と二人で始めた出版レーベルの最初の刊行で、発行人としても、そしてもちろん訳者のぼくとしても、菊地さんからいただいたお言葉を世に誇りたいのですが、歓喜雀躍の体をさらして、鼻息荒く下品な宣伝をしてしまうのは取るべき態度としては麗しくない(笑)、という話を、その電話でしたところでした。
そもそも菊地さんの日記は大勢のファンの方が読んでらっしゃるわけですから、我々がそんなことを気遣うまでもなく、日記に書いてくださっただけで充分に本を訴求していただいたことになるわけですが、それとは別に、菊地さんにお褒めいただいたことをみんなに“自慢したい気持ちをどう処理するか”、というのも我々のうれしい悩みです。本当にありがとうございます。
エピソードの内容としては、菊地さんにとっては既聴/既読で歯ごたえのない話が大半でしょうし、加えて何ヴァージョンも存在していて実のところこれが本当に正しい話なのか? というような逸話も入っていますので、首をかしげられた箇所も多々あるのではないかと思います。
ぼくは訳者に過ぎず、無論本文に手を加えることなどできませんから、多少気になった箇所は訳註のメンションによってマニアの方からの突っ込みをやんわり受け止めるようなフォロウをしたつもりです。ただ、その各逸話の虚実の問題以上に、こうしたジャズメンのエピソードの数々を、20世紀の寓話、もしくはディティールの異なるヴァージョンがいくつも生まれてしまうほど、その存在自体が人々の暮らしに浸透しているフォークロアのように、身近な普通の話として若い世代に紹介したかった、というのがそもそもの刊行意図でした。
ぼくはタワーレコード(渋谷の旧店です)でジャズを売っていたことがある、というだけのジャズ・ファンで、それ以上の専門家ではないのですが(音楽評論家的な仕事での専門はレゲエです)、フランスに住んでみたくてタワーレコードを退社し、90年代の後半に3年半ほどパリに暮らしていました。そこで学んだフランスの言葉や知識を活かして日本の音楽ジャーナリズムの隙間に生息してきました。そうする中で、オット・クルブ・ドゥ・フランス~ボリス・ヴィアンの時代から積み重なってきたフランスとジャズとの密接な関係から生まれたフランス発のジャズの本に面白いものがあることに気がつき、かつ、日本のジャズ評論家でフランスに興味がある人などおそらく皆無に近く、みなさんフランスの文献などノー・マークのようでしたので、誰もやらないんなら、ならオレが・・・と思ったのが、こんな風に翻訳をやってみた経緯です。
そんな程度ですからジャズの深い話を菊地さんと交わすことなどは到底かないませんが、一方、菊地さんも興味を持っていらっしゃるフランスの言葉とかフランスの風俗的な会話は盛り上がってできると思います。こちらこそ、歌舞伎町で夕食など一度ご一緒させていただけたら幸せです。ご予定のよい頃合いがありましたら、ぜひ、お誘いください。
このたびは、本当にありがとうございました。
そして、今後ともよろしくお願いいたします。
鈴木孝弥
鈴木孝弥さま
ご返信有り難うございます。風の噂では今はとにかく長文が読まれない時代なのだそうで「菊地の日記を読むのはかったるい」と、あちこちで言われまくっています(笑)、そして、更に恐るべき事には、「良い感じで褒めている文章」というのも同じくかったるいらしく、現在少なくとも、何かに対するコメントというものは、とする限りにおいて、神だ神だと小便漏らして絶賛するか、ボロカスに貶すか、或はいやらしい皮肉、といった、エグイものしか響かないという、なかなか凄い時代になっているようでして、要するに何が言いたいのかと申せば、ワタシが日記に書いても、実質上の宣伝効果はほとんどありませんし、自嘲の類いではなく、昨今、ワタシが褒めても、一般的にはほとんど意味は無いと思いますが(笑)、多少なりともお喜び頂けたら嬉しい限りであります。
