02

11月

2011

明日、花と水で

 

 

 


 以下は今年の3月5日、震災の一週間前に書いた物です。多くの方々が御存知の通り、この公演は震災によって無期延期と成りました。それが、明日、行われます(当日でも、お入りに成れます)。

 

 

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 「ラフォーレ原宿」の「ラフォーレ」がもし、ニ語のフランス語であるとすれば(laforet)。ですが、それが「そこの森」或は単に「森」といった意味だと知ったとき、一瞬の戸惑いを憶える方も多いでしょう。

 

 何せ、あの「KITSON」を1Fの路面に擁し、参道を上る目線で左岸にコンドマニアやゴールドジム、右岸に表参道ヒルズ、クロスロードにはプチプラだ花畑牧場だといった、つまりはエゲつない強欲系のパワーショップが密集するあのゾーンですから、以下、つまりこれは、まるで70年代末のコピーライトですけれども(というか、実際にラフォーレは78年に創業なので「まるで」ではなく、そのまんまその通りなのですが)、あそこは「都会/都市という名の森」なのだと、「ラフォーレ原宿」はその中心にあるのだと。と、そういった意味だと思われる訳ですが(まあ実際は「単に森ビルがやってるから」だと思うのですが・笑・そういった含意があってもバチは当たらないでしょう)、そんな換喩表現ではなく、そのまんまストレートにここが<森>である事を感じるのは、意外や意外、いとも簡単です。最上階のラフォーレミュージアムに階段で上ればよろしい。

 



 現在、デパートの屋上というのはほとんど庭園の構えを見せますので(これは日本独特の文化です。パリは最古参のデパート、ボンマルシェの屋上に上った事がありますが、まあ、教会の屋上ですよね。所謂「空中庭園」という考え方の発祥は欧州だと思いますが)、そんなの在り来たりじゃん、と思われるかもしれませんけれども、実際に、さほど高くないあのビルの最上階に上がる瞬間、あれ?っという感じで、ふわっとこう次元が変わって、一瞬で森に入ったような気分になります。これ、強烈です結構。単純に垂直運動の力も働いていると思いますが(ですから、森に「入る」のではなく、森に「上がる」感じですね)、風水というか、地霊みたいなものの力が働いている様な気がします(ワタシ、風水の事など、実は何も知りませんけれども)。

 

 

 そうした、あの原宿の、さほどの高地でもない位置にある人工的/霊的な森の中で、「花と水」の特別公演が行われます。



 

 

      (中略)

 

 

 今回なにが特別かと申しますと、そもそもこの公演、単なるワタシのライブではありませんで、ラフォーレミュージアムで行われている「ラフォーレサウンドミュージアム」という催しの第五回目でして、「ラフォーレサウンドミュージアム」の「ラフォーレ」がもし二語のフランス語、「サウンドミュージアム」がもし二語の英語であれば、ですが、これは「森/音響/美術館」といった意味でして、所謂サウンドインスタレーションというのはこれは間違いなく我が国の茶室や庭園に一方の起源を持つ概念である上に、何と「花と水」の生演奏と、我が国を代表するフラワーアーティストの東信(あづま まこと)さんとのコラボレーションが行われるのですから、こんなに企画名にぴったりの公演があって良いのか?第五回ではなく、第一回の間違いなのではないか?という程のマリアージュぶりです。

 

 先日、東さんと打ち合わせをさせて頂いたのですが、


 

 

*「東信/花樹研究所」↓刮目して相対するべし。http://www.azumamakoto.com/top.html




 



 どんな世界でも第一線の方というのはオーラが違いまして、東さんは<フラワーアーティスト役の渡辺謙>といった端正かつ眼光鋭い面持ちでバシバシとアイデアをご提案下さり、これがまたいちいちキマりまくりでして、まあ世辞抜きで本当に素晴らしい。ステージの上に楽屋花みてえなでっかい奴がどんと乗っかって一丁上がり。とかいったお為ごかしでは全くありませんで、ワタシが打ち合わせで繰り返し申し上げたのは「我々のライブを東さんにデコレートして頂くのではなく、東さんの個展会場で我々が演奏している。という感じで行って下さい」という事です。

 

 

