月
14
11月
2011
「エル・ブリの秘密 世界一予約の取れないレストラン」の公開(12月上旬/シネスイッチ銀座)と、西麻布の「山田チカラ」さん(フェラン・アドリアに薫陶を受けた唯一の日本人シェフによるハイパーモダン和食。何度か伺い、シェフと女将がブルーノートにお越し下さったりしています)のケータリング・サーヴィス開始をダブルにしたパーティーが永田町の「マドラス」で行われたので伺って来ました。というか、当日会場でずっと流れていたのが「デギュスタシオン・ア・ジャズ」(ワタシの最初のソロアルバムです。ココの所ラジオご新規様が多いので念のため)でして、随分と久しぶりで全部聴きましたけれども、パーティー会場の雰囲気や山田シェフの料理と相まって、「こんなにカッコいいアルバムだったけか!」と自画自賛。というか、自画再評価。と言うべきですかね。ワタシはリリース時というのが解らない、というか、瓶詰めから発送が若干(50年とかではないので)早すぎるタイプの音楽家で、大抵の作品が何年か寝かせないと意味が分からない(自分でさえ)。という厄介な作風があるので(ここ最近は加齢によって、ちょうどいい具合にジャストに向かっていると思うのですが)、「あー、今コレここで、ちょうどいいわー」という感じで、ジャスト感に浸ってしまったという所でしょうか。数少ない「疲れず退屈じゃないパーティー」を堪能させて頂きました。
「エル・ブリの秘密」も拝見しましたが、いやはや昨年の「ディスイズイット」「バスキア」に続き、今年もオーヴァーグラウンド寄りのドキュメンタリー映画界が個人的に大変豊作で、「イブ・サン・ローラン」「タケオ〜ダウン症ドラマーの物語」「グレン・グールド/天才ピアニストの愛と孤独」そしてこの「エルブリ」と、ワタシの守備範囲内の(そして、そうした範囲を大きく超えた)名作がこれでもかと連発、来週は「ピナ/3D」を観て来ます。今年のベスト5が全部ドキュメンタリーになる可能性が出て来ました。
来週は火曜日(15日)が渋谷JZブラッドで2年ぶりの(六本木ヒルズのアレ以来)クインテットライブダブ(ダブセクステットではないです。ココの所ラジオご新規が以下同文)で、両セットともそろそろソールドアウトですが、今からならごくごく僅かですが残席があるようです。要するに当日はないかも知れない。という線ですね(あるかどうかは長沼マネージャーがツィッターで刻一で実況します)。内容は「シングス・オンリー・スローmeets KQLD」といった感じで、ヴォーカルモノにも演奏モノにも新曲があります(「新曲」といっても、ヴォーカル物の方は、薬師丸ひろ子とかジャズのスタンダードとかです)。
絶好調ダブセクステットもリコメンド!で(21日月曜ブルーノート東京。こちらは当日も出るかな、、、、ひょっとして。といった感じですが、グッドシートお求めの方は若干お急ぎくだい)、こちらも新曲、新スーツ(ブラックスーツ時代の終わり)と、「ビュロー菊地」開設に併せて(笑)ニュー・シーズン打ち出しで、恒例の料理&ワインとのマリアジ企画も含め、お楽しみに。といった所なのですが、KQLDは一番ガッツリ歌い、アルトしか吹かないバンドなので、珍味というか何と言うか。今回終わったらまた1〜2年ぐらいやらないと思いますので、この機会に是非(笑)。
そして19日土曜日は、ゲートオープンから2日で完売してしまった(笑)少女時代のアレですが、こちらに関しては次回の当日記で予習などの詳細をお知らせ致しますので、参加される方はチェックお願いします(番組ツィッターにアナウンスメントします)。
<急告>何といきなりですがダブセクステット、来年からメンバーが一人増えーーチェンジではないですよ。新加入ですーー「ダブ・セプテット」として生まれ変わりますので、次のブルーノート東京が旧来の6人組「ダブ・セクステット」体勢での最後のライブに成ります。今後、楽曲等はダブセクステット期のものもちょこっとやると思いますが、基本的に全曲新曲で、ワタシはアルトに転向しますし、要するに事実上の新バンドですね。リリースして下さるレーベル募集中!ワタシが取締役兼アーティストとして・笑・直接交渉のテーブルに着きます。因に、R&B、HIP HOPもののソロアルバムも準備中でーーこないだ「粋な夜電波」でほーんのちょこっとエギジビションさせて頂きましたがーーこちらも併せてレーベル募集中!!ですどちらもハンパないですよマジで。と、やっぱ良いなあフリー&オープンマーケットは。野原を自由に駆け巡っているようだ・笑<急告終わり>