まともな外国語が何も話せない身で言うのも僭越ですが、俗称ジャンゴ・ラインハルトをレナルトと規定した事をはじめ、カタカナ表記のデフォルト設定が素晴らしく、趣味の良さや知性のみならず、ある種の怒りと言うか、そういった気概なくしては、こうしたガッチリした、力強く小気味の良いデフォルトは作れまいと圧倒される感じもあり、そこもまた大変キモチ良いです。
原著の内容については、仰る通り、驚くべき新事実も、知ってる知ってるという定番も、いくらなんでもそれは違うだろという脇の甘さも総て備えていると思いますが、とはいえそれは全く気にならないというか、既にあとがきで鈴木さんが仰っている様に、こうしたものはそもそもフォルクローレやストロースの言う神話の類いであって、真実という中枢なく改竄と再編纂が繰り返されて行く事に総てがあり、よしんば「うるさ型」のジャズファンからのツッコミがあったとしても、そのツッコミは彼等の快楽の中に安置されているものと思われます。
余談ですが、ラジオノヴァは実のところ、ワタシの「南米のエリザベステーラー」を複数回オンエアした事がある唯一の海外ラジオ局でして、外語大の友人に聞いた所「これははっきり言って少々やりすぎなんだけど、そこがとても良いんだよねえ。日本人とはとても思えないよ」と言っていたそうです。
ワタシはレゲエは誰でも知っている様なモノ(マルシア・グリフィスとか)しか聴かないレゲエ無知で(大変好きですが)、それこそ共通の話題で盛り上がる。という事は到底不可能ですが、仰る通りフランス語に関して、例えば、これはあまりに基本的な事ですが、フランス人はMILES DEVISをミルス・デヴィ、或はGIL EVANSをジル・エヴァンといったように呼ぶ事があるのか?といったことをはじめ、いくつかの疑問があり、そういったお話など、呑みながら出来たらなあと夢想しております。何れにせよ、良書と良訳を有り難うございました。
菊地成孔
菊地成孔さま
こちらこそ、ご返信と、再度のお褒めの言葉、どうもありがとうございます。
そうそう、ぼくもノヴァで菊地さんの曲を耳にした記憶があります。
ある種の怒りと言うか、そういった気概なくしては、こうしたガッチリした、力強く小気味の良いデフォルトは作れまい
怒りと呼ぶべきほどの感情かどうかは自分でもわかりませんが、おそらく2つの思いが、職業上のカタカナ表記に対するぼくの頑固な姿勢を形成したのだと考えています。
1つはカナ限定ではなくて固有名詞の問題で、菊地さんもお名前を(それが“自称熱心なファン” の方からでさえ)よく〈菊池〉と誤記されていらっしゃるはずですが、ぼくの名前もよく〈考弥〉と書かれます。ときどき〈考称〉になることまであったりして、これは自意識過剰ゆえなのでしょうけれど、とにかく子供の頃から自分の名前の漢字を間違われるたびに嫌な思いをしてきたので、自分が文字を使って仕事するようになってからはなおのこと、ひとの名前、あるいは固有名詞を表記する際に注意するようになりました。
2つ目は、やはりフランスに住んだときに、理念なきカタカナ表記の弊害を身をもって痛感したことです。フランスで何年も修業したフランス料理の有名日本人シェフが、帰国して店を持った際、どうして〈ミルフイユ〉を〈ミルフィーユ〉としてしまうのか? その名称を耳から覚えてフランスに行き、パティスリーで〈ミルフィーユ、シル・ヴ・プレ(女の子、大勢ください)〉と言って、店の親父に怒られてみると分かります(実体験です)。フランス人が全員〈ミルフイユ〉と発音しているのに、それを〈ミルフィーユ〉と表記してしまう意味が分からないですし、それを定着させてしまう専門家の気が知れないわけです。
