日
17
7月
2011
「GINZA」の一件(編集部がしてくださったフォロー、その名誉の為に強調しますが、我々は揉めてはいません。事は平和裏に収束し、最新号には、ワタシのーーフライングによって予め指名された執筆者としてのーー寄稿があります)が終わり、ワタシはほんの少々の文字数で大変な額を頂きました(これは編集部が提示して来た額です)。
「ナルタンたった800文字で○○万裏山」とだけ書いたメールが届いたりし、ワタシを楽して稼いでいると誤解している、心のさもしい人々(ワタシにチンケな一行メールを送るからさもしい。と言っているのでありません。誤解であれ理解であれ、他者への嫉妬や羨望や自己憐憫を隠そうともしないのはさもしい事です)が少なからず存在するのではないかとも予想され、驚きの余り気を失いそうに成るのですが、ワタシは(そして、ワタシのパートナーである高見Pは)基本的にはゼニカネでは動きません。
ワタシの仕事の半分以上は赤字覚悟、もしくは覚悟もクソも最初から赤字決定の大盤振る舞いもしくは単位面積中の投資が極端に高いリュクス製品で、私事ではありますが、まあその、本当にいろいろな意味で。ですけれども、払わなくては成らぬ金(笑)。というものもありまして(最新の物では、そこに「被災地への義援金」も含まれます)、宵越しの金は持たねえぜ等とカッコいい啖呵を切るつもりは全くありませんが、とにかくワタシと高見Pは、やりたいことを思いついたらやりたいだけやってしまう一種のキチガイであって、我々のやりたいことが、ある日「金儲け」になったら、才能や人格のあり方から、ワタシは大変な(兄を越える様な)大金持ちになり、高見Pはあらゆるバランスを崩して一文無しになると予想されます。
しかし、そんなワタシでも、親父の言っていた事とことわざの類いには忠実でして、アブク銭は身に付きませんので、頂いた原稿料分を一本のワインにして、友人でありパートナーの一人であり、ワタシ以上のワイン狂いである選曲家の中村ムネユキ君と飲んでしまう事にしました。以下、ワインマニアでないと内容は解りません。ワインマニアの方は、写真と照合しながらお読みください。
ワタシはチャーリーならば兎も角、ロバート・パーカーの支持者ではありませんで、所謂PP(パーカーポイント)崇拝はしませんが、とはいえ、2000年はブルゴーニュでは99年よりは低いものの、ボルドーでは05年に匹敵する年である事に疑いは持ちません。
そして、以下、ワタシの本棚にどすーんとばかりに鎮座している、ボブ(ロバートの愛称)・パーカー・ジュニアの「ボルドー第4版 」に寄れば、シュヴァル・ブランの2000年は
PP/100
飲み頃/now-2040
であります。以下ボブのお言葉
<過去25年の若いシュヴァルの中で、これは私がこれまでに試飲した、最もポート・ワインのようなワインだ。高貴な畑のエッセンスを体現している。
メルロ53%、カベルネ・フラン47%というブレンド比率で、縁いっぱいまで濃い紫色と、ブラックベリー、ブルーベリー、トリュフ、モカを思わせる、寡黙だが衝撃的なブーケを誇っている。
閉じ始めているが、空気と触れさせてやると、甘草、メンソール、鞍革が現れる。豪勢な、フルボディの、霊妙な品質の作品で(各層がさらにニュアンスを感じさせてくれる)、酸は弱く、タンニンは甘く、フィニッシュは60秒ほど続く。
まぎれもなく1990年や1982年同様深遠なワイン。神秘的な1947年や1949年以来、最も心動かされるシュヴァル・ブランだが、忍耐が必要である。
完璧なワインである可能性がある>
以下、PP年表(シュヴァル・ブランに対するもの)
06 92-95点
05 96点
04 90点
03 89点
02 90点
01 93点
00 100点
99 93点
98 88点
97 87点
96 90点
95 92点
94 88点
93 87点
92 77点
90 99点
89 89点
88 87点
87 85点
86 92点
85 93点
83 95点
82 100点
100点満点は82年と00年だけ。
以下、英国のワイン鑑定の重鎮/反パーカー派であるマイケル・ブロードベンドのお言葉(しかし、ロバート・パーカー・ジュニアといい、マイケル・ブロードベンドといい、英米のワイン鑑定家は、名前と顔がもう少しどうにかならんか)。
<大成功のヴィンテージ。かなり濃く、プラム色のへり、キイチゴの果実香に
バニラとスパイスの微香。完璧なバランスと構成、かすかなコーヒー、そしてオークと辛口のキレ味>
★★★★★
と、彼の中で最高点であるファイヴ・スターを惜しげも無く謹呈。
因にこのシュヴァル・ブラン00年、購入したのは伊勢丹のグランド・カーヴでして、仕事の都合で、電話で取り置きしておいてもらい、ゲットにはマネージャーに行かせるしかなかったのですが、彼曰く、「店中の従業員が並んで頭を下げた」そうで、これはまあ若干大袈裟にしても、グランド・カーヴは丁寧だな。と思います。一本で約20万というのは、最高価格帯には属しているかもかも知れないけれども、ワインというのは、御存知の通りヴァイオリンの如しでありまして、上は一本数百万、千万単位の物までありますので、つまり、これはあくまで私見ですが、値段と味が必ずしも比例しているとは言えない物件です。