DCPRGフロムImpuluse!の第二作、スタジオ版ですが、現在ブラスのダビングを終え、第一編集に入っています。このアルバムからDCPRGという略称残しで、「デートコースペンタゴンロイヤルガーデン」という名称は使用を終了し、つまり「デートコースペンタゴンロイヤルガーデン」はこれで完全に解散。という事になり、新たな名称「デヴィルチャイニーズポリリズムギーク」という(ウソ!まだ考えてません)で世界発売後の活動を継続しようと思いますが、このアルバムにはラップが入ります(ワタシではないです・笑)し、演奏も楽曲も(新解釈の「サークル/ライン」と「キャッチ22」のセルフカヴァーも入りますが)今までとかなり手触りが違うので、ひょっとするとマーケットが大きく入れ替わるかもしれません。製作していてかなりワクワクしています。
明日は、「ビュロー菊地号」こと、中古の外車の交通安全のお祓いに川崎大師に行き(そう。長沼マネージャーはドライヴァー兼となりまして、ワタシの「Mr.タクシー」時代も終わる訳ですね・笑)、夜は花園神社の酉の市に行きます。ワタシは毎年熊手を買っており(過去日記参照)、お陰さまで打ち上げが下落した年はなく過ごせたのですが、今晩で役割を終える恵比寿様は、「菊地成孔」名義で買う最後の、そして、それこそ1000年に一度、天井近くから床に真っ逆さまに転落して、しかもほとんど無傷だったというハードコアな恵比寿様となりまして、今年を支えて下さいました。久しぶりでのキャプションになりますが、写真は、震災直後の、恵比寿様が真っ逆さまに床に突き刺さっていた時の、そして長沼マネージャーの独力により奇跡の復興を遂げた、そして引っ越し作業が終わり、恵比寿様だけがポツンと残されている現在、ついさっきの90い号室です。恵比寿様ほんとうに有り難うございました。今年はマジでいかれるかと思いましたが、何とか大丈夫でした。
「ビュロー菊地」の場所は当マンションのすぐ近くです。アイドルでもあるまいし、もし億が一、事務所前待ちの熱烈な方などがもしいらっしゃったら。という話になりますが、とてもではないが長時間待ち出来るロケーションではありませんので(当マンションよりもハードコアです。10分と立っていられない。日本人は・笑・)予め申し上げておきます。
昨晩の「粋な夜電波」に対するメールをいくつか頂きまして、読んだテキストをアップしてくれというのと、ラップのリリックを教えろというのと、少女時代をもっとかけろというのを頂戴しましたが(笑)、3番目はちょっとすぐにはどうにも出来ませんが(イベントはポッドキャストで、楽曲の部分だけ抜きで・笑・当サイトに全長版でアップします)、テキストは今すぐ(まあ、既発原稿なのですが、自分判断で良しとします・笑)、リリックは近日中にアップさせて頂きます。ハングルの出し方が解らないので、韓国語はカタカナになりますが、「THE BOYS」の韓国語版の完訳も併せてアップします。それでは。
<都市の同一性障害>
第三回「新宿/ソウル編」(ラジオエディット→本編の80%分)
僕が現在のマンションに越した7年前、「韓流」は、マニアに言わせれば「第一波が凪いだ頃」だったそうで、それは韓流第一波を代表する「冬のソナタ」の放映が終わり、そして、終わる事で、未だにその数、日本国内で5万とも10万とも言われる「一生冬のソナタ」の人々。つまり、プレスリーやビートルズやYMOや小沢健二などにも同様の、人生の半ばにして何かを決定してしまて悔やまぬという敬虔なしがみつき層。が生み出された、その直後に当たるらしい。