特に食の世界にはフランス語の用語が多いですが、そうして意識してみると、パリで何年も修業してきたというパン職人が凱旋出店した高級パン屋さんの、看板商品の〈バゲット〉が〈バケット〉になっていて卒倒しそうになったり、メディアに頻出する女性の有名ケーキ職人の肩書きが〈パティシエ〉という男性表記で平気だったり(→パティシエール)、同様に、名詞でも形容詞でも男性形と女性形の区別に恐ろしく厳格なフランス語ではおよそあり得ない〈ヌーヴェル・シノア〉なる奇天烈な料理のジャンルが浸透していたり(→ヌーヴェルなら100%シノアーズですね)、ぼくの好きなお酒〈シャルトルーズ(本当はシャルトゥルーズとしたいところ)〉が〈シャルトリューズ〉としてマニアに愛されていたり(!)・・・という状況を、フランス語を学んだ人間として(それもフランス人の血税で運営されている国立のパリ大学で、外人のくせにタダで学ばせてもらった人間として)は看過できなくて当然ですし、それに、100%正確には表記できなくとも、〈ミルフイユ〉と、もっと正確な音に近く表記できるのだから、なるべく正しい音に近づけるのがジャーナリストの務めだろうと思ったわけです。
知る限りすべての旅行ガイドが〈ポンピドー・センター〉と書きますが、カタカナにはかの国の元大統領の名前を〈ポンピドゥー〉と表記できるポテンシャルがあるのに、どうしてわざわざ遠い音(間違った音)を読者に教えるのか? ・・・悪気はないにしても、こうなると結果的に人間の尊厳に対する侮辱、冒涜になりかねないレヴェルですし、そういう音への細かいこだわりなくして、どうして外国語を学べるのか? という気持ち・・・たしかに怒りのようなものですね(笑)・・・を持つに至りました。
もちろん、パリに行く前からも、雑誌に原稿を書く際に〈マーリー〉〈マーリィ〉〈マーレー〉と、3種類も存在するBob Marleyの前で当惑して考え込んでいましたし、何故〈ゲンズブール〉を〈ゲンスブール〉とする識者がいるのか頭が痛かったですから、そういうカナ表記(=音)を追求する人間になる素地はあったわけですけれど、翻訳仕事をするようになってからはなおのこと、(他の言語については基礎すら持っていないので)せめて英語とフランス語に関してだけは、できるところまでカナ表記を追求することで(もしもその結果が必ずしもベストではなかったとしても、そうする姿勢を表わすことで)、固有名詞ならばその人格に対するリスペクトを表明したいと思っています。
話の前段の前段のつもりが随分長くなってしまいました。〈ミルス・デヴィ〉〈ジル・エヴァン〉に関しても、またちょっと別の角度から考えなくてはならない深い(?)話ですので、なるべく明快なお返事を用意しておきます。
来年、ぜひお会いしましょう。
その日を楽しみにしております。
鈴木孝弥
鈴木孝弥さま
菊地です。あけましておめでとうございます。
あまりに不躾ではあるのですが、「ジャズミュージシャン3つの願い」ではありませんが、いきなりお願いが3つできまして(笑)、先ずはメールの返信の前に書かせて頂きたいのですが、一つ目は、次回(というか、5日後ですが)の「粋な夜電波」がビーバップの特集をするので、番組内で、「だけど誰が」をご紹介させて頂いた上で、ワタシのヘタクソな朗読で申し訳ないのですが、いくつかのエピソードを実際に読み上げたいと思っているのですが、もし問題があったら(法的な、とかだけではなく、心情的に、とか、他にもいろいろと)ご遠慮なく仰って下さい。却下しますので。
次に、以下、メールの返信を密接に関わっているので、まず返信を先にさせて頂きます
ある種の怒りと言うか、そういった気概なくしては、こうしたガッチリした、力強く小気味の良いデフォルトは作れまい
怒りと呼ぶべきほどの感情かどうかは自分でもわかりませんが、おそらく2つの思いが、職業上のカタカナ表記に対するぼくの頑固な姿勢を形成したのだと考えています
「定本リー・スクラッチ・ペリー」も含め、ジャズ本3冊とも拝読させて頂いた、あくまでもワタシ個人の感想として、ですが、上記外国語表記のデフォルト作りについて、鈴木さんの素晴らしいお仕事ぶりは、表層は非常に知的で緻密でスマートでスムースでありながら、何か闘争的な感覚(左翼的な感覚ではないです)を感じるという意味で、マイケル・ジャクソンが初めてムーンウォークをTVで披露した際に、すぐにフレッド・アステアから激賞の電話があり、その中で「君の踊りには怒りがあるね、私と同じだ」と言った、というエピソードを思い浮かべました。