「もう、一番旨いものを飲んでしまった」と書けば、なにやらデカダンであるかのようですが、ワインが素晴らしいのは、感動して(40過ぎてからで、音楽以外で「このまま死んでしまっても構うか」と思わされた、唯一の体験だったかも知れません)飲んでいるうちに酔っぱらいますから(笑・何せこの日は、中村君が前座に用意してくれたルモワセネ・ペール・エ・フィスのグランド・エシェゾー00年を先にやっつけてから(二人だけではないです。一般人の友人複数と)。でしたので、発狂するかといった興奮は最初の2杯ほどで、後はじーんとリリースが残り続けるだけで、最後の方は記憶が曖昧(味の記憶ね。所謂、普通の記憶は、むしろ安酒の時よりシャープに成ります。赤ワインなのに。どういうことよ)でした。最後まで味の記憶が明確だったら、多幸感と喪失感によって本当に気が狂っていたかもしれません。
あわせる料理はもう、金子シェフ(前サイトからの続き。<カッパーで奇跡の天才を振るった若干27歳の金子シェフだが、系列店、池袋の「プレゴ・パケット」のシェフに着任、トラットリアに戻った訳だが、お陰で筆者の晩飯範囲が、北東に10キロほど拡大された>)に作って貰うしかなく、贔屓筋である特権を生かし、店に持ち込みさせて貰い、これがまあ鶉のマリネをフリットした奴だの自家製のプロシュート・コッドだの仔牛の骨髄と刻んだ脛肉のロッソだの、ポレンタを練った自家製のノンエッグ手打ちパスタ(ビアンコだけど海鮮のブロードが驚くほど濃厚。写真をどうぞ)だの、もう食材の力とシェフの技量が全盛期のタイソンのアッパーカット並みに次々猛威を振るう、凄まじい流れでして、いやあもう何と言うか、ハイになるのを遥かに越えて、ジーンとしてしまうジーニーよ〜という感じでした。
「(まだ公開に成らないが、来週には正式発表に成る話なので一応伏せ字で)DCPRGの○○○○スとの契約祝い」や「粋な夜電波のレーティングス単独一位おめでとう」といった祝賀会の側面もあるにはあったのですが、そしてこれは、照れる訳でも、斜に構える訳でもないのですが、名門レーベルからのインターナショナル発売になったからと言って、ワタシが仲間達と創造して来た音楽に何か変化がある訳ではありませんし(レーベル側から来ている「マイルスのカヴァーを1曲入れてくれ」という条件は、まあ、飲みますけどね・笑)レーティングは次のリサーチで落ちればそれっきり。それよりも加齢は確実に感じるも、そこそこ健康で、たくさんの素晴らしい仲間やお客様やリスナーの皆様に恵まれ、やりたい、やるべきだ、と思った事が次々と実現でき、旺盛と言っても過言ではなかろう活動が出来て、この歳にもなって憎まれっ子世に憚っていられる事に対し、呑む晩も呑まぬ晩も、祖先と神に感謝しています。今回は、地上のものとして、ワタシにアブク銭を与えてくれた「GINZA」誌に感謝します。「あ、これでシュヴァル・ブラン買っちゃおう」などと思う日が訪れるチャンスは、低めに見積もっても高めに見積もっても、滅多に無いと思います。
今日は「カレンデュラ」と並ぶ、ワタシの<震災またぎ>のもう一作である、類家心平4ピースバンドのジャケット撮影にプロデューサーとして同行し、類家くんにその髭ぜんぶ剃れとか(笑)もうワンセッション追加だから帰るのは明日の夜中になるとか(笑)、無茶苦茶なことを言って、類家君が「ええ?!!ほ、ほんとに。。。ですか」と青ざめるのを隠れて楽しみました(役得)。ここのところは東京ジャズのプロモーション(以前伏せ字でお伝えしていた「マイルスに因んだ特別ゲスト」は、無くなりました。因にみなさんご推察の通り、ワタシがオファーしたのはピート・コージーです。しかし彼は、まあその「払わなければいけない金」の一部を払っていないらしく(笑)、国外に出れないと解り、我々はゲスト無しでの出演になりました。勿論、○○パ○○との契約。というお土産が着いたからです。そういうものなのですショービズというものは)、粋な夜電波の収録、HOT HOUSEにニューメロの取材者としてお越し頂いていた伊藤俊治先生との対談(先生は、あのパーティーをご覧になられながら、あの「彼等は廃馬を撃つ」を想起されていたそうです。さすが伊藤俊治)、山下達郎氏の久しぶりのアルバムに関するインタビュー(ナタリー・ミュージック)、ブルーノート東京でのシェフとスムリエとのコラボ(これヤバいですよ。あらゆるトピックの中で一番ヤバいかも知れない)、等々をやりながらペン大と美学校に通い、後は遊んでいます(こんな風にして)、明日はジ・アウトサイダーを観戦、明後日からは、大急ぎでソウルに飛び、戻りの羽田から直で赤坂のTBSラジオに向かいます。いやあ夏は良いですなあ。過酷であれば過酷なほど。それでは。