ペ・ヨンジュンに対する熱狂的な彼らが都市伝説上の空想の生き物でなく、実体を持っている事は、つい先日の来日の際の報道映像に明らかだ。ヨンジュンは、歌を歌うでも、寸劇をするでも無く、ただ日本の「家族」たちに、クレーンに乗って手を振り、自分は結婚はしない。と報告するためだけに来日し、東京ドームをフルハウスにした。
勿論僕は、当時―04年―韓流について何も知らず、引っ越した当時は「かんりゅう」と読んでいた程度だったので、風の噂に聞く「ヨンさま人気」は、僕が知る限り、70年代中期のブルース・リーのそれと似ていて(ペ・ヨンジュンは言うまでもなく存命中だが)、既に終了した物の残骸を、アイコンのように買い貪る人々がおり、更には彼らのための店が、特定の地域、それは新宿の職安通りで、僕のマンションはその通りのちょうど真ん中にあるのだが、に集中していて、週末になると、それらの店がいっぱいになる。というのが、僕が生活の中で経験する、最初の「韓流ブーム」の実体だった。
当時僕は「南米のエリザベス・テーラー」というソロアルバムを出したばかりで、そのジャケットは、タキシードを着た僕が、ブエノスアイレスのコロン劇場という南米唯一のオペラハウスのパルコ(桟敷席)で、アンニュイな表情でオペラを見つめている。といったものだったので、「このジャケットの顔の部分だけを缶バッジにし、「キ・ナ」とか適当な名前を書いて、ショップの店頭にある、ひと抱え500円とかの「韓流スター缶バッジ棚」に適当に混ぜておけば、全部捌けるに違いない、などと言って笑っていた。まあつまり、その頃の「韓流」はキャンプやキッチュの類いで、リアルなエッジ感はまったくなかったのだ。
その後、冒頭に書いた様なマニアに言わせると「第二波」にあたる、「チャングムの誓い」だの、草薙剛のサブキャラクターとしての「チョナン・カン」だのいった小さな動きがあり、僕の生活の中にもそれは入って来たが、それらは爆発力というよりも、ゆっくりとした浸透と定着、といったイメージだった。
この当時、現在の、「第三波にして最大」と言われる、とてつもない大ブームが来るまでの、04~09のあいだの6年間、に僕が経験した韓流現象の、極端な特異点は二つある。一つは06年で、僕はサッカーについて完全に素人だから、あれが何の、どんな大会だったのかまったく解らないのだが、部屋で原稿を書いていたら、数分おきに地響きを伴ったドカーンドカーンという爆撃音がし、すわ戦争かと、11階のベランダから地上を見下ろすと、結構な大通りである職案通り全域と言わず、視界一杯が赤いTシャツを着た韓国人に占拠され、地表が全く見えない状態だったので、これは詩的にいえば、韓国料理の真っ赤な鍋そのものだった。という事になるが、現実的にいえば、これは戦争ではなく、韓国人による社会主義革命が起きたのだと思い、臨時ニュースを見るために慌ててつけたテレビではフットボールの大会が行われていて、先の爆撃音は爆撃音ではなく、韓国軍が得点したときの歓声だったことが解った。というものだ。
占拠も爆撃音も、一切の誇張を含まない事を強調しておく。僕は、何か赤いものを身につけないまま外に出たらリンチに遭うと思い、部屋中から赤いT-シャツを探したのだが、唯一あったのは、まだ冷戦時代に作られた「マクドナルド・モスクワ店」というジョークTシャツだけだったので、それを着てコンビににエヴィアンを買いに行くしかなかった。コンビニでは興奮してハイキックで蹴り合う男達がいた。今から思えば、あれがテコンドーだと思う。
夢のように消えてしまった、この、カーニヴァル的な光景と対照的に、もうひとつの特異点は、巨大な廃墟として、未だに僕のマンションの隣に屹立したままだ。「Kマート」といえば、まるで地方の小汚い食材屋のようだがそうではない。これは、僕が越してくる、第一波韓流の頃に計画された一大韓流モールで、広大な敷地面積の1階は韓国食材や輸入食品を売るマーケットに、寿司や韓国のソウルフードを食べさせる夜市的なイートインを備えた24時間営業のフロア、2階は韓流ドラマ/映画関連のグッズを売るショップ、そして3階は韓流スターが来日した時のイベントスペースになるという触れ込みで、着工してから2年ほどで、1階しか出来ていない段階で見切りオープンした、言わば韓流アルタみたいなものだった。