というのも、以下の、鈴木さんがお書きになった2点について、ワタシもこれは非常に重要な問題であると常に考えているからなのですが、事は若干複雑なので、些か長く成りますがお目通し頂けたらと思います。
1つはカナ限定ではなくて固有名詞の問題で、菊地さんもお名前を(それが “自称熱心なファン” の方からでさえ)よく〈菊池〉と誤記されていらっしゃるはずですが、ぼくの名前もよく〈考弥〉と書かれます。ときどき〈考称〉になることまであったりして、これは自意識過剰ゆえなのでしょうけれど、とにかく子供の頃から自分の名前の漢字を間違われるたびに嫌な思いをしてきたので、自分が文字を使って仕事するようになってからはなおのこと、ひとの名前、あるいは固有名詞を表記する際に注意するようになりました。
ワタシのみならず、菊地姓の者は全員この問題系の中にいる訳ですが、ワタシは(ブラフではなく)これについては、ほとんど気になりません(公文書とか、仕事の依頼メールだった場合は「形式的に」嫌悪しますが)、これは菊地/菊池という名が、入力上はまったく同じであり、つまり変換の際のケアレスミスに過ぎないから。というお目こぼしの理由もあるのですが、それ以上に「成孔」という言葉が、一読誰にも正確に読めない。という問題の方が1000倍ぐらい切実だった。という個人的な事情も加味されていると思います。とはいえ、ワタシ個人の枠を越え、「敬意と表記」という問題は、ワープロ以前も以後も変わらぬものだと思います。
とはいえ、「誤記」についての、ワタシの最も愛する逸話は以下の様な物です(問題系に於ける、例外的なものですが)。些か童話の様に読めますが、実話です。
とある、とても仲の良い祖母(70代)と孫息子(幼稚園児)の関係があった、そこでは祖母は「ばあば」と名乗り、呼ばれていた。二人は共にワープロが使えない年齢層であるという理由から、手紙の往復はすべて手書きで行われていた。ところがある時、孫息子からの手紙が途絶えてしまった。それまでの往復のリズムから、ほんの数日途絶えただけだったが、祖母は大いに心配した。実際は特に理由もなく、単なる気まぐれだった。そしてある日、久しぶりに手紙が来た、大喜びで手に取る祖母、しかし宛名には「ばばあへ」と書かれていて、腰を抜かしてしまう。これまた、単なる書き損じだったのに。チェックしてやれよガキの母親もしくは父親。
2つ目は、やはりフランスに住んだときに、理念なきカタカナ表記の弊害を身をもって痛感したことです。フランスで何年も修業したフランス料理の有名日本人シェフが、帰国して店を持った際、どうして〈ミルフイユ〉を〈ミルフィーユ〉としてしまうのか? その名称を耳から覚えてフランスに行き、パティスリーで〈ミルフィーユ、シル・ヴ・プレ(女の子、大勢ください)〉と言って、店の親父に怒られてみると分かります(実体験です)。フランス人が全員〈ミルフイユ〉と発音しているのに、それを〈ミルフィーユ〉と表記してしまう意味が分からないですし、それを定着させてしまう専門家の気が知れないわけです(後略)
ワタシは言語学についてはド素人ですので、素人考えになりますが、極言的には、外国語は日本語に表記「しきれない」と考えており、この「しきれなさ」は、そもそも、外国語に限らず、あらゆる「音」自体が文字に表記しきれない、その(正に極言的な)「しきれなさ」と同根ですが、階層が別で、じゃによって様々な抵抗/阻害のファクターが発生し、鈴木さんが憤りを感じられる様な現象が生じるのではないかと考えていますが、ただワタシは、あらゆる「いい加減な表記」「その上に大いばり、あるいはうっとりしている」という現象は、単なる怠惰によるものだけではないと考えています。半分以上が単なる怠惰だと思いますが、そこにはいくばくかの抵抗や不全や阻害といった効果があると思っています。それについては余りにも話が長く成ってしまうのでここでは省きますが。