 

 余り話してしまっては愉しみが消えてしまいますのでほどほどにさせて頂きますが、花はステージだけではなく会場や客席にも置かれ、花のある環境の中で我々の演奏を聴いて頂く事になる訳です。更に、五感に訴えるという意味で、今回東さんは、「香」や「匂」も演出して下さいます。何だか異様に手が合うなあ。と思っていたら、何と灯台下暗し、「ニューメロ・トーキョー」の、創刊号から続く、濃密に都会的でセクシーなフラワーグラフィックは東さんによるものでした。

 

 

 とはいえ、ご贔屓筋に於かれましては先刻御承知でしょうけれども、ワタシは、薄っぺらな「エコ」や「癒し」や「ロハス」等というのは金と資源と時間の無駄である上に、社会通念として有害であるとすら思っている、つまり商売の下手くそな、無駄に物知りで半端に食いしん坊の、要するに街っ子の遊び人です。

 

        

           (中略)

 

 



 ワタシが「花と水」を、日本ジャズ界屈指の粋人、南博さんと二人で作った目的は、自然の美の恵みを我々が切り取っては小空間に閉じ込める(華道も茶道も、そういう意味で同一です)そのミニマリズムとマニエリスム。ギリギリの悪徳と粋を見せる事であり、後戻り出来ない瞬間の堆積による極限値の緊張がもたらす無有の感覚。極言すれば、最も抽象化されたエロティシズムの現前。しかもそれが、総て我が国の伝統であり文化であるという事の再認識のためなのであります。

 

 演奏終了後も、響きの余韻とともに、会場の花をご観賞頂く事が出来ます。演奏は入れ替えの二部制で、最初のセットはウイークデーの午後6時からという、会社つとめの方には難しい時間帯になっておりますが、宵闇迫る夕刻も、眼下の街が発情する夜半も、共に趣のあるタイムロケーションとなるでしょう。キャパは僅か250でして、そろそろ8時半からのセットが完売しそうな塩梅ですので、どちらのセットにいらっしゃる方も、そろそろお席の確保をお願いいたします。そして、この日ばかりは、少なくとも上演中の香水の使用はご遠慮ください。随分と久しぶりで、ワタシもミュグレーのエンジェルを纏わず、自分の肌と衣類の匂いだけでステージに上がろうと思います。

 

 

 

 それでは木曜の夕刻より夜半。帝都下で最もジャングルめいたあの森の僅かな上空、その庭園内でお逢いしましょう。ステージは高くなく、皆様との距離も近いので、皆様のオーラやお召し物は、そのまま会場環境の一部として、我々の目を愉しませるでしょう。ビーバップで踊り果てた狂おしいあなたも、この晩にはじめて目が輝き出す狂おしいあなたも、五感を研ぎ澄ませてお越し下さいませ。

 

 

 

 

 

     *アルバム「花と水」の全容

 

(製作終了後)  http://kikuchinaruyoshi.com/dernieres.php?n=090212191828



 

(発売直前)

http://kikuchinaruyoshi.com/dernieres.php?n=090328174027



 

 









 

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 現在、チケットは、中止〜払い戻しの際にカウントした数の7割ほどソールドしておりまして、つまり、(一応、計算上。としますが)3割の方は、ひょっとしたら、この公演が復興した事も知らずに過ごされているかもしれません。「今年を忘れない為に、このチケットは、払い戻しせずにずっと持っています」というお便りも頂いております。

 

 我々は、今年という牢獄(現実の/記憶の)から出れなく成るのではないか?という不安を抱いて日々を過ごしています。軽重は別として、往々にしてトラウマというのはそういうものです。トラウマに対する解釈は多用で、中には大切にせよという声もありますが、ワタシは基本的には祓うべきであると考えますし、ワタシが、その行為において、音楽が(それが、激しい音楽であろうと、静かな音楽であろうと)それを最もスムースにおこなう行為であり、更にそれが、応急処置的にではなく、日常的に、流れる様にあり続けるべきであると考えている事は、繰り返して述べるべき事ではないでしょう。明日の美しさは、静かに驚くべき物に成るのではないかと思っています。南博氏、東信氏と共にお待ち申し上げております。