しかし何をどう間違ったのか、あるいは間違いなく自然にそうなっただけなのか、笛吹けど踊った者は絶無で、鳴り物入りで迎えられたオープン日に客はほとんどおらず、壁面に備えられたオーロラビジョンは、何故か渋谷のギャル・カルチャーを紹介する番組が流れていた。要するに、スポンサーである、食品輸入会社は、大変なBOMBをやらかしたという訳だ。
総工費数十億と噂され、建設に2年をかけたこの巨大モールは、僅か半年ほどで閉店した。そしてその後、多くの廃墟ビルがそうであるように、撤去する予算も無いまま周囲にフェンスだけ張られ、凡庸以下のヒップホップ式グラフィティでいっぱいになる頃、そのフェンスと建物の間で生活する人々が出て来たため、この秋からフェンスが撤去された。地方の温泉街や錆びれた観光地で見かける様な、手つかずでむき出しの廃墟として、これは東京都内で最大の物ではないかと思う。
この、未だに屹立したままの廃墟が、「韓流」という現象の限界点を象徴するのだと、僕は思い込んだ。そもそも大久保界隈から、歌舞伎町のノースエンドである職案通りまでがリトルコリア化したのには、様々なお国事情がある。ウィキペディアで「入管法」を検索し、それを仔細に読めば、中学生でも理解に至るだろう。韓国側の海外渡航法と、日本側の入管法が微妙なシンクロによって、日系3世以降のニューカマーを大量に居住させる方向に向かった痕跡は、82年と93年にある。この、目に見えずらい動きと、日本中を巻き込むブームとしての「韓流」との関連については重要だと思うが、何れにせよ、職案通りと、その一本北に位置する大久保通りの活気は、07年までに底を打った。
「少女時代」という画期的なグループがデビューしたが、来日のめどが立っていないらしい。You-tubeでPVが見られるが、とんでもないクオリティだからオマエも一度見てみるが良い。と、在日韓国人の友人に教えられたのは09年だ。「GEE」のPVを見ながら、おおこれはなかなか凄い、しかし、「韓流」と職案通りの現在はこの程度だし、第三波は難しいだろう。第一、この通りが竹下通り化したり、大久保辺りが秋葉原化したら、歌舞伎町と竹下通りと秋葉原が隣接する事になる。商店会と、関係各地区を仕切るマフィア達の調停には時間がかかる筈だ。と、僕は、随分と保守的で流暢な予測を立てていた。
「韓流」の、そして、大久保通り界隈と職案通りの現在については、今ではテレビで連日放映されて、日本中が知っているし、地域住民の一人として、ああした報道に誇張が無い事を僕は知っている。世の中は、僕が思うよりもずっとドラスティックで、行く時は躊躇なくズケズケ行くし、終わったら容赦なく廃墟だらけになる。つまり、ぶっちゃけた訳だ。僕の考えでは、日本の都市景観は、一度ぶっちゃけてしまったら、京都とアキバと廃墟だけになる。
それはそれでまったく構わない。今や週末の賑わいは、ここに越してから最大になった。JKとおばさんたちが、歌舞伎町の北端を大挙して歩いており、ホストやキャバクラ嬢とボーダーラインを形成している。都市というものは、寂れるのも盛るのも、共によく似合う。
些少なりとも重要なのは、現在の北東アジア情勢と「韓流」という現象の関係を、どう理解し、解釈するかだろう。僕の考えでは、海中トンネルもしくは橋を、半島と大陸のどちらにも渡してしまえば良い。空路は国境線を無化できないことを、人類は証明した。僕は坂本龍馬という架空の人物に移入するオッサン達(ばかりではないが)の気味の悪いロマンティシズムが別に嫌いではない。少女時代に移入する(文字通り)少女達のロマンティシズムと構造的にはまったく一緒だ。しかし僕は、現在我が国が、俄には信じられぬ事だろうが、鎖国か開国かを迫られている事だけは間違いないと思う。沖縄が独立した王国のように振る舞う奇矯さや、アメリカが保護政策まがいの協定を押し付けてくる奇矯さや、この国で発生する、あらゆる昨今の奇矯さは、全てこの、鎖国か開国か。という問題系に収斂される。現在世界は第二次の第一次大戦前であり、日本は第二次の幕末なのだと言えるだろう。