とはいえこれは「だから発音表記なんて適当で良いんだ」という結論に結びつくものではありません。むしろまったく逆で、ワタシは「外国語をカタカナで表記する以上は、フォーマットを完備するという態度で行うべきだ」と強く考えており、勢い「フォーマットもない癖に、他者の誤記を指摘する者」に対して、メタレベルまで怒りを感じる。というシステムに成っています。
これは個人的な経験ですが、過去、ワタシがSNS上で「インディー・レーヴェル」という表記をしてしまった事があり、これはもうアホのような怠惰そのものであって、ワタシは何と、音楽産業上の用語である「レーベル」が、欧米では所謂ブランドの事も指したりするあの「ラベル」の事だと、それまで全く知らなかったのです(ほんの7~8年前の話)。
ですので、今よりは些か穏やかだったとはいえ、SNS内でその発言を激烈に嘲笑する者が出ました。その事自体は何の問題も無く、相手が絶対的に正しい訳ですから、最初は顔が真っ赤っかになり、チャー恥ずかしい。と思っていたんですが、鬼のクビでも取った様に嘲笑するその相手の方が、外国語の翻訳表記という行為の限界性も、そこから発生する様々な現象についても何ら考察も無い、ただ単に「キクチがVとB間違えてやんの。頭良いぶってる癖にケケケケケケケ」的な幼稚な粘着性である事が解って来るにつけ、その幼稚さと粘着性が瞬時に転移して来たか、だんだんと怒りがこみ上げて来て(笑)、何とかやりこめようとしたんですね。とはいえどう考えてもコッチが悪いので、分が悪い訳です(笑)。
そしたら、相手のブログを見たら、そいつがフジロックが好きな奴だと解りまして、これはしめたと思い(笑)、以下の様な内容を書いて送りました(言うまでもなく、ワタシはフジロックにも、ロックミュージック全般にも何の恨みもありませんし、フジロック自体には何度も出演しています。これは単なるダーティーダズンの遊びです)。
「確かにオレは大バカで、VとBは間違えたが、そこだけチェックして事足れリという脇の甘いバカに嘲笑される覚えはない。フジロックが大好きなオマエは、オレを嘲笑する遥か以前に、正式表記を<フジロックフェスティバル>としているあの催しを嘲笑しろ。これは明らかにVとBを曖昧に混同した、しかもオレの発言より数万倍も一般性のある物件だ。オマエのブログには大喜びでフジロックに行った、フジロックに行ったと書いてあるが、オマエがそれを<フゥジィ・ゥロック・フェスティヴァウに行った>と<正しく表記>するまで、オマエの嘲笑は受け付けない。面白くもないブログを訂正してから出直して来いフジロッカー。<ロッカー>ちゅうたら、下駄箱のでかい奴の事だぞフジロッカー」
つまりワタシは、驚くべき(ある意味、エキゾチックな)表記がまかりとおっている。という事実そのものよりも、問題に対する経験も思考も無い、浅い議論が延々と続く事が問題なのであって、本当に知的で誠実である翻訳者の、責任を持ったデフォルト作りが何よりも先に必要であると思っているのです。
つまり現状というのは「黒人のビートはグルーヴィーなんだ、もっと粘っこいんだよ。違うんだよオマエのは」といったレヴェルで、日本中のあらゆるファンクバンドのリハーサルで不毛な言い合いが無限に群発している様な水準のままであると思っており、故に鈴木さんのお仕事に胸のすく思いがしましたし、エレガントでリラックスした外装に内在する「怒り」を感じた訳です。この「怒りの」のあり方は、ここで示したように、我が国に於ける音楽の、特にグルーヴに関するあらゆる発言や考えに対する、ワタシのそれと近似しているのではないかと、勝手に思ってしまっただけかも知れませんが。
話の前段の前段のつもりが随分長くなってしまいました。〈ミルス・デヴィ〉〈ジル・エヴァン〉に関しても、またちょっと別の角度から考えなくてはならない深い(?)話ですので、なるべく明快なお返事を用意しておきます。
来年、ぜひお会いしましょう。
その日を楽しみにしております。
こちらこそ楽しみにしております。というより、大変長く成りましたが、コチラが前述の2つめのお願いなのですが、「粋な夜電波」の、次回、もしくは次々回あたりで「特集/声とリズム」と題して、ヒップホップの特集をしようと思っており、メインなテーマは原語のシュミュラクラ、つまり言葉の「ソラミミ」に関する最新の調査と考察。といった事になり、もし差し支えなければそちらにゲストとしてお招き出来ないかと考えているのですが、如何でしょうか?終わったら赤坂に飲みに行けますし。
そして、三番目のお願いは、もし、番組ご出演にイエスを頂けなかった場合、ですが、このやりとりをワタシのブログにて公開しても良いかどうか?という事です。当然リスクも予想されるので、ダメもとで申し上げているのですが、なかなか有意義で面白いテクストになったのではないかと思っています。
菊地成孔
菊地成孔さま、
あけましておめでとうございます。
楽しいご連絡、ありがとうございました。
まずは急を要する件へのお返事です。
今度の「粋な夜電波」のビーバップ特集で本を紹介していただけ、テクストを読み上げてくださるという件ですが、いかなる面においても何の問題もないどころか、もう、“ありがたい”、のただ、ひとことです。よろしくお願いします、と言うのも何か厭らしいし、本当に「ありがとうございます!」以外にありません。紹介してくださるその扱い方も含め、どうぞ100%ご自由になさってください。
「粋な夜電波」の、次回、もしくは次々回あたりで「特集/声とリズム」と題して、ヒップホップの特集をしようと思っており、メインなテーマは原語のシュミュラクラ、つまり言葉の「ソラミミ」に関する最新の調査と考察。といった事になり、もし差し支えなければそちらにゲストとしてお招き出来ないかと考えているのですが、如何でしょうか?終わったら赤坂に飲みに行けますし。
そして、三番目のお願いは、もし、番組ご出演にイエスを頂けなかった場合、ですが、このやりとりをワタシのブログにて公開しても良いかどうか?という事です。当然リスクも予想されるので、ダメもとで申し上げているのですが、なかなか有意義で面白いテクストになったのではないかと思っています。
の件ですが、後者の方は、自分が“シック・カイセキ”の福田先生みたいなポジションに置かれることを想像すると気後れしてしまいますが、曲がりなりにもものを書いて発表している者が、そんな風に言っていただけたら、お断りするなんてバカですよね。
でもその前に、番組に呼ばれることも更に畏縮しちゃいますが・・・つまりそのテーマで何かオレに面白いことが言えるのだろうか? という心配です。ヘラヘラしてるだけでいいよ、などと言われたら、本当にホイホイおじゃましてヘラヘラするのですが・・・何と言うか・・・番組的に、ぼくから何か面白いコメントが引き出せそうなのでしょうか? などど言うと他人任せな感じですね・・・その特集の内容に関して事前に教えていただけたり、ある程度コメントの準備をする余地があるのでしょうか? とにかく、リスナーの方に、「何だコイツ」と思われないように自分がやれるのかなあ、という気分でおります。
話変わって、今回菊地さんが書かれているご意見、エピソードなど、どれも興味深く拝読しました。ぼくも言語学的にド素人なうえ、翻訳しているフランス語すら、日本の(大学含む)学校で1秒も勉強したことがなくフランスに行ったので、つまり極めて実用的なコミュニケイションの(そしてそのしばらくのちには仕事の)道具としてのみ、考えてきました。ミュージシャンの人名を含む外国の言葉(ほぼ英語とフランス語だけですが)をどうカタカナ表記するか? を考える行為も、その自分の仕事道具をどう手入れするか? というような感覚でやっている気がします。
ぼくも外国語は日本語に表記「しきれない」と考えていますし、それは事実だと断言できます。そして、和訳作業は、外国語を日本語に置き換える作業ではなく、日本語で妥当な近似値(必ずしもひとつだとは限らない)を探す作業だと認識しています。その考えから、ぼくのカナ表記の基準は、原語(文化)あるいは固有名詞ならその人物へリスペクトを払い、なるべく丁寧に(作業漏れはありますが、できるだけ辞書の発音記号などに当たって)妥当な音を把握し、それをカナ表記したときの字面が日本語としてあまりスキャンダラスに、ショッキングなものにならないように、いい頃合いの表記を探している感じです。で、その行為に自分の道具を手入れしているような感覚を覚えるわけです。なので、自分の手に合わなくなったら研ぎ方や形を変えることも当然あります。もちろん、他人の使っている道具を、盲目的に、因習的、追従的に手に取る必要はないと断固、思いますし、そんなことをしたら、むしろ自分にとってマイナスになることが多いだろうと考えます。手にしっくりこない道具では、気分よく仕事はできないですから。
ですから当然、
「外国語をカタカナで表記する以上は、フォーマットを完備するという態度で行うべき」
だと、ぼくも思っています。ただ、そのフォーマットは権威(新聞社、大手出版社)がなかなか受け入れない種のものなので、へそ曲がりライターの頑固な自己顕示、あるいは独りよがりとして捉えられる可能性は多分にあるでしょうね。でも、上記の理由から自分には自分の道具ですから、とにかく〈中身に強靭な一貫性のある自分用フォーマット〉を作りたいわけですし、その道具で仕事させてくれるプラットフォームを求めてきたわけです。そんな中で、ときには長々と講釈をつけて〈レナルト〉を主張したり(これはかなりスキャンダラスでしょうけれど)、一方で〈コンピューター〉を〈カンピューラ〉とするのはやっぱハードル高いな、などと思いとどまったり(笑)しているわけです。
これは長い間、毎日悩んでいるビッグ・イシューなので、書き出すと、やはり長くなってしまいますので、今日はここまでにします。
最後に、番組出演の件だけは、もう少しだけ詳細を教えていただければと思います。
本当に、いろいろありがとうございます。
鈴木孝弥
鈴木孝弥さま
ご快諾頂戴しましてありがとうございます。一点憂慮されている番組の件ですが、諸ファクターあっての憂慮だと思われますが、あくまで番組内用に関してのみ説明させて頂くならば、お話したい内容は正にこのメールのやり取りでなされている様な事で、極端に言えば二重売りぐらいの感じなのですが(俄には信じて頂けないかもしれませんが、番組リスナーの中で、ワタシのブログを丁寧に読んでいる人は非常に少ないです→一回前のメールに書いた、「もう、長文は読まれない時代」の件)、要約すると「デフォルト」の話で、「単語のひとふひとつ単位が誠実でクール。というのではない、デフォルトが誠実でクールなのだ」という話と、あとは「ソラミミ=シュミュラクラ」の話です。
ワタシは昔、ジャズマン仲間のよくある遊びで、HOW NOT LUCK YOUというと「花らっきょう」に聴こえる(が、英文の方は壊れている)。といった事をしていて、もう日本語のラップは「ヤバいらしい」という部分は「YOUR BIBLE MACHINE」と言った方が、英語っぽくなる。っちゅうかそれ、もう英語だ(バイブルマシーンというのは造語だけれども)。とか、外人に「俺の名前が発音しずらかったら(しずらいのですが)、ホッペタを蹴れ(KICK CHEEK)と言えば良い」とか言ってゲラゲラ笑っていたんですね。要するに「タモリ倶楽部」の「ソラミミ」は、あくまで未だに、永らくコミカルな物件のままである訳です。
ところが、今年SIMI LABという、非常に優れた日本のヒップホップクルーがデビューし
(*番組の中核を成す部分なので、中略)
、、、という事実に対し、誰にも腰が抜けたと同時に、非常に啓示的な示唆を受けたと思うんですね。即ち、「ソラミミ」の構造を逆方向から、逆の効果(笑えるのではなく、カッコ良く聴こえる)をあげているという事なんですよね。はっぴいえんどやらサザンオールスターズやらですでにお馴染みの「英語的日本語」の問題系の、最新型ではないかと思っています。
あと、実際の「タモリ倶楽部」で、タモリさんが必ずPVあけに「言ってるかなあ?これ」とか言いながら、実際の英語歌詞を読んで、ソラミミ効果が生じるかどうかを確かめる時間。というのがお約束であるんですが、それが物凄くヘタクソなんですよね(笑)、いつまでたっても上手くならない。んで、逆に、物凄く上手かったのがゲストで来たデーモン小暮さんだったんですよ。
これは、タモリさんとデーモンさんの個人的なスキリング(ソラミミ=シュミュラクラという領域を英文で読める。という)の差もさることながら、ヘヴィメタとジャズの違いだと思うんですワタシは。ジャズのスキャットは原語の音程化/メロディー化であって、発音に関しては、最初からソラミミもなにも、要するにハナモゲラ(懐かしいですが・笑)なんですよね。それで、通常のヴォーカルは、まあ、普通に「発音良く歌え。LとRに気をつけて」みたいな感じですね。「ラブと言わずにラァヴと」みたいな。
なんですが、ヘヴィメタっつうのは、ジャズみたいなスキャット感覚つうのは無いジャンルで、代わりにというか何と言うか、日常的に「(悪魔崇拝的に?)歪められた英語の発音」をし続けていると思うんですね。「歪められた言葉」は予め「ソラミミ」の地平に軸を移していると思うんです。つまり、年がら年中英語だか日本語だか解らない様なシャウトを繰り返す仕事だと思うんです。
こうした、ジャンルに基づいた職業スキルの差が、「タモリ倶楽部」の「ソラミミアワー」の時間で露呈した。とワタシは考えているのですが(考えなくても良い様な話ですけど・笑)、こういった話をSIMI LABとかいとうせいこうさんとかを聴きながら合間にして行くと、そこで鈴木さんに入って頂いて、メールでやりとりさせて頂いた、デフォルト設定の話を出来ると、非常に充実した番組に成ると思うんですよね。
あの番組、何だか知りませんが、毎回全部録音した物がアップされて、レコード作品の様に多くの好事家が何度も聴くので(笑)、コンテンツがリッチな方が良い訳です。そこで是非鈴木さんに。という感じです。敢えて「誰が~」を紹介する回ではなく、その次(もしくは次の次)に登場頂く、というのも贅沢な感じかなと。如何でしょうか?
PS)ワタシは「レナルト」も「カンピューラ」も壁は厚くないと思います。ここでいう壁は、まあ「羞恥心」みたいなもんですよね。あれは大分薄く成っていると感じています。小林信彦は「グラウチョ・マークス」を70年代に熱心に押し出し、敗退しましたが。ただ、「レナルト」はもう全然、楽々と定着すると思いますが「カンピューラ」は難しいと思います。過去、大阪で、勘が良い人の先読みの事を「カンピューター」とする駄洒落が一般語になった事があり、もし「壁」の成分の多くが「羞恥心」だった場合「カンピューラ」は、いくぶんそれが盛られる恰好に成るからです。因にワタシは「パソコン」を「パスコン」としています。「キザッタらしいぜ。ふん!」といった反応は、今の所、ありません。
菊地成孔
という訳で、果たして鈴木さんは番組出演を果たされるのか!といった点も含めまして(笑・果たされないかもしれません)、次回の、そして次回以降の「粋な夜電波」をお楽しみに。因に次回のタイトルは「ジャズ喫茶<菊>第二回/癒しなき完全ビーバップ特集〜性と暴力のと笑いの黒いミケランジェロたち」と題しまして、ゴリゴリのオールドスクーラー(チャーリー・クリスチャン含む、あとマイルスも含む一応)特集でお送り致します。ドラゴン支配する本年、ご贔屓筋の皆様も、初〜中級者の皆様も、一見さんも、より一掃のお引き立て、ご指導ご鞭撻の程、右翼から左翼までずずずいいいいっとオン願い奉りまする。